表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
90/116

06




 北海道に足を運んだのはαテスト以来の事だった。


 相変わらずの寒空。白い世界。ひらひら、はらはらと降り続ける雪は私にしても綺麗だと感じられるものだった。全ての罪を優しく隠してくれる白い世界。こんな所で自らの罪に気付く事もなく引き籠っていればさぞ傲慢な性格になるだろう。


「戯言だけれど」


 雪に覆い隠された針葉樹が立ち並ぶ街路。雪解けの季節が来て、芽生えの季節が訪れればさぞ綺麗なものになるだろう。


 そんな街路に、鎧を着込んだ悪魔がいた。


 角の生えた西洋兜、体躯に似合わぬ重量感溢れる鎧、下半身はスカート状になっている。短く切られた紫色の髪が大層艶やかな女悪魔だった。腕には漆黒の手甲。その手の先。幅広い巨剣を携えて私を見つめていた。睨んでいたと言った方が良いか。


 冷気さえ纏ったかのようにきつい眼差しが、爛々と輝いていた。


「貴女がNEROか。私は悪魔の王であらせられる主様の率いる部隊の指揮官をしている者だ」


「ははっ!久しぶりの対面だというのに他人行儀な口を聞くものだねぇ」


 かちゃ、と音が鳴った。


 それは私がショルダーバッグのように担いでいる刀の鯉口を鳴らした音だった。


 それは女悪魔が巨剣を持ち上げた音だった。


 そして次の瞬間、轟、と音が鳴る。


 女悪魔が骨で出来た手から蒼い炎を産み出した音だった。


「貴女だけがここに来たという事は、向かわせた悪魔達は全て殺したのですね……有象無象の悪魔だとはいえ、無駄に戦力を減らす必要はなかったのですが……だから、忠告しましたのに」


「あぁ、彼女の事かい?勿論、殺したよ。可哀そうな子だったね。DEMON LORDという馬鹿な主の為に命を掛けるなんて……あんな弱々しい子を遣いに向かわせるなんて本当……馬鹿だよね、その人間」


 ぎり、と音が鳴った。


 女悪魔が歯を鳴らした音だった。


「もう一度、口にしてみなさい。例え、主様が貴女を呼んだのだとしても、貴女が主様の役に立つ存在であろうとも、ここで私が殺してみせます」


 なるほど。


 彼女は道案内のためにここに居るという事か。


 それにしては戦う気満々な格好だった。寧ろどちらかといえば私を煽っているかのようで、のっけから喧嘩腰だった。そして、それは間違いではないようで、さっさと掛って来いとばかりに蒼い炎を揺らめかせる。


「なるほど、なるほど。娘の癇癪ぐらい受け止めるのが親の役目だ。……いいよ、敵うと思うのならば、掛っておいで、キリエ」


「お前が、お前なんかが軽々しく私の名を呼ぶな!」


 あぁ。


 なるほど。


 その言葉で悟った。まぁ、当然といえば当然だろう。とはいえ、悟ったが、暫くは遊ぶとしよう。折角久しぶりに会った我が子との邂逅だ。大事にしないと。それもまた戯言ではあるけれども。


 刀を抜き、鞘はそこらに捨てれば、待っていましたとばかりにキリエが蒼い炎を放った。


 この顔が気に喰わないのだろう。顔面を狙ったそれを首を傾けて避ければ、束の間、眼前にキリエの姿が。だが、


「なんだい、その攻撃。直情的過ぎるよ。まるで素人だ。それでもお前は私の娘か?」


「黙れっ。私はお前の娘なんかじゃないっ」


「つれないねぇ!」


 幅広い巨剣が私を二分割しようと振り下ろされる。喰らえばただでは済まない、そう思える程だった。が、これなら、この間、遠目に見たQODの方が早いだろう。だったら前哨戦でもないけれど、とそれをその場に留まり、刀で受け止める。がしゃん、という鈍い金属音が周囲に響き渡る。力強いものだった。思いの外力強かった。


「へぇ、あんなにレベルが低かったのにね」


「あの頃の私とは違うっ。お前に騙され捨てられた時の私と一緒にするなっ!」


 悪魔が成長するなんて話は聞いた事がなかった。


 だとするとNPCも成長するのだろうか?いや、ないだろう。それもこれもキリエだからこそ、だろう。産みのテスターの血をしっかりと継いでいるのだろう。皮肉な事だ。けれど、確かに『彼』はそういう腐った性格の人間だ。悪魔と人間の間に出来た子供だけ、テスターと同じく成長する資質を与えていてもおかしくはない。


「けれど、まだまだだよ、キリエ」


 今のキリエのレベルは分からないが、私の相手をするにはまだまだ足りない。攻撃力だけで言えばCzの方が上だ。


 少し腰を捻り、その反動でそのままキリエの剣を弾き飛ばす。それを受けてキリエが即座に反転し、剣を横薙ぎに振るう。それを、刀を垂直に立てて防ぐ。


「そんなんじゃ、私を殺す事はできないよ、キリエ。キリエ。君は弱いよ。昔のままだ。……まったく、成長するキリエでこれじゃあ、他の悪魔なんて芥と変わらないよね。DEMON LORDの軍勢なんて、所詮、砂上の楼閣という事だ」


 そんな言葉にキリエの歯が鳴った。


「案外、DEMON LORDもこんなものなのかな?だったら、私一人で十分だよ……今から行って殺してやろうかな。不躾なのに加えて駄弱だなんて、生きる価値がないよね」


「黙れ。まだ、これからだっ」


「私相手に手加減したの?それこそ馬鹿だよ、キリエ。のっけから全力で行かないと!弱いんだからさぁ!」


 瞬間、キリエの剣に蒼い炎が伝わる。


 その冷気にぶるり、と身体が震えた。


 けれど、それも足りない。


 刀が折れる事もなければ、その炎が私を凍らせる事もない。


「キリエが今まで戦った者達はそんなので殺せる相手だったの?弱い者いじめは嫌いじゃないけれど、駄目だよ、キリエ。そんなの相手にしてばっかじゃ」


 駄弱である。


 脆弱である。


 攻撃速度はQOD以下であり、攻撃力はCz以下。魔法染みたスキルもWIZARDの爆弾生成能力の方が勝手は良いだろう。


 全くもって……中途半端な子だった。


 所詮、私の娘といっても義理でしかなかった。


 甲冑の、腹の部分に蹴りを入れれば、キリエが呻きながら飛んで行った。即座に体勢を立て直したのは及第点だが、頭に血が昇りすぎだ。何をしたいのかが表情に出過ぎだ。そんなんじゃ、感情だけが先走って身体が追い付くわけがない。


「全く……つまらない。もう少し遊ぼうと思っていたけれど、もういいや」


 殺す気も沸かない。


 QODの前哨戦にしても消化不良が過ぎる。


 けれど、そう。


 親に逆らったのだから、躾というのは必要だろう。


「そもそも、私をあんな不愉快な女と……僕を秦野亜莉栖なんかと間違えるなんて。娘としてどうなんだい?キリエ……あんまり、パパを怒らせないようにね?」


 はっと顔をあげたキリエの頭、肩、腕、足に向かって刀を振り抜く。


 一撃で兜が飛んでキリエの愛らしい顔が見えた。短く切った美しい紫の髪が見えた。次いで鎧がひしゃげる。二撃目、鉄の裂ける気色悪い音と共に鎧が裂ける。手甲を切り裂けば骨でできた手が。


 駄弱だ。脆弱だ。


 私なんかのSTRでここまで切り刻めるなんて、この鎧も大して良いものでもないだろう。全く……私の子が、こんな低俗な装備をつけているなんて……あぁ、そうだ。


 躾が終わったらプレゼントしてあげよう。久しぶりに会った娘にプレゼントをあげるとしよう。


 スカート部分も刀で切り裂けば、成長したキリエの全身が晒される。


 どうやら鎧の下は、母親と同じく白装束に身を包んでいるようだった。


 大層な美人さんだった。


 あんなに小さかった子がここまで成長するなんて親冥利に尽きる。私が何かしたわけではないけれども。


「お……お父…さ……ま?……いや、そんなわけがない。また、私を騙すつもりなのかっ!?ハタノォ」


 一瞬呆然としたキリエが、私を見上げ、次の瞬間、私を---僕を睨みつけた。


 確かに、その気持ちは分かる。


「僕と二人だけの想い出でも語ってあげようか?キリエの恥ずかしい話も混ざっているけど、それでも良いなら言ってあげるよ?―――マリモを取ろうとして溺れたとか」


「っ!……ほんとう……に?」


「本当だよ。性悪な神様にこんな格好にされてね。安心して良いよ、キリエ。あの裏切り者は……あの女はちゃんとパパが殺してあげたから。待たせたね。遅くなってごめんね、キリエ」


 溶けた雪が、さながら涙のようにキリエの目元から零れ落ちて行く。


「お、お父様?……あぁ……よく、よくご無事で」


 抱きしめられた。


 キリエの方が今の私より背が高い所為でなんだか変な気分ではあるが、雪女なのに温かかった。


 




―――






「そうだ。お父様、聞いて下さい」


 そう言って、頬を膨らませる仕草をして不満の不を示すキリエが愛らしいと思えた。


 先程の場所から少し離れた場所にあった、片足にひびの入っているベンチに座って私達は話をしていた。


 元々はバス停だったのだろう。多少壊れているとはいえ、雪を避けるにはちょうど良かった。そこに座って彼是1時間以上はキリエの話を聞いているように思う。


 秦野亜莉栖に騙されてテスターを殺したとか、その後山に捨てられて何とか一人で生きてきた話やβがはじまり―――といってもキリエはそれを意識的に理解しているわけではない―――、そしてDEMON LORDとの出会い、そして現在。キリエはDEMON LORDの下で指揮官のような事をしているらしい。悪魔達の中で一番強いのはキリエであり、他は一定レベルの者達でしかないとか。キリエ曰く、使い捨てるべき存在だとか。だとすると、やっぱり私一人でも殺し尽せるという事だ。そういう旨を伝えれば、キリエが悲しそうな表情をして主様に手は出さないでくださいと言ってきた。なので、今の所はDEMON LORDに手を出す気はない。


 けれど、結局、いつかは殺す事になると思うのだけれど……まぁ、その時は一緒に殺してあげれば良いかな?DEMON LORDの駄弱さはさておいて、好いた者と一緒に死ねるのは幸せな事だろう。あるいは……そう。キリエがその男をしっかりと飼育するなら見逃してあげても良い。なんだかんだと私は親馬鹿なのだろう。


 他に有用な話としては、LAST JUDGEMENTにはSISTER以外にも高レベルキャラがいるらしいとか。素性は分からないが、キャラクター名はキョウコというらしい。容貌について少し話を聞けば、あぁ、あいつの妹か、と想像が付いた。αテスト後、何度か顔を合わせたが、狂子とでも名乗った方が良いような性格をしている子である。全ては兄のために、とかそんな病んでいる感じの子だ。


 さておき。


 それ以外は本当、ただの親子の会話だった。お父様は今までどうしていたのか?とか、私のお父様はやっぱり強い!凄い!とかそんな話もあった。ぶち壊した鎧の代わりをプレゼントすれば満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。次いでとばかりにDEMON LORD用の鎧もプレゼントしてあげた。そちらの方が喜んでくれたように思う。まぁ、その直後、どうしてすぐに迎えに来てくれなかったのか?と少し拗ねた表情を浮かべられたが。もっとも、それがまた愛らしいと思った。これなら早めにキリエに会いに来ても良かったな、と思った。


 茶番の様な親子の会話。それを存外楽しいと感じられた。私自身意外に感じてはいたけれど……。


 そして、現在。


「主様は分かっていないのです……あの女は……アイツと同じです」


 先程、最初に私を見た時に浮かべた表情。憎悪に満ちた表情を浮かべて、キリエは語る。


 DEMON LORDの誕生秘話でもないけれど、DEMON LORDの最初の仲魔。天使の造詣をした悪魔という皮肉一杯な存在。それがキリエは気にくわないらしい。弱い癖に主様の寵愛を一身に受けるのは許せない事だとか。


 話せば話す程、キリエは激昂していく。


「キリエは良い子だね。そんな弱い奴に気を遣って殺さないなんて。でもね、キリエ。そんなのはその天使が悪いに決まっているよ。アレと同じなら尚更だよ。キリエの思うままにやれば良いんだよ。邪魔だと思うなら殺せば良い。DEMON LORDもきっと喜んでくれるよ。……パパはしっかりアレを殺したよ?キリエにもできるよね。僕の娘なのだから」


 そんな戯言のような台詞を口にすれば、パァと輝くような笑みを見せた。『流石お父様、分かってくれます!』とか言いながら。


 DEMON LORDがどういう人物なのかは分からないが、興味の欠片も沸かないような奴だという事だけは分かった。そんな相手に娘が懸想しているのはどうかとは思うけれど、まぁ……キリエに見る目がなかったというだけの話。いずれ気付く事だろうから、別に無理やりどうこうしようとは思わない。


 勢い余ってキリエがDEMON LRODを殺そうとも私にとってはメリットでしかないのだから。


「とりあえず、キリエの頼みだからね。LAST JUDGEMENTの方には攻撃しておくよ。だから、キリエもがんばるんだよ。彼に愛想が尽きたら僕の所に来ても良いよ?」


「そんなわけありません。ですから、お父様の所には参りません」


「子の親離れ程悲しいものはないね」


「ふふふふ」


 それから更に暫く会話をしてから私達は別れた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ