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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
98/116

14


 死臭漂う戦場。


 かつて住んでいた城の前で行われているリンカ討伐作戦。私の持つ軍隊、その殆どを投入した。まさに人の海。しかし、その海を悠々とリンカが泳ぐ。さながらアスリートのように華麗に、死臭を産み出しながら泳いでいた。泳ぎ続けていた。


 既に開戦から一時間と少し。


「これ程……」


 苦し紛れにぼそりと呟いた言葉にベルンハルトが反応した。


「ヴィクトリア、大丈夫?怖くない?」


「うん。ありがとう。大丈夫だよ」


 こんな時でもそんな口調が張り付いている自分の馬鹿馬鹿しさが今は助かった。


 先陣はNPC。


 プレイヤーも合わせて300近くいるそれをものともしない。


 傲岸、豪胆、剛毅、何でも良い。憎き敵であったとしても、そんな勇猛さを感じさせる程だった。あの狂人が大人しく王としてあってくれればどれほど心強かっただろうか。NPCを次々と殺して行くリンカを見て私はそう思った。


 だが、当然、そうは思わない者が殆どだ。


 切り裂かれるNPC達の腕、首、足、手。飛び散る血。そこから漂う血の匂い。まともな人間ならば耐えられるはずもない。自由を主義とし、散々人を殺してきたROUND TABLEの面々ですらそれなのだ。


 嘔吐が出来ればどれほどましだっただろうか。いや、それも救いか。これで吐瀉物の匂いまで戦場に広がれば瓦解していたとしてもおかしくない。今にも恐怖に怯えて逃げ出しそうな者もいるのだから。


『な、なぁ……なんで俺らあんなのと戦ってんだよ。あんな強えぇんだったら……』


『何、言ってんだよ。あんな奴についていけないって最初に言ったのはおまえだろ!?』


『ち、ちげぇよ。単にリンカ様はちょっと怖いよなって言っただけだろ』


『今更そんな事言うなよ!俺だって本当はっ』


 そんな声も聞こえて来た。


「おい、お前ら!あいつが最初に俺らを裏切ったんだ!それを忘れるなっ!アレがギルドを私物のように扱ったんだ。男に狂ってNEROとの戦争を始めたんだ。それを忘れるな。いいか!あいつについた所で殺されるだけだっ!死にたくなければ、アレを殺せ」


 ベルンハルトが激を飛ばす。


 だが、その彼の足が震えているのを私は見逃してはいない。それを恥ずかしい物だとは思わない。あれを見て真っ当でいられるのなんて、それこそ春ぐらいのものだろう。


 絢爛豪華。さながら舞を舞う夜叉の如く。


 次々と、立ち木を切るように、雑草を踏みつぶすように人を、NPCを殺すその様は優雅にさえ思えるほどだった。返り血に紅色に染まった夜叉が迫って来る恐怖。それに耐えられる者など、死というものに達観していたあの男ぐらいのものだろう。


 未だNPC対リンカという構図にも関らず、次第、次第とプレイヤー達に恐怖が伝染していく。


 この世界はレベル制ゲームである。レベル差があれば敵う事はない。けれど、だからといってレベルが高ければそれだけでどうにかできるものではない。数の有利はこんなゲームでも絶対だ。だが、それでも……それでも超えられないモノもあるのだと理解した。


「狂人めぇ……どうして……どうしてそれ程のっ」


 奥歯を噛み締める。


 どうしてそれだけの才能を持ちながら、男に狂ったのだ。惜しい。本当に惜しい。


 柄にもなく夢を見る。


 あれが真っ当な女であれば。あの才覚そのままに女王であってくれれば、私は部下で良かった。女王とそれを補佐する副官はる、それらが率いるROUND TABLE。強かっただろう。他のギルドなんか相手にならないぐらいに。それこそNEROなどどうでも良いぐらいに強くあれただろう。列島を統一し、ゲームマスターが焦れるまで私達は君臨できただろう。


 それなのに。


 それなのに……。


 ……或いは円卓という名前が悪かったのだろうか。


 アーサー王と円卓の騎士。


 ROUND TABLEという名前は当然それを参考にしたものだった。不幸な事に城を落とす時にリンカの幼馴染がなくなり、ちょうど円卓と同じ人数になった。だからこそ、そんな名前を付けた。当時、誰も反対しなかった。


 それが間違いだったのかもしれない。


 13番目ユダの席に誰かを座らせたのが間違いだったのかもしれない。


 円卓は潰えるものだ。


 もはや円卓であった者は欠片ぐらいしか残っていない。


 私、ベルンハルト、トネリ子、そしてリンカの弟。春秋とゆかりは私が止めてもリンカの下へと向かい、そして死んだ。聞く耳などなかっただろう事は想像に難くない。話をしたかったのならば、最初から残れば良かったのだ。グリードやシホのように。私はあの夫婦のことをあまり好きではなかった。快楽に溺れて現実から逃避しているのも一つの理由だが、もう一つあった。偽善的であるということだ。普段の彼らはとても優しい存在だったといえる。他者を労う心、それはこんな世界では大事なものだ。その反面、自分達が他者を殺しているのは仕方ない緊急避難が故なのだと自分達に言い聞かせていた。そんな姿を見せる彼らが嫌いだった。故に、彼らの慈悲は偽善行為でしかない。


 加えて、この世界には弱者救済を謳ったLAST JUDGEMENTというギルドがあるのだ。SISTERと恐らくBLACK LILYの二人を有する最大大手のギルド。あそこは低レベルプレイヤーの救済所だ。あそこにいれば助かるというわけではない。だが、相互扶助により低レベルでも人殺しをせずともレベルをあげられ、生きていける。ROUND TABLEのような個人主義或いは自由主義ではないが、あれも一つの生きる道だ。そして……だからこそ、彼ら夫婦はそこに行くべきだった。誰も殺したくないというのならば、殺さなくて良い場所へ行けば良かったのだ。私達から離れて行く事などそれこそ裏切りでも何でもない。それこそ緊急避難だ。だから、殺したくないというなら出て行けば良かったのだ。けれど、彼らは出て行かなかった。そんな彼らの姿が、私から見るととても歪で、とても気持ち悪いものだった。


 強い者の庇護にいる事は楽だったのだろう。


 そう思う。


 そして、それは彼女もまた……


「リンカぁ……あんたは私が殺してやるぅ」


 血走った目をリンカに向ける女。


 トネリ子。


 リンカの現実世界での同窓だという。にもかかわらずこれだ。リンカもそういう意味では同情に値する。彼女の現実の知り合いは軒並み彼女の敵になったのだから。


 この世界では家族だろうが、友人だろうが現実へ帰るための敵ではあるが、そういった理由での敵であって、こんなにも憎しみを向けられるようなものではない。


「直接の戦闘は控えた方が良いです。遠距離攻撃も………」


 意味がない。


 戦闘開始早々、流星刀で遠距離から飛来した弾丸を切り裂くリンカの姿に、敵味方もなく唖然とした。状況も弁えず目が点になった。リンカがどういうスキルを持っているかは知らないが、視力強化、身体強化、反応強化などなどそんなものでも持っているのかもしれない。それにしても驚きは隠せなかった。


 苛立ちが沸いた。


 あれでまともであったのならば、と。


 けれど、今はもう敵でしかない。あれは殺すべき敵でしかない。


 そして、その敵に対して近距離、遠距離の両方が駄目ならば間接的な攻撃をとるしかない。


「あのね。犠牲は最小限でお願いしたいよ?」


 リンカに憎悪の瞳を向けるトネリ子に縋るように、お願いするように告げれば、はんっと鼻で笑われた。


「NPCなんて……掃いて捨てる程あるんでしょ?」


 確かに、その通りだった。


「私はエリナとルチレ君を殺したリンカを許さない。例え私が死んだとしても絶対に許してあげない……それに、このままじゃ、リンカはもっと殺すと思うから。友人として止めてあげないと……」


 言葉はない。こんな戯言のような台詞を聞いているこちらの耳が腐りそうだった。ともあれ、この女には好きにさせるつもりだった。


 最後ぐらいは好きにさせても良いだろう。この戦闘が終わればこいつは邪魔になる。感情が先に動く人間というのは使いやすい半面、振り切れると面倒でしかない。新生ROUND TABLEにトネリ子の席など、ない。


「任せたよ!トネリ子ちゃん」


 無言で私達の傍からトネリ子が離れて行く。


「行かせて良かったのかい?」


「止めても無駄かなーって」


「確かに。まぁ自爆行為は失敗すると思うけどな、俺。リンカの戦闘力を舐めていたのは事実だけれどさ。あれじゃあ、無駄死にだよ。というか、自分は相手を殺す程嫌っているのに、自分は相手から嫌われていない、私なら話ぐらい聞いてくれると思っているのはどうかと思うけどね」


「乙女心は複雑なんだよ、ハルト」


「爆弾で伝わる乙女心なんて俺はまっぴらだけどな……さて、俺の方も準備するか。あれじゃあ、どれだけNPCがいようと相手にならないだろうし……ヴィクトリア。プレイヤーなんて掃いて捨てる程いるよな?」


「怖い事言うね、ハルト」


「ヴィクトリアと俺が生き残れば俺達の勝ち、そうだろ?」


「…………うん」


 可愛らしく、恥らいを持った表情を浮かべながら、頷いた。


 この発言で、私はベルンハルトを確実にこの戦争中に亡き者にしようと思った。駒が足りない現状を全く理解していない。リンカやトネリ子とも違うが、これもまた、色狂いだった。


「期待してるよ、ハルト!」


「あぁ、任せておけよ。こっちにはとっておきの秘密兵器があるんだからさ」


 口角をあげながら、ベルンハルトがそう言った。


「うん。さいきょーの兵器だもんね!タイミングは私に任せてっ☆」


 作らせたのは私ではないし、ベルンハルトでもない。たまたま、本当にたまたま偶然に出来あがった代物だった。こんなものがこの世界にあって良いのか、と思えるぐらいだった。バランスブレイカーにも程がある。神様が悪戯のために作らせたとしか思えなかった。


 それを作る為に多少時間はかかったが、それは掛けるべき時間だった。そして、装備者の私の代わりにそれを持ってベルンハルトがトネリ子の後を追う。この自尊心の高い男、言ったからにはそれなりに成果をあげてくれる事だろう。それぐらいの期待は賭けても良い。今まで巧く動いてくれていたのだから。


「じゃ、行ってくるよ、ヴィクトリア」


「うん。また後でね、ハルト」


 精々、私の王国を作るための礎になってくれれば良い。






---






「―――っ!」


 かすり傷だった。


 返す刀でソレの頭と身体を切り離す。次いで後方から迫っていたNPCの槍を流星刀で跳ね上げ、開いた隙に、懐へと入り込み、すれ違い様に上半身と下半身を切り離す。僅かの間、生きているように動いたそれに気色悪さを覚えながら、飛来してきたライフル弾を、流星刀を垂直に立てて切り分ける。瞬間、腕に強烈な痛みが走り、同時に頬を通過する分離したライフル弾。


 頬から流れる血をコートの袖で拭えば、深紅のコートが赤黒く染まる。もっとも、コートの全体がNPCの血に染まっている以上、今更気にするのも馬鹿馬鹿しい事だった。


 吐息を吐く暇もなく、左右からNPCが襲ってくる。頭上に浮いた名前を確認する暇も、その気もなく、バックステップで避け、膝を曲げた状態でくるりとその場で廻り、そいつらの腕と足を切り離す。


 空を舞うスカベンジャーが、カァ、カァと鳴きながら、良い餌場を見つけたとばかりに降って来る。


 彼らを殺す暇は流石に無かった。


 そも、こちらを攻撃してくるわけでもないし、倒す必要も無い。束の間、そんな余計な思考に意識が妨げられる。彼是二時間ぐらい戦い続けている。流石に疲れは溜まって来ている様子だった。そんな隙を槍で付かれ、右腕に穴が開いた。ずぶり、と肉を裂かれる感触に顔が歪む。歪んだまま、刺されたまま無理やり動き、


「痛いわねっ」


 後ろ廻し蹴り。はしたない格好だが致し方ない。


 NPCの側頭部を蹴り飛ばし、倒れた隙に首を刈り取る。次いで、仮想ストレージから回復アイテムを取りだそうとすれば、全速で突進してくる重装歩兵。片手で刀を持ち、もう片方の手で回復アイテムを取り出し、刀を歩兵の鎧の隙間に突き刺し、アイテムを口に咥え、両手で刀を持って切り落としながら、食べる。


 一体、何体殺しただろうか。


 経験値バーが数%増えている事を思えば、100は殺したように思う。この先、まだプレイヤー達―――ROUND TABLE所属だった者達―――がいる。レベルだけで言えば、NPCの方が高いかもしれない。だが、人間は予想もしない行動に出る可能性もある。だから、低レベルでも厄介な奴は厄介だ。そんな殊勝な考えが出て来るぐらい、劣勢だった。笑えるぐらいに劣勢だった。


 体力も失われ、アイテムもどんどん減って行く。


 けれど、気持ちは負けていない。


 これだけの数が将来的にシズ様の敵になるというのならば、それを今、この私が殺し尽す。故に、モチベーションだけはこいつらに負けていない。負けるわけがない。


「ほら、殺されたい奴からかかってきなさい」


 血に濡れて重たくなった髪を両手で梳きながら流す。テールにした髪が先程から邪魔だった。仕方ない、と流星刀でテールを切る。


 ぼとり、と血を含んで重くなった髪が落ちた。


 首元が涼しかった。


「たまにはショートカットも良いわね。ほら、首を狙いやすくなったわよ。木偶共」


 愚にも付かない言葉を吐き、更にNPCを殺す。先程よりも少し軽くなった御蔭で防御無視攻撃の成功率はあがった。


「神様は貴方達に戦い方を教えてはくれなかったのかしらね。NEROより酷いわね、この素人共」


 ケタケタと笑う。


 素人染みた動きをしていたNEROよりも更に酷い。NPCの戦闘AIを作った者は格闘技などのいわゆる戦いに関しての造詣は深くないのだろう。AIの攻撃は直線的なものが多かった。時折申し訳程度にフェイントはあるものの、目で見てから判断しても簡単に避けられる程度のものでしかない。その辺りの事を齧ってからAIを作った方が良かっただろう。あぁ、でも、だからこそβテストなのか。


 こんなモノ相手の戦闘に慣れたからといって人間相手に使えるわけもない。御人形遊びが得意そうなNEROはきっとそんな奴らを相手してばかりだったのだろう。どうでも良いけれど。これなら、悪魔の方がまだましだ。確かに皮肉な程に人型の悪魔が多い。けれど、それでもそいつらは基本的に人間的な動きをしていない。だからこそ、厄介なのだけれども、NPCは普通に普通の人型だ。


「楽で良いけれど」


 更にカラカラと笑う。


 瞬間、


「ひっ!?」


 見た事のある顔が悲鳴をあげ、恐怖に引き攣った表情を浮かべていた。名前も思い出せない子だけれど、確かにROUND TABLE所属の子だった。カタカタと震える足、震える歯。肩を竦め祈るように手を合わせていた。その無様さに愛らしさすら感じるほどだった。


「逃げ遅れたのかしら?」


 廻りを見てもNPCはいれどプレイヤーの姿は見当たらない。


「リ、リンカ……様」


「取って付けたように『様』なんてつけなくて良いわよ」


「申し訳ありません……死んでくださいっ」


 言い様、その子の手に手榴弾のピンが出現した。


 祈る相手は神ではなく、手榴弾だったという事を理解した瞬間、その子に向けて踏み込み、腕を切り落とす。どさ、という音と共に手榴弾が破裂した。


 だが、


「残念ながら、貴女程度の攻撃力じゃ通らないわよ?これならNPCの方がましだったわね」


「あ……うそ……だって、だって」


「誰から聞いたか知らないけれど……生憎と私のステータスはバランス型よ。おバカさん」


 言って、その子の首を切り落とす。


 私のステータスは円卓の誰よりも高い。多分、最低値が円卓達の最高値ぐらいでバランスしている。そんな私のステータスを超えてダメージを与えるにはそれこそ高レベルのNPCか円卓の奴らぐらいのものだ。


「この子に嘘を教えたのはぷりんちゃんかベルンハルトのどっちだろう?」


 どっちでも良い。どちらかに間違いはないだろう。


 とりあえず、NPCはまだ大量にいるのにお役御免なのだろうか?


「次は……ハァ。気色悪い」


 揃いも揃って同じ顔のプレイヤー達が私を囲んでいた。


 どこかのゲームの主人公の容姿を持ったプレイヤー達。個性といえば精々装備している武器や防具が違うぐらいである。見分けもつかない。勿論、名前も覚えていない。そのゲームだか漫画だか小説だかの主人公の名前も知らない。そして、こういうタイプの奴らに共通する事といえば、彼らは主人公じゃないという事だ。


「おい、リンカ。お前の快進撃もここまでだぜ?俺をNPCなんかと一緒にするなよ?」


「今すぐ泣いて謝ったら俺の奴隷にしてやるよ」


「おいおい。リンカを倒すのは俺だぜ?お前にはやらねぇよ」


「いっつもお高くとまってやがって。むかついてたんだよ」


「んじゃ、誰がリンカを捕まえるか競争だな!」


 がやがやと煩かった。


 元ネタの主人公もこんな喋り方なのだろうか。それはとっても人気がなさそうだった。『悪いの格好良い』は小学生や中学生までにして欲しいと切実に思った。


「んじゃ、俺が一番だぜ!」


「あ、ずりぃ!」


 槍を真っ直ぐ構えて私に駆け寄って来た。


 心配して損をした。何をしでかすか分からないのは確かだが、これならば、先の少女同様にNPCの方がましだった。


 迫る槍を流星刀で撃ち落とし、男がたたらを踏んだ瞬間、顔面に蹴りを入れる。それで鼻の骨が折れ、歯が周囲に飛び散った。ハンサムが台無しである。仰向けで『あが、あが』と喚く男の頭をブーツで踏み潰す。


 ぐちゃ、という気色悪い感覚がブーツを超えて伝って来る。


「寝言は死んでから言えば良いと思うのよ。……で?次に主人公の夢を見たい奴は?」


「な、なめてんじゃねぇよ!」


「そういう勢いだけの奴がモテるのは頭のおかしい女相手だけよ」


 ROUND TABLEに居た頃、ハンサム顔という事で多数の女達と致していたが故にこいつらは何かを勘違いしているのだろう。自分はモテるとか自分はゲームの主人公そのままだとか。この世界を現実だと思い込んでいる癖にモテる自分という虚構を現実と勘違いして、レベル製MMORPGでレベル差があるという事すら忘れて、自分はそれでも勝つ事のできる主人公だと勘違いして、こんなザマである。


「ここは貴方達の好きなゲームの世界よ。念願叶っておめでとう。でも、貴方達じゃあどこに行っても主人公にはなれないわよ」


 冥土の土産である。


 強者の庇護に隠れ、他者を羨み、努力する事も無く、ただただ言い訳をして生きていた者達が何かになれるわけがない。


「精々、あの世とやらでがんばって頂戴」


 それすらも出来ないだろうけれど。だからこそ、今ここにこうしているのだ。


 人間は環境と経験によって変わる動物である。けれど、環境が変わってもそうなら、このままだ。どこまで行っても何を経験しても変わらない。


 与えられる事をただ待つ雛鳥に未来は来ない。


 求めて進む者にしか未来は来ない。


「うるせぇぇぇ!」


 直情的で直線的で、短絡的なそんな存在。こんなものに体力を消費する事はないのだけれど、あるいは、こんな男達を仕向ける事で私の精神を病ませようという作戦だろうか?そんな勘ぐりをしてしまいたくなるぐらいに酷い奴らだった。


 煩い口を目がけて横に薙ぐ。


 下顎とそこから上が分離した。


 自分と同じ顔をしたソレの姿に戦き、何人かが後退する。からん、と背後の瓦礫が落下した。道路の隙間に足を取られ倒れるものがいた。それを追って、刀を二度振る。一度で隙間に取られた足を切り、返す刀で心臓を突く。それで絶命。


 淡々とした作業のように繰り返しながら、同じ顔をしたプレイヤーを殺して行く。一矢報いる事すらなく、それらは死に、スカベンジャー達を喜ばせた。


 かぁ、かぁ。


 一瞬、空を見上げれば、輝かしい陽光が照らす。


 陽の暮れる時間ではない。帰る時間でもない。


 それを隙だと認識したNPCとプレイヤーが共闘する。木偶人形と人間が一緒になって私を襲う。


 自然と苦笑が浮かぶ。


 淡々と作業を繰り返した。


「…………重い」


 いい加減、血を吸ったコートが重かった。一応、防御性能で選んだものの、動きを阻害する邪魔物以外の何物でもなかった。その場で脱ぎ捨て、代わりのコートを羽織る。寸分違う事なく同じ物だった。後3着ほど持っているので足りるだろう。


「リンカ……」


 丁度、着替えを終えた時、声が掛った。


「次はトネちゃんか」


「ねぇ、リンカ……もう止めようよ。昔のリンカならこんな事、絶対……」


「私は何も変わっていないわよ」


 シズ様のため。現実世界からここに至るまでの行動原理に変わりはない。


「やっぱり平行線なんだね。でも……これだけは聞かせて。リンカ、なんでルチレ君を殺したの?なんで、ルチレ君をぷりんちゃんを殺した犯人に仕立て上げたの?」


「いい加減その台詞聞き飽きたんだけど。それと、ぷりんちゃんの事はルチレ君が自分でやったって言ってたじゃない」


 ダウト。


 また、そんな声が聞こえた。


「ぷりんちゃん本人に聞いたのよ。貴女が殺そうとしたって」


「ふぅん?あっそ。ルチレ君よりぷりんちゃんを信じるんだ。別に良いわよ。信じたい物を信じるのが人間だものね。好いた相手より、好いた相手が殺したと断言した相手を信じるなんてね……ルチレ君が可哀そうね」


「ふ、ふざけないで!あ、あなたがっ!貴女がルチレ君を殺さなかったらこんな事にはなってないのよ!全部、全部リンカが悪いのよ!エリナを殺したのも、春さんのこともルチレ君のことも全部あなたの所為なんでしょっ!」


「私がそんな計画的な人間に見えるの?節穴じゃないのその目。あぁそれともあれかしら。ルチレ君の苦痛に歪む顔が見たかったとか?仮にあの場でルチレ君を捕まえたところで拷問の後に処刑でしょ?……それを自分がやりたかったの?それはごめんねぇ?私、優しいから、ルチレ君が痛みを感じる前に殺してあげたのよ」


「―――っ!」


 適当な言葉を並べていれば、トネちゃんが切れた。感情に支配され、僅かばかりの理性がなくなったのだろう。気付けば手に爆弾を持っていた。手榴弾、プラスチック爆弾等など。それを次々爆破させていく。


 地面が抉れ、榴弾が周囲に飛び散る。正面から受けようと思ったが、相手は曲がりなりにも円卓の一員。他のプレイヤーとは違う。


「いったいわねっ!」


 爆風と飛んで行く破片にダメージを受け、咄嗟にコートを翻してその攻撃から我が身を庇う。我が身を庇った私に更に次が襲ってくる。次、次、次と爆弾が飛んでくる。


「むかしっから嫌いだったのよ!リンカなんてっ!リンカなんてっ!」


 死んでしまえ、と叫ぶ。


 旧友にそんな事を言われて、心が痛むかと思えばそうでもなかった。エリナの時で慣れたのかもしれない。


 ともあれ、そういうのはどうでも良い。今はこの爆弾乱舞をどうにかしないと先に進めない。


糞女ウィザードの真似ごとなんかしてんじゃないわよ」


 脳裏に浮かぶあの薄汚い髪をした女。そういえば、あの女は今どうしているだろうか?何のためにシズ様を探していたのかは分からない。分かりたくも無いけれど、もし仮にあれが私より先にシズ様を見つけていたら?


 怒りが沸いて来た。


 それと……そういえば、あの人形。天真爛漫を絵に描いたような木偶人形。今でもシズ様と一緒にいるのだろうか?


 怒りが沸いて来た。


 ふつふつと、こんな爆風の痛みなどどうでも良くなるぐらいに。


「トネちゃん。ありがとう」


 不愉快な事を思い出させてくれて。


 爆風の向う側、トネちゃんが新たに爆弾を投げたのが見えた。それを、刃で捕え、切り裂く。からん、と落ちた。それに驚いたのか何も考えずに次の爆弾、次の爆弾を投げて来る。さっきの女のようにその手の中で爆破させれば良いものを……態々切り易く投げてくれるとは本当に馬鹿な子だった。手の中で爆破させる程の勇気がないというのが真実だろうけれど。まぁ、手の中で爆破させているようなら、その手ごと切ってしまえば良いだけだ。


 数にして十、二十、三十。


 風に煙が流され、陥没した道路が見えて来た。トネちゃんの焦りを帯びた表情も見えて来た。そうか、これが元友人を殺し損ねた時の顔か。


 見ていて気持ちの良いものではない。


 だから、遠慮する事なく―――


「や、やめっ」


 ―――切ろうとした瞬間、


「げほっ」


 それは突然、私の口から出て来た。


 血だった。


 どす黒い血だった。


「……何よ……トネちゃん隠し玉?性格……悪いわ―――げほっ」


 吐血。


 原因が分からない。


 犯人であろうトネちゃんを見れば、しかし、どうやらそれはトネちゃんも同じだった。


「な、何……い、いた……いやぁぁぁ」


 見ればトネちゃんが自分の喉を掻き毟ろうとしていた。身体の中で何かが暴れているのを止めようと必死に掻き毟っていた。けれど、自殺禁止ルールがそれを許してくれない。


 HPバーに目を向ければ、僅かずつではあったけれど、減って行っているのが分かった。


「何よ、これ…………」


「毒だよ。流石にこれは初めてだろう?リンカ」


 くぐもった声がした。


 何十人と背後に並べて私を見下している---様に見えた。


 ガスマスク。そこにいる全員がガスマスクをしていた。


「何よ……この世界に毒があるだなんて初めて聞いたんだけど」


 口元から血が流れて行く。胃の中に溜まった血が口腔に流れ出ようとしてくる。一瞬、それに耐えようとして、止めた。己の血で溺死なんてしたくもなかった。


 しかし、毒。


 城主権限で作る事のできる武器の中にそんな物はなかった。そもそも、そんなもの―――


「僕も知らなかったさ。BC兵器なんて規格外、この世界にあって良いものじゃない。手に入れたものが確実に勝利者になってしまうからね。コンセプトエラー甚だしい」


 ベルンハルトの言う通りだった。人々が殺し合うのを見たいというのならば、こんな殺戮兵器、無用でしかない。


「だったら―――げほっ」


 外から与えられる痛みには慣れている。けれど、内側から来る痛みには耐えようがなかった。出来ればトネちゃんのようにのたうち廻りたかった。それで救われるかは知らないけれど……


「ROUND TABLEの情報収集部隊は存外、優秀だったと言う事だ」


「春---かっ」


「良い冥土の土産を残してくれたよ。情報部隊には緘口令を敷いていたみたいだがね。春が死んだ後に熱狂的な春信者が教えてくれたよ。恨みを買い過ぎたね、リンカ。ちなみに、リンカにとってはどうでも良い事かも知れないが、この事はヴィクトリアも知らない。ヴィクトリアには偶然できたものだと伝えてある。他にも色々知っているが、まぁ、その辺は大人の駆け引きと言う奴だよ。ま、君には関係ない話だったね」


 じわじわと減って行くHPバー。


 餓鬼の姿をしたベルンハルトが大人を語る馬鹿馬鹿しさなど確かにどうでも良い。ましてヴィクトリアとのことなど心底どうでも良い。それでも尚、ベルンハルトは私に声をかけた。すぐには殺せないが故にこうして時間稼ぎをしているのだろうか?いいや、そもそも私に声を掛ける必要もなかった。そのまま私が死ぬまで放置していれば良かったはずだ。


 だとするならば……何故、ベルンハルトは私に声をかけた。こんな風に時間をかける必要性とはなんだ。


「ひぃ―――ひぃ……な、なんで……」


「トネリ子。君は実に愚かだね。俺やヴィクトリアの言葉をそのまま信じて、友人を裏切るなんて、実に愚かだ」


「な……何を」


「春を―――」


「ベルンハルトぉ、煩いわよ」


 歯を食いしばりながら、時間を稼ごうとするベルハルトへと切りつける。だが、胃の中が血で溢れている状態では防御無視攻撃も発生しなかった。御蔭で大したダメージにはならない。けれど、だからといって諦めるわけにもいかない。こんな兵器の存在を知ったまま死ぬわけにはいかない。内臓を削られるような痛みをシズ様に味あわせるなんてもっての他だ。


 その場で踏ん張り、刀を振る。


 不格好で、どうしようもないひと振りだった。


 避けられて当然だった。


「無様だな、リンカ。やれ、お前ら」


 ベルンハルトの声と共に、後ろに居た奴らが私を襲ってくる。


 遅い。遅い。遅い。


 だが、今、遅い―――のは私だ。


 槍の攻撃を避けようとして足に突き刺さった。剣の攻撃を避けようとして腹に刺さった。銃弾を切り裂こうとして腕をあげれば腕に突き刺さる。


 ぼた、ぼたと血が流れた。


「STR特化型のプレイヤーばかりを用意したよ。君の為にね。喜ぶと良い」


「それは……どうも---あぁぁぁっ」


 足の痛み、腕の痛み、腹の痛み。伝わるそれらの御蔭で内臓から来る痛みが和らいだ。


 無様に叫び、武器を刺され血を流したままなのもとってもとっても無様で、シズ様には決して見て欲しくない醜悪な表情を浮かべているに違いない。けれど、それでも今は構わない。


 ぎりぎりと歯を割るぐらいに噛み締め、ぶれる事なく刀を振るう。


 すん、と音がした。


「馬鹿な……毒が効いてないのか?いや、そんなわけが……」


 咄嗟にベルンハルトがトネちゃんの方にガスマスク顔を向け、次いで確かめるように私を向く。


「っ!こんの化物め……」


「褒め言葉として受け止めておくわぁっ」


「たたみかけろ!毒が効いているのは間違いないんだ!さっさと殺せ!」


 その言葉に違和感を覚える。この毒には持続時間でもあるのだろうか。ゲームでは当たり前のように存在する毒の継続時間、それがこの毒にもあるのだろうか。分からない。攻撃を避けながら、ストレージから回復アイテムを取り出し、それを喰らう。だが、


「げほっ」


 吐き出した。胃が受け付けなかった。回復アイテム使用不可という言葉が脳裏に浮かぶ。そんな冷静に考えている余裕はなさそうだった。毒の継続時間があるにしても、その間に攻撃され続ければ回復アイテムを大量に持っていた所で死ぬ。その継続時間がどれぐらいかは分からないが……少なくともその間、出来るだけ攻撃を受けないようにしなければ……。


 迫る刃を右手の手の平で受け止め、握り締める。その間に流星刀を左手で横に薙ぐ。一度、二度、三度目で防御無視攻撃が発生し、そいつの腹が裂かれた。


 あと8人。


 視界が歪む。目が眩む。まったく、これこそチートアイテムというのじゃないだろうか。これに比べればあの糞女の爆弾生成能力など芥のようなものだ。


「あと何分待ってれば良いのかしらねぇ、ベルンハルトぉ」


「煩い!さっさと死ね!」


 この焦り具合を思えば、数分なのだろう。


 そう思う。


 だが、戦闘中の数分というのは十数分にも一時間にも感じるものだ。その間、延々とダメージを受けないように立ち廻りながら耐え凌ぐのは困難だった。私がこれまで攻撃を余り受けていないのは、攻撃を受ける前に殺せたからだ。防御無視というスキルの御蔭で攻撃を受ける間もなく殺し続けられたからだ。だが、それがままならない状況では、例えレベル差がかなりあったとしても数の暴力は脅威だった。


 まして、STR特化というおまけ付き。その分、耐久力がない事だけが救いだろうか。


「三人めぇ!」


 今朝方見た鏡を今見たら、どう思うだろうか。悪鬼でも映っているのではないだろうか。そんな風に思う。


 痛みに思考がぶれる。それは隙となった。


「っぁぁぁぁ!」


 叫び声と共に。


 ずぶり、と槍に肉を掻き分けられる不愉快な感触が腹から伝わってくる。件の胃を削られたのだろうか。中に溜まっていた血、その全てが流れ出るかのように槍の穂先を伝って流れ落ちて来る。


「へ、へへ……やった。やってやったぞ……」


 槍を突き刺した者も当然、ガスマスク装備だったので顔色は伺えない。表情も何も分からないが、その声に聞き覚えがあった。


 くぐもった声だったけれど、私がその声を間違えるわけがない。


「---何、してんのよ、あんた」


「ね、姉ちゃんが悪いんだぞ……姉ちゃんが勝手な事ばっかりしているから俺までこんな事しなきゃいけなくなったんだよ!」


 弟だった。


「姉ちゃんの所為で俺、殺されそうになったんだよ!」


 城にいなかったのは確認していた。そういえば、一応、弟も円卓だった。けれど、私の防御力を抜けるほどの力があったとは思えないのだけれど……


「姉ちゃんを殺すためにって何人も殺させられたんだぞ……あっちの城に連れていかれてからずっとずっとレベルあげ、レベル上げ……あいつらの声が耳に残ってんだよぉ。手に感触がのこってんだよぉぉ。それもこれも姉ちゃんが悪いんだ。皆のために大人しくしてれば良かったんだ。そうすりゃ俺がこんな事しなくても良かったんだ」


 くぐもった、さながら慟哭のような声が回答をくれた。


 なるほど、ベルンハルトか……いや、ぷりんちゃんかなこういう事をさせるのは。


「―――それに、それになんでエリナちゃんを殺したんだよ!」


 そういえば、弟はエリナと仲が良かったのだったかな。覚えていないし、どうでも良い事だけれど……。


「それが姉に向ける最後の言葉……ね。じゃあね。精々来世では私の弟に産まれてこないようにね」


 口腔からも血が流れて来た。槍の柄を手で押さえ、もはやあまり力の入らなくなった腕で何とか流星刀を振るう。がり、がりと何度も何度も、切るというよりも殴るという感じになってしまったけれど……


「な、何してんだよ!弟だぞ!?弟まで殺すって言うのかよ!?い、いてぇよ!いてぇよ姉ちゃん!や、やめてくれよっ」


「―――煩いわよ。黙りなさい」


 首の半分。


 そこまで刀をめり込ませた所で弟は黙り込んだ。


 槍からも力が抜けた。


「げほっ……まったく……まったく。良く……っ……やってくれたわね」


「感動の再会を演出しただけだよ。弟想いの姉にね」


 感動のあまり腹から流れ出る血が止まらない。


 毒もまだ消えそうにない。


 まだ後数人残っているし、ベルンハルトも健在だ。最低だった。最悪だった。これ以上なく。いいえ……まだ。


 まだだ。


 まだ私は動く。


 まだ動ける。


 だったら、最悪には程遠い。


「まだ、死ねるか」


「見苦しい。潔かった春とは比べ物にならないね」


 くぐもった笑いが聞こえて来た。


「あんな、死人と一緒にするな」


「煩い口だ。それとも時間稼ぎかい?」


「それはあんたの方でしょう」


 足が重い、腕が重い、頭が重い、服が重い、何もかもが重い。けれど、それでも諦められる者か。寝転がって苦しみ、ただただ死が解放してくれる事を待っているトネちゃんと、私は違う。そう。私は―――


「君の想い人がどんな奴かは知らないけど、今の君の姿を見たら間違いなく引くだろうね」


「――――――あは」


 今、こいつは何を言った。


「君みたいな奴に好かれる方も迷惑だろう。あぁいや、寧ろ御似合なのか?WIZARDにも好かれているみたいだし。殺人鬼を引き寄せる体質でも持っているのか?ははっ!安心しろよ。すぐにそいつも送ってやるよ」


 何を言った。


「――――アハハ」


 よもや、シズ様を馬鹿にしたのか?こんな下らない男が?ぷりんちゃんに言い様に操られているだけの下らない男がシズ様に向かって何を言った?


「―――絶対に、殺すわ」


 血の流れは止まらない。HPバーの減少は止まらない。気付けば後1割ぐらいだ。けれど、それがどうしたというのだろう。


 視界はクリアになった。


 痛みは消えた。


 重さはなくなった。


 だったら、殺せる。


 シズ様を馬鹿にした奴を殺してみせる。


 駆ける。


 穴だらけの体で、傷だらけの体で、血反吐を吐きながら、駆ける。


「なんっ―――」


 咄嗟に反応したのかベルンハルトの背後に居た奴らが前に出る。


「邪魔よ」


 剣を、銃を半ばから切り捨てる。カランという音が発生するより前にその首を刈り取る。次いで迫って来た男達の首目がけて刀を跳ねあげる。


「なん、なんなんだよ、お前!ふざけんなよっ!チートじゃねぇかよ!こんなの!」


 耳障りな音が聞こえる。


 ベルンハルトの声だった。


 その声の方向に向かって飛ぶ。風がひらひらとコートを揺らす。着地と同時に、その不細工なガスマスクを切り落とせば、ベルンハルトは慌てて口元を押さえた。


 その行動に違和感を覚える。


 自殺禁止ルールの適用外とでもいうのだろうか?いいや、そんなわけはないだろう。だとすれば、と考えるまでもなく、ぷりんちゃんの仕業だと想像がついた。この場から彼女の姿は見えない。けれど、使用者は間違いなく彼女だろう。あれがこんな使えない人間に、そんな大事な物を使わせるわけがない。ベルンハルトが失敗した時に備えていたのだろう。適当な事を言われて言いくるめられたのだろう。


「苦しい?」


 口を押さえた所で、鼻を押さえた所で意味はないようだった。ベルンハルトも毒を喰らったのだろう、もがき苦しみ始めた。そして、理解した。この空間にはまだ毒が存在していると言う事に。


 このままでは継続時間が過ぎてもすぐにまた毒にやられる。どこまで広がっているのだろうか。どこまで離れる事が出来ればこの毒から逃れられるのだろうか。


 HPがなくなる前にそこまで逃れられるだろうか……。


「ベルンハルト……貴方、あんな中年オヤジに言い様に使われてどんな気分なの?もしかしてまだ、あれがネカマだというのに気付いてないとか?単なる計算高い女の子だとか思ってるんじゃないでしょうね?」


 途中、途中血を吐きながら、それでもその言葉を口にしたのはシズ様を馬鹿にしてくれた奴を絶望させたかったからだった。


「な……にを」


「春から聞いていないの?冥土の土産とかいうので……あれの中身がおっさんだって」


「馬鹿……言うなよ。騙そうたって……」


「春は嘘が嫌いなのよ、知らなかった?」


 知っていたのだろう。ベルンハルトの顔が驚愕に染まった。そして、それに満足した私はその首を切り落とした。


 ごろん、という音と共に経験値が増えた。


 それで終わり。


 だったら良かった。


 残念な事に、プレイヤーとNPCはまだまだいる。毒にやられて死にそうになっている者もいるけれど、それも遠く離れればそれ程いなかった。待っていたかのように遠距離から矢と銃弾が飛んでくる。


 ぷりんちゃんの指示だろう。近寄らずに攻撃しろという命令でも下ったのだろう。いくら私でも大量の銃弾を一度に切り捨てる事は無理だった。


 一旦、引くべきだった。事実、引こうとした。が―――足を掴まれた。


「こ、この苦しいのも―――リンカの所為だよねぇぇぇ!」


 血反吐を撒き散らしながら、狂ったように、力強く私の足を掴むのはトネちゃんだった。血走った憎しみに染まった瞳、憎悪しか感じられない瞳をむき出しにしながら。


 もはや自分が助かる事など考えていない表情だった。元より助かるつもりはなかったのかもしれない。好いた者が殺されたが故に、私を殺すという希望に縋って生きていたのだろう。そして、この場に私を留めておけば殺せると気付いたのだろう。


 足を掴まれ、それに対処しようとして、しかし、それを止める様に銃弾と矢の雨が降り注ぐ。


「っぁぁぁぁぁ!!!」


 じわり、じわりとHPバーが減って行く。その減少が加速していく。回復出来ればこんなのものの数ではない。けれど、未だに毒の効果は続いていた。回復アイテムを咥えれば自然と吐き出される。


「―――まったく」


 げほ、と血が流れる。


 ベルンハルトに余計な時間を掛けたのが馬鹿だった。でも、後悔はない。シズ様を馬鹿にされたのだ。仕方ない。


「まったく……最後がトネちゃんか。友人には恵まれなかったわね、私」


 自然と、苦笑が浮かんだ。


 弟にも恵まれなかったのかもしれない。


 あるいはギルドにも恵まれなかったのかもしれない。


 最初から一人でいれば良かった。シズ様のいない世界に絶望してその世界から脱出しようと考えて、徒党を組んでしまったのが間違いだったのかもしれない。


 何が正解で、何が間違いだったのかなんて終わってみなければ分からないものだけれど、その終わりが近づいて来た。終わりに差しかかって、漸く間違いだったのだと分かった。


 馬鹿だった。


 私は最初から一人でいれば良かったのだ。


 ずっと一人でいれば良かった。


 シズ様がいないのなら、一人で良かったのだ。


 懐かしい想い出が自然と沸いてくる。


 走馬灯という奴だろうか。


 現実世界で初めてシズ様をお見かけした時、電気が走った様な気がした。そして、これが恋なのだとすぐに気付いた。シズ様の事を知りたくなって追い掛けた。彼が行く所には全部行った。彼の事を悪く言う奴にはおしおきした。その内彼には妹がいる事が分かった。羨ましいと思った。その場を変わってほしかった。けれど、彼が大事にしている子を疎ましいと思う事はなかった。私も彼の妹が好きになっていった。その内、妹さんと同じ様に剣道を習うようになった。彼の家、庭で修行する妹さん姿を見てその技を覚えていった。道場では十年に一人の天才だとか訳の分からない事を言われたけれど、私はそんな事を望んでいたわけじゃないし、どうでも良かった。


 その他にも色々な想い出があった。


 彼は一人で公園に行く事があった。ベンチに座って本を読んでいた。四人がけぐらいのベンチだったので離れて―――隣良いですか?って声をかけて―――そこに座った事もある。初めて声をかけた瞬間だった。とても緊張して、変に上擦ったように思う。でも、彼は優しく「えぇ、どうぞ」と答えてくれた。その彼の声に痺れた。


 猫を飼っている事を知った。アインソフオウルという名前の子だった。可愛らしい子だった。こっそり、餌をあげるようになった。


 まだまだ一杯、想い出がある。


 数え切れないほどの想い出がある。


「―――ふふ」


 会いたかった。


 この世界でシズ様に会いたかった。


 会えないまま死にたくなんてない。


 ひと目見るだけで良い。ひと目見られればそれで満足なのだ。それ以上の事はもう望まない。


「でも、叶うわけ……ない」


 神様なんて、いないから。


 この世界に神様なんていないのだから。


 私の願いを叶えてくれる優しい神様なんていないから。悪辣で最低で最悪でどうしようもなく屑な神様しかいないから。


 だから、叶うわけなんてないと思っていた。


 耳鳴りがしたと思った瞬間、トネちゃんの頭が消し飛んだ。


「え―――?」


 次いで、離れた場所、私を攻撃していたプレイヤー、NPCが次々と倒れて行くのが見えた。


 音より早く到達する弾丸が、一撃で頭を打ち抜き、次、次とそいつらを殺して行く。間断なく、さながら無限に弾丸を備えているかのように延々と……


「あぁ……あぁぁ」


 涙の代わりに、血が流れて行く。


 弾丸の収束点、その発射点に身体を、目を向ける。


 ここから200m程離れたビルの上、そこに……


「シズ……様……」


 遠くても分かる。


 例え小さくても分かる。


 ライフルを構え、私を攻撃する相手を殺してくれている……その姿が、現実世界で見た彼と全く同じで……白いカッターシャツに棒ネクタイ、スラックスに皮靴。懐かしさに心が温かくなってくる。格好良さに心が暖かくなる。


 シズ様が私を守るためにがんばってくれている。


 幸せだった。


 これ以上なく幸せだった。


 友人に恵まれなくても、弟に恵まれなくても、ギルドに恵まれなくても、一人でいなかった事に後悔したけれど、でも……それで良かった。


 シズ様が私を守ってくれたのだ。それだけで私は幸せだった。


「---もう、遅いけれど……」


 HPの残りは、本当に僅かだった。


 でも、構わない。


 こうして最後の瞬間に、シズ様を見られたのだから。


 これ以上の望んでは罰が当たる。


 でも―――でも―――自然と、大声で、最後の力を使って私はそう叫んでいた。


「シズ様!ありがとうございます!シズ様が助けようとしてくれた事、これ以上なく嬉しいです!でも、もういいんです。私はもう助かりません。毒に侵されて回復もできません」


 血塗れのこの姿を見て欲しくはなかった。けれど、でも、見て欲しいとも思った。私が生き抜いた証を覚えていて欲しいと思った。だから、痛む身体をシズ様に向けた。自慢にもならない薄い胸に、心臓の上に手を起き、


「私は、私はぁぁっ!……このまま死ぬよりも!


 ―――貴方にころされたい。」


 この距離で届いたとは思えなかった。


 でも―――次の瞬間。


 シズ様のだんがんが私のハートを貫いた。


 HP 0。


 からん、からんと流星刀が地面に落ちた。






 これで私の人生は終わりだ。


 でも、幸せ。


 私、とても幸せ。


 こんなにも愛に満ち溢れて死ねるのだから。


 幸せな気分で死ねるのだから。


 本当……


 ―――最高の人生ゲームね。






『九州地方 現城主 ROUND TABLE ギルドマスター が死亡しました。以後、 九州地方 は城主無し となります』






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