第35話 塔の牢屋
「状況考えろ!」
ラティオが怒声をあげた。
連れてこられた部屋は、塔の最上階だ。部屋の入口には鉄格子がある。塔は牢屋もかねていた。
「すまぬ、つい」
犬人の歩兵隊長はうなだれている。
剣をぬいたグラヌスを止めたのはラティオだった。犬人同士でもめている場合ではないと。たしかにそうだ。ぼくらの敵はグールなのだから。
「まったくよ、おまえが一緒に捕まったら意味がねえ」
でもラティオは本気で怒ってはいない。口のはしに笑みがある。たぶん、それは癖だ。いつも冷静なラティオは、いつも口の右はしに笑みを残している。
「ラティオよ、グラヌスも悪気があったわけではない」
ボンフェラートがたしなめた。
「すまぬ。そもそも、みなを置いて離れたのが間違いだ。異種族と行動を共にしているのを失念していた」
グラヌスの言葉にラティオはさらに怒るかと思ったが、ふっと笑いを浮かべた。
「そう、それだ。おれも自分が他人の国にいるってのを忘れてたぜ」
ラティオは、なぜかぼくをじっと見て首をひねる。
「アトのせいか」
「ぼ、ぼく?」
「ああ。さらにちがう人種いるからか、異種族ってのがあやふやになる」
「それは言えるの」
ボンフェラートまで同意するのか。それから老練な精霊使いは、ふしぎそうにグラヌスを見た。
「貴殿は歩兵の隊長と聞く。ここの兵士より格上じゃと思うのだが」
グラヌスは、ばつが悪そうに頭をかいた。
「そこが、ややこしいところでして。各地をまもる兵士は王都から派遣されております。自分はコリンディアの歩兵部隊。王都の騎士団ならともかく、歩兵の一隊長など歯牙にもかけぬでしょう」
そういうことか。先の大戦で活躍した父さんは少し名の知れた人らしいが、王都から派遣された兵士は、だれも父さんの名を知らなかった。
「さて、歩兵隊長があてにならんとすると、どうするかじゃな」
ぼくは牢屋のすこし高い位置にある窓を見つめた。窓といっても四角い穴が空いているだけだ。明かりと風を入れるためだろう。
窓に鉄格子はないが、ここは四階建ての四階だった。とても飛び降りれる高さではない。
「まあ、だいじょうぶだろう。この場にいないやつがいるからな」
ラティオが軽い口調で答えた。この場にいないのはイーリクかドーリク。しかし、歩兵隊長のグラヌスでも駄目なのに、副長のふたりがどうするのか。
「うわっ!」
思わず声がでた。見つめていた小窓から、逆さになった顔があらわれた。
「ヒュー?」
鳥人族のヒューだ。そういえば、いつのまにかヒューはいなかった!
ヒューは窓枠に手をかけると、上手に身体を入れる。部屋にすっと着地した。
「捕まるのではないか? そう思ったが、やはり捕まったか」
「なら、さきに言えよ!」
冷静なヒューにラティオが怒った。
「この国の反応が見たかったのでな。犬人と猿人の対立、かなり根深い」
鳥人の言葉に、さきほどそれを忘れていた犬人と猿人の三人はうなずいた。
「ヒュー、おれらを順番に窓から降ろせるか?」
そうか、鳥人は飛べる。そう思ったが、ヒューはラティオの身体を見た。足元から頭のさきまで測るように見る。
「無理だ。重すぎる。このなかだと、持てるのはアトぐらいだろう」
「なら、長縄だな。残りふたりとも協力して、調達してきてくれ」
これはイーリクとドーリクが外にいたのが幸運だ。犬人のふたりなら縄も調達できる。
「日が暮れてからにするか?」
「そうだな。さすがに、えっちらおっちら昼に塔の壁を降りてりゃ、いい見せ物だ」
ヒューはうなずき、窓から出ていった。
「では、われらは昼寝でもして待つしかないか」
石の床に横になろうとしたグラヌスをラティオが止めた。
「その前に、ちょっと肩車をしてくれ」
グラヌスが窓を見あげる。
「出るのは夜ではないのか?」
「そう、夜だ。だが明るいうちに逃げ道を考えておきたい」
ラティオは本当に、さきを読む。ぼくはなにかできないだろうか。無為に過ごすのも無駄な気がする。
考えると、ここに入れられるさいに弓は没収されていない。ぼくもみんなも腰にさした剣は兵士に取られたが、弓はそのままだった。
牢屋には寝具のかわりなのか、大きな布があった。それを丸め、部屋のすみに置く。
弓と矢筒を装備し、つづけざまに矢を放った。この鉄の弓は精度が悪い。それなら数で対抗するしかない。
「早撃ちか。どれ、軸のずれを見てやろう。弓の名手に聞いたことがある。早撃ちで気をつけるのは身体の軸だそうだ」
ボンフェラートが、そう言ってぼくのうしろに立つ。
「弓もあつかえるのですか!」
「少しの。無駄に長く生きておるので、ひととおりは使える」
それを言われると、ぼくは短いうえに無駄に生きているのかもしれない。ボンフェラートに教わりながら、日が暮れるまで、ぼくは鉄の弓を練習しつづけた。




