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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
87/116

03



「くそっ」


 取り逃がした女達の姿が脳裏に浮かぶ。


 修道女姿をしたSISTERともう一人。誰だか分からないが、SISTERとコンビを組んで戦っている以上、相当にレベルが高い事が伺えた。なれば、ランキングに表示されていないといっても6位とかそれぐらいだろう。そんな女達ひとごろしたちの姿を思い浮かべながら俺は憤っていた。


 SCYTHEに続いてまたしても、だ。


 殺せなかった。


 倒せなかった。


 リディスを傷付けた相手を殺せなかった。


 SISTERの攻撃によって凹んだ兜を床に投げつける。がしゃんと鳴る音に更に苛立ちを感じ、レッグアーマーに包まれた足で兜を踏みつける。ぎしり、ぎしりと兜が歪んで行く。さながら今の俺の表情のように。


 目が細くなる、眉間が寄る、歯が食いしばられる。


「くそっ」


 再度悪態を吐いた所で何の安らぎにもならなかった。がし、がしと兜を蹴っても何の癒しにもならなかった。


 あいつらを殺せれば東北は終わった様なものだった。だが、殺しきれなかった。VIT特化とはいえ、俺が持っている武器などは城主権限で作成した相当ランクの高い物だ。一撃で殺しきる程の威力は無いにしても拮抗は出来ただろう。にも関らず、あの体たらく。


 苛立ちに任せて鎧を外しながら、一つ一つ壁に向かって投げつける。


 がしゃん、がしゃんと煩い音が部屋に響く。


 そんな無様な俺を、キリエが入口の方で静と見つめていた。


 見られているからといって苛立ちがなくなるわけもない。寧ろ、逆だった。


 何故、キリエはもう少し早く戻ってこなかったのか、と。キリエがもう少し早く―――リディスの腕が切られる前に戻って来ていれば、今、俺はこんな風に憤っている必要はなかった。キリエに良くやったと伝え、リディスと共に祝杯をあげていた事だろう。そんな幸せな想像が、今の俺には毒だった。


 これ見よがしに床に転がした鎧に蹴りを入れる。


 鋼鉄製の鎧を蹴った所でなんの痛痒も感じない。それが腹ただしくて、ぎりりと歯が鳴った。VIT特化であるが故に、こんなもので痛みは感じない。自分への罰を与える事すらできないこの身が恨めしいと、そんな風に思ってしまった。この身体がなければここまで生きて来られなかったにも関らず。


 SISTERともう一人の女の襲撃。正面からNPCの集団だけがぽつんと現れた時にはまさかNEROが北海道まで攻めて来たかと思った。だからこそ、俺は後詰め役として城へ残っていた。精々30体程度のNPCであれば仲魔やその配下で十分だと判断したからだ。ティターニアかキリエがその場にいてくれれば良かったのだが、ティターニアは前線保持のためにここにはいない。キリエは彼女の我儘レべリングのために城にいなかった。誰かが指揮を取らねば悪魔達は烏合になる。それを思えば今回の配置は最適解だろう。


 だが、最適ではあってもそれを超える者達が相手では意味がなかった。もう少し『使える』仲魔がいなければ今後の対応も危ぶまれる。


 脳内で延々と自分を罵倒しながら、キリエ、ティターニアなどの力のある仲魔達の手を煩わせなければどうにもならない現状に焦燥感を覚えていた。今よりももっと強い仲魔達を集める必要がある。それにはどうすれば良いか?


 自然、爪を噛んでいた。


 だが、それすらも発散行為にはならない。それが世界のルールだ。自分で自分は傷付けられない。そんな発散行為すらやらせてくれない。更なる苛立ちを覚えて鎧を蹴り飛ばした。


 ……ただ、それでも。


 それでも、である。


 リディスが無事だったのは喜ばしい事だった。綺麗で柔らかいあの翼が弾丸に撃ち抜かれ、一見華奢に見える細い腕が切り飛ばされた時はどうなるかと思った。更には俺の判断ミスでバイザーを撃たれ、頬を、眼球に傷を付けられた時は血の気が引いた。幸いにしてHPが0にならず、彼女はまだ生きてくれている。その事にほっとした気分になる。


 そう。


 現状は最悪ではない。


 最低ではない。


 俺は生きているし、リディスも生きている。


 あの女達を取り逃がしたのは確かだが、それでも最悪の状況ではない。敵を倒すよりもリディスを守る事を優先したのは間違いではない。彼女が狙われた以上、俺が庇わないわけがない。キリエにも言ったが、リディスが悪いわけではない。屈強な悪魔達を統べる王として増長していた俺が悪かっただけだ。リディスを傷付けたのも俺の所為だ。SCYTHEの事があったにも関らずの体たらくだ。愚王と呼ばれても仕方がない。


 窓を開け、外の冷たい空気を部屋に入れる。


 冷えた風が怒りに火照っていた脳を静めてくれた。そんな脳の機能までこの世界に実装されているかは知らないけれど、確かにそう感じた。


「あの二人が相手ではキリエでも難しいか?」


 幾分落ち着いた後、一言も発せずただただ俺の様子を見ていたキリエへと声を掛ける。


「随分と挑発的な物言いですね、主様」


 振り返れば、キリエは肩を竦め不満げな表情を浮かべていた。『私がこなかったらどうなっていたと思うんですか?』とでも言いたげだった。


 鎧を脱ぎ、雪女然とした姿をしていた。初めて会った時のような儚さに似た弱さは一切感じられない。今の俺の目には傲岸で不遜なその存在に映った。


 答えを求めるようにじっとキリエを見つめても、俺の問いに応える事はなく、『どうでも良いわ』とか『もう少し遅れて帰ってくればよかったかしら?』とでも言いたげに胸の下で腕を組み、視線を逸らして鼻を鳴らした。


 先日、SCYTHE相手に負け、更には今回あの女達を逃がしてしまったにも関らず、その態度。その事に苛立ちを感じる。キリエがレベリングから戻って来なければ俺とリディスの命が危なかったのは事実だ。だが、それでもキリエがレべリングになど行かず、城にいればこうはならなかったはずだ。


 キリエの要望わがままを叶えるために高レベル悪魔が大量に出現する都市を城主権限で作った。そんな場所で一睡もせず、狩りを続けた結果、レベルがいくつか上がったという話だった。けれど、それでもあの二人を殺すには至らなかったのだ。それが疑問であり、苛立ちの原因だ。折角、『こんな時にレベリングに行かせてやったのに。しかも当初一週間の予定を大幅に超えてやがって。SCYTHEの時の事、まったく反省していないのではないのか?』、そう思う自分がいるのは確かだった。


「キリエ……」


 更にじっと見つめてもキリエが何かを言う事はなかった。


 常日頃なら悪態を吐きながらも何か言うはずだが……。ぶすっとした表情のまま、俺を、いいや、俺の向うを、ここにはいない誰かの事を思い浮かべて呆としているようだった。話の最中だというのに……いや、先の戦闘での話の最中だからこそ、だろうか。


 戦闘中にあの女、キョウコと呼ばれていた奴が言っていた言葉。


『貴女の母親は生きてこの世界にいる。貴女の大事な父親の名を騙って暴れ回っているわよ』


 SISTERによる銃弾の嵐で聞き取りづらかったが、そんな言葉が聞こえた。


 その言葉の意味は分かるが、その意味する所は全く分からなかった。


 変わらずぶすっとした表情のままのキリエに目を向ける。


 キリエの親、少なくとも片方は雪女だと言う事が分かる。もう片方はNPCだろう。あるいはその半身を思えば不死者の類だろうか。何にせよ、見てくれから想像出来る事などそれぐらいのものだった。


 なればこそ、何故あの女はそれを知っているのだろうか。俺でも知らない事を何故あの女は知っているというのか。


 あの女は何者なのだろうか?


 暫し考え、しかし、考えられる事は一つしかない事に気付く。


 運営側の者。


 ゲームマスターの手下。


 それぐらいしか考えられない。そうでもなければ、キリエの両親がどうこう何て分かるはずもない。もっとも、レベルが上がる稀有な悪魔であるのは確かだが、星の数程いる悪魔の内の一人だ。その一人をどうして運営側が把握しているのだろうか?或いは、キリエはそれだけ特別な悪魔だという事なのだろうか?


 疑問は尽きなかった。


 そんな疑問の御蔭で少しばかり冷静になってきたように感じた。


「あの女は……」


 あれが運営側だというのならば、どんな手を使ってでも捕えるべきだろう。


 列島を悪魔で埋め尽くすのは確かに俺の希望ではある。リディスが何の憂いも無く過ごせる世界を作ることは確かに是だ。そのために行動している。だが、運営側の者を手に入れられればそれすらする必要がないかもしれない。あの女からゲームマスターに命令させれば俺は外の世界へと出られるかもしれない。あるいは……出て、リディスに会いに来る様な事も可能になるかもしれない。であれば尚更、捕まえなければならないだろう。


 あの女を、忍者のような格好をした女を。


 ふいに。


 キョウコの顔を思い出そうとして、脳裏にいつか見た誰かの姿がよぎった。初めて見た顔だったはずだが、しかし、何か記憶に引っ掛かる物を感じた。


 俺は、あのキョウコという女をどこかで見た事があるのだろうか……。


 暫く考えた所で答えはでなかった。


「……あの女がいなければ間違いなく殺せたでしょう。そもそも主様と私の二人だけであれば生捕にもできたかもしれません。……今は治療中でしたか?狐のようになっていれば良かったのに。もう少しゆっくり帰って来るべきでしたね」


 悩んでいた俺に、ため息交じりにキリエが暴言を吐いた。漸く口を開いたかと思えば、出て来たのはフォックスツーテールへの冒涜のみならず、リディスへの悪態だった。


「キリエっ!おまえっ」


 瞬間、考えていた事など忘れ、キリエをどなりつけた。


 だが、どなった所で謝罪が返ってくるはずもなかった。寧ろ、今まで以上に不満気に口元を歪め、眉間に皺を寄せていた。


「あの女の仕草、行動は私の育ての母と同じです。男を騙す性質の者です。忠告させて頂きます。傍に置いていては騙されますよ、主様。主様は優しい御方です。だから私は心配しているのです。主様は騙されているのですよ。勿論、私ならばそんな心配はありません。私は育ての母とは違います。私は絶対に主様を裏切りません。主様に仇なす存在は全て切って捨てましょう」


 二回程失敗しましたが、などと自虐にもならない傲岸な笑みを浮かべながらキリエは言った。最後だけを聞けばありがたい話だった。だが、それ以外は全く認められなかった。


「キリエの事は信用している。けれど、リディスに対する批判を許す事はできん。キリエ、何度も言っているがいい加減、態度を改めろ。俺はお前を……」


「ちっ……まぁ、構いません。上辺だけで宜しければ、主様の仰るように致しましょう。ただし、次あの者達が攻めて来た時には、精々邪魔をしないよう言いつけておいて下さいませ。次も邪魔するようなら問答無用です。切って捨てます。主様がどう言われようと。ですから、それこそ……そんなに大事ならば口の中にでも隠しておいて下さいな」


 ぎり、と鳴ったのは俺の歯だ。意趣返しなのだろうが、忌々しいSISTERの言葉を思い出させるなんて何て奴だ。


 眉間に皺が寄る。その表情のままにキリエを睨みつければ、


「ふふふ。怖い顔をしていらっしゃいますね、主様」


 口を手で隠しながら笑うキリエ。暖簾に腕押しだった。


 深いため息が出た。


 ともあれ、リディスを城の中に居させるという事だけは同意だった。先程の戦闘の結果を鑑みれば……リディスを守りながらあの二人と……特にSISTERと戦う気は起きなかった。あれは自分だけでも手一杯になるぐらいの物量だった。一発一発のダメージは小さい。だが、弾丸を一万、二万も撃たれれば、いくらVIT特化の俺でもHPも削り取られるというものだ。まだまだ余裕はありそうだったが、一体、どれだけの銃を持っているというのだ。


「トリガーハッピーめ」


 俺の鎧、高ランク装備でも破壊する程の物量だ。あれらに加えて更に大砲やアンチマテリアルライフルなどでも持って来られた日には流石に耐えられる自信がない。キリエが戻って来てくれて、あいつらが逃げて行ってくれたのは---業腹ではあるが―――僥倖だったといえる。今の内に対策は考えておくとしよう……。だが……やはり物量には物量しかないだろう。キリエの代わりに前線指揮をしているニアを呼び戻す必要がありそうだった。そのニアであるが、前線は膠着しているという。SISTERとあの女がいないのにどうして突破できないのだ。全くどいつもこいつも……


「……ふぅ」


 冷静になるために一息入れる。


 コーヒーの一つでも飲みたい気分だった。リディスが元気ならお願いしていただろう……彼女の容態を思い出し、少しばかり気が滅入った。回復アイテムの御蔭で傷は元に戻ったものの、意識はまだ戻っていないのだ。


 頭を振り、逃げる様に思考を逸らす。


 SISTER自身の物量のみならず、大量のNPCを使った物量作戦が行われる可能性も懸念すべきである。きっと前線にも相当数の高レベルNPCを配置しているのだろう。あの女達はNPCを犠牲にする事を厭わない。プレイヤーさえ死ななければどんな手段でもとるだろう。


 悪魔とNPC、その違いは俺や悪魔を仲魔にできる者達が勧誘する必要があるか、てっとり早く金を払って雇うかのものだ。後者の方が遥かに簡単であり、プレイヤーのレベルが高ければ、金さえあればそれだけで高レベルのNPCを雇える。俺も雇おうと思えば雇える。が、


「悪魔達の王国にNPCなんていらない」


 そう。ここはリディス達の、悪魔のための国だ。そこに魂なき存在であるNPCがいていいわけがない。まったく現状への対策になっていない事を思えばただの恰好つけでしかないが、そこは譲れない。だとするならば……


 やはりニアの部隊を城に戻し、加えてその間にキリエのようなレベルの上がる悪魔を探すか、或いは更に高レベルの仲魔を見つけるしかない。


 そんな単純で確度の低い対策しか思いつかない自分が情けなくもあった。


 LAST JUDGEMENTという苦笑したくなる名前のギルドを舐めていたわけではない。想定が甘かっただけだ。SISTER一人ならばどうとでもなっただろう。


 けれど……やはりあの女。


 キョウコと言われていた女。


 SISTERと同レベルぐらいの存在がもう一人いたことが予想外だったのだ。SISTERもそうだが、あのレベルに達するために相当に人を殺しているのは間違いない。無力な民の集団を謳いながら、その長だけは人殺しを容認しているという矛盾。いつかその思想が故に破綻するだろう。だが、それは今ではない。今、破綻してくれればありがたいことこの上ないが、俺達との戦争中にそれがなされる事はないだろう。あるいは俺が、LAST JUDGEMENT内に内通者でも作れば可能かもしれないが、人間など関わり合いたくもない。


 ともあれ、SISTERにしろキョウコという女にしろ、どちらか一方はどうにかしないといけない。


「NPC……そうだ。NEROに背後を……交渉は大変そうだが」


 そう呟いた途端、がたん、と音が鳴った。


 ぎり、と歯の鳴る音がした。


 がきり、と骨が折れるような音がした。


「主様……」


 リディスに見せているような悪態や嫌悪、嫉妬という類の物ではない。もっと、もっと深い憎悪に包まれた瞳が俺を射竦める。


 ぶるり、と身体が震えた。


「主様、その名……やはり、その名を持つ人間プレイヤーがおられるのですか?あの女の言う様に」


「あ、あぁ……いる。知らなかったのか?……関東の王だ」


「申し訳ありません。主様以外の人間プレイヤーに興味はありませんでしたので。しかし、そう。そうですか……アハ、アハハハハハハ」


 笑った。


 天を見上げて雪女キリエが嗤った。


 さながら、天に祈るように。狂ってしまいそうな自分を押さえ込むかのように我が身を抱きしめながら。


「主様。NEROの名を騙る者に用があるようでしたら、私が参りましょう」


「殺す気か?あいつは人間プレイヤーだぞ?悪魔であるお前に何の関係がある?さっきの戦闘、鈍ったのもそれ原因だよな?」


「語る理由がありません。例え主様であろうと、私の大事な記憶に触れて良い理由はありません。あぁ、今すぐあの女を捨てて頂けるならばその限りではありませんが」


 つまり、どうあっても教える気はない、という事だった。


「分かった。だが、今お前にここを離れて貰うわけにはいかん。ニアの部下にでも行って貰う」


「それでアレが動きますか?私が行った方が早いと思いますけれど」


「お前が行った所で何が変わる。寧ろ、首だけ持ち返って貰っても困るからな……いや、それでも良いのか?」


 NEROが死ねば関東が手に入る。ランキング2位相手にキリエ一人でどうにかできるかは分からないが、関東が手に入れば確かに取れる方策も増える。だが、逆にキリエがやられる可能性は0ではない。NEROはSISTERやあの女よりも間違いなくレベルが高い。


 今はそんな博打のような手を使うわけにはいかない。


「やっぱり適当な悪魔に行かせる。殺されても良いような奴を」


「悪魔を使い潰すにしてももう少し使い道があるとは思いますけれどね。……しかし、そこまで言うようでしたら、お好きなように」


 雑多な悪魔如きでどうにかできる相手ではない、そう言いたげだった。確かにそうかもしれない。そうかもしれないが、試してみて損はない。精々、一体悪魔を失うだけだ。何の事もない。


「…………」


 そんな風に考えてしまった自分に少し嫌気がさした。事実、愛玩していたフォックスツーテールを失ってもリディスが無事だったという思いの方が強い。キリエが冒涜的な発言をしていたけれど、俺の態度も大して変わりはしない。


 使い捨てて下さい、いつだか聞いたリディスのそんな悲しい言葉が脳裏をよぎった。


「そういえば、一つ聞きたい。あの女。キョウコと呼ばれていたあの女、キリエは知っているのか?」


 思考を振り切るように、気になっていた事をキリエに問う。


「さぁ?あんな不躾な人間プレイヤーは見た事がありません」


 興味も無い、とキリエが言った。


 忍者のような恰好をした女。


 西洋剣を忍者刀のように使うというミスマッチ。


 端正な、年齢不相応に感じる大人びた顔立ち。


「…………顔立ち?」


 ふいに。


 いいや、先ほども感じていたはずだ。


 どこかで見たことがあるような気がする、と。


 そして……そう。


 キョウコという名前。


 その名前には聞き覚えがあった。日本には同名の者など何人もいるのだから聞き覚えがあってもおかしくはない。


 だが、


「そうだ。あいつには妹がいたはずだ……」


 小学校の頃転校していった少年。一緒にゲームをやった少年。遅くまで公園で遊んでいた少年を迎えに来た少女。よく一人で迎えに来られたね、と彼に褒められ、輝く様な笑みを浮かべていた少女。初めてのお使いのように、お母さんに頼まれたの!と言っていた少女。よしよしと彼に頭を撫でられて喜んでいた少女。そして俺に対して兄を奪う悪い奴という視線を向けていた少女。


 その少女の名前がキョウコだったはずだ。


 背の低い少女だった。けれど、ひと目見て年齢不相応な顔立ちだと思った。背が低くなければ年上にも思えただろう。彼の姉に思えただろう。そんな整った容貌だった。それ故に妙に記憶に残っていた。彼の妹だったからというのもあったのだろうけれど……。


 その少女の面影が、SISTERと共にいた少女の中にあった。


 人生で一度会っただけの、束の間の記憶に確かさなんてない。幽かな、儚い記憶でしかない。


 けれど……俺はもしかして本当にあの女は彼の妹なんじゃないか?


 そう思った。


 そう感じていた。


「なら、あいつもここにいるのか?」


 花が散るように転校していった少年。


 あのゲーム好きな少年は、ここにいるのだろうか。この世界がゲームだったら良いのにと戯言を吐いた俺に対して、シニカルに笑いながらそうだね、と言った少年が。


 仮にあの少女が彼の妹だとするならば、彼もまた運営側の人間なのかもしれない。だったら捕まえて現状をどうにかさせたいと思う。


 だが、もし彼がいて、話をして、それでもそれが叶わないのならば、


「……殺すだけだ」


 過去の思い出と共に。


 楽しかった記憶と共に。


 旧友を殺そう。


 俺がリディスと生きるために。






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