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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
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 雪上に響き渡る私達の勝利を告げるアナウンス。


 喜ぶ者もいなければ、嘆く者もいませんでした。悪魔とNPCの戦闘、悪魔と悪魔の戦闘は未だ終わっていません。DEMON LORDの死で、仲魔という束縛を解かれた者達が、神より与えられた元の使命を果たすために、ただただ闇雲に相手を攻撃していました。まったく統制のとれない悪魔達の群れです。暫くすればNPCの勝利で終わるでしょう。


 眼前に転がり落ちる二つの死体。互いを抱きしめ合い、お互いに相手を大事に思っている事が誰にでも分かるぐらいに、穏やかで幸せな表情を浮かべていました。


 互いを大事に思うが故に死んでしまった馬鹿な人間と人工物。


 けれど、そんな二人の―――認めたくはないけれど―――愛の形に、私は何もいえなくなっていました。お互いがお互いに存在していなければ生きていけない、そんな愛の形に。


 呆然としていたと思います。


 そしてそれは、私だけではなく……彼らを殺してしまった死神もまた同じのようでした。とても人間のような、そんな印象さえ感じるほどに呆然と自失していました。


「なぜ……なぜ?なぜ、主様はそんな弱い奴なんかを庇って私に……私に……主様には私がいるのに……どうして、どうして」


 愛する者を守る。


 そんな人間的な発想ができないこの死神は、確かに悪魔ノンプレイヤーです。悲しいまでに悪魔でした。人の気持ちを理解できず、ただ自分の気持ちを押しつけた挙句の結果がこれだったのかもしれません。彼女達の関係なんて私には分かりません。けれど、悲しみに暮れる彼女を見ていれば、少し同情心が沸いて来そうになります。


 ネージュ君は雪奈を亡くし、悲しみにくれていました。もし、あの時、雪奈と一緒にネージュ君が死んでいたら、私はこの死神のように呆然自失してしまったのではないでしょうか。雪奈には悪いと思いますが、そう思いました。


 ネージュ君を失ったとしたら……私は生きる意味を失ったと思います。そして、死神もまた、きっとそんな思いに駆られているのではないでしょうか。AI相手に何を馬鹿な事をと思っても……先程の、天使とDEMON LORDの行動を、そして今の死神の姿を見ていると馬鹿な事じゃない、そう思ったりもします。


 こんな風に感情豊かなNPCを私はただの壁役として使っていたのだと思うと……いいえ、今更後悔した所で遅いのです。


 もう遅い。どれだけの数のNPCを犠牲にして今の私がなっているというのでしょう。今更私がNPCを大事にした所で何にもなるはずがありません。


「……お父様、教えて下さい……なぜ、この女は死ぬと分かっていて笑ったのでしょう。なぜ主様は……命を賭けてまで救おうとしたのでしょう。私の攻撃ですよ?死ぬに決まっているじゃないですか。それなのに、死ぬと知りながら、どうして主様はこの女を助けようとしたのでしょう……」


 歯を噛み締め、死神に声を掛けてしまいそうになる自分を留めます。私には何をいう権利もありません。生存競争の勝者が敗者に掛ける言葉なんてありません。ですが、ですが……殺す必要も無いかな、そう思いました。


 だから……私は、スキルを使って銃を回収して、その場を去ろうとしました。爆弾で所々がクレーターとなっていたその場から離れ、キョウコの下へと向かおうとしました。


 見れば、ちょうどキョウコが此方に向かって走って来ていました。


 目の前に来た所で、お疲れ様、そう言おうとしました。が、


「甘いわよ、イクス」


 キョウコは言い様、私の横を通り抜け、そのまま駆け抜けて行きました。あっという間もなく、止める間もなくその影は未だ自失している死神の背後に立ちました。


「人形が人間に懸想する。人間が人形に懸想する。人と人形の間に産まれ、人間に裏切られた子がその人間に横恋慕する。全くもって……喜劇よね」


 瞬間、銀閃が煌めきました。


 あっという間もなく。


 これまでの鍔迫り合いは何だったのかと思うぐらいに。


 骨と金属のぶつかり合う音が周囲に響き、死神の両腕と両足と首が切り落とされました。相手の強さ、防御力など一切合財無視したかのような攻撃でした。今まで見た中で一番鋭い、そんな攻撃でした。


 守る者を守れず、守る者の想いを理解できず、ただただ無意味に死神は死にました。


 それを示すようにキョウコの方からレベルアップを示すファンファーレが鳴りました。こんな時ぐらい鳴らなくても良いじゃないか、そう思いました。そんな風に思ってしまいました。


 だからだと思います。キョウコに向かって、一言言わなければと思ったのは。


「どうし……」


 けれど、言おうとして、止めました。


 その言葉を告げる権利は私にはありません。


 ですが、それでも思ってしまう事を止める事はできませんでした。キョウコも彼らの最後を見ていたでしょうに。これ以上、死神に何をした所で意味はありません。DEMON LORDが率いる集団が問題だったのであって、死神一人だけがいた所で私達の敵にはなりえません。ですから、放置していても良かったはずなのです。この世界には幾万、幾億という悪魔がいるのです。ですから……放置しても……


 それを甘えだというのでしょうか。


「私達の勝利ね、イクス。お疲れ。というかアナウンス、変だったわよね?倒したのはそこの死神なんだし。もしかして神様が見て直接アナウンスしたのかしら?」


 アロンダイトを腰に差しながらキョウコがそんな事を言いつつ私に近づいて来ます。何の憂いも無く、いいえ、寧ろとてもとても嬉しそうに、三日月の様に口角を釣りあげて、笑っていました。


 とても綺麗で---とても怖い笑顔でした。


「さぁ、帰りましょう。イクス。帰ってお風呂入りましょう。疲れているわよね。久しぶりに長風呂しながら語り合いましょう。流し合いっこしましょう」


「キョウコ……」


「何よ。不満なの?こういうタイプは根に持つのよ。後々になって私達に復讐してくるわよ。それなら今殺した方が良い。しっかりと止めを刺した方が良い。それに、こいつが生き延びて後々イクスを殺したとかになったら、私、自分を許せなくなるわよ?」


「そう……ですね。私も……ネージュ君を殺されるぐらいなら」


「そこはキョウコっていうべきじゃない?……おかしいわね。私の愛が足りないのかしら?」


「十分足りていますからこれ以上はいりません。塵芥もいりません」


「酷いわね」


 そういって、くすくすと笑いました。


 その笑いに、少し安堵します。いつものキョウコでした。


 その後、未だに戦闘中のNPC達に『もう無理に倒さなくて良いから、離脱して、新しく手に入った城の警備をするように』、と言付けてから私達は急いで、東北へと帰りました。


 DEMON LORDの情報が正しければ、NEROが私達の城を襲っているはずです。アナウンスがない以上、今のところ持ちこたえているのでしょうが……急がなくてはなりません。


 気持ちを切り替え、ギルドの皆の事を思いながら、キョウコと共に東北の都市を駆け抜けます。


 雪の無い土地。NERO率いるNPC集団に襲われたとも思えないぐらいに全く見慣れた場所を通り過ぎ、見慣れた瓦礫、見慣れた朽ちた建物、見慣れた私達の城。そして、門を抜ければ、これもまた見慣れた緑豊かな日本庭園。


 そこに、ギルドの皆がいました。


 そして、私達二人の姿に気付いた瞬間、歓声があがりました。


『イクス様!ありがとうございます』『これで悪魔に怯える事がなくなりましたっ!』『DEMON LORDってどんな奴でした?やっぱ悪魔を率いているんだから酷い奴ですよね!』『キョウコ様!御怪我はありませんかっ!わたくしが見て差し上げますっ』『イクスさんそばかすかわいい!』『キョウコ様、踏んで下さい!』『イクス様、キョウコ様万歳!』『LAST JUDGEMENT万歳!』


 幾つか変なのが混じっていましたが……皆、私達を歓迎してくれました。


 そして、あれ?とキョウコと目を突き合わせます。


 NEROはどうなったの?と。


「だ、誰か!教えて頂戴。NEROが来たのよね?」


 私の問い掛けに答えたのは、何度かお世話になった年上の女の人でした。


「ターミナルからNPCが何体か来て、数人やられてしまいましたけれど、それだけです。大した被害はありませんでしたよ。ネージュが巧く対処していました。その件は今お伝えすればお二人の邪魔になるかと思って情報は私達の元で止めておりました。それにそもそも……結果論ですけれど、お伝えする程の事でもありませんでしたので」


「どういう事……キョウコ、分かる?」


「イクスは相変わらずお馬鹿よね。NEROの奴がDEMON LORDの誘いに乗る理由がないじゃない。NPCを戦争に利用しているから?そもそもNERO自身がそうでしょう?うちらを積極的に落としたいとか?そんなに積極的だったらもっと早くやっているわよ。それに……」


 言われてみれば、そうかもしれません。だからキョウコはあんなに冷静だったのかもしれません。


「はい。キョウコ様の仰る通り、NEROは現在、ROUND TABLEと交戦中ですから、そこまで余裕があるなら、九州と中国に直接送り込むのではないでしょうか?」


 ハァ、とため息を吐きました。それと同意に、身体が重たくなってきて、その場にへたり込んでしまいました。


「お疲れ、イクス」


「キョウコは元気だね」


「私もいい加減疲れたわよ。とりあえず、引き摺ってでも風呂連れて行くからね」


「お願い」


 動くのも面倒になってきました。こんな姿をネージュ君に見られたら恥ずかしい、と思って周囲を見渡せば……案の定といえば良いのでしょうか。ネージュ君がいました。咄嗟に立ち上がろうとして、中途半端に立った状態で、ネージュ君の目を見てしまいました。


「キョウコさん、話があるんだけれど」


 怖い顔をしていました。


「何よ、ネージュ。疲れているんだけど、私」


 未だかつて見た事もないぐらいに怖い顔をしていました。表情筋が言う事を効いていないとでもいわんばかりに、辛そうで、苦しそうで、悲しそうで、それでいて……怒りに満ちた顔でした。


 ただごとではないと感じたのか周囲の歓声は何時の間にか止んでいました。皆が皆ネージュ君とキョウコに視線を行き来させていました。一触即発とはこのことかと思います。なんだか、そう。なんだか……戦場にいるかのようでした。今さっき、戦いの場から帰って来たというのに。


「……切った腕と足はどこ?」


「はい?いきなり何の事よ?死神の?だったら置いて来たわよ。持って帰るものでもないでしょう」


 キョウコがそう言いました。私もそう思いました。


「違うよ。そんな奴の事じゃない。……キョウコさんがやったという事は、もう調べがついでいるんだよっ!キョウコさん以外にやれないんだよっ。君は―――雪奈の、彼女の両腕と両足、どこにやったっ!」


 本当に、一体、何の事でしょう。


 雪奈の両腕と両足?


 全く意味がわかりませんでした。とりあえず、ちゃんと立ってネージュ君とキョウコに視線を向ければ……変な疑惑を掛けられたというのにキョウコが何だかとっても---嬉しそうでした。


「落ち着きなさいよネージュ。いいえ、落ちつけないのよね、ネージュ。もはや、貴方はこの世界の住人だもの。もう、昔の貴方ではない。一時はもう駄目かと思ったけれど、やるじゃない。良く持ち直したわねっ!予想外の方向ではあるけれどね……あはははっ!」


「はぐらかすなっ!」


 聞いた事のない罵声でした。キョウコがいうように、確かに昔のネージュ君なら、私の大好きなネージュ君ならどんな時でも冷静で、優しく諭すように物事を運ぶはずでした。それなのに、今はもう人が違うとでもいわんばかりでした。


 でも、それだけ重要な事なのかもしれません。


「キョウコもネージュ君も落ちついて。何があったの?詳しく話をしてくれないかな?ネージュ君の言う様な事を、キョウコがするなんて私には思えないし。それに……ネージュ君の勘違いかもしれないし、詳しく教えてほしい。」


 ネージュ君に向けて、頭を下げ、お願いする。


「イクスさん……そう。そうだね……たまたまだったんだ。スカベンジャーが墓を荒らしたんだよ」


 その言葉に、はっとした。


 ネージュ君を見れば苦虫を潰すように、唇を噛み締めていた。


「そのスカベンジャーが持っていったんじゃないの?私を疑う前に、悪魔を疑いなさいよ。全く……そもそも何で私がそんなもの隠す必要があるのよ。どこの猟奇殺人犯よ」


「理由なんて僕には分からないよ。でも、あの切り口、あの切断面、人間の手によるものだ。決して、スカベンジャーなんかじゃない。そして、このギルドであんな風に人を切断できるのは---君だけだ、キョウコさん」


 静と静まり返る庭園。


 ギルドメンバーが疑いの目をキョウコへと向け始めました。このギルドで剣を武器にしている人は数多くいます。けれど、ある一定以上のレベルの人は……それこそこのギルドにはいません。それに、確かに死神を切った時のそれは凄いと思ったのは事実です。けれど……


「加えて、雪奈の遺体を埋葬したのはキョウコさんだ。僕が雪奈の遺体を持ち帰って、そこから埋葬されるまでに遺体に触ったのは君だけだ。だから、君しかいない」


「埋めてから、ネージュがそれを見るまでの時間、他の人が荒らしたという事も考えられると思うのだけれど。加えて言うなら……ネージュにも可能よね、それ?」


 キョウコの口角が釣り上がっていました。この状況がとても面白い、とでも言わんばかりに。


 怖い笑みでした。


 見ていたくないと思える笑みでした。


 こんな怖い月をみていたくはありません。


 せめて今日だけは止めてほしいと……そう思いました。


「二人とも落ち着いてよ……今日はもうやめよう。私達も疲れている。その事に関しては後日私も一緒に調査するから……ネージュ君、今は押さえて」


「あら?なんだかイクスにも疑われている感じがするわね?……全く、なんで私が雪奈なんかの四肢を欲しがるのよ。イクスならまだしも」


「……キョウコ。この状況で戯言は控えて下さい」


「分かったわよ。分かった。私も疲れて気が立っていたのは認める。ネージュ、貴方も少しは時と場所を選びなさい。そんなんじゃ、女に嫌われるわよ?」


「……絶対に認めさせてやる」


 そう言って、ネージュ君はその場を去って行きました。


 ネージュ君が姿を消した後、周囲からは喧騒が沸いてきました。何だあいつ、と。あんな奴だったのか?とか。そんなものでした。そして、それだけではなく、キョウコへの疑いの目もまた……。


「一難去ってまた一難、ままならないわねギルド経営って言う奴も……」


「キョウコ……」


「ほら、さっさとお風呂にいくわよ。このストレス、どこかで発散しないとイクスを襲ってしまいそうだし」


「じゃあ、急ぎましょう」


「ちょっと、やっぱり私への愛が足りてなくない?」


「注いだことすらありません」


「うそっ!?」


 直前までの雰囲気はどこにいったのやら、貞操の危機でした。


 キョウコと二人、お風呂へと向かっている最中、ふいにキョウコの言葉を思い出しました。


『大事なものほど構って壊してしまう。大好きなものほど構って壊してしまう。』


 そんな言葉を。






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