第24話 ラティオの家
「んまあ、長生きするもんだね!」
ラティオのお母さん、タジニさんは感嘆の声をあげ、ぼくら三人をながめた。
「犬人族、鳥人族、それに人間族!」
ふと気づいたのが、ラティオも似たようなことを牢屋で言った。親子なので性格も似ているのかもしれない。
「あんた、四種族がそろうことなんてないよ。今日はごちそうにしようかね」
おなじく迎えてくれたラティオのお父さん、ガラハラオさんが無言で大きくうなずいた。
「こっそり隠してる葡萄酒の上物もだしとくれ」
ガラハラオさんは口を曲げ顔をしかめたが、しぶしぶうなずいた。無口な人のようだ。ヒックイト族の人はみんな体格がいい。無口で顔をしかめたガラハラオさんは、まるで岩のようだった。
ラティオはヒックイト族の男にくらべると細身だ。
「ラティオ殿は母親似か」
グラヌスもおなじ疑問のようだった。
「おれは連れ子でね。親父と血はつながってない」
なるほど。
ラティオの家は丸太をくんで建てた大きな小屋だった。入ってすぐに居間があり、ほかにも何部屋かあるようだった。
居間は板ばりの床だ。そこに何枚もの敷物が敷いてある。まんなかには大きな囲炉裏があった。
「まあ、そのへんに座ってくれ」
囲炉裏をかこむように座った。
「犬人族の自分が言うのはおかしいが、落ち着くな」
グラヌスに言われ、ぼくもうなずいた。ぼくの家とはまったく違う造り。それでもなぜか、ほっとする。
「それは悪い気はしねえな。だが、せまい家だ。悪いが寝るときは、となりの納屋でたのむ」
まったく問題はない。それより、となりのグラヌスが目をきょろきょろと輝かせているのが笑えた。
「おい、そんなにながめるなよ。街の者に見せるほどじゃねえ。恥ずかしくなっちまう」
グラヌスは言われて初めて、無作法であることに気づいたようだ。
「おお、すまぬな。まさか人生で猿人族の家にあがれるとは、思いもしなかったのでな。嬉しくてつい」
ラティオが鼻で笑った。
「ごらんのとおり、粗末な家さ」
「いや、自分はコリンディアの下町の出だ。街の家はもっとせまい」
「ほう、そんなもんか」
「土地が限られるのでな。それでも、そこそこの家賃はする」
コリンディアで見た建物を思いだした。縦長の家が、くっつくように建っていた。
「へぇ、歩兵隊長が敵の家にあがって嬉しいとはね」
ひとことも話さなかった鳥人族が口をひらいた。考えてみるとそうだ。グラヌスは歩兵隊長。猿人族は敵だった。
「剣ぐらいしか取柄がないので軍人をやっている。仕事なのでな。別に猿人族が憎くてやっているわけではない」
グラヌスの言葉、それは、父さんがいつか語った言葉とおなじだ。
「そうか! しまったな・・・・・・」
ラティオがなにか気づいたように声をあげる。ぼくも含め、三人がふしぎそうにラティオを見た。
「将来の話だ。軍人で身を立てるのも考えたが、こりゃ無理だな」
「どうして?」
ラティオとは、それほど多くのときを過ごしていない。それでも充分に頭のよさがわかった。軍人になっても活躍できそうな気がする。
「功をもとめ先陣を切ってみろ、相手の先陣にこの間抜けづらがいたら、戦う気がうせる」
グラヌスは間抜けづらではないが、言い方がおかしかった。
「間抜けづらとはひどい」
グラヌスも笑った。しかし、すぐに考えこんで真剣な顔になる。
「うむ、そうだな。ラティオ殿と剣は交えたくない。勝手な所願だが、軍人にはならないでいただきたい」
ぼくは戦士になりたかった。なりたかっただけで、だれと戦う、そんなことを考えたことはない。
「では、ふたりが戦うことになったら、アトに仲裁を頼め」
「おお、ヒュー殿、その手があった!」
「名案だ」
「ええ! ぼく、無理だよ!」
三人が笑った。なんだ冗談か。
四人で話していると、家の入口から父親のガラハラオさんが入ってきた。手には大きな陶器のびんをかかえている。
「さあさあ、できたよ、もう軽く焼いているからね。あとは好みで焼きな」
ラティオのお母さん、タジニさんも大きな木の皿を持ってくる。皿の上には、木の串に刺さった肉や野菜があった。それを囲炉裏の砂に立て、火にあてる。
「母上殿、これは?」
「このへんではサテ、と言って串焼きだよ。漬け汁がね、家によってちがうのさ」
グラヌスは、囲炉裏の砂に立てられた串焼きの肉をすぐに取った。口に入れる。
ひとくち噛むと、目を見ひらいて残りの肉をいっきに歯で引きぬいた。ほほを膨らませて咀嚼する。
「口にあうかい? と聞こうと思ったけど、こりゃすぐ次が必要だね」
タジニさんはそう言うと、奥の部屋に消えた。ぼくも串焼きの肉をとってみる。グラヌスのように歯で引きぬく。
弾力のあるやわらかい肉だった。たぶん兎だ。グラヌスが目を見張ったわけがわかった。甘辛い味がする! これは食べことのない味だ。
グラヌスはもう食べ終わり、二本目の肉に手をのばした。
「おい、野菜も食えよ」
ラティオの言葉にのばしかけた手を止め、野菜の串をとった。
肉をほうばっていると、ガラハラオさんが木の杯をわたしてくれた。
ぼくはまだお酒が苦手で。そう言おうと思ったが、杯に入っていたのは黒い葉だった。発酵茶だ。それも、とてもいい香りがする!
熱いお茶をすすって飲んだ。ラボスの村でも発酵茶は飲むが、香りより味だった。ここのお茶は女の人が使うお香のように香りが強い。おいしかった。
「父上殿、これが、アグルですか」
グラヌスが、お父さんからわたされた木の杯を持って聞いていた。お父さんがうなずく。無口な父親にかわり、ラティオが話し始めた。
「アグン山で採れた葡萄から作る酒を、ここではそう呼んでる。親父が隠し持ってたってことは、かなり上物だな」
上物の酒。数日前の嫌な夜を思いだした。麦酒の上物だと思ったら、毒が入っていたのだ。グラヌスもそれを思いだしたのか、杯をじっと見ている。
「いやはや、これはうまい!」
もう飲んだあとだった。グラヌスは思いださなかったらしい。
お父さんがグラヌスに注ぎにくる。
「親父、こいつ、酒豪だ。上物がもったいねえぜ」
お父さんは口元に笑みを浮かべ、グラヌスの杯に葡萄酒をそそいだ。自身は囲炉裏には加わらず、部屋の隅にもどり毛布をまるめたものに寄りかかって座る。自分の杯に葡萄酒を注ぎ、無言でそれを飲んだ。
お母さんが次の串焼きを持ってくる。木の椀に入った汁ももらった。
グラヌスが葡萄酒をひとくち飲む。今度はゆっくり飲むようだ。
「うまい酒だ。バラールに輸送したのは、これか? よい値段で売れそうだ」
「いや、そうでもねえ」
ラティオが顔をしかめて杯を置いた。




