第23話 ゴオ族長
ゴオ族長は低い声を発した。
「この里に部外者を入れてはならぬ。忘れたのか?」
大声をあげたわけでもないに、あとずさりしそうになる。ラティオだけが平気な顔をしていた。
「商売の話だ。バラールの商人が来たこともあるだろ」
「商売、犬人族を相手にか?」
「いや、人間を相手にだ」
ラティオがぼくに指をさした。ゴオ族長と目があう。族長は人間のぼくを見ても、表情は動かなかった。
「ラボス村にグールがでた。それを退治してくれるやつをさがしてるそうだ。バラールの弱虫には無理だが、この里の者なら、グールにだって負けやしねえだろう?」
ラボスと聞いて族長の眉が動いた。知っているらしい。
「あそこはアッシリア領だ。捕まりにいくようなもの」
「そこはこの歩兵隊長さんが保証する。そうだよな?」
グラヌスがうなずいた。
「バラールの傭兵を雇おうと思っていた。だが、傭兵は他国の戦で出払っている。どうかひとつ、力をお貸しいただきたい」
グラヌスとゴオ族長が視線をあわせた。ふたり、なにを思っているのだろうか。
「報酬は正規の傭兵と同じ。悪い話じゃねえだろう?」
ラティオがにやりと笑った。だが、族長は笑わなかった。
「人間よ、グールは何体だ?」
「か、数えていません。上級獣は二体いました。一体は倒しましたが」
急に問われてあせった。ラティオが舌打ちしたような気がする。
「上級獣だと?」
「それにグール、集団か!」
族長が手をあげ、ざわめきが収まった。
「犬の歩兵隊長よ」
「それは、自分のことか?」
グラヌスが一歩、前にでた。また剣をぬくかと心配したが、腕はさげたままだ。
「悪いことは言わん。一個師団とは言わぬが、国へ帰り、連隊を組んでいけ。上級獣がいるのなら、正規の軍が当たってもそれが妥当だ」
「わが軍は、すぐには動かせん!」
「それはそっちの都合だ」
「では、報酬を上乗せする!」
ゴオ族長の表情がはじめて動いたが、それは冷笑だった。
「俺も昔、ウブラの軍にいた。内情はだいたいわかる。歩兵なら、それほど潤沢に軍資金はあるまい。それとも、この場にそんな大金をもってきているのか?」
グラヌスを見た。隊長の言葉に答えれないようだった。内容がいまいち理解しにくい。ようは、危険が高すぎるので報酬もかなり高くないと受けれない、ということだろうか。
「かならず、かならず用意する!」
もう一度、族長は冷たく笑った。
「犬人族の歩兵隊長が約束するという。猿人族の我々が、それを信じると思うか?」
グラヌスが奥歯を噛みしめるのがわかった。ぼくも何か言わないといけない。みんなに助けてもらってばかりだ。
「ぼくの父は、ラボス村の村長です。報酬は村からもだしてもらいます。どうでしょうか?」
族長は、すこしおどろいた顔を見せた。
「人間の子が、犬人の子になったのか」
「はい」
族長が怪訝な顔をする。信じてもらえなかったのだろうか。そう思ったが、族長が考えたのは、まったく別のことだった。
「少年よ、ラボスは、この里と変わらぬ山のなかにある村。報酬がだせるほど、豊かではなかろう。それにこの時期にその騒動。今年の収穫は絶望ではないのか?」
言い返せなかった。そのとおりだ。
「ヒックイト族は傭兵ではない。ただの山の民だ。そして傭兵でも、その依頼は受けぬであろう。危険すぎる」
「ですが、村が襲われてしまいます!」
「悪いが、力にはなれぬ」
ここの人は傭兵ではないのかもしれない。でも、集まった男の人は、大きくて屈強そうな人ばかりだった。
「ゴオ族長、でもよ」
「ラティオ、お前は、収穫の輸送が仕事だったはず。ほかの者はとうに帰ってきた。冬支度を手伝え」
なにか、なにかないだろうか。このままでは村を救えない。でも莫大な報酬をだすほどの財はない。それなら・・・・・・
「石碑を建てます!」
「なに?」
「村の中央に石碑を建て、助けていただいた方々の名を刻みます。みんな、感謝するはずです。村の長老はたき火を囲んで子供に話すでしょう、この村を救った英雄です!」
まわりを見た。だれもなにも言わない。
「楽しそうな話じゃねえか」
ふいに声が聞こえた。発したのは、周囲にいたヒックイト族のひとりだ。
「犬の村に猿の名が刻まれるか。まあ、刻んだあとに石碑を倒しゃいいか」
「しません」
男を見た。ひたいから生え際に大きな傷のある大男だった。
「ぼくが石碑を守ります」
「はっ、ガキに言われてもな」
ガキと言われてかっとなった。それなら剣に誓ってやると思った。だが、ぼくは剣を持ってない。腰ひもにさげた革の小刀入れから薬刀をだした。これに誓うのは滑稽すぎる。ならば、ちがうものに誓おう。
「この刀は、亡き母にもらった。母は、グールによって殺された。亡き母に誓って言う。ぼくは助けてもらったことを、死ぬまで忘れない!」
薬刀を頭上にかかげた。
「・・・・・・おめえの母の名は?」
「メルレイネ!」
「亡くなったとは、気の毒にな。その名は忘れないでやる」
ひたいに傷のある大男は、くるりと背をむけ歩きだした。ラティオが、あわてて大男の背中に呼びかける。
「明朝に出発する、行ってもいいという者は、この広場にあつまってくれ!」
大男はふり向かなかった。代わりにゴウ族長が答える。
「すぐに去れ、と言いたいところだが、連れてきたのはラティオだ。明日の朝までは許そう」
族長は馬をまわし、背をむけた。ゆっくりと帰っていく。ほかの住人も、各自の家に帰っていくようだ。
台無しにした。その思いが強い。グラヌスとラティオが、ここまで連れてきてくれた。それをしゃしゃり出て、ぼくが台無しにしてしまった。
「おい、アト」
ラティオがやってきた。
「ごめんよ、ラティオ」
「ああ、まさか上級獣のことをしゃべっちまうとはな」
「ラティオ殿、アト殿は悪気があったわけではない」
グラヌスもきて話にくわわった。
「わかってるよ、隊長さん。おれは、あの手この手でだまくらかそうと思ったが、結果、こっちのほうが最高だ」
ラティオがぼくの肩に手をおいた。
「やるな、お前」
言われた意味がわからなかった。
「よし、帰って飯にしよう」
ラティオはぼくの肩をたたき、歩きだした。ぼくとグラヌス、それにヒューがついていく。
広場をぬけ、山のなかの小道を進んだ。
「そうだ。少し寄りたいところがある」
ラティオはうしろを歩くぼくらに告げると、小道から外れて斜面をのぼり始めた。ぼくらもついていく。
斜面をのぼると、またちがう小道があった。しばらく歩き、小さな小屋に着く。ヒックイト族はラボス村のような集落ではなく、山の中に点々と家を建てているようだ。
「ボンじい!」
ラティオが名前らしきものを呼び、家に入った。ぼくらもついて入る。
小さな小屋だったが、おどろいた。家のなかの壁という壁には板が何段もつけられていて、山のように書物が積みあがっていた。
「いねえか。話を聞きたかったんだがな」
「ラティオ殿、ここの家人は?」
「ああ、ボンフェラートっていう爺さんが住んでてな」
「ボンフェラート、異国人か?」
「数年前に、ここに流れて居ついた。遠くから旅をしてきたらしい」
ぼくは部屋を見まわした。すごい数の書物だ。ヒックイト族は、こんなにも学術に励むのか。
「この里では一番の識者だ。グールについて話を聞きたかったんだがな。爺さんなら、なにか知ってそうだ」
それを聞いてほっとした。
「なんだ、どうした? アト」
「ヒックイトの人が、こんなにも学術に長けているのかと思って」
「ボンじいは特別だ。おれは学術が嫌いでな」
「ぼくもだ」
「恥ずかしながら、自分もだ」
「おう、気があうな」
ぼくとラティオ、グラヌスが見あって笑った。
「書物を読むのは好きなんだがな、人から教わるのが好きじゃねえ。とは言え、ここの書物も、おれは半分ほどしか読んでねえ」
グラヌスと目があった。ラティオはすこし、いやかなり、ぼくらとはちがう。この家の半分。ぼくなら十冊も読めば気を失いそうだ。
「まあいい。帰るか。腹が減って死にそうだ」
ラティオの言葉には大賛成だ。おなかがすいて死にそうだ。でも、おなかがすく自分に気づき、おどろいた。
一緒にいる人数が増えて、知らないうちに緊張がほどけているのかもしれない。
人の家にあがるのだ。はしたなく食い意地を見せないようにしよう。そう自分に注意をしたが、考えれば考えるほど、おなかがぎゅうっと鳴った。




