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第73話 太古の呪文

 見えたのはランタンの灯りだった。


「生きとるようじゃな」


 声でわかった。ボンじいだ。背中に固いものが当たっている。地面か。おれは倒れているのか。


土壌の癒やし(パネス・フィリア)


 土の精霊による癒やしだ。からだに力がもどってくる。


 起きてまわりを見た。イーリクがランタンの灯りをつけてまわっていた。明かりがもどり、周囲が見える。


 みな無事のようだ。グールの姿はない。


「マルカよ」

「はい」


 ボンフェラートに呼ばれ、マルカが走っていく。


「わしの癒やしでは弱い。アトにかけてやってくれ」


 マルカが倒れているアトの上に手をかざした。アトだけ、まだ起きていないのか。


 立ちあがり、アトに近づく。心配そうな顔でグラヌスもきた。


 マルカが精霊の癒やしをかけ終えると、アトがゆっくりと目をあけた。


「アトよ、大丈夫かの?」

「あれ、グールは?」


 そうだ。あの黒い雛鳥を確認しようとしたが、ボンフェラートが止めた。


「見んでいい。穴の奥は赤子の死体の山じゃ」


 赤子は雛鳥のえさか!


「ボンじい、いったいこりゃ・・・・・・」


 老賢人に聞こうと思ったが、遠くから赤子の泣き声が聞こえた。


「あっ、いけない!」


 マルカが駆けていく。


「とりあえず、ここをでるか」


 みながうなずく。のっそりと起きてくる人影があった。領主の息子カルバリスだ。あいつ生き残ったか。悪運の強いことで。




 赤子を連れて坑道からでる。


 壁にともしたランタンがあるので、帰り道は簡単だった。


 陽の下にでると、まぶしくて目を細めた。数刻しか経ってないが、ひさしぶりに太陽を見た気がする。


「それで、ボンじい、ありゃなんだ?」


 村へ歩いて帰りながら、ボンフェラートに聞いた。


「うむ。神話などで聞いたことがあるじゃろう。闇の精霊じゃ」


 やはり、そうなのか。昔話、この世の始まりの話だ。


「無のなかに光と闇の精霊が生まれた。光と闇の精霊がぶつかり、火の精霊が生まれた。火の精霊が踊り、風の精霊を生む・・・・・・」


 おれが暗唱した昔話にボンフェラートがうなずく。背後からイーリクの声が聞こえてきた。


「風の精霊があつまり、やがてそれは水の精霊となった。水の精霊は火の精霊を冷やし、そこに土の精霊が生まれた」


 そう、昔話のつづきだ。イーリクも知っていたか。


「作り話だと思ってました」

「おれもさ」


 イーリクにむかって首をすくめる。

 

「あの鳥は、いわば闇の精霊使いじゃった。なぜか、首がもげて死んでいたが・・・・・・」


 首がもげて? あの矢はかすったのか。


「アト、危なかったな」

「胴体をねらったけど、ふらふらしてたから」


 アトはくやしそうに顔をしかめた。


「なに、アトじゃと!」

「おうよ。アトが弓で射ったぜ」

「あのとき、闇の精霊がまわりでうごめき、動けぬはず」


 アトが首をひねった。ありゃ、本人は気づいてないのか。


「左手がひかってたぜ」


 それを聞くと、ボンフェラートは人が変わったように抱いていた赤子をおれに預けた。アトに駆けより左手を持ちあげる。そして両手で包み、目をとじた。


 ふたりが立ち止まったので、みなも止まる。待っていると、ボンフェラートは目をあけて大きく息を吐いた。


「水の精霊の痕跡を感じる。わからんの。アトはどの精霊も使えなかったはず」


 ふたりが歩き始めたので、みなもまた歩きだす。


「左手・・・・・・」


 おれは思わず足を止めた。


「なんじゃ、ラティオ」


 おれは以前、ヒックイトの里にアトを連れていった。あのとき、納屋で夜ふけまで話した。アトの母親のことを色々聞いた。


「光ったのは左手。なんてこった・・・・・・」

「どうした、ラティオ殿」

「ラティオ?」


 アトがおれに近寄り、下から見あげてくる。


「アト、お母さんが最後に握った手、どっちだ?」


 左手をあげて見つめた。まわりのみなも、息を飲んだ。


「ありえん、水の加護。生命の受けわたしか。太古の精霊術として書物にあるが」

「ボンじい、母親が引き取るとき、左手は光ったって、アトは言ってたぜ」


 ボンフェラートは目をむいてアトを見た。


「せ、精霊の癒やしだと思ってた」


 アト自身も、信じられないといった顔だ。おれは抱いていた赤子を見つめた。


「すげえな」


 思わずつぶやいた。母親か。血は繋がっていなくとも、アトの母親なんだな。


「ラボス村、稀代の癒やし手(ケールファーベ)メルレイネか。おしいの、じつに。一度、会いたかった」


 ボンフェラートが悔しそうに言う。


「こら、ボンじい」

「おお、すまん、アト」


 アトは首をふり、自分の左手を胸に抱きしめる。おれは歩きだした。歩きだし、立ち止まっているアトをふり返らない。みなも歩きだした。


 アトは泣いていた。そして泣くべきだとも思った。母親が最後のとき、力をふり絞り自分に命を託したのだ。


「ボンじい、その水の加護ってのは、今後も残るのか?」

「いや、もう消えた。わずかに痕跡が残っていただけじゃ」


 そうか。では母親がたくした最後の命の一滴によって、おれら九人が救われたのか。


「皮肉だな。アトを守ろうと、みな思ってるだろ。ところが、救われてるのはこっちのほうの気がするぜ」


 六人の仲間には聞こえているはずだが、だれもなにも言わなかった。


 おれはと言えば、なにか大きな力を見た。そんな気分だ。精霊や呪文ではなく、人の想い、それが運命の歯車をまわしている気がする。


 その大きさは、自分の小ささも感じさせ、空にむかって大きく息を吐いた。


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