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第59話 池の戦闘

 朝から森のたみの家々をまわる。グールを見た人を探しだし、話を聞くためだ。


 同行したのは、この森の住民であったイーリク、ドーリク。それに自分とアトの四人だ。


 ラティオなど猿人がいきなり家に来れば、さすがに森の民でも敵意を見せるかもしれない。そう教えてくれたのはドーリクの父ゲルクだった。


 アトを同行させたのは、それでも異種族がきていると知らすためである。


 人間を初めて見たという人ばかりだったが、ラボス村で育ったと聞くと、どの相手もどこか安心したようだった。


 何軒目かにたずねた家で、グールを見たという男がいた。


「でっけえ蛇みてえなもんだ。水しぶきがあがったと思ったら、もうハングスの野郎は・・・・・・」


 ハングスとは、一緒に釣りにでかけた友人らしい。噛みつかれ、まばたきする間もなく池に引きずりこまれたそうだ。


 男は思いだしたのか、戸口にへたりこみ、泣きはじめた。急でおどろいたが、親しい友人の死、それは耐えれるものではないのだろう。しゃがんで男の肩をたたいた。


 もうひとり、遠目からだが見たという婦人がいた。やはり姿は大きな蛇だったようだ。


「一匹だけですか?」

「一匹だけど、あんた、大きいったらないよ! 不気味に水面から首をだして、まわりをうかがってたね」


 やはり、池にいるのはペレイアの街で見たグールとおなじだ。


 イーリクの家にもどり、みなに聞いた話を伝える。


「それなら、アトがあのとき持ってきたように、長縄ながなわが欲しいな」


 言ったのはラティオだ。なわはぜひとも欲しい。それにあの大きさだ。近接戦がしにくい。


「弓を使わぬ自分が言うのもなんだが、弓や投げ槍、遠目からの武器が欲しい」


 イーリクとドーリクが、家々をまわって借りてくると言った。この森に兵はいないが、狩猟用があるだろうと。


 昼にならぬうちに用意はできた。イーリクとドーリクはかなり駆けまわったようで、弓も槍も十本以上あつめてきた。みなで分散してそれを持つ。


 マルカはさすがに状況がわかっているのか、ついてくるとは言わなかった。だが、五歳にはわからなかったのか、オフスはごねた。


「オフス、この家を守ってくれ」


 アトが自身のまく帯革おびかわにある短剣をとった。オフスが受けとる。


「オネのそばを離れるなよ。ぼくはそれで失敗した」


 アトはオフスの頭をなでた。なにか失敗があったのだろうか。その話は聞いていない。


 森の奥にあるという池までは、イーリクとドーリクが道案内した。


 ふたりは生まれ育った森だ。確固たる足取りで歩く。なにを目印にしているのか、自分にはさっぱりわからなかった。それでも、一度として迷うことなく池に着いた。


 かなり大きな池で、深さもあるのか水面からは暗くてなにも見えない。


 池のまわりは浅瀬も広がっていて、シダやガマといった草が生いしげっている。


 池を囲うように浅瀬に七人で立った。中央はイーリク、ヒュー、ボンフェラートの三人。精霊による攻撃をねらう。


 その外にアトとラティオ。弓による攻撃だ。半円になった大外の両端が自分とドーリクとなる。


地力の護文(ピスマ)!」


 ボンフエラートの声と同時に、からだのなかに高揚感がわいてきた。土の精霊による護文だ。


 自分は槍を肩でかつぐようにかまえる。投げるためだ。すこし離れたよこでは、アトが弓をかまえ引き絞っている。


「じゃあ、やるか」


 ラティオが石をひろい、みなを見る。六人がうなずいた。


 どぼんっと、ラティオの投げた石が池の中央に落ちる。中央からの波が岸辺までゆっくりと広がった。そのほか、なにも動きはない。


「くる」


 アトが弓のねらいを定めた。池に向かって左、自分とアトのいる前方だ。


 ぬっと水面から頭がでた。岩のように大きな頭。次に目が見える。その目は赤トウガラシのように赤く、縦に細い瞳孔がぎょろっと動いた。なんと獰猛どうもうな目をしているのか。まちがいない、グールだ。


 アトが矢を放つ。矢はすこし外れ、水面に落ちた。大蛇が水面からでてくる。


 頭をもたげかと思うと、アトにむかう。危ない!


 二歩ほど助走し槍を投げる。槍は大蛇の首に刺さった。大蛇が倒れ、沈んでいく。


 こんなものだろうか。みなを見ると、まだ池の水面を見ていた。池をふり返る。また頭だ。だが頭は四つある。


「一匹ではないのか!」

氷結の呪文(パーゴス)!」


 イーリクの呪文が飛んだ。水の精霊が走る気配を感じる。それが頭のひとつとぶつかった。だが精霊のほうが消える。


「馬鹿な、精霊が効かない!」


 イーリクが驚愕きょうがくの声をあげた。さらに水面の頭がふたつ増える。


退がれ! 水に引きずりこまれるぞ!」


 ラティオがさけんだ。ぬかるむ浅瀬を後退しながら剣をぬく。


 次々と大蛇が水面からあらわれた。


「八、いや、九匹か!」

「いや、そうじゃねえ、胴を見ろ!」


 目をうたがった。長い首の下、九本の首はひとつの太い胴でつながっている。


「これは、太古の詩人ヘシオドスの一節にでてくるグールか!」


 ボンフェラートが青ざめた顔で声を漏らした。


「ヒュードラ。最上級獣アモングールじゃ!」


 蛇の首のひとつが自分にきた。剣の腹で牙を受ける。ぶつかって飛ばされた。起きあがり剣をかまえる。剣を見て愕然がくぜんとした。いままで幾多いくたの調練でも折れることのなかった剣が折れている!


「無理だ。勝てない」


 だれが言ったかと思えばヒューだ。


的中の護文(ストーコス)


 九頭の大蛇に手をかざした。なぜ敵に護文をかけるか!


水膜の護文(アフロース)


 イーリクまで敵に護文をかける。大蛇の頭に激しくまわる水流が見えた。まさか!


「ここまでじゃな」


 ボンフェラートはそう言い、外套の下から両腕をだす。なにをするのかわかった。


「ならぬ、ボンフェラート殿!」


 さけんだ。だが、猿人の精霊使いは自分をすこし見ただけだった。


大地の護文(ピスマタリス)


 唱えると同時に、大蛇の頭がはじけた。


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