第12話 師団長会議
さきほどのゼノス師団長の部屋より、ひとまわり大きな部屋だった。
大きくて重厚そうな机にかけているのが、第一歩兵師団長のフォルミヨン。
その机にむかって椅子に座っているのが、ニキアス第二師団長と、ゼノス第三師団長だった。
三人の師団長のうち、ゼノス師団長がいちばんの高齢なのが意外だった。フォルミヨンも、ニキアスも、どちらも年齢は四〇から五〇あたりに見える。ゼノス師団長はもう六〇は超えているだろう。
「なるほど……」
フォルミヨンが父さんの手紙を読み、ニキアスにわたした。
「上級獣があらわれたとはな。隊を派遣するとして、いかほどの人数が適正か……」
フォルミヨンは身なりの上品な人だ。あごに生える毛を伸ばし、それを糊で固めているのか、きれいに細長く尖らせている。
「このグラヌスと少年が出会ったのも、なにかの縁。自分の隊に先行をご命令ください」
グラヌス隊長が言った。ぼくといっしょにゼノス師団長の背後に立っている。
「おまちください、父上」
フォルミヨンのうしろに立っていた男が言った。
男は第一師団長と同じように、あごの毛を細くととのえているけど、若い顔には似合ってなかった。
「ダリオンよ、なにか思うところがあるか?」
「はい。私の手の者が仕入れました情報によりますと、ウブラの歩兵隊が運河のむこうに集結しております」
ウブラ。このアッシリア王国と敵対するウブラ共和国だ。
「それは、ただの演習であろう、ダリオン第八隊長」
「グラヌス殿、敵は歩兵隊を遠い村にさそい、こちらの兵力を分散させたいのではあるまいか。容姿を見れば、まっさきにうたぐっても良いものを」
グラヌス隊長と見あった。ぼくのことだろうか?
「ダリオン殿、この少年は人間である。犬人族ではない」
「なるほど、うまい言い訳ですな」
「うまくはない。細作であれば、犬人族をつかうであろう。わざわざ人間族をつかう理由がない」
細作? 味方のふりをして内情をさぐる者。父さんが話してくれた戦争で、そんな役割の者がいると聞いたおぼえがある。
「ぼくは、ラボス村の子です!」
ゼノス師団長が、ぼくに手をかざした。大声をだすなという意味だろう。
「この者の父セオドロス、母メルレイネ、どちらも、わしが知っておる。添えられた書簡にも、この子が自分の子だと書きしるしておろう」
フォルミヨン師団長は机の上にある、もう一通の手紙を見た。
「父上、どこぞの輩とも知らぬ辺境の者、偽物を作るにはたやすいかと」
「ダリオン殿、うしろから見たであろう。正規の軍達にのっとった書式であり、刻印も入っておる」
ゼノス師団長の言葉に、ダリオンは鼻で笑った。
「では、敵にでも買収されましたかな」
これはいま、なんの話をしているのだろうか。
「そもそも、問題として」
ダリオンは少し前に出た。
「このような子供を調べもせず、内部に連れてくる。グラヌス隊長は危機意識が欠如されているとしか思えません」
「うむ。いちりあるな。尋問はしたか、グラヌス」
フォルミヨン第一師団長の言葉に、グラヌス隊長は目をむいた。
「子供ですよ! 師団長」
ダリオンが咳払いした。さっきから、この人ばかりがしゃべっている。
「そう、そこがおかしい。だいじな軍達であればこそ、なぜ年端もいかぬ子供に預けるのか」
ぼくが持ってきた、それがうたがわれているのだろうか。
「父さんは、ぼくともう一人に手紙をたくしました。こっちにむかっているはずです」
「ほう、大人より子供がさきに着くとは。君の足は馬並みですな」
ダリオンがぼくにむかって笑った。さっきから、この人はなにを話しているんだろう!
「そもそも、派遣された兵士からの連絡もない。まさか、兵士は全滅したなどと便利な嘘はつかぬであろうな」
「馬鹿な、兵士なんて、とっくに逃げだしてる!」
王都から派遣された兵士が戦っている姿なんて、見たことがない!
「馬鹿とはなにか!」
ダリオンがぼくにむかってこようとしたが、それまで黙っていたニキアス第二師団長が口をひらいた。
「ひとまず、次の報が来るまで待機でいかがでしょうか、フォルミヨン様」
「うむ。さすが思慮深きニキアスであるな。今後、あらたな報が入り次第、分析をたのむ」
「御意。つきますれば、敵軍の情勢をさぐるのに、ご子息に視察をおねがいしとうございます」
フォルミヨンはダリオンへとむいた。
「行ってくれるか、息子よ」
「はっ。わが国と父には、すでに命をお預けしている身。なにをことわる理由がありましょうぞ」
会議が終わろうとしている。そんなことがあるのだろうか。
「待ってください! ラボスを、父さんを助けてください!」
ゼノス師団長がふりかえり、ぼくの肩に手をおいた。
「アトボロスよ、のちほど話そう」
そんな!
「では、これにて」
フォルミヨン第一歩兵師団長は、まるで今日が何事もなかったかのように、悠々と会議の終了をつげた。




