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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
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 あれから数日が経った。


「ふぅん。そういう対処ね。まぁ、良いわ。従うとしましょう。じゃあね、ネージュ……それと、イクス。お風呂はちゃんと用意しておくからたまには遊びに来てよ?」


 それでも疑いは晴れなかった。


 晴れるわけがないと思う。僕は彼女が雪奈の四肢を切断した犯人だと確信している。だからこそ、彼女を牢に入れ、二度と出られないようにするべきだと考えていた。実際に殺したわけではない。しかし、それでも、死を冒涜するような行為はもっての他だ。だから、イクスさんのこの判断は甘い。これでは実質何もしていないのと同じだと思う。


 苛立ちが増して行く。


 キョウコさんへ向けるイクスさんの寂しそうな視線、それが更に僕の心を荒立たせる。どうして彼女はキョウコさんをそこまで信じているのだろう。僕よりも……。


「キョウコ。私は貴女を信じている。だから、北海道を任せるの。例え、キョウコ以外に容疑者が出ないとしても、それでも……」


「ありがと。ま、でもそこまで気にする事ないわよ。今このギルド内で疑心の種を撒くわけにはいかないしね。私が遠方に行けばそれで事が収まるならそれで良いわよ。ただし、イクスはちょくちょく遊びに来る事。転送ターミナル使えばすぐでしょ?」


「そうだね。だから……」


「はいはい。悲しそうな顔をしない。ネージュが嫉妬で私を殺してしまうわよ?」


 表情に浮かんだ怒りを察せられたのだろうか。元より隠すつもりもないのだから、当然かもしれない。


「そうね。それでも気持ちが晴れないなら、謡ってよ、イクス。イクスの唄私結構好きなのよ」


 そう言って笑ったキョウコさんは昔見た彼女のようで、やっぱり彼女がそんな事をするだなんて……いいや、そんなわけがない。


 雪奈の死体を辱めたのは彼女以外にいない。あんな鋭利な切り口、彼女以外に出来るわけがない。


 一緒に埋めてあればまだ良かったのだ。まだ、許せた。いや、今が最低だから相対的に許せると思えるだけで、きっとそうであったとしても僕は糾弾しただろう。ギルドメンバー全員の前で糾弾しただろう。


「―――LA」


 イクスさんが目を閉じ、祈るように、その姿の通りに修道女シスターのように歌を唄う。


 綺麗な声だった。


 とても綺麗で、いつまでも聞いていたいと思える声だった。相手の無事を祈り、相手に幸あれと願うその歌はこんな世界でも心癒されるぐらいに温かく、心に染みわたってくる。


 それを願う相手が、キョウコさんというのが僕には許せなかった。


 けれど、イクスさんの想いを邪魔する事もできなかった。


 そんな僕を見て、キョウコさんが口元を歪めた。きっと以前だったら、からかっているだけのように思えただろう。けれど……


 ぎり、と不協和音が歌に混ざる。


 歯が鳴った。


「ネージュ。良いわ、その表情、とても良い。貴方はもう以前の貴方ではないけれど、それよりももっと良いと思うわ……」


 小さく、イクスさんの唄声を邪魔しないように僕に向かってそう言った。言って、舌で唇を舐めた。小さな、キョウコさんの舌が、己が唇を這う姿は酷く官能的で、背筋がぞくりと粟だった。これが同級生の女の子のする仕草か?と思った。こんな仕草を同級生ができるのか?とさえ思った。僕には分からないけれど、大人の女性のように思えた。僕達とは違う所に住む存在のような……。


 それから暫く、僕は呆然としていたように思う。何時の間にかイクスさんの歌は止み、キョウコさんがターミナルの中へ入ろうとしていた。


「じゃあね、イクス。また近々、会いましょう」


「はい。また、今度」


 再開を願う言葉を交わし、キョウコさんが姿を消した。


 消した瞬間、イクスさんがため息を吐いた。


「行っちゃった……」


「彼女の疑いが晴れるまでは仕方ない事だよ」


「仕方ないって……そんな」


 知らない誰かを見るような、イクスさんの視線が痛かった。


 僕の言葉が、考えが、行動が何もかも信じられないというような、ここにいる僕は僕ではない誰かのようにさえ思われているようで……酷く腹が立った。


「イクスさんは優し過ぎるよ。キョウコさんは、彼女は……ここにきて変わったんだよ……」


「変わったって……キョウコは何も変わってないよ。あの頃は仲良くなかったから分からなかったけれど、それでも変わってないのは分かるよ。寧ろ、変わったのは……ネージュ君だよ」


「……平行線だね。僕は変わっていない。確かにあの頃より、多少精神的に強くなったかもしれないけれど。それでも僕は僕のままだよ」


 友人達と和気藹々ただただ楽しい日々を過ごしていた僕よりも、辛い日々を過ごした僕は少しだけ大人になったのだ。けれど、僕が僕である事は変わらない。


 変わっているわけがない。


 僕が変わったら、僕の所為で亡くなった雪奈に申し訳ないだろう。


「そういう所が、だよ……それより、中国地方、ROUND TABLEの方どうなっているのかな?情報部隊は派遣したんだよね?」


「ん……」


 露骨に話題を逸らされた。


「ROUND TABLEは今、NEROと中国地方のヴィクトリア何某の攻撃を受けているみたいだね。NEROは僕らの時と同様、あまり積極的ではないみたいだけれどね。静観していると言った感じなのかな?先日大規模な戦闘があったみたいだし、それの所為かもしれないね」


「大規模な戦闘?」


「Queen Of Deathが直接関東に乗り込んで暴れたらしい。僕も聞いただけだから詳しくはわからないけれど、NEROとQueen Of Deathが直接やりあったっぽい」


「……NEROと?」


 信じられないものを見るような表情を浮かべたのは当然だと思う。つい先日、その大規模戦闘時に、とうとうNEROがWIZARDの殺害数を超えた。


 掲示板に示されたランキングの一位には堂々とNEROの名が乗っている。


 現在のランキングはNERO、WIZARD、Queen Of Death、SISTER、BLACK LILYの順番。ランカーを二人も要している僕達が組織としては一番優勢のように思える。けれど、ROUND TABLEには円卓の騎士と呼ばれる者達がいる。彼らの殺害人数はQueen Of Deathに含まれているだろうから、実際のレベルは分からないというのが現状だった。ただ、内乱がおきているROUND TABLEよりは僕達はましだろう。今まさに癌となりえたキョウコさんを北海道に送れたのだから……。


 ともあれ、NEROのレベルは相当に高いと思われる。イクスさんやキョウコさんよりも更に10や20は高いだろう。そんな相手を……遠距離から観察していた者曰く、Queen Of Deathは互角以上に戦ったという。


 最終的には痛み分けという所だったみたいだ。


 それを思うとROUND TABLEが内乱を収めて、そのままNEROに勝利してしまえば、うちとROUND TABLEの直接対決になる。そうなると、NPCがいるとはいえ、こちらの陣営は人材不足が否めない。


 それを考え、今、未だに表に出ずに隠れ過ごしている人達がいないかを探している。列島全部を周れば三百から四百ぐらいは集まるんじゃないだろうか。


 あるいはもっと……そうすれば、僕達が優位に立てる可能性も出て来る。


「NEROがどんな人なのは、私は分からないけれど……強いよね。ランキング一位は伊達じゃないよね」


「だと思う。僕なら一撃で殺される自信があるよ」


「そんな事しないでね、ネージュ君」


「分かっているよ。無理はしないし、無茶もしない」


「そうだね。誰かを庇って死ぬとかそんな馬鹿な事しないでね」


「それは保証できないけれど……イクスさんに言われたら頷くしかないね」


「ありがとうっていえば良いのかな?」


「わかんない」


 互いに小さく笑う。


 イクスさんとこれだけ長く話をしたのは久しぶりだった。


 心地良いと思う。


 やっぱり、僕はイクスさんの事が好きなのだ。だから、こんなにも落ち着くし、安心でくるのだろう。


 彼女と一緒にがんばっていこう。そう思う。僕達が生き残って、いずれ何処かの誰かが助けてくれる時を待っていたい。


「それはそうと、ネージュ君。何人か捕えていたみたいだけれど、何があったの?」


「大したことじゃないよ」


「大したことじゃなかったら、捕えちゃ駄目だよ。私達は力を持っているの。だから、それを行使すべき所を見誤ってはならない」


「間違っていたとは思わないよ。ギルドに対する不満にしてはちょっと行き過ぎていてね、女の子には言えないような感じだからさ。察してくれると嬉しいかな?」


 瞬間、イクスさんが湯沸かし器のように頬を染めた。何を想像したのだろうか。少しといわず、気になった。


「……やっぱり、そういう方面もどうにかしないと駄目なのかな?」


「どうだろうROUND TABLEみたいなのはどうかと思うけれど、ガス抜きは必要な気はするよ」


「ROUND TABLEみたいなのって」


「それこそ女の子にいう事じゃない。知らなくて良い事だよ」


「私、これでもギルドマスターなんだけれど……今まではそういう事はキョウコが担ってくれていたから良いけど、今度からは私自身がやらないと」


「―――僕がやるよ。キョウコさんの代わり」


 そう言ったのは男として、彼女に認められたいからかもしれない。


 けれど、彼女はこう言った。


「―――ネージュ君はキョウコの代わりにはならないよ」


 と。


「ネージュ君には悪いけれど、全部私がやります。ギルドマスター権限を発動させて貰います。ネージュ君は今現時刻をもってマスター代行を解任します。お疲れさまでした。以降、貴方はギルドの皆をしっかり守ってあげて」


 他人行儀な口調になったイクスさんが、そんな事を言った。


 それはつまり、イクスさんが僕を……捨てたという事だった。


 信じられなかった。


「イクスさん!」


「どなっても駄目なものは駄目。ネージュ君は前と同じ部隊に戻って」


「無理だよ。一人じゃ。それに、僕はイクスさんとキョウコさんが皆のためにがんばっている事は分かっている。皆の為にしたくもない処刑をしている、その気持ちも分かっている。キョウコさんがいなくなった今、だからこそ僕は―――」


「処刑まで担うっていうの?そんな台詞、昔のネージュ君なら絶対にそんな事言わなかったよ。ネージュ君。少し頭冷やした方が良いよ。……それに、キョウコの事だって言い過ぎだったよ」


 愕然とした。


 冷たい視線だった。


 物を見るような、そんな視線だった。


 背筋が凍るように冷たかった。


 彼女の考えている事が分からない。キョウコさんがいなくなった以上、今までキョウコさんがやっていた事はイクスさんに全てのしかかる。それを全部処理するのは無理に決まっている。だから僕は手伝おうとした。僕が手伝えば彼女は楽になれる。僕達は一緒にやっていけるはずなのに。それに、彼女達に無理をさせているのも僕はいい加減自分を許せそうになかったのだ。彼女達だけが人殺しのレッテルを張られている現状が……


「ネージュ君は私達の下へ来なくて良い。だから、もう私に構わなくて良いよ。仲の良い子達と一緒にいつか来るその日までゆっくりしていて。全部、私達がやるから」


 見限られた。


 僕は、彼女に見限られた。


 僕の何が悪かったのだろう。


 僕が何をしたというのだろう。


 なぜ……なんで……


「イクスさん……僕は、僕はさぁっ!」


「言わないと分からないみたいだから言うね。あのね、ネージュ君。私はネージュ君がキョウコに対してやった事も正直、許せないし、それにそもそも……私、ネージュ君の事、苦手なの。だから---もう私に話しかけないで。私に近づかないで」


 膝が折れた。


 心が裂けそうだった。


 流れないはずの涙が流れているようにさえ思えた。


 そんな僕に一瞥をくれる事なく、イクスさんは背を向けて去って行った。


 かつん、かつんとなる彼女のブーツ。


 その足音が消え去っても、僕はその場を動けなかった。


 こんなのは嘘なのだと、誰かに言って欲しい。


 こんな世界は嘘なのだと誰かに言って欲しい。


 この世界は夢で、いつか覚めるのだと誰かに言って欲しい。


 でも、そんなのはそれこそ夢物語。


 あぁ、きっとこれは罰なのだ。


 雪奈の想いを拒絶し、雪奈を殺した罰なのだ。挙句、死体すら辱められたのを止める事もできなかった罰なのだ。


「―――」


 声にならない叫びが、遠吠えの様に響いた。


 月が照らすこの場所で、さながら愛を叫ぶ狼のように。


 僕は……いつまでもその場から動けないでいた。


 






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