第33話 崩れたおじいさんの家
馬を走らせつづけた。
山間の道をしばらく走っていたが、やがて広い平原にでた。この平原は覚えがある。
おじいさんの家が見えるはずだ。目をこらす。遠くに見える麦畑、あれだ。いや、まさか・・・・・・
「グラヌス、家から煙がでてる!」
犬人の歩兵隊長は速度を落とした。
「あの遠くの家か。アト殿、よく見えるな」
人間の特徴なのか、それともぼくだけなのか、昔から犬人より目はよかった。鼻はもちろん、犬人のほうが有能だ。
「どうした、グラヌス」
止まったぼくらに、ほかの人も馬を寄せてきた。
「ラティオ殿、あのむこうの家の煙が見えるか?」
グラヌスが指をさす。ラティオは言われたほうを見て目を細めた。
「よく見えるな」
猿人のラティオも見えないのか。人間族は目だけはいいのだろうか。力はまちがいなく、いちばん弱いけど。
あのとき、おじいさんには世話になった。寄ってもいいかと聞くと、みんな反対はしなかった。馬ならすぐの距離だ。
馬を走らせ近づいていく。
「隊長、家が!」
さきを走るイーリクがさけんだ。家が半壊している。
家の前で馬が止まるのを待ちきれず、ぼくは飛びおりた。
「おじいさん!」
母屋に入ったが、なかは空っぽだ。食料などがないところを見ると、どこかに避難したのかもしれない。
「だれもいねえな」
「しかし、これはグールだ」
ラティオとグラヌスも小屋に入り話している。母屋からでた。
「おいグラヌス、この近くに村は?」
「ペレイアという街がある」
「街? 村じゃなくてか。でけえのか」
「それなりに」
「まずくねえか? ラボス村から、それほど距離はねえぞ」
ラティオとグラヌスの心配はわかった。ラボス村、それに隠田、さらにここだ。グールは広範囲に出没している。
「おれの里の者を帰さなきゃよかったか」
「ラティオ殿、それこそ兵士、自分たちの役割だ」
「そのペレイラの街に駐留する兵士は?」
「かなりの数がいるはずだ。だが・・・・・・」
グラヌスがぼくを見た。あてにならなかったラボス村の兵士のことだろう。
「ペレイラの街にいる兵士は、まっとうであると信じたい」
「いきどおりを感じるのは大したものだが、ウブラ国でもそんなもんだぜ。兵士は仕事をしねえ。田舎じゃ常識だ」
グラヌスが奥歯を噛みしめているのがわかった。
「隊長」
大男があらわれた。副隊長のドーリクだ。
「おれの馬がへばりぎみです。ちょっと飛ばしすぎたかもしれません」
馬が? ぼくとグラヌスが乗っていた馬を見た。とくに変わったようすはない。
「ふたりで乗るより、この副隊長さんのほうが重いってか」
じろり、とドーリクはラティオを見た。
「猿人の軽口は、あまり好きではありません」
「そりゃ、失礼したな」
ラティオは首をすくめた。
「ペレイアに寄っていこう。そこでドーリクの馬も換える」
グラヌスの言葉にみんながうなずいた。
馬のもとに去っていくドーリクの背中を見て、グラヌスがため息をついた。
「すまぬな。あとで言っておく」
「なに、種族がちがうんだ。無理もねえ。ちがう種族に好かれるなんざ・・・・・・」
ラティオはそこまで言って、ぼくの顔を見た。
「なんでアトは嫌われねえんだろうな。そんなにちがうか?」
「ちがうだろう」
いつのまに背後にヒューがいて、びっくりした。
「なにがちがうんだ?」
「それは逆に聞きたい。なにがおなじだ?」
ふたりは話しながら馬に歩きだした。妙なふたりだ。思わずグラヌスと見あう。
「ペレイアに着いたら、ラボス村のことも聞こう。運よく逃れ、ペレイアにきているかもしれない」
それは期待できない。グラヌスも思ってないだろう。でも、気遣いは嬉しかった。
「そうだ、おい、アト」
ラティオがふり返って呼んだ。
「まえも言ったがな、ひとりで飛びだすな」
ぼくは大きくうなずいた。どうも、かっとなると体がさきに動いてしまう。グラヌスにもラティオにも、心配させないようにしよう。それがいま、ぼくにできる友への気遣いになるはずだ。




