第13話 次の一手
「ゼノス師団長!」
第一師団長室から出てすぐ、かつて父の上司であったはずの師団長につめよった。
「いまはもうすな」
ふたりについて行き、また第三師団長室へともどる。
ゼノス師団長は自分の机には行かなかった。みずから椅子を三つだして座る。グラヌス隊長も座ったので、ぼくも腰かけた。
「グラヌスを五番隊の長にしたのが、早かったかもしれぬな」
「自分を?」
「ダリオンは若者のなかで目にあざやかな栄進であったからの。それがグラヌスにぬかされた形になっておる」
グラヌス隊長はすこし考え、あきれたような顔をした。
「五番隊と八番隊、その差ですか!」
ゼノス師団長がうなずく。
「フォルミヨンも末端とは言え、王家の親族。自身の子には栄達をのぞむであろう」
「あやつ、妙に噛みついてくるのは、そういうことか」
三人の師団長のうち、第一歩兵師団長のひときわ豪奢な服を思いだした。王家の親族か。思えばはじめて見る。
「自分は番手にこだわりはありませぬ。八番隊か九番隊を希望します」
聞いたゼノス師団長が苦笑した。
「おぬしはこだわらぬとも、ほかがこだわるわ。剣の腕なら第三師団でいちばんかもしれん」
「はっ。これは過分なおことばを」
「降格しようものなら、副隊長のイーリク、ドーリクあたりが、わしに噛みついてくるわ」
イーリク、ドーリク。訓練所で見た対照的な歩兵ふたりだ。
「それで、セオドロスの子、アトボロスよ」
「はい!」
「すぐに軍は動かせん。次の報が来るまで、この街で待つか、村へ帰るか」
軍が来ない。
アッシリア王国の領地では、なにかあれば国が守ってくれると習った。そのために納める租税だと。
「いますぐ助けが必要なのです」
「うむ。次の報まで待つしかないのでな」
「そんな!」
「帰ったほうがよいであろう。母のメルレイネが心配しておるぞ」
ゼノス師団長は冗談だったのか、そう言って笑った。ぼくは師団長とグラヌス隊長を交互に見た。
「母は、もう殺されました!」
父の手紙にそれは書いてなかったのか。ふたりはおどろいている。
「アトボロスよ、それは大変に気の毒ではあるが……」
「ゼノス師団長」
師団長の言葉を、グラヌス隊長がさえぎった。
「自分がアトボロスに同行し、見てまいります」
「グラヌスよ、おぬしの隊が動けば、またダリオンがせっついてくるぞ」
「いえ、隊は動かさず、自分ひとりが行ってまいります」
「単独でか! ならぬ。それは危険すぎる」
グラヌス隊長は、まじまじと戦士らしい強い視線をぼくにむけた
「アトボロス、村をいつ出た?」
「三日前です」
「たいしたものだ。ラボス村なら、おとなの足で五日はかかるであろう」
そんなにかかるのか。では、もうひとりの使いが来るまで、あと二日もかかる。
「あのダリオンとは、昔から反りが合わなくてな。それがこのような形で迷惑をかけてしまった」
グラヌス隊長が頭をさげたので、ぼくはどうしていいか、わからなかった。
「自分の不徳は自分でぬぐおう」
頭をあげた隊長はゼノス師団長へむいた。
「おとなにまさる尽力で、少年が駆けてきたのです。自分は、アトボロスに協力したいと存じます。師団長、ご許可を」
師団長はしばらく考えたのち、立ち上がると自分の机にまわり引き出しをあけた。なかから小さな袋をだす。
「ふたりだけで行き、なにかあってもこまる。バラールに立ち寄るがよかろう」
「バラール自治領に?」
グラヌス隊長は立ちあがり、小袋を受けとった。
「フォルミヨン第一師団長には、ラボス村へ調査とつたえておく。おぬしとアトボロスはバラールに行き、傭兵団をつれてラボス村を救え」
なるほど。バラールは父さんから聞いたことのある都市だ。
アッシリア王国とウブラ共和国の中間にある商業都市バラール。大きな軍隊はいないが、街には傭兵がたくさんいるらしい。
「グラヌス隊長、そのバラールへは、どのくらいかかりますか」
日にちが必要なら、ここでラボス村の使いを待っていたほうがいいかもしれない。
「馬を飛ばせば、二日で着く。すぐに出立しよう」
それなら早い。ぼくは大きくうなずいた。
バラールか。
このコリンディアという都でも人の多さにおどろいた。まさか、すぐにもうひとつの都に行くとは。
でも、きっとそこで、ラボス村を救ってくれる人がいるはずだ。




