第17話 刺客
風もないのに、草むらが動くはずはない。
さらに音はひとつではなかった。
ぼくは左目を閉じた。これからすることのために。
近づいてくるのは、人か動物か。父さんと山の深くで野宿をしたことは何度もある。そのときに学んだ。ゆっくりと近づいてくる音には敵意がある。
石を積んで作ったかまどの火がじゃまだ。鉄鍋をおろした。木の杯に入れてあった水をかけ、かまどの火を消す。
かまどの火が消え、あたりが少し暗くなった。たき火はまだ燃えている。
音は前方と左右。グラヌスの荷物をたぐり寄せ、うしろのしげみに投げた。がさっと大きな音がして、小さな音のほうは止まる。
弓と矢筒を肩にかけた。もうひとつ水の入った杯を手に持つ。耳をすました。
草むらをかきわける音。やっぱり近づいてきている。
グラヌスの手首をつかみ立ちあがった。たき火に身体をのばす。水をかけた。
じゅわっと音がし火が消える。
「消えたぞ!」
男の声が聞こえた。近づいてきたのは動物ではなく人。
つかんでいたグラヌスの手首を両手で持った。グラヌスをうしろに引きずっていく。とにかくここから離れないと。
「ばれたか、どうする!」
「ゆっくり進むぞ!」
「気をつけろ!」
暗闇で距離がわからない。あまり長く移動すると居場所がばれる。草むらにしゃがんだ。音がしないように肩から弓を外す。矢筒から矢を一本とった。
閉じていた左目を開ける。閉じていたことで、左目だけは闇にすぐ慣れた。
弓を引き絞る。
「くそ、見えん。おい、きさまら、かんねんしろ!」
右。声がしたほうに矢を放つ。すぐに次の矢をかまえた。
「なにか飛んで・・・・・・」
さきほどと同じ声。さきほどより少し左にむけて放った。
「ぐあっ!」
「どうした!」
「矢だ、矢が刺さった!」
三本目の矢をかまえる。
「たき火のとこに着いた! 水かけて消してやがる!」
たき火の場所。なんとなくでもわかる。矢を放った。外した。もう一本を即座に引き、放つ。
「ぬあ! 太ももに・・・・・・」
「相手は剣じゃねえのか! 弓とは聞いてねえぞ!」
最後の一本をかまえた。
「逃げるぞ!」
「おい、待て!」
「連れてってくれえ! 足が動かねえ!」
「こっちもだ、助けてくれえ!」
「しるか! 這って逃げろ!」
草むらをかきわける音が遠のいていく。
ぼくは弓をかまえたまま、じっと動かなかった。
あたりがうっすら明るくなった。空を見上げると、雲から三日月がでていた。
弓をかまえたまま立ちあがる。周囲に人影はなかった。かまえをとき、矢を背中の矢筒にもどす。
たき火のそばにもどると、炭の上に矢が落ちていた。ひろって矢筒に入れる。
さきほど襲ってきた者が言っていた。
「弓とは聞いてねえぞ」
そう聞こえた。グラヌスは弓が苦手と言っていた。そのことだろうか。
たき火に火をつけようか迷い、やめた。帰ってくるかもしれない。
グラヌスを引っぱり、さらに遠くの草むらに移動する。自分たちの荷物も持っていく。最後に、鉄鍋と木の杯を持った。
薬草を煮出した鉄鍋は、ひっくり返ってはいなかった。しかも、ちょうど冷めている。
グラヌスのそばに荷物を置き、脇を抱えて起こす。上半身が荷物にもたれるようにした。
木の杯に煮汁をうつし、グラヌスの口に入れると、少しずつ飲んだ。
弓を足下に置き、グラヌスのそばに座る。夜が明けるまで、このまま待とう。
グラヌスを見た。まだ起きる気配はない。さきほどは危なかった。それでも、夜であることがよかった。昼間ならグラヌスを守れなかっただろう。
弱いぼくは、母さんも村も守れなかった。今は、夜明けを待つだけだ。それぐらいなら、できる。
膝をかかえ、暗闇を見つめた。怖くないぞ。
ふいに込み上げた涙を押しとどめた。泣いてもどうにもならない。冷静さを失ったから、あの山猫は死んだ。殺す必要はなかったはずだ。
家に早く帰っていれば、母さんも死ななかった。
母さんと山猫。二人が、ぼくのせいで死んだ。三人目はさせない。そう思い定めると、込み上げていたものは止まった。
あとは夜明けを待つだけだ。ぼくは膝を抱えるのをやめ、あぐらをかき、夜の闇を見つめることにした。
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