小話3話 ゲルク 出発のあと
息子のドーリクたちが出発し、もう数日経つ。
元気でやっているだろうか。冬のあいだ、息子たちと過ごす日々は思いのほか楽しかった。
異種族の集団を連れてきたときは肝を冷やした。あやしげな集団だとも思った。それが、この森の英雄だ。見た目というのはあてにならぬ。
家の木戸を叩く音がした。もう夜ふけだ。妻はさきに寝ている。こんな遅くに何用だろうか。
「ゲルクよ、ニュンペー様はご不在か。木の上の家におられぬ」
「息子と一緒に旅立った。もうずいぶん前ぞ! どうかされたか」
「酔うて小便に出たら、こけて足首をひねっての」
なんだ、そのようなことか。
「足を固定し、しばらく安静にされよ!」
「むう、そうするか」
なにやら、ぶつぶつ言いながら帰っていった。
猫人のマルカは残ればよかったのに。犬人のオフネとオネの兄妹はイーリクの祖母が面倒を見ている。イーリクの話だと、祖母はコリンディアの街にいたころより、人が変わったように元気になったそうだ。
それを言えば、息子も含め、みな残ればよかった。この森なら食うには困らない。
木戸が叩かれた。またか。
「ゲルク殿、遅くにすまぬ」
耳をうたがった。その声は旧友の声だ。木戸をあけ、家のなかに招き入れた。
「遠くから大変だったでしょう」
「すまぬ。野宿して翌朝とも思ったのだが」
「水くさい。先の大戦では、新兵の私が世話になりっぱなしだったではありませんか!」
旧友は、私よりずいぶん年上の犬人だが、かつてあったアッシリア国とウブラ国の戦いで知り合った。戦争が終わってからも、たまに私を訪ねて来てくれる。
「しかし、久しぶりです。最後に会ったのは、もう五年は前でしょうか」
「十年になる。前の仕事を辞めて、遠くまで歩かぬようになったのでな」
そうだ、手紙を運ぶ仕事していた。そんな話を聞いたことがある。
「それで、十年ぶりに何用です?」
「うむ。近くまで来たのでな。なにやら、フーリアの森が大変なことになっていると聞いた。心配になっての」
昔から優しい男だった。それは年老いたいまでも、変わらないのか。
私は、この秋から冬にかけての話をした。息子が帰ってきて、その仲間たちがグールを退治した話を。
「そうか、では、いまはフーリアも安泰か」
「ええ。一冬超えるころには、話が伝わったのか、避難していた者も帰ってきております」
旧友は白くなった顎の毛をなでた。年をとり、昔にくらべ頬が痩せた気がする。
「いま、ご子息たちは?」
「それが、不可解なことが南の村々で起きてるそうで。グールを退治した話をどこかで聞きつけたのか、助けを請われましてね」
旧友は目を眉間をよせた。
「さらに南か・・・・・・」
「どうかされましたか?」
「いや、聞いた話だと、猿人もいたと聞く。遠くまで旅をするものだと感心した」
それを言うなら、旧友のほうだ。
「その歳で、ここまで来るほうが感心しますよ。健脚ぶりは健在ですね。どこでしたか、住まいは・・・・・・」
思いだそうとして、思いだせなかった。それを見て旧友が笑う。
「ペレイア。厳密には、その近くの農場だが」
「そうそうペレイアでした。今日は泊まっていかれるでしょう、ヤニス殿」
老犬人はうなずいた。
「惜しいな。息子がいたら、会わせたかった」
「このあと、わしは奇遇にも南へ下る。会うかもしれぬ。伝言でもあるか?」
伝言か。そう言われてもなにも思いつかない。
「特にないですね。隊長とアトに迷惑をかけぬようにと」
「ほう、アトとな」
「はい、人間の子なんですがね、まあ、気立てのよい少年で」
「ほう、人間とな。聞きたいな」
「望みとあらば、いくらでも。しまった、酒が切れてる」
「土産に麦酒を持ってきた。これでよければ」
「さすが、ヤニス殿」
旧友と酌み交わす酒は、いつでも楽しいものだ。
いや、こうして楽しめるのも、息子を含め八人のお陰。
私はあらためて心のなかで八人の姿を思い浮かべ、感謝するとともに、旅の安全を心より願った。
小話3話 終




