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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌


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27/50

北風と太陽

 九月も終わりだというのに日差しがまぶしい秋の空。

 風がふわりと吹く度に季節の変わり目を感じる。

 朝晩はすっかり涼しくなったけれど、お昼が近づくに連れてぼくの眠気を誘うようにぽかぽかと体温を上げていく。

 二時限目が終わり、頭も疲れてきたところでぼくは腕を枕代わりにして机に伏せて寝る態勢に入った。どうせ次はぼくの苦手な英語だし、いい子守唄になる。

 始業のチャイムが鳴り、バタバタとクラスメイトたちが席につく。真面目に教科書とノートを用意し出している子、笑い合いながらおしゃべりしてる子、がやがやと教室がにぎわっている中、ぼくの携帯がブルブルと震えていた。

 せっかく寝る態勢に入ってたのになぁとごそごそ携帯を取り出すと、それは彼女からのメールだった。

 始業のチャイムが鳴ってからメールをよこすなんて、真面目な彼女にしては珍しい。

 先生が入ってくる前に返事をしなくてはと思い、急いで中身を読んだ。

『四時限目が終わったら、裏庭に来て』

 裏庭?お昼を食べるのに裏庭なんて、結構人目があると思うんだけど……。二人で一緒に食べようというにはわりと大胆な場所すぎる。

 まあ彼女のことだから何か考えてるんだろうと『了解』だけ返そうと思っていたら、またメールが来た。

『英語の教科書持ってきて』

 彼女が忘れ物をするなんてそれこそ珍しい。ぼくがちゃんと教科書を持ってきているか試しているのか?

 うーん、それだったら尋問だけで終わるしなぁ。

 テスト範囲にマーカー引いてくれるとか?

 いやいや、授業も受けてないぼくにそんな甘いことはしてくれるわけがない。むしろ呆れられてるくらいだし、マーカーを引いてくれるなんて言い出したら、御礼という名の見返りに何を要求してくるか分からない。

 そんな交換条件付きの親切は『お願いがあるの』と最初からお願いされるほうがまだいい。リスクの高い交換条件なら教科書なんて放っておいてくれていいくらいだし。

 でも、単純に忘れ物をしたんだとは思えないし、他に何かとてつもない理由があるに違いない。珍しいことがあると、つい勘ぐってしまうのはぼくの悪いくせだろうか……。

 それでも渡さないという選択肢はないし、教科書がバッグに入っていることを確認してから『了解』と返した。

 それからまた寝る態勢に入ったものの、裏庭でお昼を食べる謎と、教科書を持ってきてという謎が気になってもんもんとしていた。考えすぎかなぁ?

 まさか裏庭でお昼を食べながら英語を教えてあげるわということもないだろうし。

 気になる、とは思いつつも陽の当たる席はまぶしくて目が閉じてしまう。

 ……カーンコーン……

 終業のチャイムが聞こえた気がする……。

 ぼくは寝ぼけた頭でがやがやと移動するクラスメイトたちの『お昼食べよー』などという会話をなんとなく聴いて、がばっと起き上がった。

 きょ、教科書持って裏庭行くんだった!

 時間にうるさ……あ、いや、正確な彼女のことだから、待たせたら何を言われるか分からない。売店や学食に行く人たちでにぎわう廊下を、ぼくはできるだけ急いで歩いた。

 下駄箱を通り抜け、裏庭へと続く渡り廊下を歩いて行くと、視線の先に彼女の姿があった。やっぱり先に着いていたのか。

 少しでも待たせてはいけないと思い、ぼくは更に速足になった。

 近付いてみると彼女は誰かと話しているようだった。今ぼくが声をかけていいものなんだろうか?ちょっと様子を窺うことにした。

 久しぶりに来た裏庭は、全くと言っていいほど人気がなかった。たまに授業中に来ることはあるけど、さすがにお昼にここまで空いているとは思わなかったな。

 彼女のほうをこっそり見ると、笑いながら話している。けど、愛想笑いというか、適当に流す時にああいう笑顔を見せる。笑っているように見えるけど、楽しいというわけではなさそうだ。

 そんなこっそり見ているぼくに気が付いたのか、彼女が手を振ってきた。い、いやいや、そんな大げさに手を振られたら隠すものも隠せないだろっ!学校ではそっけなくしている約束なのに……。

「わざわざありがとう」

 彼女はぼくのほうへ向かって来ると同時に、話していた相手に手を振って別れてきた。

「ありがとう、王子様」

「……え?うん」

 彼女はぼくの差し出した教科書を受け取ることもなく、にっこりと微笑んだ。それはさっきの愛想笑いとは違い、満足げな笑顔だった。

「じゃあ、私は教室戻ってお昼食べるから、放課後ね」

「え?こ、これは?」

「それはもう用が済んだからいいのよ。でも助かったわ。ありがとう」

「へ?どういうこと?教科書は?お昼は?一緒に食べるんじゃないのか?」

「食べないわよ。私の友達と食べたいのなら、ご一緒してもらってもいいのだけれど?」

 裏庭に呼び出しておきながら、一緒にお昼は食べない?教科書を持ってきてと言いながら、用が済んだからいらない?

 訳が分からず困惑しているぼくを置いて、彼女は『じゃあ』と言い、去ろうとしていた。

「あか……っ、かか……風原さんってば!」

 ぼくは焦ってしまい、呼び慣れない名前をどもりながら引き止めた。

 その声がおかしかったのか、彼女は『しー!』と一本指を立てながら戻ってきた。

「どうしたの?そんなに大きな声で……」

「あ、あぁ……、ごめん」

 あれ?何でぼく謝ってるんだ?

 そうじゃなくて話を聞かないと。

「いや、だからどういうこと?呼び出された意味はないってこと?」

「あら、意味なくなんかないわ。あなたはちゃんと来てくれたじゃない」

「……だから、来たのに用が済んだとか……意味が分からないんだけど」

「充分役目を真っ当してくださったわよ?私の王子様は」

 にっこりと微笑んでいるけど、その裏に隠されている一連の趣旨が全く見えてこない。

「ちゃんと説明してくれないかな?これじゃあぼくは納得できないんだけど」

 彼女はぼくのご機嫌を窺うように首をかしげて、ゆっくりと近付いてきた。

「私が話していたのを見ていたんでしょう?空気で分からなかったの?」

「空気?そんなの分かんないよ。相手が誰かも知らないし、茜が笑ってるのは見えたけど、話まで聞こえなかったし」

「ふふっ、相変わらず鈍感ね、蒼ったら……」

 鈍感なのは認めるけど、彼女のことを何でも理解できるようになれというのは無理な問題だ。

 それなのにバカにしたように笑う彼女に腹が立って一瞬むすっとした。

「からかうなら学校以外にしてくれよ!ただでさえしゃべることだけでも注意してるのに、呼び出しておいてじゃあねとか、空気で分かったでしょとか、何の説明もないままじゃ、高いリスクを負ってまで会いに来たことに納得ができないだろ!」

「王子様ったら……」

「……なんだよ」

「私が他の人に取られそうになるピンチに駆けつけたというのに、なぜそんなに怒るの?」

「……は?」

「ふふっ、まだ分からない?」

 怒っていいのか、呆れていいのか分からずに困惑しているぼくを見ながら彼女は続ける。

「お昼休みに裏庭で待ってますとお手紙を頂いたら、あなたならどう思う?」

「どうって……呼び出しってことじゃなくて?」

「そう思うでしょう?ここは王子様の登場が必要だと思わない?」

「……告白されてたってこと?それなら別にぼくじゃなくても、友達に来てもらえばいいだろ?」

「あら、そこで王子様の登場だから素敵なんじゃない。そして待ち合わせるわけでもなく教科書を貸し借りする用事だけというさっぱりした関係……。よくできてる物語でしょう?」

「……いや、別に」

 どんな意図なのかと思ったら、告白されてる最中に『好きな人がいるの』と委中の人が登場!『そっか、じゃあしょうがないな』な物語作戦だったわけですか。

「もっと欲を言うならば、堂々と来てもらいたかったわ。さっきのあなた、たじたじしていたんだもの」

「し、しょうがないだろ!校内なんだし、話しかけていいのかも分かんなかったんだから……。もういいよ。ぼくも教室戻る」

「怒ってるの?」

「怒ってないよ」

 何回もこの質問されてるけど、返事はいつも同じなのにわざと聞いてるんだろうか。まったく、頭の中がどうなってるのかさっぱり分かんないよ。

 お花畑なのかと思いきや、策士だったりするし……。イメージにするならお花畑を飛ぶ黒い蝶ってとこかな。

 怒っていないと言ったら嘘になるけど、呆れてるのが三割、怒ってるのが二割、残りの五割はどうでもいい。

 元来た道を歩いていると、後ろからぱたぱたと足音が聞こえてきた。振り返ろうとしたぼくに、彼女は勢いよく飛びついてきた。

「わわっ!ちょっ……茜っ!」

「しーっ!」

 しーっ!じゃないだろ!この状態……。

「は、離れろって……。誰かに見られたらどうすんだよっ」

「今はいいの。今は成海蒼ではなくて、私の王子様だから!」

「は……はぁ?」

 こじつけたにしても無理がありすぎる理由で離れない!

 彼女をなだめて引きはがすのは難題だから、ちょっとだけ抱きしめ帰すことで納得させた。

 困ったもんだな、ぼくの彼女は……。屁理屈並べて困らせたあげく、離れろって言っても離れない。

 でも、引きはがすのを諦めて抱きしめ帰してあげたら、ルンルンとスキップもどきをしながらすり抜けていった。こういうのを『北風と太陽』というんだろうか。

 彼女を見送ったぼくの髪を、秋の強い風が揺らす。

 キツネにつままれたような一瞬の出来事だったけど、最後に残ったのは暖かい陽だまりみたいな気持ちだった。

「ここで昼寝するか……」

 裏庭の木々も風に吹かれて少しずつ葉を落としていく。

 秋の空が変わるまで、陽が傾くまで、今日はここで昼寝しようかな。


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