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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第九話 生贄の羊
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08:エピローグ


 春さんは殺された。


 ヴィクトリアかベルンハルトによるものだろう。そう思う。


 けれど、春さんが殺された直接の原因は私にあるだろう。そうも思う。


 私がヴィクトリアの事について春さんに問い掛け、間接的とはいえ対処しろと言った結果、そうなったのだろう。


 だから、そう。


 だから、


「そうだよ、俺が春を殺した」


 そう言った。


 ROUND TABLE。


 円卓会議を行うこの場で、不遜に。不敵に笑う。


 春さんが殺されたその場に座り、足を組み、春さんのように普段通り笑う。


「てめぇ!なんで春を殺しやがったっ」


 グリードが喚いていた。それを止めようと……いいや、本気で止める気はないのだろう。シホがグリードの腕を掴んでいた。春秋とゆかり夫妻は互いに手を取り合いながら私を睨んでいた。春秋……いや、美春さんからはどうして、という表情が見てとれる。どうして私が春さんを殺したのだ、と。トネリ子は私を庇おうとでもしているのだろうか。先程からこちらに近づこう、近づこうとしている。が、グリードの迫力に最初の一歩が出ないようだった。加賀は表面上冷静を装っていた。けれど、震える足を見れば恐れているのが分かる。しかし、なぜ恐れる必要があるのか?悪事がばれるかもしれない、という恐怖だろうか?


 そして、ベルンハルト。


 戸惑っているようだった。一見、加賀と同じ様に冷静を装っているものの、なぜ私が『春を殺した』と言っているのか。それが疑問だったのだろう。


「その足りない脳みそで考えてみろよ」


 グリードを挑発しながら、視線をベルンハルトへと移す。


 春さんが死んだのだ。


 だったら代わりに蟲を消すのは私が担うとしよう。


「ヴィクトリアはどうしたんだ?ベルンハルト?」


「……」


 びくり、と身体を震わせたものの、無言だった。もっとも、この状況であれば黙っているのも当然だった。私も別に答えを期待したわけではない。


「ベルンハルト。一つ質問なんだが、心とやらも金で買えると思ったのか?」


 答えは無言。


 代わりに更にグリードが猛る。


 それで良いと思う。邪魔な蟲さえ殺せれば私という内敵を殺し、団結は図れるだろう。所詮、私は人殺しで人死にが好きな人間だ。このままここに居た所でどうせ円卓に不和を作るだろう。リンカ様のギルドを潰すのが私というのは気分が悪い。どうせいつか死ぬのだ。早いか、遅いかの違いだ。だったら、リンカ様が生き延びる道筋を立てるのが私にとっての生きた意味にもなる。……そう思いたいだけかもしれないけれど。


 苦笑する。


 馬鹿な考えだと自分でも思う。けれど、それもありかなと思えるのがまた笑える。


「……どうして、どうして春さんを……」


「知りたければヴィクトリアにでも、ベルンハルトにでも、或いは加賀にでも聞けば良い。まぁ、死人に口なしだが」


 言い様、仮想ストレージからH&K G36を取り出し、そのまま引き金を引く。躊躇などするものか。対処などさせるものか。


 パラパラと音を立てて30発ある弾丸が次々と加賀の顔へと向かう。DEXはそこまで上げていない。けれど、加賀ぐらいのVITなら抜けられる。このギルドでのレベルの高さはリンカ>グリード>私。そこからかなり離れて加賀だ。


 故に、加賀の顔に穴が空いた。


 口が裂け、目が潰れた。けれど流石にそこまで。次いで同じくH&KのMP5A3を取り出し弾丸を。からん、からんと薬莢が地面に落ちて行く。


 脳漿が飛び散った。


 これで一人。


「ルチレぇぇぇぇ!」


 猛るグリードの声。流石にグリードを相手にするのは分が悪い。巨大な剣―――例の皆で素材を集めて作った武器―――を仮想ストレージから取り出し様、大上段から振り抜く。私の座っていた椅子ごと切り裂こうと言わんばかりだ。けれど、そんな鈍重な攻撃に当たるものか。リンカ様ほどの早さじゃないなら当たるはずもない。


 椅子から無様に転げ落ちるように避け、次いでベルンハルトへと向かう。この状況について行けていない。そんなベルンハルトへ向けて、愛槍を取り出し、その柄でその顔面を殴りつける。


 鈍い音と共にベルンハルトが横に飛んで行く。呆然とした表情のベルンハルトに笑ってしまう。と同時に、背後を振り返り、グリードの剣を槍で受け止める。


「てめぇ、ゆるさねぇぞ」


「はっ!許すも許さないも……元より、そんなゲームだろっ!」


 殺さなければ帰る事は叶わない。そんなゲームだ。『彼』らしいとても最低で最高のゲームだ。男共が死んでいく、そんな面白いゲームだ。


 そんなゲームで、グリードは私よりも殺しているのだ。


 世間様から見れば彼の方が許されないだろう。人殺しに差異などないかもしれない。私達は最低な存在だ。外の世界の法に則れば緊急避難なのかもしれない。けれど、私達はそれを是として生きている。この世界を現実だと認めて、人殺しを認めて生きているのだ。緊急避難なんて、そんなおためごかしで大量殺人が許されるはずもない。私も、グリードも、そしてリンカ様も。


「っ……この馬鹿力がぁぁっ」


 体勢が崩れる。


 膝が折れる。


 まずい、と思うと同時に、


「腕一本」


 槍を持つ手を離せば、拮抗が崩れ、グリードの剣が私の左腕を肩ごと切り落とす。


 血が飛んだ。


「ぁぁぁっ」


 思わず悲鳴が。


 けれど、そんな事をしている暇など、ない。血が飛び散ったのと同時に、ごろごろと身体を転がし、膝を付く。


 回復アイテムをストレージから取り出そうとすれば、側面からナイフが飛んで来た。それを避け---られず、腹に刺さる。


「ぐっ……」


 残った右手で腹のナイフを抜き、投げ捨てる。


「ベルンハルトぉぉぉ」


 回復アイテムを使ったのだろう。顔を手で覆ってはいるものの傷は既にない。そして、小さな体躯に似合わぬ大型拳銃を構えて私を睨んでいた。


「だ、だめぇぇ!」


 悲鳴の様な声が部屋に響く。トネリ子が私を庇う様に前に出た。春秋とシホはグリードに、ゆかりはベルンハルトに向かう。


 良い人達なのだろう。


 いいや、事実良い人達だった。美春さんはとても良い人だった。男に嫌気が刺した私のために気を遣ってくれた。この世界では旦那と倒錯した関係になっているのは本気でどうしようもないが、それでも尚、優しくあった。私が男を見ても吐き出さないようになったのは、或いは最初からそのつもりでこの世界でも男キャラにしたのかもしれない。本当に優しい人だ。


 だからこそ。


 そんな優しい人達がいる場所を守ろう。


 ヴィクトリアのような人間むしがいる場所を壊そう。ベルンハルトみたいな、女の姿に騙される馬鹿なむしを殺してしまおう。蟲に喰い殺されそうになった私を助けてくれたリンカ様のために、今度は私がリンカ様の居場所(ROUND TABLE)に巣食う蟲を殺そう。


 そして私も死のう。


 仮想ストレージから回復アイテムを取り出し、それを嚥下する。トカゲの尻尾のように再生していくその様が酷く癪に障る。私は人間だ。人間だからこそ、感情に任せて殺そうとするのだ。


「イイザマだな、ルチレーティッド。女に守られて」


「はんっ。女に貢いで喜んでいるお前に言われたくはねぇよ」


 嘲り、笑う。


 そんな馬鹿でどうしようもない奴がリンカ様の道を邪魔するな。


「ルチレ君!」


 春秋の声がする。これ以上何も言うなというのだろう。加賀を目の前で殺してもそう言ってくれる辺り、春秋もどこかもうおかしくなっているのだろう。でも、ありがたい言葉だ。優しい言葉だ。けれど、もう遅いのだ。


 自由気ままに、欲望のままに生きるこのギルドはヴィクトリアという馬鹿なむしの所為で壊れてしまうのだ。ばらばらになるのだ。このままでは収まらない。


「春秋、シホ、てめぇらもそいつの味方するつもりかよ!春を殺したんだぞっ。加賀の奴までっ」


 暴れるグリードにシホと春秋が困惑したような表情を浮かべていた。当然だ。当然の事だ。グリードの言う通りだ。私を許しちゃ駄目だ。私に何か理由があるだなんて思っては駄目だ。


「違う。春さんを殺したなんて嘘だよ。だってこの子……」


「春秋、黙れ。俺が春を殺したんだよっ!」


「いい加減にして、ルチレ君っ!」


「黙れ!……いい加減にするのはそっちだ」


 立ち上がり、ストレージから予備の槍を取り出す。対して良い物ではない。けれど、ベルンハルトを殺すには十分だ。


「邪魔なんだよ。全員。俺はこの世界からさっさとおさらばしたいんだよ。だから殺した。それだけだ。それだけなんだよっ」


 言い様、トネリ子を蹴り飛ばし、ベルンハルトへと駆ける。咄嗟にベルンハルトが拳銃の引き金を引き、轟音と共に弾丸が私の薄い胸元へと突き刺さる。一瞬の停滞。けれど、そんなもので止まるか。そんな攻撃で止まる程、私は弱くない。


「やめるんだ、ルチレ君」


 ゆかりがベルンハルトの眼前に立つ。


「邪魔だよ、ゆかりぃ」


「邪魔で結構。美春と同じだ。私も君が理由も無く春さんを殺すとは思えない」


「ゆかり、そこをどけ!そいつだけは絶対に殺す」


 それを言ったのは私ではなく、ベルンハルトだった。拳銃を構えたまま、ゆかりを強引にどけ、私の前に立った。


 一触即発。


 グリードが押さえられていて良かった。けれど、それも時間の問題のようだ。ちらとそちらを向けば、獣の様な瞳で私を睨んでいた。二人がかりで押さえてやっと。しかも片方がシホだというのはまずい。いつ何時、グリードの手を離すか分からない。


 けれど、それも私が望んだ事だ。寧ろ、まだ生きていられるのが幸いだ。


 せめてもう少し時間の猶予があれば3人とも殺せただろう。いいや、3人が下手人だと気付けたのはこの場だからこそ、だ。加賀とベルンハルト、その二人さえ殺せばヴィクトリア一人などリンカ様の敵じゃない。


 一触即発。


 それを破ったのはここにいる誰でもない人物だった。


「―――騒がしい」


 バタン、と音がなった。


 部屋の扉が開き、そこからリンカ様が現れた。


 円卓の上に位置する王の登場だった。


 遅かった、と思った。


「よう、リンカ」


「あら、ルチレ君。血塗れで素敵ね」


 ガリガリと地面を削りながら、引き摺って来たのだろうか。流星刀を手にリンカ様はそう言った。そして周囲を見渡し、頭の無くなった加賀の死体を見てふぅんとつまらなそうな表情を浮かべた。


「何?加賀ちゃんまで殺したの?」


「あぁ。邪魔だったんでね。あとは……ベルンハルトを殺せれば満足だ」


 そう言った瞬間、少し不思議そうにされた。『満足』なんて単語を使ったからだろうか。


「あっそ。まぁ良いけど。それで、何?春を殺したのはルチレ君で良いの?意外性がないわね」


 心底面倒くさそうにそう言うリンカ様。らしいと思う。どんな時でもいつも通りだ。私が好きなリンカ様そのものだ。そのリンカ様の口から、


「あぁ。そうそう。私の部屋でヴィクトリアが死んでいるんだけど、あれもルチレ君の所為よね?」


 そんな言葉が紡ぎ出された瞬間、状況が状況だけれどぽかん?としてしまった。ヴィクトリアを殺せずに逝くのは残念だが、彼女一人ぐらいならリンカ様も問題ないだろうと思っていた。けれど……なるほど。そうか。リンカ様が何故、ヴィクトリアを殺したのかは分からないけれど、それなら安心だ。寧ろ、ヴィクトリアがいなくなればベルンハルトなんてどうでも良い。所詮、金の勘定しかできない馬鹿だ。そんな馬鹿な男一人いたところでそれこそリンカ様の敵ではない。


 だったら―――


「あぁ。そうさ。ここに来る前にな。俺が殺したよ。あのネカマにいい加減むかついてさ」


「……素直に……認めるのね」


 リンカ様の顔色が少し変わった。私がそう言うとは思わなかったのだろう。


 リンカ様は春を殺した犯人にヴィクトリアを殺した事を押し付けようとしたのだろう。そして無様に私が否定するのを理由に殺すつもりだったのだろう。


「あぁ。認めるさ。俺が殺した。そう。俺が殺したのだ」


 言って、槍を床に投げつける。


 そして周りを見れば、この世の終わりとばかりに絶望した表情を浮かべたベルンハルト、それ以外は私を見つめていた。この人殺し、と。


 それで良い。


 私みたいな人死が好きな人間はそんな風に見られて当然だ。


「リンカ、俺を殺すなら君にしてくれ。それ以外だったら最後まで抵抗するぞ?」


「言われなくても私が首を飛ばしてあげるわよ。顔だけは傷付けないであげるわ」


「……それはどうも。部屋に飾っといてくれよ。涅槃から見守ってやるよ」


「いらないわよ、そんなもの」


「そりゃ残念。ま、どうせ最後だ。少しぐらい語らせろよ」


 リンカ様が流星刀を鞘に入れたまま構えたのを見て、そう言った。なるほど抜刀術も出来るのかこの人。凄いと思った。そして、一撃で首を落としてくれるだろう。それが嬉しかった。


 リンカ様に殺されるなら本望だ。


 リンカ様のためになるならそれで十分だ。


「三分」


「そりゃどうも。さて、これで俺のゲームは終わりだ。案外楽しかったよ」


 皆と居た時間は嫌いじゃなかった。人死にが好きな馬鹿な女だけれど、それでも私は皆と一緒に居るのが嫌いじゃなかった。リンカ様に会えたのはとてもとても幸運で、そんな人に殺されるなら最高に幸せだとそう思う。


「『彼』が死体の写真をあげていた掲示板がある。そこから数人。あと何人残っているかは知らないけれど、死体が大好きな奴らがこの世界にはいる。最低で最悪の奴らだ。ランカーにいるかもしれないし、そうではないかもしれない。どこにいるかは分からないが、少なくとも俺を合わせて4人いる。カニバリズム好きの少年少女好きの男。見掛けた瞬間に殺せ。そして男嫌い、これは俺だ。今死ぬから安心しろ。あとは……この世界でも同じ名前だろうと思うけど、HNタチバナ。これはまだ大丈夫だ。味方に付ければ頼りになるだろう。もっとも刺殺死体好きの最低野郎だ。とはいえ、こんな世界だし、話ぐらいは出来るだろう」


 最後の一人。


 最悪で最低な人間。忌避感すら感じる。


「人形殺し。これには気を付ける事だ。特に女は気を付けると良い。四肢欠損した女が好きな生粋の人でなし。人を人とも思っていない人でなし。人形を壊すように人を殺すよ、きっと。現実世界で殺してない事が不思議でならないぐらいに頭のいかれた奴だ。四肢をぶった切られて囲われて死ぬ事もできずに生きる事になるのが嫌なら見つけた瞬間に殺せ。万難を排してでも、どれだけ犠牲が出ても殺してしまえ---以上」


 これで警告は終わり。


 あの掲示板で活発に活動していた最低な奴ら。今も何人かは生きているだろう。例えこんな人殺しを是とした世界であっても、あいつらだけは特別だ。真っ当に人生を生きていれば絶対にそうならないであろう、そんな奴らなのだから。


 それがいなければリンカ様が最後まで生き残れる可能性はあがる。WIZARDやNEROなども脅威だけれど、人でなしと言う意味では私はあいつらの方が怖い。


「さて。これで思い残すことはないな。あぁ……リンカのお相手を見られなかったのは残念だったな。後悔という程でもないが。まぁ、精々、地獄から祝福しておくよ」


「それはありがと。情報も感謝するわ。―――じゃあね」


 一切の躊躇なしに刀が迫ってくる。


 ありがとう。


 これなら痛みすら感じずに死ぬ事ができる。


 笑う。


 そして、リンカ様だけに見えるように、


 『お幸せに』


 そう口を動かした。


 瞬間、首に刀が刺さる。


 終わりだ。


 私の人生はここで終了。


 グリード。君はもう少し大人しくした方が良いだろう。


 春秋。……美春さん、色々ありがとう。こんな私に色々してくれて。例えこんな世界であっても長く生きてくれると嬉しい。倒錯した趣味はいい加減止めるべきだと思うよ。


 ゆかり。美春さんと一緒に精々長生きして頂戴。


 シホ。いい加減グリードは諦めた方が良いと思うよ。


 トネリ子。私なんかを好きになっては駄目だ。今も悲壮な表情を浮かべているけれど、リンカ様を恨まないで欲しい。


 ベルンハルト。ヴィクトリアのいなくなった世界でがんばって生きてくれ。リンカ様の邪魔をしないなら別に良いからさ。


 そして。


 リンカ様。


 神々しい。


 女神のようだ。


 あぁ。こんな女神に殺されて死ねる私は幸せだ。


 リンカ様、私は貴女に会えて良かった。


 貴女に会えて私は幸せでした。


 


「さよなら、美玖ちゃん」




 リンカ様の艶めかしい唇が動いた。




 瞬間、消えゆく意識が浮上した。




 私は、自分の名前を誰にも言っていない。春秋が……美春さんが誰かに伝えるとも思えない。あの人はそういう面では徹底している。ゆかりさんもそんな事を言い廻るとは思えない。だったら、誰が……私の名前を知っていたのだ。


 そして、誰がリンカ様にそれを伝えた。




 誰が。








 了




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