第15話 テサロア地方を見わたす
見わたすかぎりの草原を、馬で疾駆する。
馬から落ちないように、前にいるグラヌスの肩をしっかりとつかんでいた。
鳥の群れがすりぬけるかのように、びゅうびゅうと風がすぎ去っていく。
ラボス村では考えられないことだ。ぼくの村は山間なので草原はない。
「アト!」
グラヌスが顔を横にして背後のぼくを呼んでいた。風と馬蹄の音で聞きとりずらい。
「カルラ運河を見たことは!」
「ない!」
ぼくの返事を聞いたグラヌスは、馬の方向を変えた。なだらかな斜面を駆けのぼっていく。
しばらく走るとグラヌスは馬を止めた。ごつごつとした岩の大地に一本だけ大きな樹が生えており、そこに馬をつなげる。
「ここからは歩いていこう」
馬からどう降りようかと困っていたら、グラヌスが手を貸してくれた。こんなことなら、もっと馬を練習しとくんだった。ラボス村には、子供が練習できるようにと共用の馬が二頭いる。
父さんからも言われていた。大人になったら馬に乗ることはあるから、練習しときなさいと。でも、一緒に練習する相手がいないので、あまりしなかった。子供のころから、ひとりで遊んでいた記憶が多い。
歩いていくと岩肌の地面が切れている。このさきに川があるのだろうか。
「ここからだと、このあたり一帯がよく見える」
あたり一帯? 川に近づいたつもりが、眼下に広大な景色が広がった。
「うわ……」
断崖だった。それもかなり高い。崖のさきまで行くと怖いので、少しさがって景色をながめる。
ちぎれた雲が所々にある青空と、草原の緑が所々にある茶色の大地がどこまでもつづき、やがてひとつになっていた。
「あれがカルラ運河だ。ウブラ国ではカルラーン運河とも言うが」
グラヌスに言われ、地平線から手前の大地に目をうつした。
カルラ運河。このテサロア地方の中央を、北から南へ真っすぐに大きな川が流れていた。あれが、アッシリア王国とウブラ共和国の境界線か。では、河の向こうがウブラの領地。
「ダリオンが言っていたザンパール平原が、あのあたり」
グラヌスが河むこうの少し北を指した。丘のない平らな土地が広がっている。何か建物も見えた。ウブラ国の砦だろうか。
そして、そのさらに北。河は左右にわかれている。
左右にわかれる右の付け根に、ここからでもわかる四角い大きな街が見えた。
「グラヌス、あれが……」
「そう、バラール自治領だ」
バラールへは年に何度か、ラボス村からも小麦を売りに行くことがある。交易がさかんな街だと聞くが、それもそのはず。バラールは、アッシリア王国とウブラ共和国の、ちょうど真ん中だったのか。
住民は猿人族が多いらしいけど、犬人族でも自由に出入りできると聞いた。
そして左右にわかれた川を左に沿って行けば、いずれ、ぼくが歩いたストルマ川に行き着くのか。とんでもなく遠くに来たものだ。
「今日はよく晴れてるな。アグン山の頂上まで見える」
グラヌスが目の上に手をかざした。ぼくも真似をする。バラールの都から北。山脈のなかに、ひときわ大きな山がそびえていた。
「あれが、死の門・・・・・・」
「よく知ってるな」
テサロア地方の最北は「死の山脈」によって終わるが、そこを抜ける道もあるという。その一つがアグン山なので、あの山は「死の門」とも言われる。
グラヌスが低い声で話し始めた。
「死の門をくぐると、鼻の曲がるような臭いが立ちこめ、あたりには無数の骨となった屍が・・・・・・」
思わず、ぼくの喉がごくりと鳴った。
「とまあ、そういう逸話があるが、虚言だと聞く」
うそなのか。肩の力がぬける。隊長のような勇ましい男が言うと、冗談に聞こえない。
「だが、山には多くの山賊が巣くうという。どちらにせよ悪名高き山だな」
グラヌスが踵をかえし、馬にむかった。ぼくはもう一度、アグン山を見た。頂上は剣のようにするどい。ぶるぶるっと身震いして、グラヌスのあとを追った。




