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第70話 地下坑道

 いまは使われていない坑道、いわゆる廃坑の入口まできた。


 廃坑のなかでも一番大きな坑道の場所を聞いてきたが、岩山のふもとにきて、どれだかすぐにわかった。巨大洞窟のような口があいている。


 廃坑に入るのは、アト、グラヌス、ヒュー、イーリク、ドーリク、ボンフェラート、マルカ、そしておれラティオの八人。


 そこに、よせばいいのに領主の馬鹿息子カルバリスら五人が加わる。あわせて十三人か。


 村から松明たいまつとランタンは持てるかぎり持った。ただ、廃坑とはいえ、一年のうちに何回かは巡検に入るらしい。そのため壁にそってランタンが備えてあると教えてもらった。


「一列で入ろう。グールが急にきたとき、人がよこにいると剣がふれない」

「ならば一番手は、このドーリクが」

「おれが先頭がよかったんだが」

ゆずれませんな」


 ドーリクは引かないだろう。おれはうなずき、ドーリクに道をあけた。グラヌスが心配そうにおれを見たが、じつのところ、ドーリクは嫌いじゃない。


 仲間のためにからだを張る。それを言うはやさしくとも、たやすくできることではない。猛々《たけだけ》しい気質も貴重で、それは味方の士気をあげる。


 案の定、ドーリクにくらべ、カルバリスら若者五人は口数がめっきり減った。


 廃坑の入口に足を踏み入れる。


 入口からは、なだらかな斜面が下へとつづいていた。道は広い。馬車でも通れそうだ。


 地面は岩場を削ったもので土はなかった。足跡はつかない。グールがいるかどうか、ここでは、まだわからなかった。


 さきに進むと、言われたとおり壁にランタンがあった。手にした松明から火をうつす。


 しばらく歩くと、大きな空洞に出た。そこの壁にもいくつかランタンがあったので、すべて灯す。


「風もないのに、寒くなってきたな」

「地下だからな」


 グラヌスと空間を見まわした。大部屋と呼べそうな空洞で、おれのヒックイトの家より広そうだ。


 壁も天井も、ごつごつとした岩がむきだしだった。そこに落盤を防ぐための木のはりがしてある。


「さて、どっちに進むか」


 広い道をくだり、広い空洞にきたわけだが、そこから三つの横穴があいていた。横穴の大きさは三つともおなじ。


「通常の兵法なら兵は分散させるな、というところだが坑道だ」

「そうじゃの。おそらく穴は無数にある」


 ボンフェラートもおなじ考えのようだ。


「分散して道のさきをさぐり、しばらくしたらこの部屋に引き返そう。それから一番奥にいけそうな道を選ぶ、ってのはどうだ?」


 みながうなずいた。


「五十歩ほど進んだら、もどってきてくれ。壁のランタンを灯すのも忘れずに」


 適当に散らばったが、意外にも、おれのまえを歩くのはドーリクだった。


「おい、ドーリク、幼なじみのイーリクと一緒じゃねえのか」


 もと歩兵の大男は頭を打ちそうなのか、かがんで歩きながら答えた。


「あいつは心配がない。この隊で一番の心配はアト殿ですから」


 おれは、背後のアトをふり返った。アトが苦笑いする。


「うむ。それは異論ないな」


 最後尾にいるグラヌスの声が聞こえた。おい、これは戦力がかたよりすぎだろ。


 精霊がまったく使えない四人で敵がでたらどうすんだ、そう思っていたら、道は五十歩もいかないうちに行き止まりになった。道を引き返す。


 ふいに男の悲鳴が聞こえた! 引き返すいまは、グラヌスが先頭だ。そのグラヌスが駆けだす。


 岩の大部屋にもどると、むかいの穴から若者たちが走りでてきた。


「グールだ!」

「助けてくれえ!」


 剣をかまえた。五人のうしろから迫っているのは土竜もぐらのようなグールだ。


 踏みだそうとしたが、さきにグラヌスが動いた。剣を一閃。小さなグールの首が飛んだ。


 逃げてきた四人の若者は立ち止まらず、そのまま出口にむかって駆けていった。


 領主の馬鹿息子はどうしたのかと思ったら、最後にくる。


「あいつら、おれを置いていきやがって!」

「カルバリス殿、どうされた?」


 グラヌスが聞いた。


「この奥が、さらに二つに分かれている。その片方のさきを見にいってたら、あいつら声をあげて逃げだしやがった」


 カルバリスは床に落ちているグールの死骸に気づいた。


「ぬおっ!」

「カルバリス殿、帰られたほうがいい」

「いや、おれは大丈夫だ」


 そう言いながら、グールの死骸を見る顔は引きつっている。


「どうされました!」


 イーリクの声だ。もうひとつの横穴から走ってきた。


大土竜タルパだ。一匹だけなので安心してくれ。そっちはどうだった」

「しばらく直線がつづき、さらに道は細くなります」


 それなら、カルバリスの道が当たりか。助けた老犬人の話では、奥にすすむには一番大きな道を選べと言われた。


 グールがいることは確定した。みな、剣をぬいて進む。アトだけいつもの鉄の弓だ。


 カルバリスのいう二つに分かれていた道のうち、ひとつはすぐに行き止まりだった。もうひとつの穴を進む。


 また道が分かれたので、おなじように二手に分かれた。


 今度は逆の偏りだった。ヒュー、ボンフェラート、イーリク、マルカだ。おれが先頭を歩く。


「ラティオ殿、私が先頭をいきますのに」


 イーリクはそう言うが断って進んだ。


 このまえの一件が、おれにはこたえた。無茶をするのはアトとグラヌスぐらいだと思っていたが、ヒュー、ボンフェラート、イーリクの三人が死にそうになった。


 グラヌスはあれから三日三晩、剣をふりつづけたが、じつはおれも寝れなかった。


 この集団は、おれの指示を頼ってくれる。なのに、あのときは策をまちがえた。ほかにどんな手があったのか。いまだ思いつかないが、三人が死にそうになったのだ。失敗にちがいない。


 敵が強かった、というのは言い訳にならない。弱い味方でも勝たせるのが兵法だ。ボンフェラートの家にあった書物には、そう書かれていた。


 いや、そもそも、この集団は強い。アトですら、弓の腕はウブラ国の弓兵より上だろう。


 今回は逃げても大丈夫だ。うしろに家はない。赤子を探すという目的はあるが、危なくなったらすぐ逃げる。今回、躊躇ちゅうちょはしない。


 岩の壁に吊されたランタンがあった。それに火を移そうとして、手を止める。


「すこし、待っててくれ」


 うしろにささやく。ゆっくりと進んだ。


 道のさきにあったのは、牢屋だ。岩に鉄の棒を埋めこんで作ってあった。悪さをした炭鉱夫を入れるのだと思う。


 扉はあいていて、そこに、大土竜タルパが数匹寝ていた。


 音を立てないように近づき、鉄柵の扉を閉めた。鉄のきしむ音がする。なるべくゆっくりと動かした。


 地面に落ちていた錠前を閉める。それから慎重に後退した。


 これは二手に分かれた偏りがあってよかった。もしグラヌスかドーリクがいたら、先頭を進み、大土竜タルパを見た瞬間に斬りかかっていただろう。


 運があるのかもしれない。


 おれは首につけた琥珀の玉をつなげたお守りをにぎった。ヒックイト族に伝わるお守りだ。


 運を頼るなど策士がすることではないが、グールが相手だ。運ぐらいは欲しい。


 思えば、仲間の運には恵まれている。猿人のおれが、犬人、鳥人、猫人、さらに人間と連れ立っているのだ。


 アトとアグン山にもどるとき、この仲間がどうなるのか予想ができない。グラヌスは一度きたが、あれは一日だ。さすがに犬人三人は連れていけないだろう。


 いい案はないが、いまは大事な旅の仲間だ。みなの安全を考えないと。


 ああ、領主の馬鹿息子がいたか。まあ、あれは最悪、放って逃げよう。


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