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ぼくは彼女で彼女が彼女  作者: 芝井流歌


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脱走術の使い方 2

学園の王子様はとっても恥ずかしがりやのコミュニケーション下手。

どうやって逃げだそうとばかり考えていたが、逃れられない結末につい…。

 終業のチャイムが鳴ると同時に教室を出た。

 我先に食堂へ向かう男子たちがどやどやと廊下を走って行く。

「成海先輩」

 もしやと思ったが、二度目はさすがに振り返らなくても茜だと分かった。

「その呼び方、まだ根に持ってるのかよ……」

「ふふっ、怒らないでよ。はい、お水」

「あ、ありがとう。それよりさ、クラスの女の子たちが……」


「あー!風原さーん!ちょうどよかったー!」

 釘を打つタイミングもなく、ふたりでいるところを見られてしまうとは、要領悪いな、ぼくは。

「ちょうどよかったー。今日ねー、風原さん誘って、みんなで食堂行こうって話してたのー!」

「あら、そうなの?嬉しいわ、ぜひご一緒させて?」

「ぉぃ」

 とんでもない返事に、思わずひじでつっこんでしまった。

 この嫉妬の固まりのような彼女が、まさかの了承……。

「やったー!じゃ行こっ王子!」

「え、いや、ぼくはいいよ」

「あら、いいじゃない、私もぜひ王子様とご一緒したいわ」

 おいっ、なに考えてんだよ……。

 断るどころか、だめ押しに誘うなんて。

「ぼくはお腹すいてないから、みんなで行っておいでよ」

「あら、緊張なさってるのね。食欲がないならサラダとか召し上がったほうが健康のためにもいいわよ?それに、みなさんとお話しながら食べていたら、きっと食欲も出てくるわよ」

 なんだ、このよそ行きスマイルは。

 行かなきゃ許されないということらしい……。

 ぼくと茜の会話が聞かれるのかと思うと、ものすごく気まずいのと、茜の言動の裏が全く読めないのとで、頭どころか胃まで痛くなってくる。


 食堂までってこんなに近い距離だっただろうか。

 逃れることを考えている間に、がやがやとにぎやかな食堂へと着いてしまった。

「王子様、お隣に座ってもいいかしら?」

 相変わらずのよそ行きスマイル。

「あ、あぁ、うん。どうぞ」

「ありがとう」

 愛想笑いをしてみたけれど、ぼくの顔は絶対にひきつっているだろう。

 具合が悪くなったと席を立とうか……、でも茜が何をバラすか分からないし、居たくないけど居なくては心配だし……。

「いやーん!ふたり並ぶとやっぱ絵になるねー!」

「そう?それは光栄だわ。なんといっても学園の王子様ですもの。お隣に座るのが私の夢だったのよ?」

「だよねー!王子ってばコミュ障かってくらい周りに人を寄せ付けないしさー」

 本人を目の前に言いたい放題だな。

 はいはい、ぼくはどうせコミュ障ですよ。

 それにしても、よそよそしい会話はなんなんだよ。

 ぼくはどんな態度で接していればいいんだっ。

「風原さんてさー、めっちゃモテるのに何で彼氏いないのー?もったいなくなーい?やっぱ理想高いとか?」

「そんなことないわよ、私にだって思いを寄せる人くらいいるもの」

 おいっ!

 いきなりなに言ってくれるんだよっ!

 ぼくの右手は緊張で汗ばんできたのを隠すために、ペットボトルをぎゅっと握っていた。

「えー!マジでー!誰だれー?やっぱイケメン?」

「そうね……、外見も素敵だけれど、内面も素敵な人よ?」

「王子聞いたー?風原さんを射止めるなんてめっちゃ罪深いやつだよねー!全男子の敵だよねー」

 ……なんでここでぼくに振る!

「あ、うん。そう……なんじゃないかな」

「どんな人ー?うちの学校にはそんなやついないよねー!男子なんかより王子のほうが全然かっこいいしさー」

「ふふっ、そうね……ここの男子ではないわ」

 茜の言ってる意中の人がぼくを指しているなら、嘘にはなってないけど……ヒヤヒヤするからその辺でやめてくれ!と口に出せるものなら出したい……。

 はぁ。


「王子様は、好きな方いらっしゃるの?もし王子様に好かれている方がいるならば、とても幸せな方ね」

「えっ?ぼくは……いや、ないなー、そういう話は……」

「あら、そうなの?王子様」

 そういうと茜はぼくのひざにこっそり手を置いてきた。

 何がみんなで一緒にお食事しましょうだ。

 これは隠れ拷問だろ。

 て、でも、何か言わなくてはっ……。

「じゃあさー、王子はどんな人がタイプなの?やっぱ王子よりかっこいい人じゃなきゃ無理だよねー」

「かっこいい人か……、えーっと、かわいい女の子のほうが好きだな」

「キャー!王子にかわいいとか言われたーいっ!ねーっ、一回でいいからあたしのことかわいいって言ってみてー!」

「え……」

 ちょっとひざの手の動きを待ったが、茜はどうとも動かなかった。

「おねがーい!一回だけサービスしてよー!」

「サービスねぇ……」

「ファンサービス、してさしあげたら?」

 にっこりとこちらを見ているけど、それは本気なのか裏なのか?

 茜はぼくのひざをちょんちょんとつっついてきた。

 ぼくは軽く咳払いをして、精一杯の作り笑顔をした。

「かわいいよ」

「キャーっ!鼻血出そうなんだけどー!王子素敵すぎるーっ!」

 なに言ってんだぼくは……。

 広い食堂に響きわたるキャーキャーと叫ぶ声。

 近くの席の人たちが一斉にこちらを見ている。

 ひざをちょんちょんとつっついていた指はぴたりと止まり、嫌な予感と同時に、いきなりぐりぐりと足を踏みつけてきた。

「よかったわね、うらやましいわ。よかったら私にも言ってくださらない?」

 踏みつける強さとは裏腹の満面の笑み……。

 もうぼくの頭はパニックだった。

「えーっと……」

 じろじろと見ていた周りの人たちが何やらこそこそと話始め、やがてぼくたちのテーブルはやじうまでいっぱいになっていた。

 あたしもあたしもーとせがんでくる女の子たち、たじろぐぼくをよそに笑顔で踏みつける茜……。

「みんな、かわいいよ。みんなぼくのものだよ?」

 もうどうにでもなれと思った結果がこの言葉。

 テーブルを囲んでいた女の子たちはキャーキャーと口々に叫び、食堂はもはやライブハウス状態になりましたとさ。

 それからというもの、ぼくは女の子たちのおねだりに応えなければならなくなった。

 相変わらず、ぼくのコミュ障は治らないけど、一言サービスするだけで女の子たちは満足気に去っていくようになった。

 そういう意味では、少しだけ学校生活がめんどくさくなくなったが、大きな問題は何も変わることはない。


 放課後、うちへ寄ると言っていたのに、茜はいっこうに来ない。

 あれからご機嫌取りに必死だけど、茜の気分は山の天気以上にころころ変わる。

 しかも、いつ晴れて、いつ雷が落ちるか分からないというように、日傘と雨傘を使いこなすのが大変な毎日。

 いい加減、待っていても来るか来ないのか分からないので、ダメもとで電話をしてみた。

 プルルルル……。

 やっぱり出てくれないのかと諦めようとした時、やっと電話が繋がった。

「茜?」

「なんのご用?」

「あ、あのさ、今日うちへ来るって言ってたからさ」

「それで?」

「それでって……、待ってたんだけど、来ないのかなと思ってさ」

「それだけ?」

「え?」

「言いたいことはそれだけなのかしら」

 携帯を片手に玄関へと向かった。

「迎えに行くから来てよ」

「いやよ」

 ぼくの足はぴたりと止まり、そのまま玄関に座り込んだ。

 茜のために用意しておいたスリッパも、いやよと言っているように見えて、ぼくはその場に一気に崩れ落ちた。

「ごめん、どうしたらいいか分からない」

 茜は静かに黙ってしまった。

「茜、ぼくは……」

 プーっプーっ……。

 電話はぷつりと切れた。

 しでかしてしまった情けなさと、何もできない情けなさで、もうどうすればいいのかも分からない。

 寒がりの茜のために、控えめに設定しておいたエアコンが、暑さのこもる玄関に座る愚かなぼくを見下ろしている。

 動く気力もない。

 窓からのぞいていた真夏の太陽は、少しずつさよならを告げて落ちていく。

 明日もこんなふうに夕焼けに会えるのか分からない。

 朝焼けですら、もう会えないのではないかとすら思った。

 会えないのに、夜は惜しげもなくやってくる。

 暗くなっていく部屋は呆然と座り込んだままのぼくを、容赦なく闇へと飲み込み、ただエアコンの風の音だけが低く響いていた。

 ひとりには慣れていたはずなのに。

 彼女に出会うまでは……。

 ひとりというのがこんなにも孤独なものなのかと思い知った。

 どんなに周りにちやほやされようが、どんな言葉をかけられようが、彼女の笑顔が側にあればいい、それだけのことだったのに、そんな大切なことを、軽く考えてしまっていたのだろうか。

 ばかだ。

 今でさえ、何が正解なのかも分からないままのばかなやつだ。

 会わせる顔がない。

 いっそ学校なんて休んでしまおう。

 逃げることばかりだが、今できることはぼくがいない穏やかな生活を送ってもらうことだけなのかもな。


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