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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第十話 ゲヘナにて愛を謳う者達 上
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02





 その日から数日経ちました。


 救えなかった痛みと共に去り、救おうと願い、殺す為に再び訪れた雪原。


 矛盾したような自分の想いすらも包み隠してくれる白い雪の下、私たちの後ろには殺されても良い者達(NPC)が並んでいました。何もかもが間違いで、何もかもが夢の出来事のように――――思えればどれだけ良かったでしょうか。これがただの悪夢で、目覚めればクラスメイトと一緒に平凡な日常を送れたら、どれだけ良かっただろうか。そんな風に思っている人は多いのではないでしょうか?


 でも、やっぱりこれは現実です。


 月の見えない私に、夢が見られるわけがありません。


 宵闇を照らす優しい光が、私を夢の世界に誘う事はもうありません。ここは現実で、これから行う事も現実で、私はただただその現実を生きて行くだけです。


 ただ、せめて夢を見られないなら、白い雪で何もかも隠してほしい。そう願います。


「じゃあ、貴方達はしっかり肉壁の役割果たして頂戴。それ以外は求めないわ」


 散々な物言いが聞こえて来ました。


 当然の如く、キョウコでした。


 あの時見たか弱い女の子はもうすっかり隠れてしまいました。そんなキョウコを、NPC相手に散々な物言いをしているキョウコをじっと見つめます。じっと見つめていれば、視線に気付いたのかキョウコがこちらを向いて口角をあげました。


 そうでした。


 天上に輝く月は見えなくなっても、こんなにも近い所に月はありました。だったら、少しくらい夢は見られるかもしれません。


 戯言たわごとです。


 そんな風に思う自分がおかしくて、ついつい笑ってしまいました。そんな私に、キョウコが眉間を寄せました。


「…………まぁ、良いわ。さぁて、悪魔城を攻略しにいきましょう。悪魔城はハンターによって攻略されるのが常なのよ」


 DEMON LORDの居城に近い廃墟。


 私達は今、その中にいました。窓だった部分から雪が降り注いでいます。凍えるような寒さでした。風も強く、吹雪にならないかが少し心配でした。


 窓の外を眺め、DEMON LORDの居城に目を向けます。そこにも、雪は降り注いでいました。


 戦場に降る雪。


 両親が見たらどう思ったでしょうか?屍に蘭の花を飾る様な無粋な光景だというでしょうか?あの両親の事ですから、『雪が無い方が楽に稼げて良い』とでも言うかもしれません。傭兵は金のために人を殺すのですから、こんな場所で、こんな時に綺麗だなんて感想を浮かべる事はないでしょう。


 ……いえ、どうでしょうか?あの人達も『人』です。ですから、少しは思うかもしれません。例えば、戦場で私の母となる女性に出会った時の父。戦場に咲いた花を見つけた気分だったかもしれません。その時ばかりは幾ら父でも戦場に咲いた花を綺麗だと思ったんじゃないでしょうか。


「La―――」


 両親の事を思い出していた所為でしょうか。いつのまにか私の口からうたが漏れていました。


 深々と降る雪。廃墟の壁に凭れ座る私。両手で握り締めるようにコルトM4A1を。周囲を産めるNPC達の手には槍、刀、拳銃の武器。胸の下で腕を組み、苦笑を浮かべるキョウコの腰にはアロンダイト


「そうね。精々そうやって正義を謳いながらいきましょう?」


 ここから先は殺し殺されるだけの世界です。誰も彼もが挙って死んで、誰も彼もが殺して行く、そんな世界です。この世界を作った神が望む光景を作り出す事に関しては業腹です。でも、それでも皆のために私達は殺すのです。皆のためと称し、NPCを壁のように使うのです。


 私達に救いはないでしょう。


 正義を謳い、正義を騙る私達に救いはないでしょう。


 でも、それでも良いのです。


 正義を謡い、正義を語るネージュ君が後にいるのですから。


 彼なら私達の代わりに、正義を謳ってくれる。


 そう信じます。私達は礎。たった二人で地の底に落ちて行く馬鹿な人間達です。一人ぼっちは寂しいからとキョウコと一緒に落ちて行きます。どこまでも、どこまでも私達は落ちて行くのです。


 さぁ、更なる一歩を踏みしめましょう。


 果ての無い深淵へと落ちて行きましょう。


「さぁ、行きましょう。皆さんは正面からお願いします。悪魔達を引き付けておいて下さい。その間に私達が城の背後から攻め込み、目標を仕留めます」


 30体。


 ギルドの皆が集めた金で雇った傭兵NPC。両親と同じ、金で殺し殺される存在。


 2度の失敗を糧に装備を調正、レベルは可能な限り高く。


 これが今、私達が取れる万全の状態です。後はこれを囮に使い、その間に私達が例の死神とDEMON LORDを殺す。どちらか一方でも殺す事ができれば作戦は成功です。勿論、DEMON LORDを殺す事が出来れば、それで決着です。


「さぁて、いっちょ悪魔狩りといきますか!」


「はい。行きましょう」


 立ち上がり、だらりと右手にコルトM4A1を。


 そして余った左手には仮想ストレージの中からステアーAUGを。


 相変わらずの編上げのブーツ。相変わらずのシスター姿で。


 私達は廃墟から出る。


 DEMON LORDの居城までの距離は直線距離で1km弱ぐらいだろうか。周囲を警戒しながら、極力悪魔との交戦を避けながら、走って行く。悪魔に出会えば殺して先を進む。誰ひとり、雄叫びをあげる事もなく、奇声を発する事も無く静かに。暗殺者のように移動して行きます。


 スカベンジャーと並んで飛んでいる悪魔をM4A1のフルオートで射殺します。


 立ち並ぶ肉塊のような悪魔達をキョウコが無言のままアロンダイトで切り捨てます。


 淡々と作業のように悪魔殺しをしながら私達はDEMON LORDの居城に辿り付きました。


 辿りついたというのは少々大仰な気もします。割と駅舎に近い場所なので、ターミナルを使えばそこまでの距離ではありません。私が転送禁止されている所為で陸を渡って延々と進んでいたから時間が掛ったというだけです……だからと言ってキョウコだけ先行して送らせるわけにもいきません。


 そんな事に脳のリソースを裂いている自分の頬をぱしっと叩きました。


「気合い注入?」


「そんな感じです」


 互いに苦笑を浮かべ。


 次の瞬間。


 私達は二人とも、その表情から笑みを消しました。


 目が細く、睨む様な形になって行きます。


 柔らかい満月が細く尖った三日月になっていくかのような、そんな錯覚を浮かべてしまうぐらいに。


「行くわよ、イクス。」


「行きましょう、キョウコ」


 互いの手を取り。


 NPC達に後を任せて、二人で走る。


 誰にも見つからないように裏手へと。


 静かに、それこそ忍者スタイルのキョウコのように忍ぶように。


 その居城は、白く雪に染まった建物でした。


 悪魔達の王のいる場所が、そうとは思えないぐらいに綺麗でした。裏手に立ち並ぶもみの木は白く染まり、現実であれば、クリスマスにはさぞ綺麗な電飾がなされている事でしょう。建物自体も一見して真っ白なお城という印象を受けます。こんな場所に悪魔達の王がいるようにはとても思えませんでした。思えませんけれど、しかし、ここがDEMON LORDの居城であるのは確かです。外見の所為で油断しそうになる自分を叱咤しながら木々の下に、壁の下へと向かいました。


 壁の前。


 私達の身長のゆうに二倍はありました。扉やはしごがあれば良いのでしょうけれど、と思っている間にキョウコが膝を曲げ、次の瞬間には飛びあがりました。跳躍というスキルだったかと思いますが、横で見ていると何とも不思議なものです。バッタみたいな……そんな感じです。


「不愉快な事を想像されているように思うのだけれど……」


 壁の縁に立ち、キョウコが不満そうに私を見下ろしながらそう言いました。つい、顔を逸らしてしまったのは仕方のない事です。


 ともあれ、キョウコは良いとしても私はそんなスキルを覚えていません。夜が昼になる呪いの様なスキルはありますけれど、バッタのように飛び上がる事はできません。だったらどうするか、といえばそもそも壁がある事は分かっていたのですから対処ぐらい考えていました。


「イクス、早く昇りなさい」


 壁の上からキョウコがロープを下ろします。それを掴んで私はその場を昇って行きます。私とキョウコの体重差でいえば私に軍配は上がると思いますが……ここは、この世界は時折忘れてしまいそうになりますけれど、ゲームの世界です。STRが高い者の力は強いのです。例え体重差があろうとも、キョウコは特に表情を歪める事もなく私の体重を支えられます。あるいは、壁の向こう側にいってもらって、落下と同時に引っ張って貰っても良かったのかもしれません。などと伝えれば、『私をそんな脳みそまで筋肉な奴と一緒にしないで』と言われました。やはり女子としてはか弱い感じを演じたいという事でしょう。実際は別として。


 そんな戯言はさておき。


 壁を越えた私達は周囲を警戒します。


 何がいるかわかりません。城の中であれば何がいてもおかしくありません。例の死神が突然現れても全くおかしくありません。


 素早く裏庭を走り抜け、雪の隙間から僅かレンガ色が浮かぶ建物の傍へと。ここまで何も見ていません。あるいは……NPC達への対応に城にいた悪魔達が出払ってくれたのかもしれません。いいえ、最悪の事態は考慮すべきでしょう。中に入った途端、待ちかまえていたように悪魔が大量に現れるかもしれません。実際に城の中に入ってみないと分かりません。ですから……キョウコへと目配せすれば、阿吽と言った感じでキョウコがナイフを取り出し、城の窓へ割ろうとして……、


『こんっ』


 と鳴きました。


「こん?」


 反射的にキョウコを見れば、


「……私じゃないわよ?」


 そう言って、周囲を見回しました。降り続ける雪と白、壁、白、壁、白、壁……。


 何もいませんでした。いいえ、いないわけがない。キョウコが出した音でないのならば、当然……何かは、


「いたわ」


 言って、キョウコが指差します。


 指差した先は雪でした。他の場所との違いと言えば少し盛りあがっているぐらいでしょうか。何が……と思う前にキョウコが雪の上を音も立てずに飛び、空中でくるりと反転し、そのままアロンダイトを抜き、盛りあがった場所目がけて重力を伴い落下、アロンダイトを雪に突き刺しました。


 ぷしゃ、と赤いものが周囲に撒き散らされました。


 呆気ないものでした。


 その正体が何かも分からないうちにその悪魔は死にました。そんな弱い悪魔がDEMON LORDの城の中にいる事に一瞬、疑問を浮かべたものの、詮無い事です。


 悪魔ごと地面に突き刺したアロンダイトを抜き、その悪魔を剣先に刺したままキョウコが戻ってきました。


「愛玩悪魔っぽいわね……エキノコックスでも吐きそうだけど」


「敵でないなら飼いたい感じですね」


「所詮、悪魔よ」


「そうなんですけれども……」


 アロンダイトによって腹に穴を開けられたそれは狐の形をしていました。尻尾が二つある狐でした。ふさふさしていてとても可愛らしい悪魔でした。でも、確かにキョウコの言う様に悪魔です。私達を殺そうとする者達です。その愛らしさに多少の罪悪感は浮かびますけれど、これを生かす事で私達の内の誰かが死ぬ可能性があがることを思えば……罪悪感も消えました。


「そういう所も好きよ、イクス」


「……まだ1割程残っていたような気がしますけれど」


「1割なんて誤差でしょう。世の中には倍半分でも誤差と言っているジャンルもあるんだから」


「どこですかそんな馬鹿な事言っているジャンルは」


「さぁ?」


 適当でした。


 そんな適当さのまま、アロンダイトを振り払う様にしてその悪魔の死体を雪の中へ投げつけました。ぼすっと音が鳴りました。その音に気付いて何かが現れたらどうするのです、と思ってキョウコを睨んでみたものの、先程から小声とはいえ喋っている時点で私も同罪でした。


 お互い無言で肩を竦めた後、そして先程と同じくキョウコが窓へ近づいてナイフを窓に付きたてようとした時でした。再び、音が鳴りました。


 がらり、という音と共に、


「こんな時にどこにいったのでしょう……」


 声が聞こえました。


 人の声でした。


 いいえ、人の様な悪魔の声でした。


 変なバイザーを付けた女の悪魔でした。


 それは建物の2階の窓から聞こえた物でした。


 窓枠に手を置き、上半身を外に出し、次いで窓枠に足を掛け、その背に生えた翼を、それをはためかせて飛び立とうとした瞬間、『まったくもう』と呟きながら何かを探すようにソレが眼下に目を向けようとしました。


 それは刹那の時でした。互いを認識したと思うよりも早くキョウコが地面を蹴り、次いで窓に蹴りを入れ、叩き割りながらも、しかし、それを反動としてそのまま垂直に飛びあがり、その女の首を狙ってアロンダイトを振るい……


「っ!?」


 跳ねるように、跳ね上がるようにソレは空中に身を投げ、キョウコの斬撃を回避しました。キョウコの舌打ちが聞こえたかと思えば、キョウコは二階の窓枠に足を掛け、蹴飛ばし、我が身を宙へと。空に浮かんだ悪魔へと追撃をかけようとしました。が、しかし流石にキョウコと言えど空を飛ぶことはできません。ソレは悠々と背の翼をもってキョウコの攻撃を避けました。


 キョウコには一手遅れましたが、勿論、私も別にその様子を馬鹿の様に眺めていたわけではありません。


 その翼を狙う様にMP5を向け、その引き金を引けば、パラパラと音を立てて銃弾が亜音速で飛んで行き、ソレの翼に穴を。


「ぁぅ!?」


 小さな悲鳴が聞こえました。


 きっとこの悪魔は大したレベルではないのでしょう。先程の狐と良い、この天使のような悪魔と言い、正直、DEMON LORDが何を考えているかが分かりませんでした。が、弱いのならば都合は良い。


 更に銃弾を撒き散らしてその翼を穴だらけにすれば、飛行能力が失われたのでしょう、天使あくまが地上へと堕ちていきます。そして、それを待っていたかのように、事実、その瞬間を待っていたキョウコがアロンダイトでその天使の首を……


「リディス!!」


 突然響いた少年のような、青年の様な声にキョウコの動きが一瞬止まりました。傍からすれば一瞬。ですが、されど一瞬。失敗したとばかりにキョウコの顔に苦い表情が浮かび、


「あぐっ!?」


 その一瞬の所為で軌道がずれ、首の代わりに天使あくまの腕が天へと飛んで行きました。


 ひらひらと天を舞う天使あくまの腕。血を撒き散らし、地上を汚しながら飛んで行きます。


 それが重力に引かれて地上へと堕ちたと同時に、どすん、と鈍い音を立てて重量のある何かが地上へと落ちました。


 その音に振り返り、目を向ければ、全身鎧の何かがそこにいました。顔色は全く伺えませんが、怒りに満ちている事だけは分かりました。


「お前ら、よくもリディスを……お前らがLAST JUDGEMENTの奴らだろうと、そうじゃなかろうと、どこの誰だろうと、絶対にゆるさねぇ」


 それは当然、先程の声の主でした。手に槍を携えながら、私達に向かって憤る全身鎧おとこ。さながら恋人おんなを殺されそうになった恋人おとこのようでした。


 それと対峙するように立つ私。その隣にはいつの間にかキョウコがいました。いつでも殺せそうな天使あくまよりも先にこちらという判断なのでしょう。


 そして、


「うわ……突然現れて何よ。勇者気取り?そんなに悪魔アレが大事なの?気持ち悪い……あんな紛い物相手に盛るとか気色悪い事この上ないわね。なに?現実でもダッチワイフ相手に腰振っていた生粋の人形マニアかしら?」


 ダッチ?というのが何か分かりませんでしたが、キョウコが全身鎧の男を煽っていました。態なのは事実でしょうけれど、それ以前に、心底気持ち悪いとばかりに我が身を抱きながら表情を歪めていました。


「リディスを他の悪魔なんかと一緒にするんじゃねぇ」


「……それこそ心底、気持ち悪いわ」


 吐き捨てるように。キョウコが全身鎧を睨みつけていました。苦虫をこれでもかと潰した様な表情をしながら睨みつけていました。そんな彼女の表情を見たのは初めてかもしれません。何がそこまでキョウコの癪に障ったのかは分かりませんが、ともかくキョウコの機嫌は最悪な状態になったようでした。


「お人形遊びがしたければ山奥にでも隠れてやってなさい。死ぬまでずっと震えながら山奥でそこの玩具相手に腰ふってろ」


 アロンダイトを抜き、珍しく正眼に構えてキョウコがその男へと向かいました。援護するように、私は、仮想ストレージからレイジングブルを取り出し、構えました。


 レイジングブルの引き金を引けば、.454カスール弾が銃口から音速を超える速度で発射されます。当然、その弾丸を避ける事などできるはずもなく、男の鎧へと。


 ガンッと金属がひしゃげるような鈍い音が周囲に伝わりました。


 が、その鎧は凹んだ程度でした。その事実に安心もあったのでしょう、嘲るように鼻を鳴らす男。その即頭部へとキョウコのアロンダイトが。


 がしゃん。


「硬いのは魔羅だけにしておけっての!」


 愚にもつかない暴言を吐きながらキョウコが即座に飛び、背面から私の隣へと。


 場も弁えず、雑技団のようだと感じました。あるいはやはりバッタの類ではないかと……そういえば、日本にはバッタの格好をしたヒーローがいました。今のキョウコがまさにそんな感じでした。


 そんな性も無い事を考えながらも、しかし、私はレイジングブルの引き金を何度も、何度も引き、弾丸を射出します。鎧が駄目なら鎧と鎧の隙間を目がけて。


 ですが、そんな狭い場所に早々当たるはずもありません。逆に男を活気づかせてしまったようでした。男が槍を構えて突進してきます。


 ただ……直線的で、戦闘に慣れていないようなそんな動作でした。咄嗟に私とキョウコが左右に分かれてそれを避けました。


「リディス、大丈夫か」


 そのまま男は私達の後方へと。その行動に先にカチンときたのはキョウコでした。私達など何ほどでもないと馬鹿にしている行動でした。


「アキラ様……」


「今、やっつけてやる。お前を殺そうとする悪い奴らは俺が殺してやる……俺がお前を守ってやる。だから、もう少し待っていろ」


 こんな世界で悪魔相手に……人を殺す事を命じられたAI相手にそんな言葉を掛けているその姿。キョウコと同じく私も、三文芝居を見せられているように感じてきました。この人は何なのだろう、と。


 貴方は人間で、この世界の外の世界で生きる者でしょう?そんなデジタルデータに過ぎない相手に愛を振りまき、ソレを受け入れているようなデジタルデータでしかない存在が……癪に触りました。


 だって。


 だって。


 だって、私は夢を見る事ができないのに。


 だって、私はネージュ君と一緒に添い遂げる事ができないのに。


 ネージュ君が私に振り向いてくれる事なんて絶対にないのに。


 それなのに、悪魔ひとでなしがその恋を叶えられる。


 ……不愉快でした。


 脳が沸騰しそうな程の怒りが沸いて来ました。それと同時にどう殺せば良いかなんてそんな冷静な思考が産まれて来ます。恐らくVIT型。この男を、間違いなくDEMON LORDであるこの男を殺すためにはどうすれば良いのか。ただそれだけを考える思考機械になったかのように私は男の姿を見つめました。睨みました。睨み続けました。


 白い地面。


 腕を無くした天使あくま


 庇う全身鎧の男。


 ひらひらと舞い続ける雪。


 ぎり、と歯の鳴る音。


 音を消し、気配を消したかのように能面となったキョウコ。


 静々と降り注ぐ雪の音。


 精神が集中していきます。


 かつてないほどに私は集中しています。


 鎧の隙間を狙う事も今の私ならば造作もないでしょう。顔を覆う部分の隙間……目を狙う事も可能でしょう。男の背後で守られる存在である天使あくまを狙う事も可能でしょう。


 だったら―――


「God Bless You(どうか私のために死んでください)」


 全部同時にやってしまえば良い。


 仮想ストレージを開き、コルトM4A1を、ステアーAUGを、ブローニングM1918を、トーラス・レイジングブルを、スタームルガー・スーパーレッドホークを、IMI タボールAR21を、ありとあらゆる拳銃と自動小銃の引き金を引き、弾がなくなると同時に次の拳銃を、次の自動小銃を。何度も、何度も。


 秒間数千発の弾丸を喰らえば鋼鉄で出来た鎧など紙にも等しいです。


 地上に落ちる雪が消し飛び、地面を覆う雪が舞いあがり視界を防ぎます。それが弾丸の雨に吹き飛ばされすぐさま視界が晴れていきます。晴れた視界の先には顔面を庇いながら弾丸をその身に受ける愚者の姿。その愚者に信頼を寄せた目で、この人が負けるわけがないと真摯に見つめている天使あくまの姿。あぁ、不愉快だ。その目を止めて頂戴。その目を潰そうと銃口を向ければ手甲で守る男。あぁ、不愉快だ。


 残りの銃は数多。


 ギルドメンバー総出で集めた武器です。そんな簡単になくなるはずもありません。この悪魔とこの頭のおかしい人間を殺すためならどれほど使っても構わない。どれだけ消費しても問題ない。これが死ねば、この地は解放されるのだから尚更です。問題ありません。問題などあるはずがありませんっ。


「あぁぁぁぁっ!!」


 私の口腔から猛るような叫びが、はしたない叫びが沸いてきます。


 酷く冷静な自分がそれは嫉妬なのだと言います。自分が叶わなかった恋を、それを成就させている人間ではない何かに嫉妬しているのです、と。そうかもしれない、と冷静でない自分も思います。


 ピシリ、と割れる音が男の手甲から聞こえました。


 それに気付き、鎧で銃弾を受け止めようとする男。鎧の隙間からは血が流れ始めていました。大きな傷になっていないのはこの男のVITが相当に高いからでしょう。けれど、だからどうしたというのでしょう。回復アイテムを使わせる暇もなく、HPを1ポイントでも減らし続けられれば、例え万のHPがあろうとも殺し尽せます。今の私にはそれぐらいの武器があります。人間の産み出した最低な発明である、銃という人殺しの道具が。


「イクス。あぁ、素敵。嫉妬に狂って怒りに身を任せる貴女はとっても素敵。本当……素敵。0割。駄目ね。もう、我慢できそうにないわ」


 隣でキョウコが何かを言っている様な気がしました。けれど、彼女が何を言っているのかその時の私には分かりませんでした。目の前の人間を殺す事に必死で、私には彼女が何を言っているのか聞き取れませんでした。でも構いません。誰が何を言おうとも、DEMON LORDとその天使あくまは今ここで私が殺します。


 がり、がりとDEMON LORDの鎧が削れていきます。


 その削れた隙間から、肌色が見え隠れし始めました。あと一押し。いいえ、そんなもので終わらせるわけがありません。DEMON LORDという存在がこの世界から消えて無くなるまで止めてやるものか。


 ―――そんな時でした。


『凍れ』


 その言葉が聞こえる直前、何かを感じた私は咄嗟にその場から転がるように、使い捨てた銃で埋め尽くされた地面を転がって逃げました。キョウコもまた、それを感じたのでしょう。私とは別方向に飛び、瞬間身体を回転させ、その勢いのままに立ちあがり、アロンダイトを振り抜きました。


 ぱりん、と硝子の割れるような音と共に私が直前までいた場所が凍りました。


 はっとしてキョウコに目を向ければ、キョウコの腕から血が流れていました。ほぼ同時に逃げたと思いましたが、僅か遅れたのでしょう。らしくもない、そう思いました。


 痛みに僅か顔を歪めながらも、キョウコはその腕を庇う事もなく、男と天使あくまの後ろを睨みつけていました。


「漸く、死神様のおでましかしら?まったく……タイミング図っていたんじゃないの?」


 男と同じ様な全身鎧。


 兜には角のようなものがついていました。


 鎧は黒く、その下はスカートのような白い布が足元までひらひらと伸びていました。


 片手に巨大な剣を、そしてもう片方の手には……骨で出来た手には蒼い炎が浮かんでいました。


 そんな死神を見て、私は、あろうことか、一瞬、綺麗だと思ってしまいました。


 その死神の顔面。兜の隙間からは冷やかな瞳が見えました。兜の中、麗しい程に艶やかな紫色の髪が風に揺れていました。神様がいるとするならば、酷な事をしてくれる。こんなモノに殺されるのならば、こんなものが死神というのならば、こぞって死ぬ者もいるでしょう。


「主様、興が乗ってしまい戻るのが少々遅れましたが……ただいま戻りました」


「遅すぎるっ。自分の立場を考えろ!」


「それについては申し開きのしようもありません」


「……だが、キリエ。助かった」


「それは重畳」


 鎧の男の前でひざまずくその様は忠臣の如く。そして、一方でその後ろで庇われている天使あくまを侮蔑するような瞳で眺める様は暴君の如くでした。


「役に立たぬならばまだしも、主様に危険を負わせるなど……恥を知りなさい」


「キリエ。リディスは悪くない。悪いのはそこの女共だ」


「またそうやって庇いたてる。……えぇ、そうでしょうね。えぇ、主様にとってはそうでしょうね」


 蒼い炎を産み出すその存在。その瞳が真っ赤に燃えていました。それは、天使あくまに対する嫉妬なのでしょう。そう感じたのはつい先程まで嫉妬の炎にやられていた私だからこそでした。


 ともあれ、状況は良くありません。


 愚かな王だけであれば、あのまま殺し尽せたでしょうけれど、死神というアタッカーが増えた状況では……


 どうしようとキョウコに目を向ければ、こんな状況なのにキョウコは笑っていました。


 いいえ、嗤っていました。


 天に弓を引く三日月のように、笑みを浮かべていました。口角をあげ、白い歯を僅かに見せ、さながら怨敵を見たとでもいわんばかりに嬉しそうでした。


「貴女が死神。そう。そうなの。貴女が……」


 刹那、聖剣アロンダイトを構えたキョウコが死神を屠らんと駆けました。ですが、らしくもないそんな直線的な動きに意味などありません。慌てて自動小銃の引き金を引いて牽制しました。


 ですが、カキン、という軽い音と共に銃弾が弾かれました。


 死神の着る鎧はDEMON LORDのものより上等な物なのでしょう。傷一つ、凹み一つありませんでした。一体何で出来ているのでしょう、神の金属とかそんなものでしょうか。そんな愚にも付かない考えが浮かぶぐらい、私の攻撃は意味をなしていません。


 何の意味の無い牽制攻撃を背に、キョウコがアロンダイトを振り下ろしました。が、案の定といえば良いのでしょうか。死神は『煩わしい蟲ね』と気だるげに言い様、軽々と大剣を動かし、キョウコの剣を受け止めました。


 金属同士とも思えぬ鈍い交差音。それが死神とキョウコの間から産まれました。初手だけは速度を持ったキョウコに分がありました。しかし、次の瞬間にはぎり、ぎり、とキョウコの方に剣が傾いていきます。


 でも、そんな状況でしたけれど、キョウコは、しかし、嗤ったままでした。いいいえ、更に笑みを増していました。


 そしてその笑顔のままに、ぼそり、と死神相手に何かを呟きました。


 意味の無い銃弾の音の所為で聞き取れませんでしたけれど、『父の名を騙る母』というような言葉だけは聞き取れました。私よりキョウコらに近い位置にいたDEMON LORDや天使あくまにはキョウコの言葉が聞こえたのでしょう。戦闘中にも関らず訝しげな表情を浮かべていました。


 そしてその言葉を聞いた死神は……


 先程の嫉妬の炎よりも尚強い感情に囚われました。


 憎悪。


 誰が見てもそれだと分かるぐらいでした。兜の隙間から見える瞳は、口元は、綺麗だと思えたそれらは血に餓えた獣のようになっていました。綺麗な花畑の中に紛れ込んだ獣のようでした。或いは新鮮な林檎の中に紛れた腐った林檎。瞬く間にその尊く綺麗な物達を汚染して行く、そんな存在。


 その死神の姿に私は、知らず知らず一歩後退していました。


 デジタルデータでAIでしかない存在に恐怖を感じてしまいました。これをこのままにしていてはいけない。これをこのままこの場に居させてはいけない。でも、こんな場所に居たくない、そう思えるほどでした。東北のあのビルで見た人間とはベクトルは違いましたが、それぐらいの嫌悪感を覚えてしまいました。


 そう思ったのはきっと私だけではありません。DEMON LORDや天使すらも恐怖から逃れるように指先を絡ませ合っていました---それはそれで不愉快限りないのですが―――。


 それよりも今は、


「キョウコ!このままじゃじり貧です!引きますよっ」


 未だ鍔迫り合いをしているキョウコに焦るように声を掛け、回収スキルを使い、周囲にばら撒いた銃を回収します。


 撤退。


 3度目の失敗。ギルドの皆に何を言われるか分かったものではないですが、致し方ありません。感情に囚われてDEMON LORD相手に銃を使い過ぎたというのも失敗でした。レイジングブルとスーパーレッドホークの弾丸が残っていればまだ対抗できたかもしれません。が、所詮、後の祭りでした。


「あら、残念。ここからが楽しい所なのに。でも、ギルドマスター命令だからね。従うしかないわ。死神さん。今回はここまでにしとくわ。―――でも、次は殺すわ」


「……この場から逃げられるとでも?」


 キョウコの煽り言葉を完全に無視し、言葉少なに告げる死神。


 まさに死神の言葉でした。


 怖いぐらいに響いてきました。


 キョウコ、早く離脱してくださいと何度も心の中で告げます。


 けれどキョウコは未だにあの笑みを浮かべながら、死神を嘲笑っていました。良くあの状態の死神相手に恐怖を感じないでいられるなと感心しました。が、そもそもどう見ても死神は剣だけが武器ではないのですから、そんな事をしていたら危なくなるのはキョウコの方です。骨で出来た手が余計な事をしないように……それに、動きだそうとタイミングを見計らっているDEMON LORDが動かないように牽制を続けるのも限界があります。


「格好付けているわねぇ。人間にでもなったつもり?なんて、煽った所でまた無視するんでしょうね。でもね、それが逆に感情に囚われているって事よ。作り物の癖にね。だからこう言ってあげるわ……今のあんたなら逃げられるわよ---の娘」


 言い様、キョウコはしゃがみ、足払い。


「っ!」


 突然の事に体勢を崩した死神の顔面に向けてアロンダイトを突き刺し、しかし、致命傷を与えられるとは元々思っていなかったのでしょう。嘲るように、馬鹿にするようにアハハハと笑いながらキョウコは、あろうことかアロンダイトを仮想ストレージにしまい、無手になって背面飛び。


 空中で身体の位置をかえ、地面についたと同時に私の下へと。それを待って一緒に城壁へと向かいます。


「逃がすと思っているのかっ!」


 死神の御蔭で元気を取り戻したのか私達に向かって---大事なおもちゃを壊そうとした私達に猛り、迫って来るDEMON LORD。


 ですが、それは悪手です。


 走りながら、仮想ストレージからS&W M19を取り出し、指先を引き金に掛け、足を止め、振り返った瞬間、引き金を引き.357マグナム弾を発射しました。


 刹那、パリンという硝子が割れるような音と共に可愛らしい悲鳴が聞こえました。


 その音に、予想通りDEMON LORDは慌てて背を向けました。向けた瞬間、慌てて私達から離れて行きました。


「抜き打ちとはやるわね、イクス」


 場にそぐわない称賛を受けたように、抜き打ちで撃った357マグナム弾は天使あくまの顔面に当たりました。硝子の様な音は天使あくまの付けていたバイザーが壊れた音でした。


 バイザーの下のその素顔。純真で無垢そうで愛らしく可愛らしい少女のような顔でした。可愛らしくもなく、そばかすの残った私とは雲泥です。可愛らしいからAIの癖に人間プレイヤーの気を引けたんだろう、そんな皮肉が自然と浮かんでしまいました。


 でも、そんな可愛らしい顔も私の所為で台無しでした。バイザーの破片が皮膚を抉り、バイザーを超えて届いた弾丸がその眼を潰していました。


 愛らしい天使あくまから、血の涙が流れていました。


 宗教画であればさぞ人気が出た事でしょう。愚にも付かない感慨を浮かべながらも、なるほど、そこまでレベルが低くはなかったのだと気付きました。そのまま首が消し飛ぶ事を期待したのですが……。とはいえ、それでもレベル30以下だと思います。弾丸一つで片目を失ったのですから。


 それを大丈夫か、大丈夫かと声をかけるDEMON LORDの必死さに苛立ちと共に吐き捨てました。


 そんなにも弱いものを守りたいのでしたら―――


「―――そんなに大事なモノなら、口の中にでも宝箱の中にでもいれておいてください」


 ―――と。


 吐き捨てたそれの代わりに死神がこちらに迫ろうとしていました。ですが、直後、死神は足を止めました。流石に死神は冷静でした。そもそもその天使あくまに嫉妬していたのですから激昂するわけもありません。寧ろ私に良くやったという視線を投げかけているようにも見えました。気のせいでしょうけれども。


 DEMON LORDと2人で私達の相手をするならばまだしも、一対二ならこちらが有利だと分かったのでしょう。


 事実私達を追ってそのままDEMON LORDから離れるならば私は再び弾丸の嵐を作っていた事でしょう。使い過ぎたとはいえ、キョウコと協力して片方を倒すだけなら可能だと思います。


 いえ、それ以前に死神はキョウコが口にした言葉を聞いた時から心ここに在らずでした。さっきよりはましとはいえ、隠しきれない憎悪が滲み出ています。正直、死神にとって今は私達の存在などどうでも良いのでしょう。


 詳しい理由は分かりませんが、後で詳しくキョウコに聞くとしましょう。一体何を言ったら悪魔エーアイを怒らせられるのか、と。


「さぁ、イクス。3度目の正直はならず、2度ある事は3度あるという感じで作戦失敗。ギルドへの言い訳考えながら逃避行といきましょう。でも、まぁ、大丈夫よ。安心して頂戴。次は殺してみせるわよ」


 私たちの作戦は失敗しました。


 キョウコの言うように、次こそは……次こそは必ず……。


「精々、神の御加護がありますように」


 


 


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