第38話 ラティオの立案
グラヌスがラボス村で起きた一連のことを話した。
話し終えると、ペレイアの人は一様に押し黙った。
「ハドス殿」
グラヌスが町長に問いかける。
「昨日、この街にもグールがあらわれたと聞きました。ラボス村のことを考えると・・・・・・」
ハドス町長は顔をしかめた。
「次は、グールの大群が来るか」
「おそらく」
ハドス町長は腕をくみ、目を閉じた。
「ハドス殿、すみやかに兵士、そして守兵を配備されよ」
町長はすぐに答えなかった。顔には苦悶の表情が見える。
「ハドス殿?」
「・・・・・・守兵はおらぬ」
守兵がいない? 考えられないことだった。グラヌスもそう思ったようで、ぼくと見あって首をひねる。
ハドス町長は重そうに口をあけた。
「王都の命令だ。王都からの兵士を増やし、街の民兵はなくせと」
ぼくは父さんが王都に呼び出された日を思いだした。王都に呼びだされるのは珍しいことだった。このことだったのかもしれない。
「なぜ、守兵をなくすのです?」
聞いてみた。守兵がいなければ、あてにならない都の兵士ばかりになる。
「けっ、王都で兵士があまってんのさ、その食いぶちを、この街に押しつけやがって」
ペレイアの住民から、吐き捨てるような声が聞こえた。
「しかし、兵士に守れるわけねえ、町長どうする?」
「町長!」
ペレイアの町長はみんなに呼ばれ、また目を閉じた。考えているようだ。かわりに口を開いたのは、グラヌスだった。
「とりあえず、数日しのいでくれれば。自分がコリンディアにもどり次第、我が隊を率いてもどる」
ハドス町長がおどろいて顔をあげる。
「貴殿は、何者?」
「申し遅れたが、我が名はグラヌス。コリンディアで隊長をしている」
「兵士のやつら、歩兵隊長を捕縛したのか!」
「まあ、少しかっとなった自分も悪い」
グラヌスは頭をかいたが、ハドス町長は真剣な顔を変えなかった。
「歩兵隊長ならば、この状況、どう守る?」
急に聞かれたグラヌスも真剣な顔になる。
「この状況なら・・・・・・いや、待てよ。ラティオ殿」
グラヌスはラティオを呼んだ。
「おれはいいだろ、グラヌス・・・・・・」
ラティオは嫌そうな顔で前にでた。
「そうはいかん。策を練る能力は、自分より数段上だ」
グラヌスはそう言って今度はハドス町長を見た。
「ハドス殿、この者は自分の仲間だ。信じて欲しい」
町長がラティオを見る。
「猿人族を信じろとは、なかなか難しいことを言う。しかし、話は聞こう」
ラティオは少し笑った。
「その年で町長をしているだけあって、頭は切れるみてえだな」
そう言われれば。ハドスさんは若いのに、この街の長をしている。優秀な人なのかもしれない。もっとも、若いと言っても、ぼくやラティオよりはずっと上だけど。
「守兵を廃止したとしても、経験があるやつはいるはず。何人いる?」
「ざっと百」
「百か・・・・・・」
ラティオは部屋を見まわし、壁ぎわの平台を見つけた。
「その食事台をこっちへ」
それから、部屋の隅で遊んでいた幼児に近づく。
「わりぃな、ちょっとその積み木、貸してくれるか?」
ぽかんとする幼児は返事をしなかったが、ラティオは部屋の中央に置かれた平台に、積み木をならべ始めた。
「この街は真ん中に水路がある。そこに、こんなふうに家が固まっている」
積み木をひとつの家のかたまりに見立てたようだ。
「百の元守兵をふたつに分け、ひとつを北。もうひとつは西だ」
「村の周囲を守るのではないのか?」
ハドス町長は不思議そうにたずねた。
「百人で全方位は守れねえ。それなら、一個集団として動いたほうがいい。ラボス村の方角を考えると、グールが来るのは北か西だろう」
ラティオは北と西のはしに一個ずつ積み木をおいた。
「西からグールが来た場合、北の部隊は外をまわってグールを背後からおそう」
北においた積み木を動かした。
「北からグールが来れば、その逆、西の部隊が外からまわる」
「部隊のおらぬ南や東から来たばあいは?」
「そのときは、対面の部隊、南なら北の部隊が突撃する。基本的にな、部隊ってのは突撃するほうが強えんだ。それも直線のほうがいい」
ハドス町長は真剣な眼差しで積み木を見つめた。
「理にかなった兵法。貴殿も軍人か?」
「いや、ただのヒックイトの山の民だ。兵法を教わったのは、そこの爺さんでね。ボンじい、これでなにか見落としはあるか?」
ボンフェラートが平台に近づく。
「それでよいが、指揮をする者はどんな部隊でも必要ぞ。町長と、ほか十人ほどは中央がよかろう」
「そうだな。そして北がもっとも危ない。グラヌスと副長ふたりに任せるか」
「うむ。わしとラティオが西じゃな」
ラティオがグラヌスを見た。歩兵隊長はうなずく。
「では、そのほかの住民は中央にあつめるか」
「いや、町長さん、逆だ。住民は、おのおのの家でいい」
「おそわれるぞ!」
ラティオがぼくをちらっと見た。
「ラボス村はあつまって守ろうとした。だが、全滅になった。おれはそこから学んだ。住民は、危なくなったら村の外に逃げたほうがいい。それも四方八方にだ」
ラティオがぼくを見る。気遣ってくれたのか。ぼくはだいじょうぶだと、うなずく。
「おれが考えるとすると、こんなところだ。どうするかは、町長さんにまかせるぜ」
ハドス町長は積み木の盤上から顔をあげ、腕組みをといた。
「いや、これが正しいだろう。名はなんと申されるか」
「ラティオだ」
「ラティオ殿、力をお貸しいただきたい」
ラティオを首をすくめた。
「グラヌスといい、あんたといい、ここのところ、変な犬人にばかり会うな」
「それを言うならラティオ殿、私は今日で一生分の変なものを見そうだ。犬人、猿人、鳥人、人間。四種族がともに戦う」
「それは言えるな」
ラティオとハドス町長が笑った。
「あとは、邪魔が入らねえように、どうするかだな」
「邪魔? そうか、兵士か!」
ハドス町長がまた腕組みして悩み始めた。武器庫の鍵も、兵士が持っているらしい。
「そこはね、そんなに難しくないよ」
声をあげたのは、意外にも、さきほどの婦人だった。みんなの前へでるとき、ぼくの頭をなでた。
「ベネ婦人」
「ベネおばさんでいいんだよ、アトボロス」
婦人は笑ったが、目のはしは濡れていた。母さんのことで泣いたんだ。
「あいつら、酒樽を持たせときゃ、すぐ飲んじまうんだ。ファルマゴ草の汁をいっぱい入れて、差し入れすりゃいいんだよ」
ファルマゴ草、毒消しの薬草だ。いや、それは母さんが駄目と言った覚えがある。
「毒消し草を飲んだあとは、酒を飲んではいけないと母さんは言ってました。たがいの成分がぶつかって酩酊してしまうと・・・・・・」
ベネおばさんは、にっと笑った。
「メルレイネ様は、薬草にもおくわしい。きちんとそれを継いでいるようだね」
そうか、酩酊させるのがねらいか!
「なら、おれらは一回もどるか」
ラティオがつぶやいた。もどる? 牢屋にもどるのか!
ついさきほど、こんな高いところには二度と来ないだろうと思った。それが一刻もしないうちに、ぼくの予想は外れになってしまった。




