第21話 バラールの港
「女なら女と言えよ、なんで男の牢屋に入ってんだ」
「聞かれなかった」
あきれた表情のラティオだが、ぼくもおなじだった。そういうものではないと思う。
ヒューは女性だった。言われてみれば長い髪をしている。それでも、この街の婦人のように整えられてはいなかった。
戦士や傭兵といった荒々しい人たちは、毛やひげを伸ばしほうだいという人も多い。鳥人族ということもあり、性別は見た目からはわからなかった。
グラヌスが思いたったように立ちあがる。
「では、すこし待っててくれ。ほかの牢をまわってくる」
歩きだそうとしたグラヌスを、ラティオの声が止めた。
「無駄だ。ここに捕まってるような連中、同行したとして、グールを見たら逃げだすのが関の山だろう」
「しかし、兵力が必要なのだ!」
「おれの里に行こう」
ラティオが立ちあがった。
「ヒックイト族、山賊にたのむのか!」
ラティオが首をすくめた。
「ずいぶんな言われようだ。山賊ってのは、うわさだけだ。おれらは山の民。考えてもみろ、賊ってのは旅人を襲うんだ。アグン山に旅人が通ると思うか?」
言われてみると、その通りだった。ラボス村で山賊をしたら餓死しそうだ。北の山に旅人など、めったに来ない。
「それでも、今からアグン山に行けば、日にちがかかりすぎてしまう!」
そうだ。グラヌスの言葉は正しい。ここからラボス村でも数日かかるのだ。
「そこはな、工夫次第だ」
ラティオがにやりと笑った。
「まあ、見たほうが早いだろう」
ラティオの言葉はわからなかったが、この部屋でだれも手を挙げなかったのも事実だ。囚人を雇うというのは、やはり無理な気がする。
「わかった。ラティオ殿に乗ってみよう」
「乗るのは、おれじゃねえ」
やっぱりラティオの言葉がわからず、グラヌスと見あって首をひねった。
おなじ建物に衛兵の詰所があり、そこで保釈金を払う。
待っていると、ふたりを衛兵がつれてきた。没収されていた剣や荷物も返してもらう。
「おれに、ついてきな」
外に出たラティオが先頭を歩いた。バラールの街に入ったが、そのまま街は素通りし、西の門を出る。そこは運河沿いで、港になっていた。
「舟か!」
グラヌスがおどろきの声をあげた。
「そう、アッシリアの連中は、あんまり使わねえがな」
「アグン山まで行けるのか?」
「ふもとまで」
「上流ではないか。川を逆流するかたちとなるぞ」
「漕いでは無理さ。あれを使う」
ラティオが指をさした。運河の上に帆を張った小さな舟だ。
「帆かけ舟か」
「アグン山のふもとまで行き、そこで舟は待ってもらい、帰りは一気にラボス村の近くまで行く。どうだ?」
グラヌスが感心したように大きくうなずいていた。いい案のようだ。
「行ってくれる舟主をさがしてくる。それなりに代価はかかるぞ」
「それは、まかせてくれ」
ラティオが去っていった。ぼくとグラヌス、それに鳥人族のヒューが残される。
「初めてあったのに、ずいぶんと信用する」
ヒューが無表情のまま、横目でグラヌスを見た。
「いや、正直に申すが、信用してはいない」
「・・・・・・へえ」
「ほかに手立てがない。それに尽きる」
「この地方では、犬人族と猿人族は争っていると聞いたが?」
それは、ぼくも聞いて育った。ヒックイト族といっても猿人族だ。その里にいくのは怖さがあるのもたしかだ。
「争ってはいるが、何年も大きな戦はない」
「だから大丈夫だと?」
「そうは思っておらぬが、このグラヌス、武術にはすこしばかり自信がある」
ヒューがグラヌスを下からなめるように見た。
「山の村だ。人の多い街ではない。何かあれば、アト殿を守って逃げるのはできると思う」
グラヌスは、ぼくを見てうなずいた。心配するな、目がそう言っている。
「アトは、この男を信用しているのか?」
つかの間、この男というのがグラヌスのことだとわからなかった。
「もちろんです」
グラヌスを信用できないなら、きっと、ラボス村以外の人は信用できない。そんな世界ではないと思う。
小さいときから、村の外に出てみたかった。村の者からは、外の世界は厳しいとよく言われた。それでもここまで、ぼくは幻滅するようなことに出会っていない。このさきも、そんなことに出会いたくはなかった。
「ラティオさんを信用できるかどうか、それはわかりませんが、信用したいと思います」
ラティオは母さんのことを聞いて、残念だったなと微笑みかけてくれた。あれをうがって見たくはない。
「もちろん、ヒューさんも」
ヒューが横目でぼくを見た。
「礼節はいらない。ヒューでいい」
「わかった。ヒュー」
「・・・・・・あまいふたりだ」
ヒューは無表情のままつぶやき、運河に目をうつした。
「よし、手配できたぞ」
ラティオが帰ってきた。案内されたのは、お世辞にもりっぱとは言えない帆かけ船だ。詰めれば二十人は乗れそうだが、このバラールの港には荷を乗せた大きな帆船もある。帆船が千年杉だとすると、帆かけ船は葉っぱていどだ。
「このふたりが、舟の持ち主だ」
舟をあつかうのだから、屈強な人を思い浮かべていたが、そうでもなかった。ほっそりとした体型が似ている中年と若い男性のふたり。親子だろうか。
「ふたりも必要なのか?」
グラヌスがふしぎそうな顔をした。
「ああ、状況によるがな。急ぎたいとき、ふたりいれば昼夜問わず走れるだろう」
なるほど。出会ってわずかだが、ラティオは頭がいい。いままで出会ったことのない種類の人だ。
「では行こう」
グラヌスが舟に乗りこむ。ヒューとラティオも飛び乗った。ぼくは岸壁から運河の底をのぞいてみた。底は見えない。
バラールにくる途中、アッシリアの対岸から渡し船に乗った。あのときも思ったが、この運河の底はどれほど深いのだろう。
「どうしたアト」
「今日で初めて、舟というものに乗るので・・・・・・」
躊躇するぼくに、ラティオが舟から手を伸ばした。
「沈まねえから安心しろ。まあ、沈んでも泳ぎゃいい」
泳げるだろうか。山に流れる川で遊んだことはあるが、足がつく深さでしか泳いだことがない。
ラティオの手をとり、慎重に舟に乗った。歩くと揺れる。すぐに腰をおろした。
「そうか、思えば、自分も馬に乗ってばかりで、舟は今日が初めてだな」
「鳥人族は、舟も馬も乗らない」
なんと、ふたりも初めてだった。考えてみると、ラティオだけではない。三人とも変わり者だ。
世界は広い。ぼくはそう感心しながら、舟のへりをしっかりとにぎった。




