第40話 長い影
なにか、なにかがちがう。
北のグラヌス隊を見た。篝のそばに立っている影はおなじだ。西のハドス町長の隊もおなじ。戦いが始まっているようすは微塵もない。
たまに人の声が聞こえるぐらいで、街は静かだった。いや、待てよ、静か?
「川の音!」
ちょろちょろと流れていた水路の音が聞こえない。ぼくは見はり台の囲いに身を乗りだし、下をのぞきこんだ。
上から見た水路は黒かった。いや、それは影だ。大きく長い影が水路にひそんでいる!
「ラティオ!」
上からさけんだ。ラティオは水路のそばで、悪いことに水路を背にして立っている。
「ラティオ!」
だめだ、声が届いてない。ぼくは矢筒から矢を一本つかみ、弓にかけた。
そのまま油皿の油を鏃にひたす。火をつけると鏃が燃えだした。
見はり台の囲いから腕をだし、ラティオの足もとをねらう。本人に当たらないよう気をつけた。矢を放つ。ラティオから五歩ほどの地面に矢が刺さった。ラティオがぎょっとして上を見る。
「ラティオ、川!」
ぼくは水路に指をさした。ラティオが水路をふり返る。同時に水路から巨大な水しぶきがあがった!
蛇だ。それは巨大な蛇だった。
「大蛇獣じゃ! みな、さがれ」
ボンフェラートのさけぶ声が聞こえた。
ぼくは火矢をもう一本、真上にむかって放つ。敵は中央、それを北と西の隊に知らせる。
「アト、おりろ! この櫓を攻撃されたら、アトが落ちる」
ヒューが言った。ぼくは弓を背中にかけ梯子をおりようとした。だが、そのとき西の家々の屋根が見えた。なにかが屋根の上にいる!
「ヒュー!」
鳥人族を呼んだ。ぼくはさきほど、真上に火矢を放った。ハドス町長はこっちに注目しているはず。それだと屋根の上に気づかない。
「ヒュー、ぼくを街の西へ!」
さけんだ。姿が見えないが聞こえただろうか。もう一度さけぼうとしたとき、うしろから抱きしめられ、体は宙に浮いた。
街の西側へ飛んでいく。こっちにむかって駆けてくる一団が見えた。その通りの屋根の上。ラボスの村にもでた大土竜だ。
「ヒュー、あの屋根の上へ!」
ひとつの屋根を指さす。その建物は三階建てで、グールがいる屋根のななめまえになる。
「町長、屋根の上!」
ぼくの声にハドス町長が気づいた。駆ける隊がいったん止まる。ぼくは屋根の上に降り立った。
すばやく矢をつがえ、むかいの屋根にいるグールをねらう。むこうのほうが低い。撃ちおろすように放った矢は、一番手前のグールにあたり屋根から落ちた。
「上だ、屋根にいるぞ!」
隊の先頭にいたハドス町長がさけぶ。隊のなかで弓を持つものが矢をむけたとき、隊の後方から絶叫が聞こえた。
火の咆哮。通りのむこうから来たのは、獅子と山羊の頭をもつ双頭のグールだ。
「上級獣だ、盾をかまえよ!」
そこに火の咆哮が放たれる。ぼくは矢をつがえた。火を吐くのは獅子のほう。すこし遠い。ここから当たるか。
風だ。ぼくの体に追い風が当たる。気づけばヒューが、弓をかまえるぼくの背中にそっと触れていた。口もとは、なにかを唱えている。
これは風の精霊。ヒューは風の精霊使いだったのか!
「的中の護文」
ヒューがつぶやくと同時に、風の道が見えた。それは、ぼくから獅子の頭へとむかっている。風の道に矢を乗せるよう引き絞り、強くなる追い風とともに放つ。
矢は一直線に飛び、獅子の左目に突き立った!
火の咆哮がやんだ。双頭のグールが背をむけるのが見える。いそぎ矢をつがえ放ったが、矢はあらぬ方向へ飛んでいく。
下から絶叫が聞こえた。大土竜と人々は戦っている。まだ屋根にもいた。
連続で矢を放つ。そのいくつかは当たり、屋根から大土竜がころげ落ちる。しかし、矢筒に矢はなくなった。
三階の屋根からどうおりようか。下を見たら、またうしろから抱きかかえられた。飛んで通りの地面に降りる。
ハドス町長の隊へ駆けようとすると、ヒューが肩をつかんだ。
「グラヌスの隊を呼んだほうがいい」
そのとおりだ。ぼくは反対をむき街の中央にむけて駆けだした。
中央の広場では、グラヌスの隊と大蛇が戦っていた。二体の大蛇が地面に横たわっている。残りの一体が暴れていて、そのまわりを剣と盾を持った人々が囲んでいた。
「三体もいたのか!」
近くにグラヌスを見つける。
「グラヌス!」
剣と盾をかまえていたグラヌスが、ぼくを見た。
「グラヌス、西側にもグールが!」
「数は!」
「多い!」
聞いたグラヌスはすぐに声をあげた。
「イーリク、半数をひきいてハドス町長と合流!」
イーリクがまわりの人に声をかけ走りだす。
生き残った大蛇は、倒れたものより大きかった。鎌首をもたげた高さは建物の二階とおなじだ。
大蛇は牙を見せ威嚇している。みんなは近よれないでいるようだ。
うしろから剣を持ったふたりが斬りかかろうとした。大蛇の尻尾がうなりをあげ、ふたりがなぎ払われた。
「アト、無事か?」
ぼくのよこにグラヌスがきていた。からだは大蛇にむけたままで、ぼくに話しかける。
「グラヌス、だれか氷結の呪文は?」
大蛇の動き、水の呪文で止めれないだろうか。
「駄目だ。大きすぎて効果がなかった」
副長のイーリクは精霊戦士だったはず。とうに試しているか。では、なにかないか。いや、待てよ、そうだ!
「アト!」
弓を置いて駆けだしたぼくをグラヌスが呼んだ。ぼくは塔の詰所にむかって走る。
牢を抜けだすとき、なにを使った? そう、長縄だ!




