第22話 舟で北へ
帆かけ舟に乗り、川を北へ北へとのぼっていく。
先日、高い岸壁の上から運河を見た。そのときは気づかなかったが、運河にはいくつもの川が流れこんでいる。左右にわかれる大きな川とは別に、北へのびる川もあった。
秋風をはらんで膨らむ帆を、舟頭のふたりはたくみに操作する。聞いてみると、ふたりは親子で漁師だった。ふだんはこの舟で漁をしているらしい。
風で動く舟というのは、思ったより速い。いまでも馬と変わらない速さに見えるが、風が強ければ飛ぶように走るのだそうだ。
「しまった、食い物を買うのを忘れた!」
グラヌスが大声をあげるが、それは、ぼくも忘れてた!
「心配するな、うちで食えばいい」
「日をまたがず着くのか!」
グラヌスがびっくりしている。びっくりするぐらい早く着くということだ。村を出たことがないぼくには、そのあたりの常識がわからない。
「そうだな、この風なら、夕方には里に着くだろう」
ラティオの言ったとおり、空が赤くなる前にふもとに着いた。
ここまで上流にくると川幅はせまくなり、ぼくでも泳いでわたれそうだ。
「明日の朝にもどる。来なくても昼ごろまでは待ってみてくれ」
ラティオが漁師の親子にそうたのんでいる。
岸辺におりたぼくは、山を見あげていた。鬱蒼と木々がおいしげり、ふもとからは頂上が見えない。
「おれが先頭をいく。おれの歩いた道から離れないでくれ。山のなかは罠があったりするからな」
グラヌスと見あった。その罠で捕らえるものは動物なのか、人なのか。
ラティオのうしろについて、山を登る。
「面倒だ。飛んでもいいか?」
うしろからヒューが聞いた。グラヌスは最後尾にいる。
「やめとけ。まちがって矢で射られるぞ」
ヒューが顔をしかめた。山道を歩くのは苦手なのかもしれない。
「ヒックイト族は、何人いるの?」
興味本位で聞いてみると、ラティオは小首をかたむけた。
「さてな、千か二千。それと集落ではないところに住んでいる者も多い。そこまで合わせても五千ていどか」
「そんなにいるのか!」
うしろから驚嘆の声をあげたのはグラヌスだ。
「村、ではないね。その規模だと」
そう言ったのはヒューだ。
「いや、村だな。アグン山と、それにつながる山に散らばって住んでいる。ひとつひとつの集落は小さいもんさ」
ラティオはヒックイト族を山の民と言った。ラボス村と似たようなものかもしれない。
「山賊ではなかった・・・・・・」
「おう、昔は荒っぽかったらしいが、今のゴオ族長になってからは、掟が厳しくなったと聞く」
ぼくが思わずつぶやいた言葉にラティオが答えた。
「ゴオだと?」
グラヌスがまた大声をあげた。
「もしや、首切りのゴオか!」
「首切り?」
ぼくはふり返った。ずいぶん物騒な名だ。
「アト殿は知らぬか? さきの大戦で名を馳せた五人の戦士だ。五英傑と言われる」
五英傑、聞いたことはなかった。父さんは、その大戦に参加していた。でも、戦争の悲惨さはよく語ったが、武勇伝のようなものは言わなかった。
「五英傑のひとりに、首切りのゴオと呼ばれた猿人がいる。大剣を使い、ひとふりで首を飛ばすことから名づけられた名だ」
ひとふりで。思わず、ごくりと喉がなった。
「いや、名前がおなじだけだろう。考えてみれば、五英傑ならば富と名声を手にいれている。言葉は悪いが山奥の田舎には・・・・・・」
先頭を歩くラティオが止まった。
「おい、グラヌス」
「うん?」
「その通り名で呼ぶなよ。本人は嫌ってんだ。斬られるぞ」
「なっ!」
グラヌスとぼくが見あっていると、となりのヒューがつぶやいた。
「さて、予想とかなりちがってきた。隊長さんはアトを守れるかな」
にやっと笑う。この鳥人族の人、なにを考えているのか、どうもつかめない人だ。
山道を歩きつづけていると、だんだんと違和感がわいてくる。肌がざわつくような感覚があった。
周囲を見まわす。景色はかわっていない。なにがちがうのだろうか。
「見られている」
ぼくの横にグラヌスが来てささやいた。そうか、視線か!
「それも、登るほどに増えてきている。気をつけて」
ぼくはうなずいた。そして周囲を見るのはやめた。かくれて見ているのだろう。山になれた者が身をひそめると、まずわからない。子供のころ、父さんと山でかくれんぼをすると、絶対見つけられなかった。
「もうすぐ着く」
ラティオの声に斜面のさきを見た。空がひらけている。そこへ人影があらわれた。こちらをのぞきに来たようだ。人影はひとり、ふたりと増えていく。
登りきると、大きな広場だった。
広場には、ヒックイト族と思われる猿人が大勢いた。みんな、こっちを見ている。
「ラティオ、部外者をつれてくるたあ、どういうこった?」
ヒックイト族のひとりが言った。
「ああ、おれの知り合いでな」
「おい、犬の知り合いってことはねえだろう」
みんなの目線がグラヌスに集まった。グラヌスが緊張しているのも伝わってくる。
「犬だけじゃねえよ。人間と鳥もいるぜ?」
「人間? なんと!」
「おお、鳥人族だ!」
ヒックイト族の人が口々におどろきの声をあげた。
「おい、族長が来たぞ」
だれかの声に人混みがまっぷたつに割れた。馬に乗った人がゆっくりと来る。
まるで狼だ。目にした瞬間に思った。肌がひりつくような威圧感。猿人族を見て狼というのもへんだが、この族長さんには狼とおなじ孤高の強さを感じる。
年も背丈も父さんぐらいだが、黒く短い毛並みに黒い服。黒ずくめの外貌から立ちのぼるような殺気を感じる。こんな威圧のある戦士を見たのは初めてだ。
「く、首切りのゴウ」
左にいたグラヌスがうめいた。族長を見つめたまま、ふるえる右手が腰の剣にのびる。
「グラヌス!」
小さく声をかけ、腕をつかんだ。
グラヌスは自分の腕を見て、剣をぬこうとしたのがわかったらしい。ぼくにうなずき、両拳をぎゅっとにぎって身体の横になおした。




