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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
4章 - 《創り手の快楽》

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75. 雨期が開けて - 1

 


     [1]



 〈インベントリ〉から取り出してそのまま(つる)に掛けた矢筈を、手早く引絞る。

 現実世界のように嗜みとして弓術を学ぶのであれば、立ち居振舞を重視しながらゆっくりと確かな挙動で矢を射るほうが良いのだろう。

 しかし少なからず実戦の中で用いる可能性があることを思えば、あまり所作に時間は掛けていられない。矢を(つが)える一瞬の後には、シグレは速やかにいつでも射ち出せる姿勢を整えていた。


 大仰なサイズをした和弓は見た目ほど重くないものの、[筋力]に乏しいシグレは当初、弦を引くのにも随分と苦労させられたものだ。

 けれど今は普通に弦を引くだけであれば、さほど苦労をすることもなくなった。和弓の重さを支えることも、弦を引絞ることも。全てを[筋力]で扱うのではなく、体幹を頼りとしながら体全体で行うよう意識すれば、それは随分と楽に行える。

 和弓の扱いに関して指導を受けて初めて実感したのは、射撃という行為が自分の手元だけで完結するものではないということだ。自分の体の全てを使い、あたかも矢を放つための『発射台』を形作るかのように意識しなければ、射ち出した矢が自分の思う通りの軌道を描いてくれることはない。

 力みすぎれば身体の均衡を失うが、緩んでしまっては意味が無くなる。弓が伝えてくる空気に意識を委ねながら、意図して特定のタイミングで矢を離すのではなく、張り詰める弓が限界に達した時点で自然と指から矢を擦り抜けさせれば良い。


 ―――緩やかな放物線を描いて飛行した矢は、果たして射場の奥に備え付けられた的の中心に程近い場所に、トン、と軽い音を立てて突き立った。


「うむ、お見事」


 結果を見届けて背後から掛けられた、僅かに老いを孕んだ穏やかな男性の声。


「最初に較べれば構えもなかなか様になってきたのう。これならば実戦でも多少は使い物となることだろう」

「ありがとうございます。全てセイジ先生のご指導のお陰です」


 振り返り、すぐにシグレは背後に立つその人に頭を下げる。

 『セイジ』という名前の示す通り落ちついた青磁の狩衣を纏った初老の男性は、この『綿津見(わだつみ)神社』で神主を務めている方だ。いま利用している的場も神社の境内に設けられたもので、シグレは時折この神社を訪ねては神主から和弓について指導を受けていた。

 ……そう、元々は『時折』だけ受けていた指導だったのだが。この辺りの地域が『雨期』に入り、街の外へ狩りに行く頻度が激減してしまった昨今は、殆ど毎日のように屋根のある的場を利用しに来てしまっていた。

 お陰で随分と弓矢の取扱いにも慣れることができ、昨日あたりからは的の中心を捉えられるようになっていた。無論あくまでも『動かない的』を狙うことが可能になっただけの話なので、実戦で魔物にも上手く当てられるかは別問題だが。


「はっはっ。少しばかり面倒を見てやった程度で『先生』はちと言い過ぎだな。

 とはいえ残念。お主に弓を扱う分があれば、それこそ儂が『先生』となり印可に相応しい腕を身に付けるまで本格的に扱いてやりたい所なのだが」


 ―――シグレに弓を扱う『天恵』はない。

 この世界に於いて『天恵』の有無は絶対であり、その差を覆すことはできない。剣を扱う才能を持って生まれた人は、そうでない人よりも剣技に於いて絶対的に優れた存在だと言うことができる。

 けれど『天恵』が無ければ絶対に剣を扱えないかといえば、そんなことはない。槍だろうと斧だろうと、普通に扱うだけなら誰にでも行うことができる。もちろん弓も例外ではなく、才能を持たないシグレにも普通に扱うだけならば可能だった。


 とはいえ『天恵』を持たないというのは、『スキル』による恩恵を受けられないことに等しい。

 弓に関する天恵―――例えば〈狩人〉や〈狙撃手〉の天恵を有していれば、矢を放つ前からその軌道予測を視界内に表示させることができたり、射撃目標に対して多少の誘導性能を矢に持たせることができたりするらしい。

 矢を用いた攻撃スキルも覚えることができるだろうし、そもそも矢を普通に射るだけであっても、常時発動(パッシブ)スキルの有無によってその威力には大きな差が生じることだろう。

 ―――『天恵』を持たないということは、つまりはそういうことだ。

 普通に弓を扱うこと自体は可能でも、それはいつまでたっても『普通』の範囲を逸脱するものではない。充分な成長を見込むことができず、すぐに頭打ちになってしまうのだ。


「僕はあくまでも〈巫覡術師〉として弓を学びに来ただけですから」

「うむ、まこと酔狂よなあ。そんな手合はお前さん以外に、儂ゃ見たことが無い」


 ここ『綿津見神社』は、『王都アーカナム』における『巫覡術師ギルド』としての役目を兼ねた施設でもある。

 ゆえに、この神社を訪ねてくる〈巫覡術師〉の人数自体は当然、決して少なくは無い筈のだが……しかしそちらの天恵を持つ人達の中に、弓の稽古を求める人など皆無であるのだと神主は以前教えてくれた。


 シグレからすれば、それは何とも理解し難い話だった。〈巫覡術師〉が行使できるスペルの中には【破魔矢】のように弓を用いるものが幾つかあるからだ。

 今まで幾度となくシグレは【破魔矢】のスペルを愛用してきたが―――スペルを用いる度にシグレは(果たして弓の扱い方というものはこれで良いのだろうか)と自問自答せずにはいられなかった。

 【破魔矢】のように『発射体を放ち敵に命中させる』必要があるスペルは目標に対して強い誘導が掛かるため、弓矢の扱い方が間違っていようといまいと、基本的に問題が生じることはない。放たれた矢もすぐに規定の弾速にまで加速するため、それこそ撃ち出した瞬間がへろへろの【破魔矢】であっても問題は無いのだ。


 しかし、だからといって―――弓を扱う必要があるのに、それを僅かにさえ学ばないでいるというのは、シグレにとっては『気持ちの悪い』ことだった。

 スペルの威力には影響しなくとも、【破魔矢】を撃つ瞬間に正しい射形を取れる程度には、最低限の弓の知識を学び得ておきたい―――そう思えばこそ、弓を扱う天恵もないのに、こうして神社で時折指導を受けているのだ。


「まあ、実戦でも全く使えぬことはあるまい。〈ストレージ〉を扱える『天擁』であれば矢は大量に持ち歩いても邪魔にはならぬだろうし、間違えて矢を仲間の背に命中させたからといって、それで怪我を負わせることもない。手持ち無沙汰な時にスペルを撃つ代わりに矢を撃てば、多少はMPの節約にもなろう」

「……そうですね」


 MPの自然回復だけは誰よりも速いシグレなので、その神主のフォローは正直、あまり心には響かなかったが。しかし確かに、味方に当ててもダメージを負わせることがないというのは、実戦で使う場合には有難いことだ。


「それに、いわゆる『魔法武器』と呼ばれるものもある」

「魔法武器……ですか? それは一体、どういうものでしょう?」


 初めて耳にする単語だった。

 カグヤの拵えた武器や防具に『付与』を施すことはシグレにもあるし、能力値を増加させたり『損傷耐性』といった特別な能力を有するその完成品は、ある意味で魔法の武器に近いかもしれないが。けれどそれを『魔法武器』と呼ぶことはない。


「普通の武器を扱う場合には、[筋力]がその威力に影響する。これは判るな?」

「はい」

「簡単に説明するとだな。魔法武器の場合には、その攻撃威力に[筋力]が影響せず代わりに装備者の[知恵]が影響する。つまり、お前さん向きじゃな」


 ―――なるほど。

 それは確かに、シグレにとっては非常に利用価値が高い武器のように思える。


「やはり入手は難しかったりしますか?」

「ふむ、そうだのう。何しろ〈迷宮地〉の宝箱からのみ発掘されるもので、生産で作れるものでは無いから市場にあまり流れはせんな。……しかし商品の価格自体は確か、それほど高くもなかった筈だのう」

「……供給が少ないのに、価格は安いのですか?」

「考えてもみなされ。例えば魔法武器の『剣』があったとして、それの使い手には[筋力]に優れる者と[知恵]に優れる者、どちらが多いと思うかね?」

「ああ……。なるほど、ごもっともです……」

「武器を扱う『天恵』を持った者ならば、普通は通常の武器を持ったほうが強い。かといって大抵の魔術師は杖を愛用するので、そもそも武器自体に興味を示すことが無い。供給量は確かに乏しいが、需要はもっと少ないといった所じゃな」


 レアなアイテムだろうと、需要がなければ安くなるのは道理だろう。

 すると露店市などを小まめにチェックしておけば、時間は掛かっても手に入れること自体は難しく無いと考えて良さそうだ。


「ちなみに弓の場合は、魔法武器となるのは弓ではなく『矢』のほうだの。普通の矢に較べれば多少は高くなるが、消耗品なので値段は高が知れる。市場で見つけた際にはなるべく買いだめておくと良いかもしれんのう」

「ええ、そうしてみます。露店市を巡る楽しみが増えそうですよ」

「ならついでに露店市で良さそうな菓子でも見かけたら、また持ってきてくれると嬉しいのう。甘いモノは儂はよう食わんが、うちの巫女さん方が喜ぶでな」


 先日この神社に持ってきた菓子は、市場で購ったのではなく〈調理師〉の練習としてシグレが作ったものなのだが―――。


「では次回は何か、菓子類の差し入れを持って参ります」

「うむ、うむ。そうしてくれ。若い子の機嫌を取るにはあれが一番じゃ」


 何にしても、喜んで貰えたのであれば作った側としても嬉しいことだ。

 長い雨期の間に作り貯めた料理や菓子が、シグレの〈ストレージ〉にはすっかり山積してしまっていた。店主のカグヤから『鉄華』の中に、自由に商品を陳列して良いスペースを貰っているとはいえ、武具店であることを思えばあまり堂々と店内で料理や菓子を販売するというわけにもいかず、実を言えば処理に困っていた所でもあったのだ。

 全て焼菓子なので品質の劣化は遅く、余裕で数ヶ月程度は持つのだが。とはいえ品質が低下した菓子は相応に味も劣化していくことになる。

 まだ美味しさに自信を持っていられる今のうちに貰ってくれるのであれば、調理したシグレとしてもそのほうが有難かった。

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