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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
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13





 そのアナウンスを聞いたのは、鬱陶しい女のような姿をした男と切り結んでいた時だった。そういえば、ルチレ君は見せしめのために吊るすんだったのだな、という至極どうでも良い事を考えながらの戦闘だった。彼我のレベル差はあったけれど、それでも、私の感想は『所詮、素人よね』だった。それを口にした時のNEROの激昂は見物だった。


 癇癪持ちとでもいえば良いのかもしれない。


 ただ、戦闘中にその激昂は馬鹿のする事だった。


 基本攻撃は銃弾、それを流星刀で弾く。シズ様に比べれば何と拙い攻撃だろう。当たる気がしなかった。一方で刀の方もまた、素人だった。シズ様の妹に比べるまでも無く、下手くそだった。確かにレベルの差はあるし、攻撃は鋭いかもしれない。けれど、それでも所詮素人の児戯だった。


 とはいえ、NEROを殺さないというのは酷く面倒なものだった。ここに来ている目的はシズ様がNEROによって囚われているかもしれないからなのだから。戦闘中、何度か問いかけて見たものの、あんな奴知るかと言う始末。何か情報を持っているみたいだけれど、どれだけ痛めつけてもそれ以上の言葉はなかった。だったら無駄骨でしかない、と気付いたのはそれから暫く経っての事だった。


 そもそも、前提を間違えていたのかもしれない。


 こんな子供の様な奴相手にシズ様が騙されるわけがないのだ。寧ろ、相手を騙すぐらいやって見せるだろう。それぐらいあの人は凄い人なのだから。あぁ、早くお会いしたい。


 殺す気も失せ、やる気もなくなり、さっさとどっかいけこの野郎という雰囲気を醸し出しつつ、連れて来た面々が軒並みNPCに殺されたのを確認した後、私はその場を離脱した。


 そして、そういえばアナウンスがあったな、と思い出したのは城に戻ってからだった。


「どう言う事だ」


 部屋に戻ろうとした私にそんな声が掛けられた。


 こちらこそどういう事だろうと思った。グリードが怒り心頭といった面持ちで私を見つめていた。不愉快だった。無駄骨だった事に加えてこれである。苛立ちが沸いてきた。


「何か用?疲れているんだけれど」


「何か用じゃねぇよ!どういう事だよ。ヴィクトリアが生きていたって」


「知らないわよ。ルチレが殺し損なっただけでしょ」


 実際には私が殺し損なったわけだが、それを説明する必要はない。


 そういえば、というかそれにしても、ルチレ君は何故、私を庇うような行動をとっていたのだろう?ヴィクトリアを殺そうとしたのは私であり、醜く抗ってくれても良かったのに、と思う。


 楽ではあったけれど、ルチレ君の思考が良く分からない。春辺りならそれも分かったのだろうか?私にはさっぱりである。


「あっちから、『私はリンカに殺されそうになった。リンカは嘘をついている』と聞いているんだが?」


「反旗を翻した馬鹿の言葉を信じるのね。まぁ、良いわよ、グリード。信じたいならそっちを信じれば」


 どうでも良い。本当にどうでも良い。面倒な事この上ない。ヴィクトリアが生きていようが、ヴィクトリアが私を始末したかろうと、本当……どうでも良い。


「そういえば、他の皆はどうしたのよ?もしかしてあれかしら?皆、ヴィクトリアについたとか?」


「そのもしかして、だ。リンカ。今のお前に正義はない」


「あるわけないでしょ、自由気ままにやるのがROUND TABLEの主義でしょう。自由を正義と置き換える方が馬鹿よ。そんなに正義が好きならLAST JUDGEMENTとかいう所行きなさいよ。歓迎して貰えるわよ、きっと」


「そういう事じゃないっ!いいか、リンカ。お前が男に懸想するのは構わない。けれどな、これ以上、そんなことに俺達を巻き込むな」


「ふぅん……」


 至極どうでも良い事だった。こんな状態のギルドにシズ様を御誘いした所で逆に迷惑が掛る。それなら私は一人身でいた方が良い。一人でシズ様を探して、一人で彼の後を追う。


 それは素敵な想像だった。


 そもそもギルドなんていう他人に任せたのが間違いだったのだ。私が、私のために、彼を追う事を他人に任せるなんてどうかしていたのだ。楽だからなんてそんな理由で楽をしようとしたのがどうかしていたのだ。怠惰な生活は好きだ。けれど、彼を待つのに、彼を探すのに怠惰であっては……彼に失礼だ。


 彼に怒られてしまう。


 でも……あの目に見つめられたまま怒られる、そんな想像に、次第、次第と頬が熱くなってくる。身体の奥から熱が沸いてくる。


「それで?グリードは何でここに残っているのかしら?もしかして私を殺そうとでもいうの?」


「リンカ……ヴィクトリアからの使者の言葉は他にもある。『リンカはルチレーティッドと協力して春さんを殺した』、この言葉は違うんだよな?違うならそう言ってくれ。そう言ってくれりゃあとは俺が何とかする。出て行った他の奴らは俺がしっかり説得するからさ」


「珍しく暑苦しいわねぇ、グリード。変な物でも食べた?」


「茶化すな!……答えてくれ、リンカ」


「ハァ。面倒くさい。本当、面倒くさい。どうでも良いわよ。そんなに私が春を殺した犯人だと思いたいなら思えば良いじゃない。もう本当、どうでも良いわ……こんなギルド」


「……リンカ」


「何よ、その憐れみの目は。勝手に疑われて、勝手に人殺し扱い……は否定できないけれど、信じられずに裏切られて皆あっちへ行った。そんな状況で、それでも大事と思えるほどの場所なのかしら、このギルドは?あなたが私の立場だったらどう思うのよ?……なんて説明自体が面倒なのだけれど……グリード。そろそろ黙ってくれない?じゃないと、殺したくなってくる」


「なぁ、リンカよぉ。最初の頃はこんなんじゃなかったよな、お前。弟を大事にする良い姉だったよな?うちの姉みたいな最低な姉じゃなくて。優しいお姉さんだったよなぁ!?」


「……本当、黙って欲しいんだけれど」


「仲の良い幼馴染を失った後も、俺らの先頭に立って率いて来てくれた。その事には感謝してもしたりない。お前が、お前と春が俺達を導いてくれなかったら俺達はとっくに殺されていただろう。けれど、そんなお前がっ!どうしてこんなになっちまってんだよっ」


「…………」


「男が何だよ。そんなに大事なのかよ。今まで一緒に生死をくぐりぬけて来た仲間より、お前は自分の男がそんなに大事なのかよっ」


「……それ以上、言わないでくれないかしら?私、自分でいうのも何だけれど、彼の事に関しては気が短いのよ。二度はないわよ」


「俺はっ。俺は……このギルドが大事だ。こんな糞みたいな世界だ。最低な奴らの集まりだ。セックスの事しか考えていない馬鹿ばかりだ。けれどさぁ。それでも……俺達は一緒にがんばってきた。エリナの事は残念だった。春の事は残念だった。ルチレーティッドだってもしかすると理由があったのかもしれない、そう思っても良い。それぐらいに……俺にとってここは大事だったんだ」


「現実逃避したかったら余所でやってくれると嬉しいんだけれど……」


 言って、鯉口を切る。


 かちゃり、と音が鳴った。


「最低な姉だった。弟の俺を愛しているとほざく最低な姉だった。寝込みを襲われて貞操も奪われた。最低だ。本当に最低だった。挙句に逃げる俺を刺した。家族すら信用できない、そんな風に思っていた俺を……ここはさぁ。あったかく受け入れてくれたんだ……それを、それを……たった一人の男なんかのために台無しにしてくれやがって!そうさ。全部、全部―――そいつが悪いんだ。見つけ出して殺してやる。そうすりゃ、リンカだって元に戻るだろ?なぁ、戻ってくれると言ってくれよ……」


「二度目はない。そう言ったはずよ」


 シズ様を殺す……?あぁ、この男は私の敵だ。この男だけじゃないかもしれない。私がギルドを崩壊させたなんて妄言を吐くなんて、この男らしくはない。誰かが入れ知恵をしたに違いない。だったら、そいつらも殺しておかないと……シズ様に怪我をさせてしまうかもしれない。


 あぁ。


 もう。


 壊そう。


 私が、全部壊してしまおう。


 そんなに私が壊したと思いたいのなら、ちゃんと全部私が壊してしまおう。


 どうせ遅かれ早かれだ。


 いずれ私がシズ様と会った暁には私達以外の人間は全員殺してしまうのだ。遅かれ早かれ、皆殺すのだ。だったら、今が良い。未来でシズ様に怪我を負わせる可能性のある者達を今の内に始末しておこう。


 あぁ……。


 早く会いたい。早く会いたい。早く会いたいけれど---でも、先にこいつらを始末してからだ。それまで……どうか御待ち下さい。私の事を待っていて下さい……。


 しゃらん、と鈴の様な音を奏でながら流星刀を引き抜き、そのまま刀を振り抜いた。


「さようなら、グリード。本名は……なんだったかしら。春に聞いたような気はするのだけれど」


 ごろん、とつい先程まで喋っていた顔が地面に転がった。


「あ、あ、あ、グ、グリードっ!?グリードぉぉっ」


 どこからか声が聞こえた。隠れていたのだろうか。気配がまったく感じられなかったのはスキルとかだろうか。或いは、そもそも存在自体が薄いのかもしれない。


 転がった頭に縋りついたのは、シホだった。


「仲良く逝きなさい」


 言い様、再び刀を振るう。


 ごろん、と転がった。


「ふふ……ふふふ……とりあえず二人、仕留めましたよ、シズ様。貴方の敵になる奴らを殺しました。……ちょっとで良いから……ほんの少しで良いですから、褒めてくれると……私、嬉しいです」






---






「あんの狂人っ」


 部屋の近くに誰もいないのを確認してから、ベッドに華奢な腕を叩きつけながら叫んだ。


 引き攣った表情を浮かべながら私の城に訪れたリンカの部下達が持っていたのは、あの場所に残ったグリードとシホの頭部だった。


 その部下達も、グリード達の首を情け容赦なく切り落とすマスターにはもうついていけないと私の陣営に入った。


 残りの円卓はベルンハルト、春秋とゆかり、トネリ子、私……そして、リンカの弟。


 今のあの女の状態を思えば恐らく使えないだろうとは思うが、リンカの弟は人質にするために春秋、ゆかりに部屋から連れ出して来て貰った。リンカの弟はさておき、正直、春秋とゆかりの二人が私に付くとは思っていなかった。


 元々、リンカの行動を生温かく見守っていた二人だ。だからこそ、最後の時までリンカと一緒にいると思っていた。リンカにとっても誤算だったのかもしれない。二人曰く、ルチレーティッドを殺した相手の元にはいられないという事らしい。春を殺したというのは許せないが、しかし、それでも現実での知り合いだからこそルチレーティッドには更生して欲しかったという。その機会を奪ったリンカを許せない、と。……こんな世界で、あんなギルドで更生も何もないとは思うが……そもそもそれを言ったらルチレーティッドは以前からかなりの数を殺しているし、この二人もまた人を殺している。ただ、それが、彼らの現実逃避の手段だというのなら認めざるを得ない。


 トネリ子が私の下についた理由もまた、ルチレーティッドが原因である。それを殺した犯人には、事実がどうあれ、敵対するつもりという事だった。彼が実は女であったことなどはトネリ子の中では無視されているらしい。リンカに負けず劣らず狂っているな、と苦笑を浮かべた。まぁ、リンカの現実での知り合いだというのだから類友なのだろう。とはいえ、仮想世界で出会った偽りの男のために現実の友人と敵対する、まったくもって馬鹿だと思う。


 が、それもまた私が云う事ではないだろう。私自身、偽りの女であるが故に。


 その偽りの女に懸想する者達には、精々今後も懸想し、存分に働いて貰いたいものである。


 その内の一人であるベルンハルトだが、最近は鬱陶しく感じている。


 この私をベッドに誘おうとしているのだ。気色悪い事である。勿論、起因は私であり、責任も私にある。とはいえ、既にあいつが出来ることはもう無い。新生ROUND TABLEにおいては私が仕切るのだ。幾ら人材不足とは言え、彼程度の能力は不要だ。寧ろROUND TALBEで円卓だったからといって彼を優遇する事で軋轢を産む事を思えば、寧ろ邪魔な存在だ。小煩く耳元で囁く脳しかないのならば、リンカとの戦闘時に合わせていなくなってもらおうと思っている。


「……くそっ!」


 そんな罵倒も、愛らしい声で出て来る事に違和感はもうなかった。ただ、相変わらず迫力はないなとは思う。


 そんな迫力のなさで何を嘆いているかと言えば、グリードの事だった。


 彼は馬鹿ではあるが、情に厚く、戦闘力も高い。是非、戦闘員……新生ROUND TALBEの部隊長として彼が欲しかったのだ。それをあの女はまったくの躊躇なく殺したようだった。一切躊躇がない事は首の切断面を見ればわかる。そして同時に、アレの力量もまた。


 聞くに、どうやらNEROとも引き分けたらしい。


 関東に向かわせていた情報収集部隊の一員からそう聞いた。


 レベル製MMORPGというものでは、ある程度レベル差があればシステム上、決して敵う事がない。そう聞いていた。だから、あり得ない事だと思った。


 だからこそ、タイミングを見誤ったと思った。


 想定外を想定しろという数十年前の謡い文句は未だに現代に受け継がれてはいる。だが、想定できないからこそ、想定外なのだ。そんな言い訳をしたくなるぐらいだった。


 あれがNEROに勝てるのであれば、NEROとの戦闘が終わった後で良かったのだ。状況から察して、リンカがNEROに殺されると考えたからこそ、あの瞬間に立ちあがったのだ。


 失敗である。


 責任は取る必要があろう。


 余段ではあるが、よく失敗の責任をとって会社を辞めると言う社員がいる。それを責任だと思っている内はいつまで経っても成長しない。社に損害を与えた、だったらそれの何倍もの数字を稼ぐ、それが唯一の責任の取り方だ。会社を辞める事はただの逃げでしかない。後に残った者達の事を一切考えない独善的な逃避でしかない。社にいる事で社の風評が余りにも大きすぎる場合には切り捨てるだろうが、そうではない場合にはそういう責任の取り方をすべきだ。だから、私はそういう意味でしっかりと責任を取ろう。


 リンカのみならず、NEROを撃ち落とす事でその責任を取ろう。そして、東北・北海道両地の城主となったLAST JUDGEMENTさえ倒して見せよう。そして、この地に私の国を作るのだ。


 現状唯一の問題は駒が足りない事だ。


 グリードを失ったのは相当の痛手だ。彼だけではリンカと対等に戦えない、というのは結果論である。彼がいるのといないのでは段違いだ。


 だったらどうするか。


 NPCを雇う。


 それしかない、と考えている。


 列島に残る人間を集めるというのは時間もかかるし確度も低い。であれば、こそ、NPCを雇うのがベターだ。情報部隊の話によれば、LAST JUDGEMENTが北海道侵攻に相当数のNPCを投入したもののNEROは静観したままだったという。僅かばかりのNPCを東北へ送っていたみたいだが、それでも大した戦力ではない。


 加えて、リンカとの戦闘以後、NEROは静かなままだ。リンカへの復讐を考えているのではないだろうか。私はそう考えている。こんな世界でランキング1位となった男だ。自尊心は高いに違いない。リンカ如きに引き分けたままでは済まさないに違いない。リンカが動けば、間違いなくそれを打倒せんと動くだろう。


 だったら……私とリンカがぶつかれば必然、彼はリンカの方を襲うだろう。


 それぐらいの頭は持っていると信じたい。


 直接の協力までは得られないだろうが、敵の敵は味方ともいう。


 休戦協定ぐらいはできるだろう。


「取り急ぎはそれかな?」


 考えを口にして、ハァとため息を吐いた。……作り上げられた表情、作られた喋り方、作られた声。それらに慣れた所為で、自然と甘えるような口調になってしまうのが最近の悩み事である。


 全く迫力がない。全く説得力がない。困ったものである。ただ、それでついてくる者達が多数いるのはある意味面白い。


 閑話休題。


 現状、最優先はNEROとの休戦協定を得る事。そして、NPCを雇う資金を得る事。リンカの動向も気になる。城主権限でリンカが転送ターミナルを使って移動できないようにはしているが、逆にそれ故に動かれると探すのに苦労するのが問題だった。


 ちなみに、リンカの方は私達の転送を禁止していない。舐められていると考えるべきか、それこそターミナルを禁止すると、それこそ徒歩で攻め込む事になる故に、どこから攻めて来るか分からないからかもしれない。そんな考えをあの狂人が持っているかは怪しい所だが……。


 さて。


 いつまでも布団をサンドバックにしているわけにもいかない。


 早々に動くとしよう。


 鏡の前に立ち、髪に手を入れる。表情を確かめるために百面相をする。こんな事を現実の妻や娘息子が知ったらどう思うだろうか、何て事を考える感傷はもはやない。


 作り上げられた笑み、作り上げられた仕草。


 一つ、一つ確認していく。


 これで良い。


 今までばれた事はない。


 春には当然のようにばれていたわけだが……それを思うと本当に春は何者だったのだろうか……いや、既に死んだ人間の事など考えても意味はない。まして殺した人間のことを考えるなど全く意味がない。


 だから、今はそれを考えるのはよそう。


 折角作った表情が崩れてしまう。


「さぁ、がんばろー!」


 あざとい仕草。


 片腕を天にあげ、同時に片足をあげる。両手を『ぐう』にし、足には少しばかり角度をつける。短めのスカートの裾から太ももが少し見えるぐらいの角度だった。


「皆で悪いリンカちゃんをやっつけよー!」






―――






 崩壊した都市。


 改めて見ると、とても静かだった。流れる風にあり得ない色の髪が流れる。風が強い日だった。海から流れて来る風。その更に向うはどうなっているのだろう?そう思って城からほど近い浜辺へと寄った。


 ざり、ざりと鳴る砂の音。ざぁざぁとなる波の音。それら全てがこの世界を作っている欠片だった。


「――――――」


 海を前にすれば何か思う事もあるだろう。そう思ったけれど、やっぱり私の中には一つしかないようだった。シズ様と一緒にこの海を見たい、それだけだった。


 そうしてしばらくしていれば、ふいに城に近いこの海岸で、ギルドメンバー全員でバーベキューをした事を思い出した。好きな事をすれば良い、そんなギルドのはずだったけれど、その時は皆がそれを楽しんでいたように思う。


 ざぁざぁ。


 潮が騒ぎ立てる音。それらの音よりも私達が作り出した音の方が大きかった。どうせいつかは殺し合う間柄で何をそこまで楽しめるのだろう。そう考えていたように思う。元より私はそれに参加するつもりはなかった。春が無理やり私を連れ出さなければ部屋で引き籠っていた事だろう。『外の世界も綺麗なものさ』春がそう言ったのを思い出した。馬鹿な事を言うと思った。ここは内側の世界なのだから。


 あれは、城を手に入れてすぐの事だっただろうか。


 幼馴染が死に、弟が引き籠り、人がどんどん増えていった時の事だろうか。円卓が円卓として機能し始め、いつのまにか私が女王として皆を指揮していた。


 そんな記憶ももはや懐かしい。


 そして、そんな記憶にある風景とは違って、ここはとても静かだった。


 私、一人だった。


 Reincarnationと名付けたキャラクターだけだった。


 皮肉な名前だと思っていた。


 けれど、今はそんな風には思わない。


 生まれ変わっても貴方と共に。


「変わる気はないけれど」


 狂おしい。この腕で自分を押さえていなければどうにかなってしまいそうだった。


 きつく、きつく自分を抱きしめる。そうやっていればいるほど、物悲しさを覚えた。


 どうして私は自分を慰めているのだろう、と。


 まるで今の状況を後悔しているかのようではないか。そんなわけないのに。これ程望ましい状況が他にあるわけがないのに。


 一人になれた。


 もはや何の束縛も無く私はいるのだ。誰かの為に何かをする事もなければ、誰かの為に人を殺す事も無い。ただただ、己の望むままに出来るこの状況を後悔するわけがないだろう。


「……まぁ、春には申し訳なかったかもしれないけれど」


 ダウト。


 そんな言葉が風と共に私の耳に響いたような気がした。


「もしかしてそこらへんにいたりするのかもね」


 苦笑する。


 そんなわけがない。


 死んだ人間は死んだままだ。帰って来る事はない。神様でもなんでもない人間なんかが死んだ所で生き返られるわけがない。


 Reincarnation。


 そんな名前の私だったら、もしかしたら生まれ変われるだろうか?


「生まれ変わったら、シズ様の武器ものになりたい」


 そうすればずっと私の事を離さないでいてくれると思うから。


「はぁ……っ」


 シズ様に撃たれた跡をなぞる。どこを撃たれたかは全部覚えている。あんなに強烈に私の事を愛してくれたのだもの。忘れるわけがない。一番最初がここ、二番目がここ、三番目、四番目……全部覚えている。


 もっと欲しい。


 もっとあの人の弾丸あいが欲しい。


 貪欲で、浅ましい女だけれど、でも、それでも愛されたい。


 そのままその愛に溺れて死んでしまいたい。死んで、そして生き返ってあの人の武器ものになりたい。一生離れることのない武器ものに。


 例えば、そう。私がずっと使っている流星刀みたいに、シズ様の手で振るわれたい。


 そんな自分の想像に頬が、下腹部が熱くなる。


 両手で顔を挟むようにすればその熱さが良く分かる。下腹に触れればその中が熱を産み出しているのが分かる。


 心地よい熱だった。


 とても、とても心地よい熱だった。


 そんなとても心地よい気分に浸っていた。


 鳴り止まない風の音、鳴り止まない波の音。それらを聞きながら、私はその心地よさにまどろんでいた。いつまでも続けば良いと思えるような時間だった。


 けれど、そんな時間は誰かに邪魔をされるのが常だった。


 ざり、ざりと浜辺を歩く男女の姿。


「今更、何用?」


 首だけそちらに振り向けば、春秋とゆかりちゃんがいた。


 暗い顔、神妙そうな顔、なんと称せば良いのか分からないけれど、ともかく不景気な顔だった。その不景気さに、私の気分は一気に落ちた。ストップ安といったかな。


「リンカ……どうしてルチレを殺したんだ。リンカぐらいに力があれば捕えるぐらいわけなかっただろう?」


 そして、そんな今更でどうしようもなく性も無い事を言った。


「春秋、そのネナベ口調いい加減止めたらどう?」


「……」


「同性だったら、そういうのって分かるでしょ?あぁ、男として女とやり過ぎて自分の性別忘れちゃっていた?だったら、ごめんね。謝るわ」


「リンカ!君はっ!」


 怒ったのはゆかりちゃんだった。


「沸点低すぎよ、ゆかりちゃん。私はいつだって『こう』だったと思うけど?」


「そんな事を話に来たんじゃないわ……私は貴女がどうしてルチレ君……いいえ、鏡美玖ちゃんを殺したのか……そして、なんでその名前を知っているのかを知りたい」


「ほんと、今更どうでも良い事を聞くわね。……そんなに早死にしたかったの?自殺願望はそこの海にでも捨てたらどう?そういえば、海に潜ったら死ぬのかしら?自殺禁止ルールはそこまでしっかりしているのかしらね?」


 死なずに海の底まで辿りつけるのだろうか。


 そういえば、凄く昔に海底なんとか、というSF小説があった。読んだ事はないし、どんな内容かも知らないけれど、この世界の海底はどうなっているのだろうか?元々海底には変な生き物が一杯いるのだから、それと同等に変な悪魔達がいるのだろうか?シズ様と二人で海底を旅してみたい。


「あの子は----とっても優しい子-――――よ!」


「あぁ、ごめん。春秋。聞いてなかったわ」


 どうでも良い戯言を言っていた様に思う。


 湯沸かし器のように顔を真っ赤にする春秋を相手にため息を吐きながら流星刀を抜く。


「私達はリンカと争いにきたわけじゃない。話合いをしに来ただけだ」


 抜いた刀に視線を向けながら、ゆかりちゃんがそう言う。


 けれど、それもまたもうどうでも良かった。この二人は敵なのだ。いつか彼を傷付けるかもしれない敵なのだ。だから、何を言おうとこの場に現れたのなら殺してしまうしかない。


「大人しくいつもみたいに部屋に籠って二人で欲望の赴くままに、獣のように交わっていれば良かったのに。余生を大事にしていれば良かったのに……馬鹿よね、二人とも」


 男女の入れ変わった倒錯した肉欲に溺れていれば良かったのだ。今更とって付けたようにルチレの事など考えずにただただ死にたくないと獣のように交わり続けていれば良かったのだ。そうすれば私も同情した事だろう。


 ダウト。


 再びそんな言葉が聞こえた気がした。


「死んでもまだダウトを言い足りないなら、生き返ってくれば良いのよ」


 吐き捨てるように告げ、足に力を入れ、砂浜を蹴る。


 ざぁざぁという波の寄せる音に、どさり、という鈍い音が混ざった。


 それで終わりだった。


 そして、気の抜けたファンファーレが二度、鳴った。


「『防御無視攻撃』とか便利よね」


 レベルという概念ももはやどうでも良いものだった。このスキルがあれば、どれだけレベル差があろうと差はない。ただ、100%発動するものではないらしく、下手な攻撃をしてしまえば発動しない。でも、私は7、80%の確率で発動させる事ができる。私の攻撃は下手じゃないからだ。シズ様の妹なら90%ぐらいで発動させる事ができるだろうか?私がもっとがんばれば100%になるだろうか?だったら、がんばろう。シズ様に見られた時に下手な事をしたくない。恥ずかしい。


 この便利なスキルを、いつ覚えたのかは分からない。何かを殺していた時かもしれないし、それ以外の行動をしていた時かもしれない。少なくとも、シズ様の愛を受けた時にはなかった。あるいは、シズ様の愛を間違えて切ってしまった時に覚えたのかもしれない。素直に愛を受け取られなかったのは後悔しかないけれど、シズ様がスキルを覚えさせてくれたと考えれば、心が暖かくなってくる。


 このスキルを使って私に生きて欲しいと言っているようで、とても心が温かくなってくる。身体が熱くなってくる。


「ふふふふ……」


 砂の音を鳴らしながら、抑える事の出来ない笑みを浮かべながら私は―――私一人になった城へと戻った。






―――






 それから数日後のことだった。


 ふいに思い出し、あぁそういえば、と思う。


「あぁそういえば、ぷりんちゃん切った時はレベルあがらなかったわね」


 高レベルプレイヤーを殺せば必然、レベルがあがる。にもかかわらず、あの時はレベルがあがっていなかった。そんな今更、本当にどうでも良いことを思い出しながら、城の窓から外を見る。


 有象無象。


 100、200、或いはそれ以上。数えるのが面倒だった。色んな装備をした色な奴らがいるのは分かった。ぷりんちゃんに乗せられた人達、私から離れて行った人達、あるいは人ではない存在。これで悪魔も含まれていれば面白かったが、流石に悪魔を連れている酔狂な人はいなかった。


「態々そっちから来てくれるなんてありがたい話ね」


 黒いスパッツ、赤いロングコート、同色のブーツ。珍しくそんな恰好をしながら、鏡の前に立つ。邪魔にならないように髪はテールに。


「さぁ、シズ様の敵を殺しに行きましょう、私」


 鏡に向かって告げる。


 鏡に映ったわたしが笑った。


 終わったら、お風呂に入って、彼を探しに行こう。


 これで終わり。


 ROUND TABLEの終わり。


 円卓は今日、潰える。


 円卓の王であった私がそれを壊すのだ。


 さぁ、行こう。






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