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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
88/116

04


 薄暗い屋内。


 この世界では当たり前のように、意外でもなく、壁にひびの入っている寂れた建物の中。繁華街から少し離れた古びた建物。段差の多いオールバリアと言わんばかりの二世代程前の設計だった。その割には消防設備だけが真新しく、変に違和感のある建物だった。こじんまりとした部屋は窓が少なく、陽当たりも悪い。息苦しく、過ごし辛そうな部屋だった。その部屋の中央に無駄に大きなベッド―――足が折れて傾いてはいた―――があった。変な部屋だと思う。一体、誰が住んでいたのだろうか。疑問に思う。周囲にも似たようなビルが幾つか並んでいた。その中でも比較的まともに雨風凌げる場所を、と考えてこの建物に入ったものの、結局この建物もひび割れが酷く、隙間から入り込む風は冷たく、刺すような痛さだった。


 そんな上着を羽織っていないとダメージすら受けてしまいそうなこの部屋。鎮座するベッドの端に家庭的な魔女がちょこんと座っていた。


 WIZARDである。


 先日、SCYTHEによってボロボロにされたらしいマントや服を修繕する……のは流石に無理という事で、新たに自作していた。窓から差し込む月明かりだけを頼りに内職に励む主婦のようにちくちくと針を布に通し、時折確かめるように羽織っては調整を繰り返していた。彼是一週間近く。夜になるとWIZARDはそんな事をしていた。


 良く続くものだと感心する。


 そうやってちまちまと作業をしているのを見ていると、そういう所作はどちらかといえばアリスの方が似合いそうだなとも思う。


 そんな事を考えながらWIZARDへと視線を向ければ、それに気付いたのか顔をあげ、何?と首を傾げた。その仕草もまたアリスに似合いそうな仕草だった。僅か苦笑を浮かべながら何でもないと伝えれば『あっそ』と特に気にした風もなく再び作業に戻った。


 この部屋に入った時の変な反応―――やたら、きゃーきゃー言っていた―――もどこ吹く風、今は大人しいものだった。


 大人しく、長い時間を掛けて作っている服。


 その材料は糸にしろ、布にしろ、皮にしろ、全てが高レベル悪魔のドロップ品であった。寄り道ついでに行ったクエストの報酬であったり、ダンジョンのボスだったり、と出自は色々だった。共通するのはそのレアリティぐらいのものだ。軒並み全てAランクだった。物自体に興味はないけれど、そういう物を落とす相手も普通に倒せるようにはなったのだな、と僅かに感慨深い。そう……『僕が』倒せるようになったのだ。


 当然の如く、それを手に入れるために僕も連れて行かれた。防御力もなければ素早さもない僕としては遠距離で戦える相手がいるならまだしも、直接面と向かって悪魔と対峙するのはごめん被りたい所ではあったが、『最後まで私と一緒にいるって約束したじゃない!まさか他の女でも出来たの!?』と鬱陶しい事を言われ、袖を引っ張られて連れて行かれた。


 そして、当然というわけでもないが、アリスは『こ、こんな所に一人でおいていかないでくださいー』と言ってついて来た。もっとも、アリスは一撃でも悪魔の攻撃を喰らえば死に至る脆弱にも程があるNPCである。こちらは当然だが、ついて来た事に何度も後悔していた。


 そんなアリスを見て、WIZARDは何度も『人形が何を慌てているのよ、壊れたら直せば良いでしょ?人形なんだし』と辛辣な事を言っていた。そして僕は、といえば、WIZARDと同意見など不愉快ではあったが、アリスの騒ぎ立ては確かに鬱陶しいと思っていた。NPCの死体に興味はないし、死なれても困るが、騒ぎ立てるのは勘弁願いたかった。御蔭で何度照準が狂って死にそうになった事か。


 そんな僕達に対して、鬼畜だとかお姫様!だとか罵倒を続けるアリスは何ともポジティブというか、なんというか。


 そんな日々を過ごし、材料を集めながら―――もう全部集まった―――WIZARDはちくちくと針仕事をしている。完全手作業である。御蔭で家内制手工業という小学生だか中学生の社会の授業でしか聞いた事のない単語を思い出した。しょうもないな、と思いながらも、人間の記憶というものは意外に凄いものだと思った。すっかり忘れて、もはや記憶の外にあると思っていた事でも、何かを発端として思い出す事ができる。あるいは、産まれて間もない、物心がついていない時の事だってもしかすると脳は覚えているのかもしれない。


 その覚えていない何かによって、人が人を殺すというのならば、僕はそれを知りたいと、そう思った。


 閑話休題。


 ともあれ、ちくちくと針仕事をする姿は魔女に変身させて貰う前のシンデレラもかくやという所だった。月明かりしか差さぬ暗い場所で延々と針仕事。この部屋が木で出来ていて、ぎしぎしと鳴る床と藁で出来た布団でもあればまさにそんな感じだろう。自分の装備のためだとはいえ、良くやるものである。僕だったら絶対に続かないと思った。


 毎晩のようにそうやって作業をする姿を見ていて思った事がある。


 作業をしている時のWIZARDは楽しそうだった。


 いつものワザとらしさすら感じるほどに高いテンションとは違い、純粋にそうしているのが楽しいと言わんばかりだった。材料に向ける視線は厳しい。材料を吟味し、脳内でしっかりとイメージを作り、それを態々紙におこして、何度も何度も修正し、漸く設計図面が完成したのが一週間と少し前。そこから設計図に則って丁寧に、細やかに裁断、仮縫い等など。どの作業も真剣で、それでいて楽しそうだった。勿論、今も、そうである。


 彼女自身、気付いていないだろうけれど、ちくちくと針で縫っている彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいる。


 何かを思い出しているのだろうか。現実世界の、人殺しになる前の自分の姿でも思い浮かべているのだろうか。僕には分からないし別に知りたいとも思わない。ただ、彼女がどうして大量殺人を行ったのか、どういう思いでそれを行ったのか、そこだけは知りたいと思った。


「ほんと器用ですねぇ、お姫様」


 そんなどこか楽しそうなWIZARDに対してちょっかいをかけるのが、空気を読めないNPCである。


 当然、アリスだった。


 途端、WIZARDの口元に浮かんだ笑みは消え、代わりに眉間に皺が浮かんだ。そして、


「煩い人形ねぇ……その口塞いでも良いかしら?別に死にはしないわよね?」


 糸の通った針をアリスに向けながら、そう言った。


「や、やですねぇお姫様!お姫様のレベルで口を縫われたら、私きっとショック死しますよ!だから止めて下さい。お願いします」


 NPCに土下座をさせたプレイヤーがいた。


 WIZARDだった。


「ちょっと、シズぅの視線の腐り具合が酷いんだけれど!?何よ、私が悪いっていうの?作業中に邪魔するこの人形が悪いと思うんだけれど!?」


「いや、そんなつもりはないが」


「だったら何よその目」


 特に何も思ってはいないのだが……とアリスの方を見れば、標的がこちらに向いた所為で、こっそりとニヤリとしていた。なんとも人間らしいNPCである。


「特に何もないが、しいていえば、こんな暗い部屋で良くそんな細かい作業ができると思ってね」


「……これぐらい女の嗜みというものよ」


 ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らされた。


「がーん。私女じゃなかった!」


 にやり顔が消えて土下座スタイルのままに今度は絶望していた。さぞアリスの顔面の処理が大変な事だろう。サーバー負荷が掛り過ぎてゲームサーバー自体が落ちてくれればそれはそれで面白いが……などとサーバーの心配をしていれば、


「人形に性別なんてあったところで何なのよ。煩いからどっかいきなさい」


 WIZARDがしっしと犬を追いやるように手を振った。


 そんなそっけない言葉にがっくしと頭を垂れて―――またサーバーに負荷を与えていた―――アリスが今度は僕の元へと近づいて来た。


「鬼畜様!構って下さい!構ってくれないと兎は死ぬんですよ!」


「兎の死体に興味はないが……」


 僕は僕で銃の手入れをしているので来られても迷惑であった。もっとも、そうと伝えればまたしても鬼畜だのなんだとの煩く言われるであろう事は明白である。いや、というよりも既に言われていた。


 とはいえ、まともに会話しては今よりも更に面倒になる事は確実だった。結果、それだけ口にして作業を続ける。


 かちゃかちゃ、ちくちく。


 かちゃかちゃ、ちくちく。


「なんかこう、お二人を見ていると長年連れ添った夫婦のように思えますね」


「……」


「月明かりだけが照らす部屋の中で、お互いわかっている感を醸し出しているのが特に!ロマンチックです!憧れます!私、憧れますよっ。き、鬼畜様。ものは相談なのですが……」


 顔をあげ、テンション高めに目力を増しつつ更にサーバーに負荷をかけているNPCに向けて口を開く。


「暇なら寝ると良い。ここ最近はWIZARDの所為でずっと徒歩なのだから疲れているだろう」


 そんな僕の言葉に『鬼畜様がでれたっ!?』と言ったかと思えば、次の瞬間にはアレ?おかしいなぁ?という表情を浮かべ、僕の言いたい事に気付いたのか、ため息を吐かれた。器用なAIである。『ちょっと、私の所為とか余計よ!』と騒いでいるシンデレラも視界の端にいるが、それも気にしない事にして僕は作業を続ける。


 アリスの記憶を探る旅、というと人助けのように思えるが、単に『彼』に繋がるものを探すために僕……いや、僕達は旅をしていた。大して宛てのある旅ではなかった。そもそもアリスの記憶が曖昧であり、断片的であるのが問題だった。NEROの名は知っていても、NEROの姿は知らない等など。そんな断片から何かを掴み取ろうとしても特に何が得られるわけでもない。結果、レべリングやクエストをこなしながらのんびりとした旅となった。


 そんなある日の事である。


 その日は良く晴れた、何でもない日だった。アリスの言葉以外、何も記憶に残らない様なそんな日だった。


『そういえば見たことあるような顔をした人がいましたね……えーっと……名前は、えっと。えっと……は、春爛漫?』とアリスが言った。


 めでたい名前だな、と思って詳しい話を聞いていれば、コンビニ店員中に出会ったのだとか。その言葉を聞いて、WIZARDが『あぁ、あの辛気臭い感じのダウトダウト煩い奴ね。九州の女王様、QODちゃんの部下の一人よ。まぁ、あれが部下っていうのはなんとも胡散臭いけれど。どちらかといえば裏で操っている感じよねぇ』と、顎に手をあてつつ思い出しながらそう言った。


 そして、QODという単語に、あぁ、と僕の記憶にも引っ掛かった。


 あの子の所か、と。


 Queen Of Deathと名付けられた円卓の王。


 妹と良く似た刀の振るい方をしていた子。人を殺している所を是非みてみたいと願った相手。SCYTHEが亡くなった以上、期待できる相手は今のところ彼女だけだった。


『Queen Of Deathの所か』


『そうそう。QODちゃんのとこ。って何よ、リンカの事知っているの?』


『リンカというのか……君の方こそ知っているのか?』


『ROUND TALBEにシズぅ探しを手伝ってもらったのよ。で、あれよね。これは浮気よね。確定よね?』


『殺し方に興味があるという意味では本気だが……』


『ちょっとぉ!?』


 そんな性も無い会話をしながら九州へ向かう事にした。


 その春爛漫という賑やかな名前の人物はNEROと同様にαテスターなのだろうか。聊か違和感を覚えた。とりあえず会って問えば分かるだろう。WIZARD曰く、面倒な奴だけど話は普通に出来る奴だとの事だったので、問えば答えはあるだろう。『きっとダウトダウト言われるわよ、シズぅ』というWIZARDの言葉は意味不明だったが。


 ともあれ、結果、その彼の姿を見ておこう、確認しておこうとして、九州へ向けてターミナル移動しようと持った所で……中国、九州地方へのWIZARDのターミナル利用禁止という法令が発令されていた事に気付いた。WIZARD曰く、九州に行った時に解除されていたらしいのだけれども……


 『あ“あ”あ“!?』と発情期の猫のように憤っていたWIZARDを無視して僕だけ先に行こうと思えば、『ちょ、ちょっと待ちなさい!約束を反故にする気!?』と更に騒ぐので結局、徒歩で九州まで行く事になったのであった。


 僕自身は別に徒歩でも構わないのだが、WIZARDとアリスが嫌そうな表情を浮かべていた。本当、時折、姉妹の様である。WIZARDがアリスを嫌うのは同族嫌悪とかではないだろうか。


 ともあれ、流石に連絡船があるわけでもなし、四国から九州に渡る事はできないだろう。中国地方も同様にターミナルが使えない。となれば、とりあえず関西……兵庫辺りまでターミナルで移動した後に歩くのが近いだろう。距離にすれば東京から北陸に向かうのと同じぐらいだ。線路沿いに歩いていればその内着く。


 そんな理由で現在九州へ向けて歩いている最中だった。今はその途中、中国地方に差しかかったぐらいだった。地面に落下して意味を成さなくなった道路標識からそれが分かった。聞いた事のある都市名だな、と思いつつ、線路から逸れ、繁華街から少し離れた建物の一室で今日は休憩している所というわけだった。


 そうやって成り行きを思い出していれば、アリスが肩越しの僕の作業を覗いていた。NPCでも近づけば体温を感じるものなのだなという認識と共に、鬱陶しいとアリスの顔を手で押しのければ、うぐっと鳴いた。


「あれぇ……おかしいなぁ。こういう仕草って萌えません?萌えたりしません?」


 AI相手にそんな事を教えた奴をここに連れて来て欲しいと、らしくもなく思った。


「焼かれたいなら早く言いなさいよ、人形。今すぐ全身の穴という穴に爆弾突っ込んで焼いてあげるわよ」


「こわっ。お姫様こわっ!?」


 低く脅すようなWIZARDの声とかん高く響くアリスの声が室内に響く。


 ちなみに、である。


 この世界は静かである。


 環境音以外に音がする時はそこにプレイヤーなりNPCなり悪魔なりがいるという事の証拠でもある。この付近にはNPCもいないようで、夜になれば風の音以外に物音は一切なかった。


 故に、こんな風に騒いでいると窓の少ない部屋だとて音が外に漏れる。その結果、当然の如く現れる者がいる。悪魔である。音に反応して近づくという習性を与えられているのだろう。窓の外から呻き声とずり、ずりと肉を引き摺る音が聞こえて来た。


「アリス。とりあえず、君は口を閉じて、目を閉じて、意識というものが君の中に存在するのならば、意識を飛ばして大人しくしていてくれ」


「えっと、その嫌って言ったら?」


「痛いのは嫌いだと思ったが……」


「うぅぅ、厳しい。最近扱いが本当に厳しい。私泣きますよ、泣いてしまいますよ。わんわん鳴いて悪魔達を呼び寄せてしまいますよ!?」


 鬱陶しいNPCであった。


 その鬱陶しさを解消するためにCZ75を向ければ、アリスは口の前で両手をクロスさせつつ顔を横に振った。最近良く見る『もう黙るから撃たないで下さい』のポーズであった。


 しかし……毎夜毎夜同じ事をして、このNPCにはそっち方面の学習能力はないのだろうか。ないのだろうな。


 大人しくベッドの真ん中めがけてダイブした―――結果、ベッドが揺れてWIZARDの手元が狂った。その事実に慌てて毛布を頭から被って顔を隠し『お姫様、ごめんなさーい』と毛布越しに謝罪し、すぐに横になり丸くなったアリスを余所に窓際へ寄り、眼下を確認する。


 月明かりを頼りに数を数えるのは面倒になるぐらいの悪魔がいた。人型、蟲型などなど。一つ一つは大したレベルではないが、手間であるのは確かだった。恐らくこの辺りにプレイヤーがいない所為で悪魔達が溜まっていたのだろう。あるいはそもそも悪魔が集まる場所なのかもしれないが……どちらでも良いか。


 ため息一つ。


 このまま放置してれば建物の壁を昇ってきそうだった。パニックホラー映画のような状況になりたくもないので僕は階下へと向かい、外へ出る。


 屋上から狙撃しても良かったが、XM9では音が大きく更に悪魔を呼び寄せるだけだ。故に、面と向かって殺す事にした。建物の入り口に迫ってくる悪魔グールを撃ち抜く。次いで、芋虫の様な形をした四肢の無い人型の悪魔を撃ち抜く。次いで、人間の赤子のような顔を持った巨大な蟻型悪魔を撃ち抜く。人間の腕だけで出来た蛇のような悪魔を撃ち抜く。何ともバラエティに富んだラインナップだった。嬉しくも何ともないが。もはやどんな悪魔が出てこようとも感慨一つ浮かばなかった。淡々と作業のように引き金を引き、『リロード』と口にする。


 最近、また少しレベルがあがった御蔭でこれぐらいの悪魔であれば弾丸生成能力で作成した9㎜パラべラム弾でもあろうとも1発当てれば難なく殺すことができるようになった。


 逆説。


 威力が増したせいで死体がなんとも汚い。暗くて良く見えないがまさに肉塊といった感じに悪魔達の死体が散らばっていた。


 やはり僕に殺しのセンスはないのだろう。SCYTHEが生きていてくれれば、こんな悪魔相手でも美麗な死体を見せてくれただろうに残念である。とりあえず今後はQueen Of Deathに期待する事にしよう。


 そんな事を考えながら悪魔達デジタルデータをEXPという数値デジタルデータに変換する作業をしていれば、SCYTHEをやった下手人が下りて来て、扉の影からひょこっと顔だけを覗かせた。


「シズぅ?何だか多そうだし、手、貸そうか?」


 そういう仕草もまたアリスっぽいな、と思う。


「君の手は忙しそうなんでね、要らないよ。大人しく作業の続きでもすると良い」


「今日はそろそろ店仕舞いだから安心して私の手を借りても良いわよ。今ならなんとただで手伝ってあげる」


「剛毅な事だが、それはまた今度にでもとっておいてくれ。君が手を出すと正直、煩い。悪魔を呼び寄せるだけだ」


「煩いって失礼ねぇ。まぁ、事実だから何も言えないけど。蟲型とかいたら抑えられる自信がないわ。大放出したくなるわ」


「……だったら大人しく、先に寝ると良い」


 WIZARDの視界に入らない内に蟲型は殺しておくとしよう、引き金を引きながら、そう思った。


「あら?もうそんな時間?」


「そんな時間だ」


 互いに苦笑した。そんな時間とはいったいどんな時間だというのだろう。こんな世界で時間を気にした所で意味はない。まして特別急いでいるわけでもない僕やWIZARDにとっては『そんな時間』なんて、何の意味もなさない言葉だった。


「じゃ、見張り宜しく」


 肩を竦めながら、WIZARDが建物の中へと戻って行った。


 そうして暫くすれば、『いつものように』毛布を持ったWIZARDが外へ出て来た。そして、建物を背に座り、毛布に包まった。


「まぁ、いつものことだから別に良いんだが……」


「シズぅ。細かいこと気にしない。……まぁ、匂いは気になるけど」


「だったら、アリスの隣で寝れば良い」


「いやよ。人形を抱えて寝るなんてお子様みたいな事しないわよ」


 そう。


 いつもの事である。


 WIZARDは夜になると、いや、寝る時になると視界にアリスの入らない場所……主に僕の下へと現れる。逆にどうしても視界にアリスが入ってしまう時は、WIZARDが寝ることはない。そういう場合、次の日は朝から眠そうなので、WIZARDに睡眠欲求がないわけでもないのだろうけれど、何の願掛けかは分からないが、そうだった。


「何よ、不満気ねぇ。こんな美女を守れるんだから役得よ役得。それにどうせシズぅは寝ないんでしょう?」


「今更ながら、君は僕をなんだと思っているんだ。これでもれっきとした人間だし、睡眠欲求ぐらいはある」


「寝ようとしている人間を笑わせないでよ。あなたが『人間』だっていうなら私は神様よ、きっと。あ。女神様かも?」


 応えるように拳銃の引き金を引けば、


「……なんだかお気に召さない感じみたいね。ただのいつもの戯言よ。流しなさいよ」


 そう言って、WIZARDはくすり、と笑い毛布で顔を覆った。


 そして彼女曰くの『戯言』を続けた。


「別に開き直っているわけではないけれど、そもそも、人殺しが人間を謳うなんてはなっから間違いよ。私も、シズぅも、あるいはほかのランカーとかも。そうじゃない奴らとかも。人間を謳えるのは直接間接問わず未だゼロの奴だけよ」


「不動の一位が良く言う」


「そろそろ逆転されるじゃない?あのガキに。ま、どうでも良いわよ。別に一位だろうが二位だろうがランク外だろうが。私はそんな事に興味はないし。……まぁ、今ランキングにあがっている人でなし共は、私も含めて碌な死に方しないわよ。人を殺した人間が幸せになれる道理なんてない。幸せになって良い道理なんてない。私も、他の奴らも、あるいはシズぅもね……」


「皆、ここで死ぬべきだと言いたげだな」


「かもね。……ま、そもそも、そういうルールだけれどね」


「違いない」


「で。……それはさておいて、よ。ねぇ、シズぅ?人間と人形の違いは何?」


 不思議な質問をするな、そう思って振り向いた。


 エメラルドグリーンの瞳が宵闇に輝いていた。


 毛布に覆われ、口元の隠れたその姿。ただただその瞳だけが爛々と輝いていた。戯言と言いつつも、しかし、いつになく真剣な眼差しだった。らしくもない。そう思った。


「その死体を見ていて好ましいか、そうじゃないかぐらいだろう?」


「あぁもうそういう事じゃなくて……ハァ。聞いた相手が悪かったわ……人間と人形の違いは心があるかどうかよ」


 ため息一つ。WIZARDはそう答えた。


 心=魂と考えるのならば、その意見には賛成しても良い。ただ、とりあえず、


「らしくもない」


「らしくないのは確かだけれども……そういう日もあるのよ。女の子だからね。……ちょっとぉ!?何よその目。流石に腐りすぎじゃないの?さっきより酷いわよ!?」


 それこそ戯言だった。ともあれ、弾丸の発射音と悲鳴が織り成すけったいなBGMを聞きながらWIZARDのご高説に耳を向ける。彼女がどういう思考と経験を辿り、WIZARDと呼ばれるようになったか?という事は僕にも興味がある事だ。


 僕が聞く姿勢に入ったのに気付いたのか、WIZARDはため息一つ、再びくすりと小さな笑みを浮べ、


「人間は人形じゃないのよ。人形は人間ではないのよ」


 そう言った。


 ここにはいない誰かに向かって言い聞かせるような声音だった。或いは聞かせたい相手とはこの世界を作った神様かれなのかもしれない。そんな風に感じた。こんな場所で言葉を紡いだ所で、それが『彼』に伝わるわけではない。だから、きっとその言葉は無意味なものだ。これより前、これより後には何も関らないかもしれない無意味な言の葉。それでもWIZARDは言いたかったのだろう。何かに聞いて欲しかったのだろう。その相手が僕だったのは、きっとそこらの木石よりはましだったからではないだろうか。


 なれば、人間として、木石よりまともな感想を浮かべる必要があるだろう。


 『人間は人形ではない。』


 その通りだと思う。魂のない存在にんぎょうは人ではない。例え、科学が発達して人間のような人形が出来たとしても、それは人間ではなく、人形でしかない。そこに魂が与えられる事はない。アリスぐらい成長したAIは人間に近いといっても良いかもしれないが、僕は『考えられる』から人間だとは思わない。どこまでいってもAIはAIだ。そこに魂の輝きはない。


 だから、そう。


 僕は、魂無き悪魔達にんぎょうたちを殺しながらその言葉に頷いた。


 くすり、とWIZARDが笑った様な気がした。そして、


「人間は人形じゃない。人形は人間なんかじゃない。人間には理性がある。心がある。信念がある。心情がある。感動がある。感覚がある。感嘆がある。狂喜がある。狂乱がある。忘我がある。記憶がある。記録がある。誕生がある。死がある。愛がある。恋がある。友情がある。情がある―――」


 延々とWIZARDが言葉を紡ぐ。


 知り得る限りの言葉を尽して人間を賛歌する。


 人形とは違う人間を彼女は謳った。


 さながら、人間になれなかった人形が人間を尊び、憧れるように。崇め奉るように。


「人殺しだろうと何だろうと、君は人間だろう」


 感情豊かで、感情のままに他人を殺せる人間だ。人間の死体に興味を持っている僕なんかよりもよっぽど真っ当な人間だ。


「人は獣であってもならない。種の存続のために同種を殺す事はある。相手を殺さなければ自分が生きていられない、そんな状況において同種を殺すことはある。でも、それでも。それでも殺さないのが人間なのよ。……人間は獣でもないのよ。動物じゃないのよ」


「それでも殺すのが人間だ。そんなもの歴史が証明している。ルールに基づいた闘争、そんな戦争ものを作った人間は、殺す事で発展し、殺す事で今を享受している。創作つくりものだからといって人が死ぬ事を喜ぶ者もいる。人が死ぬ事を感動だと称する者もいる。それが現実であり真実だよ、WIZARD。そして、それらが変わる事はない。未来永劫、人間は人間を殺し続けるよ。きっと地球という星が寿命直前に至っても、だ」


「それでも、それでも尚、殺さない事を選択するのが人間なのよ。人間は誰かの人形じゃない。運命の操り人形なんかじゃない」


 歯ぎしりせんばかりに告げたその言葉は、まるで強迫観念に侵されたかのような言葉だった。そうでなければならない、と。彼女自身がそう思っていなければならないと、魂に刻まれているかのように。


 そんな彼女の姿は、全くいつものWIZARDらしくはなかった。傲岸であり、不遜であり、変に高いテンション。そんな彼女が一切いなかった。何かに怯えるように、恐れるように我が身を抱きしめるその様もまた、彼女らしくはなかった。


 それも、これも、もうすぐ真夜中、12時を超えるからだろうか。


 魔法を使って魔法使いとしての殻を被っていたシンデレラが、その真の姿を見せようとしているのだろうか。


「その行きつく先が、その腕の傷か?」


 どこかの誰かの人形でありたくはない。人間でいたい。傷付けられようとも害さず、人間でありたいと願い、それを叶えるために取ろうとした手段。社会性の動物である人間が、他者から隔絶するためには、他者を害さないようにするためにはどうすれば良いだろうか。自分がいなくなれば良い。そんな間違った馬鹿げた発想の結果として、それがあるのだろうか。


 人形ではなく人間でありたいと願いながら、死にたくないと願いながらも、それでも他者の生命を侵す事を拒否した結果、自らを殺そうとしたのだろうか。人形は自らを殺そうとはしない。人間だからこそ自らを殺そうとする……それもまた、WIZARDらしくない、そう思う。


 だが、己が悲劇に酔うお姫様シンデレラとしては、らしいと思えた。


「っ……知っていたの?」


「何を今更。隠すつもりもなさそうだが」


「まぁ……そうだけれども……」


 毛布の下、十字に刻まれた腕を撫でているのが分かった。そして、きっと同じく毛布に隠れた口元には苦笑が浮かんでいる事だろう。


「WIZARD」


「何?こういう時ぐらいウィズとか可愛らしく呼んでくれると嬉しいんだけど。Ashとか名前でも良いわよ?」


「僕はその腕を、欲しいと思う」


 からん、からんと薬莢が落ちる音がする。


 さながら12時を示す鐘の音のように。


 からん、からん、からん、からん、と。


 魔法が解ける時間だ。


「ねぇ、シズぅ」


 だから、きっとそれは彼女シンデレラの本音だったのだろう。




「私、鳥籠の中にいたの」




 最初の言葉はそれだった。




「そこは狭くて、臭くて、汚くて、逃げようとしても逃げる事ができないそんな場所。飼われた鳥が自由を追い求めて逃げ出しても結局連れ戻される。そんな場所。そこに私はいたの。誰も助けてくれない、誰も優しくしてくれない。それでも私はにんぎょうじゃなくて、人間でありたいと願ったの。だから私は飼い主を殺さなかった。私は人間だもの。私は誰かの人形じゃないのよ。でも、何も変わらなかった。何もせずに何かが変わる、そんな事はあるわけがない。飼い主に嫌われないようにした。好まれるようにした。気に入られようとして歌を唄った。それでも変わることはなかった。鳥籠はいつまで経っても鳥籠で、私はいつまでたってもにんぎょうだった。私は次第に諦めを覚えていった。それはきっと、生まれ変わってもきっと変わらない。未来永劫、私は諦めと共に、人間かいぬしが作った鳥籠の中で生きていくのよ。何処かの誰かが諦めは人を殺すと言った。死ぬことは希望じゃない。それは分かっている。死ぬことは絶望だと、そう思う。でも、そんなの関係ないの。私は諦めている。自らを殺してしまいと何度思った事か。何度実践したか。でも、何も変わらない。何も変わらなかった。……それでも殺したくないと願い、それでもなお、殺してしまった私はもはや人間ではないの。私はもう人間にはなれないの。人間として生きようとして、結局、人形のようにしか生きて来られなかった。諦めを覚えて、もう諦めてしまった。どれだけ願っても人間にはなれなかった。だから、きっと私は魔女ひとでなしになった。きっとそう。そう。そうなのよ。諦めてしまった時点で決まっていた事なのよ。諦めが人を殺すのだから。だから、私は……」




 僕にはその想いを察する事はできない。


 WIZARDが何故人を殺す事を望んだのか?それを知った事に喜びさえ覚えている。どうしようもない人間だ。そんなどうしようもない人間だけれど、それでも、覚えておく事にはしよう、そう思った。




「―――私はもう死んでいる」




 魔女ウィザードになってしまった人間シンデレラの慟哭を。






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