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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌


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日陰の再会 5

 「黒崎さん……?」


「良かった。忘れられたかと思ったよ。久しぶりだね。元気そうで安心したよ。」


「あ……その……ご心配おかけしてすみませんでした……。さっき学校にも行って、先生と話しました。」


「うん。こっちにも連絡もらってるから大丈夫だよ。でも、一週間も連絡がつかないとなると、何があったのかと、心配になることくらいは分かるだろ?それと、無断欠席は関心しないな。休んでもいいけど、欠席の連絡と、単位の管理くらいは自分でしないとね。」


「……はい。ご心配おかけしてすみませんでした。学校もちゃんと行きます。」



 男性は、頭を下げるぼくの頬に手を当てると、にっこりと微笑んでサングラスをかけ直した。

 かっこいいな。背も高くておしゃれで、大人の男って感じだ。

 それに、一見冷たそうな顔をするけど、こんなぼくにも優しい。

 出来た大人って、こういう人のことなんだろうな……。



「相変わらず綺麗な顔立ちだね、蒼ちゃんは。モデルでもやる?細いし……。やる気あるなら紹介するよ、モデル事務所。」


「い、いえ……。」


「じゃあ、授業をさぼるのもほどほどにしないと、進学も就職も出来ないぞ?派手な世界で活躍する気がないなら、勉強もそれなりにしないとね?」


「し、知ってるんですか……?先生に聞いたんですか?」


「聞かなくても、先生から言われてるよ?注意しても、いつの間にか授業抜け出してるから、さぼり癖に悩んでるってさ。真面目に出席しなさいとは言わないよ。でも留年と退学はしないでね?」


「はい……。分かってます。」


「うん、まぁ元気で良かったよ。それと、口座のお金があんまり減ってないみたいだけど、ちゃんと食べてる?生活費は振り込んであるんだから、しっかり食べなよ?本当に細いなぁ……。」



 頬に当てていた手を放すと、男性はぼくの肩を確かめるように触って、足元までゆっくりと見下ろし、またぼくの顔を見つめた。

 そんな風に全身を眺められると、ちょっといい気はしない。

 でも、勉強をしないぼくの将来を見通して、心配してくれてるのだろう。

 それに、口座のお金が引き出されてないのも確認されてたんだ。だから、ちゃんと食べてないんだというのもお見通しなのか……。

 お世話になってるのに、心配と迷惑はかけちゃだめだよな。


「あの……。」


「君が未成年のうちは、お金のことは気にしなくていいんだから、とにかく健康にだけは気を付けてね。一人暮らしを希望してるのは蒼ちゃんなんだから、二十歳になるまでに自立に慣れておかないと、成人してからが大変だよ?」


「……はい。」



 ご最もな言葉に、思わず視線を逸らすと、男性の背中越しに歩いてくる彼女の姿があった。

 彼女もぼくに気が付いたのか、小さく手を挙げてこちらを見ている。

 それに応えようとぼくも小さく頷くと、男性もぼくの視線の先をたどって振り返った。

 彼女は男性と目が合うと、ぴたりと足を止め、深々と会釈をしていた。久しぶりに会ったぼくでさえ、緊張しているというのに、社交的だなと感心するよ。

 男性はじっと見つめていたが、軽く会釈をして、頭を上げた彼女に声を掛けた。



「……友達?」


「えぇ、同じ学校の……友人です。」


「そうなんだ?待ち合わせ?」


「はい……。」


「そう……。高校生なんだから、あまり遅くならないようにね。」


「……はい。」



 砕けた口調の男性は、彼女にも軽く振る舞っていた。

 彼女は少し、躊躇ったような顔をしているようにも見えたけど、男性がこちらに振り返るのと同時に、彼女もこちらを向いた。



「じゃあね、蒼ちゃん。しっかり食べるんだよ?」


「はい。あ、あの……黒崎さん、連絡先のことなんですけど……。」


「あぁ、今まで通り、何かあれば管理人さんか、学校を通してくれればいいよ。」


「……そうですか。分かりました。」


「心配?その代わりと言ってはなんだけど……。」



 ぼくの話をはぐらかすように、男性は大きな荷物の中をごそごそと探ったり、ジャケットの胸ポケットに手を入れたりしていた。

 そのジャケットの内ポケットから、高級そうな財布を取り出すと、中身も確認せず、おもむろに一枚の紙をぼくに差し出した。

 にっこりと微笑んで差し出された手には、一万円札……。それを拒もうとするぼくの手の中に収めて、また財布をしまった。



「く、黒崎さん!そうじゃなくて……。」


「いいんだよ。楽しく過ごしておいで?それじゃあね。」



 あわてるぼくに背を向けて、男性は颯爽と去って行った。そんなつもりじゃなかったのに……。

 ふところが深くて、優しくて、お金持ちで、かっこよくて、何も申し分ない人なんだけど、お金で解決できない心配事もあるのも分かってほしい。

 お世話になってる身分で、詮索も出来ないから聞けないけど、ぼくに連絡先を教えたくない理由があるのだろうか。

 ぼくが男性の姿を見送って、彼女のほうを見ると、彼女もこちらを向いて問いかけてきた。



「蒼の……知り合いなの?」


「あぁ、うん。後見人さんなんだ。ばったり会って……久しぶりだからびっくりしたよ。」


「そう……。」



 後見人さんの話を、彼女にしていなかったのが腑に落ちなかったのか、せっかく出てきてくれたのに、少し曇らせた顔にさせてしまった。

 大切な話をしようとしていたのに、これじゃあ余計に気まずい……。話したいこと、話さなきゃいけないことがたくさんあるのにな。



「茜、ちゃんと話したいけど……夕飯まだだったら、何か食べない?」


「……えぇ。お店は私が決めてもいい?」


「もちろん!何が食べたい?」


「ハンバーグ。」



 苦笑いしながら頷くと、彼女の表情も少しほころんだ。問題のハンバーグを、ここにきてリクエストしてくるとは……やっぱり試されてるのかなぁ。

 いやいや、ここは深く考えちゃだめだ。試されてることに間違いはないのだから、ぼくがちゃんと応えなければ。

 彼女はいつものように、余裕の笑顔を見せてくるのかと思ったが、意外にも真顔だった。

 何を考えているのか今一分からないけれど、とにかく変に勘ぐらないでおこう。



「ぼくはファミレスでもいいよ。」


「……そう。少し歩くけれど、行きましょうか。」



 彼女は表情を変えることなく、道案内するようにぼくの前を歩き出した。

 ぼくが歩幅を合わせて隣に着いても、真っ直ぐ前を向いていて、こちらを見ようとはしない。

 目を合わせたほうがいいのか、合わせないほうがいいのか、どちらがいいのか分からなかったけれど、静かな住宅街に時々流れる車の音が、不器用なぼくの頭を冷やしていく。



「連絡取らなくてごめん。一週間、自分からも茜からも逃げてた。何か……分かんなくなっちゃったんだ。茜がぼくのことをどう思ってるんだろうとか、ぼくは茜にどう接していいんだろうとか、あのファミレスの雑音と混じってぐちゃぐちゃになっちゃってさ……。」


「……そう。」


「茜の気持ちが分からなかったのは時々あったけど、その度に、ぼくのことを思ってくれてるから、試したり意地悪するんだって言ってくれてたよな。そうやって種明かししてくれる時はいいんだ。でも、分からない時は本当に分からなくて、今ここにいるのは、ぼくじゃなくてもいいんじゃないかって思う時もあった。ぼくがこんなんじゃなければ、茜はもっと幸せになれたかもしれない、ぼくがいなければ、もっと幸せだったかもしれない……ってね。」


「……。」


「でも、それってさ、ぼく自身がどうしたかったのかって、自分の気持ちを考えてなかったんだよ。ぼくが変われば、茜を幸せに出来るんじゃないかって思ったんだ。自分が変わらなきゃ、何も変わらないんだって気付いた。ぼくが茜を大切にしたいって気持ちは変わらないんだから、じゃあ、大切な人を幸せにするにはぼくが変わらなきゃだめなんじゃないかって思ったんだ。」


「あなたはいつも、人はそう簡単に変われるものじゃないと、口癖のように言っていたじゃない。私もそう思うわ。変えたくても、気持ちだけではどうにもならないこともあるわよ。」


「うん、簡単じゃない。ぼくのネガティブ思考をポジティブ思考にしろって言われても、簡単に変われないし、女の子らしくしろって言われても、変えられないことだってあるよ。そうじゃなくてさ、茜にこう言われちゃうからこうしなきゃ、とかじゃなくて、自分がどうしたいのかを考えずに、茜に嫌われないようにって無意識に隠してた自分を変えたいんだ。」



 目が合っていないからか、散歩をしながら世間話をしているような感覚で、思いつく言葉から並べた。

 上手く言葉に出来ないけれど、今口に出せる全てを伝えたい。

 ゆっくり歩いていると、街灯に照らされた二人の影も、ゆっくりと伸びたり縮んだりしていく。

 こうやって歩いているだけで、ぼくたちもこの影のように、少しずつ何かが変わっているんだ。

 言葉に出せているだけで、少しだけぼくも変われる気がする。

 彼女の弟に会ったこと、話して気付いたこと、上手く言葉にできなくても、伝えられるところだけでも言わなきゃ。

 例えそれで彼女を苦しめてしまったとしても、ぼくの全てを話して、受け入れてもらいたいんだ。


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