第37話 ハドス町長の家
ほかの家にくらべ、すこし大きな家だった。
街の東にある一軒家。イーリクやドーリクが待っている場所は西側なので、ここは正反対だ。ヒューが言うには、ここに住民があつまっているという。
でも表に面した窓から家内をのぞくと、燭台に灯りはあるが、人影はなかった。
「ヒュー?」
問いかけてみたが、鳥人族もふしぎそうに首をひねる。
ちょうど男がひとり来た。ぼくらは家から離れ、草陰にかくれた。
男は家に入らず裏にまわった。あとをつける。
家の裏手には、下へ降りる階段があった。この家は地下室があるのか。男が降りていく。
地面の近くに小窓があったので、身をかがめ小窓をのぞいた。地下室には大勢の人があつまっている。
「上級獣なんて話、信じられるか!」
「しかし、わしは少年からたしかに聞いた」
おじいさんだ。街の人に囲まれている。
ぼくは階段を駆けおり、木戸を開けた。
「おじいさん!」
「おお、アトボロス、無事じゃったか」
室内にいた大勢が、いっせいにぼくを見た。
「え、猿人!」
「昼間に捕まったやつだ、逃げだしたのか!」
「捕まえろ!」
男の人が数人、ぼくにむかってこようとして足を止めた。
背後に気配が。ふり返るとグラヌス、ラティオ、ヒュー、ボンフェラートの四人だった。
「アト、おれは言ったよな」
ラティオが小声でぼくに注意した。そうだった。飛びだすなと言われていたのに。でも、おじいさんがみんなに責められているように見えた。
「犬人、猿人、それに・・・・・・鳥人?」
「どうなってんだ、こりゃ」
おどろくペレイアの住民から、ひとりの男が前に歩みでた。男が手を挙げると、さわぎが静まる。
「私は、町長をしているハドス。そのほうら捕まったはずだ。なぜここに?」
この人が町長。年はグラヌスより上。でも、父さんほどの年長者でもなかった。大柄ではないが、がっしりとした体つきをしている。
「ぼくは、ラボス村、セオドロスの息子、アトボロス」
「セオドロスの息子?」
ハドス町長が目を見開いた。
「父をご存じですか?」
「名は知っているが、お会いしたことはない。猿人が犬人の子供と申すのか?」
「ぼくは猿人ではなく、人間です」
「人間だと!」
室内にいたみんなが、ざわめいた。
「ちょっと、どいとくれ!」
あつまった人のなかから恰幅の良い中年の婦人が前に来た。
「セオドロスの子と言ったね」
「はい」
「なら、母親は」
「メルレイネです」
「おや、まあ・・・・・・」
婦人が、ぼくに近づいてこようとした。
「ベネ婦人!」
ハドス町長がするどく注意する。
「その母親の子とは限らん、注意されよ」
「あのかたの名を語るなど、できるもんかね!」
「人間の子ぞ!」
「メルレイネ様は、お優しいかた。人間の子を育てたとしたら、おどろきはしても、ありえる話さね」
ベネと呼ばれた婦人は、ぼくの前にしゃがんだ。
「お母さんは元気?」
答えに困った。なんと言えばいいのだろう。
「アト殿のご両親は亡くなくなられた」
うしろからグラヌスが言った。
「メルレイネ様が」
ベネ婦人がぼくを見た。その目は動揺している。うなずこうとしたら、急に婦人がぼくを抱きしめた。
「ベネ婦人!」
「町長! あたしゃ、すぐラボス村へ発つよ。馬を貸しとくれ!」
「無茶を申すな!」
「あたしゃ、メルレイネ様に精霊の癒やしを教わったんだ!」
この人は癒やし手なのか! しかし、あまりに強く抱きしめられ、息ができなかった。
「おお、ごめんよ」
ベネ婦人が、ぼくを離す。そのさい、どこかで嗅いだ香りがした。
「母さんのパンの匂いだ」
「嬉しいことを言うね。あたしゃメルレイネ様に精霊を教わり、反対にメルレイネ様にパンを教えたのは、このあたしだよ」
ベネ婦人は、ぼくを守るように前に立った。
「町長、すぐ馬を用意しな。反対するなら、あたしゃ金輪際、だれも治療しないよ!」
人々がざわめいた。ハドス町長は返答に困ったかのように顔をしかめる。
「ご婦人、もう行っても遅いのです」
グラヌスが前にでた。
「犬人よ、遅いとはどういうことだ?」
ハドス町長が聞いた。グラヌスはうなずき、これまでのことを話し始めた・・・・・・




