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第44話 運河の渡し舟

 馬がへたってきた。


 ザンパール平原はまだ遠い。馬を換えるか。もう一頭、馬をうしろに連れている。換え馬だ。


 手綱をゆるめ、馬の速度を落とす。


「グラヌス」


 背後から少年らしい透きとおる声がした。

 

「アト殿、どうされた?」

「なにか、怒ってる?」

「そんなことはない」

「そうか」


 怒ってはいない。だが、じつのところ、腹が立っている。


 たみを守るのが兵士の役割。それがどうだ。村や町の兵士は仕事をしておらず、コリンディアの歩兵隊にいたっては錯綜さくそうしてウブラ国に戦争をふっかけようとしている。


 ひとつの村が全滅し、ひとつの街が襲われたのだ。いまこそ、歩兵隊の力が必要であろうに。


 馬を止め、地面におりた。


 前方にまわり、馬の顔を見る。意外にへばってはいない。すこし休ませれば、また走れるだろう。


 きた道をふり返るが、ほかの騎影はない。


「アト殿、仲間の馬は見えるか?」


 馬上のアトが地平線にむけ目を細めた。


「見えないな・・・・・・」


 どうやら、この馬が群をぬいて優秀だったようだ。


 人とおなじように馬も能力には差異がある。みじかい距離なら足の速さはわかりやすいが、こういう長駆に関する能力は、ためす機会がないのでわかりずらい。


「とりあえず、運河までゆこう。そこでみなを待つ」


 それぞれ換え馬を二頭か三頭は連れている。自分もすでに一回換えた。


「グラヌス」


 ふいに呼ばれ、馬上のアトを見あげた。


「馬のあつかいを注意して見てきた。ひとりで乗れるかもしれない」


 おどろいた。アトは馬に乗れないので、ずっと二人で乗ってきた。その合間に見て学んでいたというのか。


 もういちど道をふり返る。仲間は追いついてこない。馬はこの二頭だけだ。大事にすべきかもしれない。二人で乗るより一人ずつのほうが馬への負担が軽い。ためしてみるか。


 二頭をつないでいた縄を右手にもち、馬に乗った。左手で自分の馬の手綱をにぎる。


 アトの馬が方向をまちがえば、自分が引っぱってやればいいだろう。


「ゆっくりと走ってみる」


 アトがうなずいた。馬の腹を蹴り、出発する。


 駆け足ほどの速さだが、アトは上手く乗れているようだ。


 ここまで行動をともにし、この少年の性格はわかっている。いつも必死だ。まわりの足を引っぱらないように、常に考えている。


 コリンディアの歩兵を止めたのち、アトはどこへ行くのだろうか。考えられるのはアグン山のヒックイト族だ。


「グラヌス、もうちょっと速くてもいい!」


 後方から声が聞こえた。


「わかった、すこし速度をあげる」


 ふり返りアトに伝える。思ったそばからこれだ。少年は、がんばりすぎる。機会があれば、ラティオに相談しておこう。




 馬は快走をつづけ、運河の船つき場まで来た。


 テサロア地方を分断するかのように中央をながれる運河。その所々には、渡し船の船の船つき場がある。


 ここまで、歩兵隊の姿は見なかった。もう河をわたったのか、それとも、ちがう道を進んでいるのか。


 後続の到着に首をながくするかまえでいたが、あらわれたのは、ヒューをうしろに乗せたラティオの馬だ。


「意外だな。二人乗りが、ほかより早いとは」

「いや、グラヌス。限界だ」


 ラティオの乗っている馬を見た。口のはしに泡がでている。


「あまりに差がついたんでな。潰れるのを覚悟で走らせた。これが最後の馬だ」


 そういうことか。だが、この判断の思いきりがラティオだ。副長のイーリクは自分より頭がよいと思うのだが、慎重しんちょうすぎてよく失敗をする。


「ほかの者は、どのあたりだろうか」

「さてな。おまえを追いかけるので精一杯だったんでな」


 自身の呼吸をととのえながら、ラティオは馬をおりた。


「それでグラヌス、おまえさんとこの歩兵隊は見たか?」


 自分は首をふった。


「そうか。すでに運河をわたったのか、または、ちがう道なのか・・・・・・」


 ラティオが、おなじことを考えている。

 

「七人、めざす場所はおなじ。待たずともよいだろう」


 ヒューはそう言い、運河に指をさした。渡し船が岸に近づいてくる。


「そうだな、馬も二頭あるみてえだし。よくもったな」


 ラティオが感心している。自分は胸をそらした。


「アト殿が馬に乗れるようになった」

「おまえがほこるな。だが、それはすげえ。こっちの鳥もそうなりゃいいけどな」

「馬はきらいだ」


 そういう問題ではないと思うのだが、この鳥人族は独特だ。いや、鳥人族にはこのヒューしか会ったことがない。鳥人族ではなく、この者が独特なだけかもしれない。


「旅のかた、乗りますかね?」


 船つき場の男に呼ばれた。渡し船は桟橋についている。舟は平底の舟だ。馬もいっしょに乗れるだろう。


 アト、ラティオ、ヒューの三人を見ると、三人ともがうなずいた。よし、向こう岸にわたろう。


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