43. 付与生産 - 3
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「―――あっ。いらっしゃいませ、シグレさん」
「こんにちは、カグヤ」
武具店『鉄華』。そこにはいつも通り、小さな店主の姿があった。
カグヤが店番をしているのは正午から夕方ぐらいまでの短い時間だけだと、既にシグレは教わっている。特に狙って来ているわけではないのだが、シグレが来る時間は大体彼女が店番を務めている時間帯であることが多かった。
「先日は委託品をありがとうございました。シグレさんの細工品でしたらいつでも預かりますので、またご用命の際には是非『鉄華』でお願いします」
「こちらこそ、その時には是非またよろしくお願いします。お陰様でだいぶ懐事情も楽になりました」
カグヤに預けて『鉄華』での代理販売をお願いした銀盤は、最終的には1個『8,800gita』で売れたのだという。
シグレの取り分はそれに七掛けして1個あたり『6,160gita』。全部で4個を預けたので、最終的に彼女から受け取った金額は『24,640gita』にもなる。
一気に大金を受け取ってしまったので、この世界で堅実にお金を増やそうと思っていたシグレの意気込みは、盛大に出鼻を挫かれることになってしまったけれど。お陰で日々の宿代や食事代というものを全く気にしなくて良くなったのは、純粋に有難いことでもあった。
「―――それで、本日は何かお探しでしょうか? また弓回り品などを?」
「いえ、今日は短剣を3本買おうと思いまして」
「短剣……ですか? それは護身用として?」
カグヤが告げるその疑問は、シグレの能力や天恵を知っている以上、当然のものだろう。
シグレはゆっくりと頭を振って、それを否定する。
「いえ、ええと……贈答用、ですかね。短剣使いのフレンドに少し借りができてしまいましたので、それを返したい……というか、意趣返しとでも言いましょうか」
そうカグヤに告げながら、ふふっとシグレは心の中で静かに笑む。
エミルの言質はしっかり取ってあるので、きっと拒否されることはないだろう。
「あはっ。意趣返しとは穏やかじゃないですねー。ですが、どうして3本も?」
「フレンドが短剣を両手に持つタイプですので、それで2本。あと1本は使い魔用としてですね。魔犬と使い魔の契約を交わしたのですが、短剣スキルが修得可能でしたので試しに持たせてみたら、上手く使ってくれましたので」
「―――ああ、見た事ありますあります。口に上手く咥えて使うのですよね」
「それで合わせて3本欲しいのですが。幸い以前と違って予算はそれなりにありますので、何か良さそうなものは無いでしょうか?」
シグレが訊ねると、暫しカグヤは考え込む素振りを見せる。
「んー、そうですねえ……。先に使い魔用のほうについて少々伺いたいのですが、短剣を咥えて武器にする際、縦に咥えて刺突武器として使っていましたか? それとも横に咥えて斬撃武器としてでしょうか?」
「ええと―――確か、後者だったと思います」
《背後攻撃》を行う際に、オークのすぐ横を擦り抜けるようにしながら、その首を掻ききろうとしていたのを何度か目にしている。
「でしたら片刃のものが良いと思います。横に咥えるのであれば、諸刃の短剣だとちょっと危ないですからね。『返し』もあるほうが良いでしょう」
「その、ガード、というのは何でしょう?」
「えっと、刃面と握りの境にある保護部分ですね。刀で言うとこの部分に当たるのですが、判りますでしょうか?」
「ああ―――なるほど。すみません、理解できました」
カグヤが腰に差している大小の、鍔の部分を指しながらそう説明してくれたので、シグレもすぐに理解できた。
口に咥えて使うという特殊性も考えると、確かに柄の部分と刀身とが明確に隔てられているもののほうが黒鉄も使いやすいだろう。
「お話を伺った感じですと、使い魔用には脇差がよろしいのではないでしょうか。〈鍛冶職人〉として仕事を選ぶわけではないのですが、私は特に刀を打つのが得意ですので……この店で性能の良い商品を選ぶとなりますと、どうしてもそちら系のものを勧めることになってしまう、というのもありますが」
「……脇差は『短剣』に含まれるのでしょうか?」
黒鉄には『短剣修練』のスキルを修得させているので、武器区分が『短剣』のものでないと困る。
「全長が60cm以下なら『短剣』スキルで扱えますので、問題無いと思います」
「なるほど。では、使い魔用にはその方向で見繕って下さい」
「承知しました。では二刀さんのほうですが―――また同じようなことを訊ねてしまいますが、刺突と斬撃のどちらに使うことが多いですか?」
「斬ることのほうが多いですね。多少は刺突にも使っていたと思いますが」
「ふむふむ……魔物の攻撃を短剣で受け止めたり、逸らしたりしていましたか?」
「攻撃を逸らすのには多少使っていた節があったと思います。受け止めた所は見ていませんが―――相手がオークでしたので、参考にはならないかもしれません」
「ああ……あの棍棒の攻撃を受け止めようとは、誰だって考えないでしょうね。ましてや短剣であれば尚更です」
オークの巨体から繰り出される、巨大な棍棒による攻撃。
身体に直撃されるよりは良いので、逸らす目的でなら多少武器をぶつけることはあるかもしれないが、衝撃力の高さを考えれば受け止めるのは無謀といえる。
「魔物の攻撃を弾くなど、防御的な用い方をするのであれば、短剣としては長めのものが良いと思います。攻撃的に使うなら、威力を重視するか手数を重視するかで変わってきますね」
「そうですね……一緒に組んで狩りをする際に、個人的に防御的に立ち回って欲しい旨をお願いはしています」
「では全長は長めのものがよろしいかと。片刃か両刃かはどちらでも良いと思いますが……末永く使って欲しいなら、いまと変わらないタイプのものを。逆に試しに使ってみて欲しいという程度でしたら、いまとは別のタイプを贈るのも良いかもしれませんね」
「いまは両刃を使っていましたから……では、片刃のものをお願いします」
「承知しました。では片刃で長めのもの。防御的に使うならガードも一応あったほうが良いでしょうし、それで良質の武器となりますと―――」
そこまで口にしてから、うーん、とカグヤはやや頭を抱える。
「……こちらも別に脇差でよろしいのではないでしょうか。結局の所、うちの店で自信を持って勧められる商品って、そっち系のものになってしまいますし」
「ああ、ではそれでお願い致します。脇差二刀流、というのは少し格好良さそうな気もしますし」
「あはっ、確かにちょっと見てみたいですね。では実際に商品を探してみようと思いますが……何か他に追加の条件などはありますか? 今のうちに言って頂ければ合う物を探してみますが」
「条件というほどではないのですが。あまり複雑な形をしていないものだと有難くはありますね。あとで付与に挑戦してみるつもりですので」
「……付与?」
シグレの言葉に反応して、既に適当な商品を探すべく行動を開始していたカグヤの動きが、ピタリと止まる。
「そ、そっか……そういえばシグレさんは〈付与術師〉でもありましたね。つまりは『付与生産』も可能ということで……。え、えっと。いま、実際に『付与』をご自分でされたアイテムって、何かお持ちですか?」
「……? 先日こちらで頂いた杖でよろしければ、持っていますが……」
「見せてください!」
「わ、判りました。ちょっと待って下さいね」
〈インベントリ〉から『赤子杉の細杖』を取り出し、カグヤに手渡す。
つい先程付与したばかりの【知恵+12】が付いている筈のそれは、我ながら上手く付与できたと思う。杖の形状が至ってシンプルなので、単にやり易かったというのも大きいが。
「し、シグレさぁぁーん……!」
「―――な、なんですか!?」
急に猫撫で声のような甘い囁きを漏らし始めたカグヤに、思わずびくりとしながらシグレは一歩後ずさる。
(カグヤってこんな性格でしたっけ!?)と心中で激しく狼狽しながら。じりじりとこちらへ距離を詰めてくるカグヤと目が合い、シグレは戦慄する。
満面の笑顔と甘い声とは裏腹に、彼女の目が笑ってない。笑ってないのだ。
「暇な時だけで結構ですので、うちの店の商品に『付与』とかしません?」
「は、はあ……。まだ僕は付与経験も2回だけしかありませんし、やめたほうが良いと思いますが」
「経験が多くても少なくても、気にしません。そもそも今は『付与生産』を行う方自体がかなり貴重なのですから。
昔は、商品への付与をお願いする知己も居たのですが……その伝手も、10年ちょっと前に失われてしまいましたし。かといって『付与術師ギルド』に付与の依頼を出しても、大抵は『受注者なし』で一ヶ月後に返送されてきますし……」
「ああ……」
そういえば、付与術師ギルドの人もそんなことを言っていた。
付与術師ギルドの窓口では、街の人から受け付けた『付与』の依頼を大量に貼り出している。しかし、それを処理する手が全く足りていないのだと、ギルド職員の方が悲痛そうな表情で漏らしてもいた。
……というか、そもそも工房を利用しに来る人自体が滅多にいないので、ギルドに依頼が貼り出されても誰の目にも止まらないままに掲示期間を満了し、依頼元に返送される場合が殆どであるらしい。
「……正直お勧めしかねます。失敗することも多いと思いますし」
「失敗の損失は、魔石代含めて店で全額請け負います。成功した場合には、付与によって付加された価値を折半する、ということでどうでしょう?」
「え、えっと……お返事はまた今度でもよろしいでしょうか? 差し当たり、今日の所はフレンドへの生産を優先したいので……」
「あ―――そ、そうですよね! すみません! すみません!」
ぺこぺこと深く頭を下げながら、カグヤはそう何度も詫びてくる。
……きっと、店を経営するというのは苦労も多いのだろう。職人であると同時に自分の店を構える商人でもある彼女は、多くの責任を負っているのだ。
力になれるのなら力になりたい―――と思う気持ちもある。しかし、まだシグレは『付与生産』をたった2回しか経験していないのだし、安請け合いをするわけにもいかない。
「その……限界までお安くしておきますので。どうぞ、検討だけでも頂けたらと」
「か、考えておきます……」
少なくとも今はまだ、そう答えるに留めるしかない。
もし今日買い求める3本の短剣でも、付与が上手くできたなら―――その時には失敗時に自分で弁済できそうな範囲でだけ、話を引き受けてみるのも面白いかもしれない。
損害を人に押しつけてまでやりたいとは思わないが。生産技術を磨きたい思い自体は、シグレにも当然あるのだから。




