07
二度目の北陸から帰って来たリンカ様のドレスは酷いものだった。多分、春さんが着させたのだろう、その上に羽織っているコートは無傷だったが、ドレスの方は何と出会えばこんな事になるのだと言いたくなるぐらいにボロボロだった。
身体中を弾丸で貫かれたかのように穴が開いていた。
そも、この世界はゲームであり、装備を変更してしまえばそんな状況のまま帰って来る必要はない。ないのだけれども……リンカ様はそうする事もなく、ただただ愛おしそうに弾丸で開いた穴を撫でていた。
リンカ様の身に何があったのだと心配になったものの、リンカ様の表情を見て、そんな心配は不要だという事が分かった。心配しただけ無駄だと感じた。リンカ様の隣に立っていた春さんに目を向けても、しようもない、と肩を竦めて苦笑を浮かべるばかり。何があったかは分からないけれど、ともかく無事であるという事が分かり、私は内心ほっとした。
そうして改めてリンカ様の表情を見れば、酷く、そう、酷く嬉しそうだったのを覚えている。心ここに非ずといった感じだった。それ以前からお相手の事を考えている時はそうだったけれど、更に酷く―――申し訳ないけれども―――なっていた。
その後、不満そうな表情を浮かべつつも服を着替えた後、リンカ様達はWIZARDの下へと。
リンカ様達の話を聞いてWIZARDはすぐにどこかに旅立った。その時、目の下にくまが出来ていたのを覚えている。そんなものまで実装している無駄さ加減に笑った。
それから更に数日後、本日の処刑について打ち合わせするためにリンカ様の部屋へ訪れた時、リンカ様は天井を見つめてぼんやりとしていた。心なしか頬に紅が差しているようにも見えた。
「リンカ、何があったんだ?」
リンカ様が連れて行った―――春さんに無理やり押し付けられたのだろうけれど―――者達も結構な数が死んだという。だから一応という事で聞いてみたが、
「春にでも聞けば?」
椅子に座ったまま、気だるげに、面倒くさげにそう返された。そんなリンカ様の姿に笑みが零れる。
「概要は聞いたよ。相当死んだって」
「だったらそれで十分でしょう。馬鹿な奴らが私の命令を聞かずに死んだだけ。ただそれだけよ。それ以上何が聞きたいっていうのよ」
「リンカに何があったか、だ」
「……私に何があろうと、私が何をしようと私の勝手でしょ」
瞬間、背筋が震えた。これ以上踏み込んだら流星刀の錆になっても文句はいえないな、と気付き私は引いた。
「そうだな。リンカの勝手だ。悪かったよ。煩わせた。別に喧嘩するつもりはないよ。そうさ。リンカは何があろうと好きにやってれば良い」
「そんなに我儘言っているつもりはないんだけど」
睨む様な視線。それを受けて、確かにそうだよね、と思った。このギルドの面々はリンカ様より欲望に忠実な奴ばっかりだ。それを思えばリンカ様は理性的な方だろう。しかし、そういう欲望に忠実な者達は自分たちの領域を少しでも犯す者には容赦しない。リンカ様の『勝手な行動』に巻き込まれたと考える輩が出てこないかが私は心配だった。
「ところで、今日は俺の番なんだけど、リンカ、PT」
「面倒くさい。そんな事している暇があるなら……あぁ、もう分かったわよ」
心底面倒くさそうに髪を掻きながら、そう言った。言ったものの面倒だったのかPT申請はまだだった。
苦笑を浮かべながら、
「相変わらず変な所で律儀だよな。ま、リンカに無理させる気もないんでね。気が乗らないなら良いさ。ここにいれば良い」
そう口にする。
「……ルチレ君、二面性があるって言われない?」
「リンカ程じゃないよ」
「煩いわね、殺すわよ」
「おぉ、怖い。自分で振っておいてその言い草はどうかと思うぞ……とはいえ、それもまたリンカらしい。さて、じゃあ俺は人殺ししてくるよ。じゃあな」
面倒なら態々足労を掛ける必要も無い。どうせ人間一人殺した所でリンカ様のレベルがあがるわけでもないし。塵も積もればとは思うけれど、こんな状態で連れて行くのも申し訳ない。だから、私はそのまま部屋を出ようと扉へと向かう。
扉に手を掛けようとした時、リンカ様から声が掛った
「……そういえば、春どこ?」
「さぁ、知らない。どっかで死んでるんじゃないの?」
再び天井を見つめながらリンカ様がぼんやりと答えた。春さんの名前が話に出たからだろうか。申し訳程度にリンカ様がそう言ったけれど、実際、春さんの事など心底どうでも良いと言わんばかりだった。適当だなぁと思いつつ再度苦笑を浮かべ、扉を開けて部屋を出る。
部屋を出て、ふいに思い出し、人殺しをする前に春さんを探そうと思い、適当に歩く。まず向かったのは春さんの部屋。ノックを鳴らしたものの反応はない。
「どこにいるのやら」
思い出したのは先日考えていた事。なぜ、リンカ様の思い人の事を円卓に周知したのか?その真意を問いただそうと思っていた。あんな言葉をギルドに蔓延させればリンカ様への不信が沸く以外の効果はない。ましてWIZARDが探しているという前提があるのだから、その人物を探すのはWIZARDに脅されたからという理由だけで十分だろうに。にも関らず春さんは伝えたのだ。ROUND TABLEはその名が示す通り一枚岩ではない。雑談程度にしても言って良い話と駄目な話はある。
そんな事を考えながら暫く探したものの、春さんは見つからなかったので、結局、先に処刑へと向かった。
牢屋みたいな所だ。
明かりがない所為で分からないけれど、壁はおびただしい数の人間の血で染まっている。自然、鼻がすんと鳴る。私はこの匂いが嫌いじゃない。一日中ここにいても良いと思える。ふいに感じるぞくり、とする感覚。幽霊でもいるのかと思えるような感じがたまらない。
だからこその異常者なのだろうけれども。
『た、助けてくれよっ。俺が何をしたっていうんだよ!』
などと言う処刑相手。男だったので腹に一本、四肢に四本、股間に一本、計六本の槍を突き刺し、絶命まで眺めた。絶命してからも暫く眺めていれば、身体の奥底に火が灯ったかのように身体中が熱を帯び始めた。鏡を見るまでもなく頬が紅色に染まったのが分かった。更に手先、指先、四肢、腹、胸、首筋、ぞくぞくと痺れるような熱さに身悶えする。
「リンカ様の邪魔をするのが悪いのよ」
唇を舐め、そう口にしてからその部屋を出る。
熱を冷ますために、疼く身体を静めるために部屋へ戻ろうと思い、戻っている最中、建物の裏手から話声が聞こえてきた。
「―――という事なの。だから……手伝って欲しいかなって」
「ギルドを裏切るのか?」
「そうじゃないよ。方向がおかしくなっているから直すだけだよ!春ちゃんも賛成だし」
「……」
ヴィクトリアとベルンハルトの声だった。甘ったるいヴィクトリアの声に少しばかり気分が悪くなったものの、暫しその場で足を止めた。
ゆっくりと音を立てず、ばれないように裏手の方を覗けば二人がかなり近づいた状態で―――抱き合いそうな程近い距離で―――話をしていた。
「春ちゃんの事嫌い?」
「別に……ヴィクトリアが気に入っているのが気にくわないぐらいかな」
「もう!私と春ちゃんはそんなんじゃないって。尊敬しているだけだよ……ね?」
ベルンハルトの手を取り、ヴィクトリアはそれをそのまま自分の胸元へと。あざといな、と思う。ロールプレイが巧いというか、なんというか……辟易する。
「っ……あぁ、もう分かったよ。ヴィクトリアがそこまでいうなら俺も手伝ってやるよ……で、俺は何をすりゃいいんだ?」
「強力な回復アイテムとか、そんな感じの物があると良いんだけれど」
「あるにはあるが、何に使う気だよ」
「ちょっとね。一度死んでも生き返られるものがあれば良いんだけど、流石にそれはないよね」
「そんなものがあるわけないだろ。とりあえず、その件は分かったよ。他に俺が手伝えることはあるのか?」
「ううん。今のところはないかな?ありがとう、ハルト」
そう言ってヴィクトリアがベルンハルトへと抱きついた。抱きつかれた方のベルンハルトはまんざらではないらしく、その背に手を廻そうとした瞬間、ヴィクトリアが離れた。
「続きは……終わってから、ね?」
「あ、あぁ……」
気色悪かった。
ヴィクトリアも気持ち悪ければ、ベルンハルトもまた気持ち悪い。殺してやろうかとさえ思った。リンカ様への反抗を考えているのならば尚の事。
視線を逸らすように壁から離れ、ついさっき使ったばかりの愛槍を仮想ストレージから取り出そうとした所で声を掛けられた。
「やぁ、ルチレ君」
建物の裏手までは届かない様な……そんな小さな呼び声だった。
「春……」
「そこ、何かあるのかい?」
分かっていて聞いている様な言い草に少しばかりいらっとしながら、私は春さんの手を取り、その場を離れた。
「やっぱり、女の子だね、ルチレ君」
「……何を今更。最初から知っていただろあんた」
「手を取って連れて行くというのは男同士ではあまりしないと思ってね。それとも僕がそう思っているだけかな?」
その言葉に慌てるように手を離せば、春さんが面白そうに笑っていた。
ぷいっと顔を逸らし、そのまま歩く。目的地があるわけではないが、話をするならば春さんの部屋か私の部屋だろう。他の面子に聞かれたくはない。それを思えばヴィクトリアとベルンハルトの行動はあまりにも杜撰だ。あるいは見せびらかしたかったのだろうか。誰かがその会話を聞いても疑心を覚えるだけだろうに……いや、それが目的だろうか?どうだろう。どちらにせよ杜撰だ。そんな杜撰さを思えば、そんな所で会話しようと言ったのはベルンハルトだろう。とはいえ、ヴィクトリアがその場での会話を是とするという事は、詳しい内容は分からないけれど、ベルンハルトがそれだけ重要な役割を担っているのだろう、そう思った。
考えながら、気付けば春さんの部屋に辿りついた。
「ところで、僕に何か用があるのかな?」
「あぁ。少し話を聞きたい」
「ふぅん。……ここまで来たって事は僕の部屋で良いのかな?」
「ここまで来て態々別の所に行く気もないよ」
春さんの部屋に入るのは初めてだった。
入った瞬間、ぞくり、とした。
先程の処刑場よりも性質が悪いと思った。
生きている人間が住んでいるとは思えなかった。
物がないわけではない。ベッドがある。机がある。鏡がある。その他諸々存在する。けれど、それら全てが初期配置のままだった。一度も使った事がないようだった。けれど、確かに春さんはここで生活をしている。にも関らず、それらは全く動いていない。全く変わっていない。几帳面なほどに正確に、初期配置のままだった。同じような部屋に住んでいる私だからこそその異常性に気付けた。いや、私ではなくとも円卓の面子ならば全員理解できるだろう。
埃がないのはゲーム世界だからと言い訳出来る。けれど、椅子の配置、ベッドに掛るシーツ、どれ一つをとっても何も動いていない。どうぞ、と私の下へ椅子を持ってきた御蔭で僅かその部屋から違和感が失われ、生活感が産まれた。私が部屋を出れば元通りになるのだろう。mm以下の精度で同じに戻されるのだろう。
「去る者後を濁さずってね」
私の表情に気付いたのか春さんがそう言って笑った。
いや、そんな言葉で誤魔化されるものか。こんな事、普通の人間にできるわけがない。住んでいるのに何も変わらないなんて、そんな事があるわけがない。人が生活していれば自然とエントロピーは常に増大する。なれば、逆説。ここには誰も住んでいないはずなのだ。そんな違和感と戦いながら、乱雑さの程度を増した椅子に座る。
「少し待っていてくれないかい?飲みモノの一つでも出すとしよう。……あぁ、そうだね。ルチレ君とこうやってまともに話をするのは初めてかな?そうであればその記念ということで」
言いながら未開封のコーヒーを開け、使った事のなさそうなケトルに一度も捻った事はないであろう蛇口を捻って水を入れて、これも使った事がないだろうガス台から火をくべる。
鼻に香るガスの匂いなどを感じて漸く、生きた心地を感じられた。
「春。なぜ、リンカの話を皆に伝えた」
何が楽しいのか笑みを浮かべながらケトルを眺めている春さんに向かって私はさっさと本題を告げる。こんな場所に長居したくはなかった。けれど、
「なるほど。そういう話なんだね。了解したよ。けれど、ルチレ君。本題の前に少し雑談をしよう。折角、二人の初めての真っ当な会話だ。少しは僕にも楽しませて貰っても良いだろう?」
そう返された。
「どうせダウトと言いたいだけだろ?」
「違いない」
そう言って春さんは笑った。
暫く無言の時間が流れ、その終わりを示すようにケトルが甲高い音を鳴らした。
「どうぞ。我ながら巧く出来たと思う。砂糖やミルクはいるかい?」
無言で首を振る。
「なるほど。ルチレ君はブラック派か。女の子は須らく甘い物好きだと思っていたよ」
カップを私に手渡した後、春さんは新たに別に椅子を引き摺って来てそこに座った。
「どこの情報だよ、それ」
「少なくともROUND TABLEではその傾向が強いようだよ。ルチレ君はその例外といった所だ。ま、何事にも例外はあるという事だ。とても当たり前で、とても大切な事だよ」
「また訳の分からない事を」
「例外を把握するのは大事な事だよ、ルチレ君。想定外をなくすというのは大事な事さ。例えばそう。ゲームには付き物のバグとかね。バグは消さないといけないと思わないかい?」
「……そんな話をしにきたわけじゃない」
吐き捨てるようにそう言えば、そうだったね、と春さんが頷いた。そして頷いた癖に、
「バグは消さなければならない。そう。消えて貰わないと駄目なんだよ」
そう言った。
「リンカの事を言っているのか?」
「いいや。違うよ、ルチレ君。僕は、それなりにリンカの事は好きだからね。あの子は見ていて面白い」
「その割にヴィクトリアの意見を良しとしていたみたいだけど?」
「あぁ、なるほど。先程のはそういう事か。ヴィクトリアも詰めが甘い」
くいっとコーヒーカップを少し傾けた後、春さんはおかしそうに笑った。
「僕はね、ルチレ君。ヴィクトリアに好きにすれば良いと言っただけだよ。そういうギルドだしね。そもそもそれでギルドを……いや、リンカをどうこうできるとは思わない」
「ヴィクトリアの事はどうでも良い、と」
「そんな事、それこそルチレ君が気にする所かい?リンカ大好きっ子のルチレ君?」
「……」
「おっと、失言だったようだ。まぁ、僕はね。ギルド自体がどうにかならないのなら、リンカが好きにするのも、ヴィクトリアが好きにするのも良いと思っているんだよ。まぁ、ルチレ君が心配しなくても、ヴィクトリアが反抗した所でリンカがそれを抑えるよ。……あぁでもそうだね。ヴィクトリアが派閥を全員集めてリンカを囲んで殺そうとすれば、流石の僕でも止めるかな?流石にあのヴィクトリアがそんなことはしないとは思うけれどね」
言い様、こくり、とカップを傾けた。足を組み、目を閉じ、音も無く、ただ彼の喉だけがコクコクと時を刻むように動いていた。妙に絵になる姿だった。
『ん』と吐息を吐き、小さな舌で唇を舐めた後、再び口を開く。
「ヴィクトリアには造った可愛らしさというのはあるけれど、人の上に立つ素質はないよ。例え彼女が……いいや、彼がどこぞの会社で高い地位にいるとしてもね」
ヴィクトリアが男である、という事自体には驚きはなかった。加えて彼の人遣いの巧さを思えば地位の高さも別段気にする必要も無い。ただ、あのヴィクトリアが、いくら春さん相手だとしてそんな事を教えるだろうか。その事だけは疑問だった。ともあれ、今はそんな事を聞きたいわけではない。
「ギルドなんてどうでも良いと言っているようにしか聞こえないんだけど」
「そうは言ってないよ。僕の最後を過ごす場所だ。良い所であるに越したことはない」
「だったらそれらしく行動するんだな……春。俺は別に君が嫌いじゃない。けれど、リンカの邪魔をするなら、俺が殺す」
「ダウト、ではない……と」
リンカ様には命を救ってもらった恩がある。いいや、そうじゃなくても、あの素敵な人が幸せであって欲しいと思う。だから、その邪魔になるようなら春さんだって殺してやる。死ぬ前に、私が息の根を止めてやる。
「しかし、前にも言ったように誰かに殺されるなら生きていた意味もあるというものだ。誰かに殺されて思いの外早く死ねるならきっと意味はあるんだ……嬉しいね。是非、ルチレ君に殺して欲しいね。殺して欲しさにリンカの邪魔をしてしまいそうだ」
殺害を宣告されて普段通り笑える人間の感覚が私には分からない。本当に普段通り。世間話をするかのように笑ったまま。本当に、この人にとっては生と死が等価値なのだろうか?昔のアニメのキャラクターでもないだろうに。
怖気が走る。
自然、私は自分の身体を抱いていた。そんな私に、春さんが口に手をあてながらくすくすと声を出して笑った。そして、
「さて。そろそろルチレ君の問いに答えようか」
と。
「……結局、春にとってはギルドなんてどうでも良いから、それを伝えたという話かと思ったんだけど」
何とか口に出来たのはそんな言葉だった。
「いやいや。そういうわけではないよ。第一に、だよ。僕もリンカの思い人を見て見たかったというのがあるんだ。だから皆に協力してもらいたくてついつい」
「ダウト」
「おっと、僕の台詞が取られたか。けれど、残念ながら、だよ。リンカの思い人が見たいと思ったのは事実だ。あのリンカが懸想する相手だよ?ルチレ君は気にならないかい?」
「……」
「無言は肯定と取るけれど、さて続きを話そう。円卓の面々には話をした。ルチレ君にも話をしたね。それはね―――蟲には消えて貰わないといけないと思ったからさ。ほら、さっきの話に繋がった」
「リンカの思い人がそれとどう関係が…………あぁ、そう言う事か?春にしては稚拙だと思うけど。まぁ、ヴィクトリアとベルンハルトが釣れたのは確かだけれど」
リンカの方針に従わない面子を炙りだして殺す。国もそうだし、会社、グループにしてもそう。結束を固めるためには敵を作るのが一番だ。敵というと言葉が悪いかもしれないけれど、敵と言うとそんなものだろう。商売敵を打倒するためにがんばろう、とか。
それにしても内部に敵を作る必要があったのだろうか。内部に敵を作る事は組織の崩壊につながる可能性が高いというのに。だから、稚拙だというのだ。
「重々承知しているよ。答えるとだよ、エリナが問題だった。事前に止めたとはいえ、その結果、逆にギルド内部に亀裂が出来た。トネリ子君や加賀君辺りが騒いでいたのは知っているよね。きっと弟君も騒いでいたんじゃないかな?弟君は現実ではエリナにぞっこんだったみたいだしね」
「……このストーカー」
「リンカに言った方が良い台詞だね。まぁ、否定はしないけれど。既に内部に不和は出来ていたんだ。敵を作ろうにもNEROやLAST JUDGEMENT、DEMON LORDは強大に過ぎる。勝てないとはいわないけれどね。けれど、このギルドには態々それらを倒そうと思う人間は少ない。物凄くね。皆、享楽主義だし。だからこそ、ギルドの結束を固めるためとはいえ、敵を作るなら内部しかなかった。稚拙と言われても仕方がないけれど、それしか手はなかったんだよ」
「好きにやれば良いとか言っておいてそれかよ」
「僕も大概、好きにやるからね。自分に出来ない事を人に強要するのは悪だよ」
絶句した。
「……春。そこまでやるなら最後までやれ」
「ヴィクトリアのことかい?」
「当然」
「……そうだね。正直者の君に免じてがんばるとするかな」
「俺のどこが正直なんだよ」
「言わないというのは嘘ではないからね。問えば君は答えるだろう?たまに嘘を吐いているのは分かっているけれど、それでもそれ程数が多いわけじゃない。円卓の中で一番少ないのはルチレ君だ。ちなみに僕が会った中で今の所一番多いのはWIZARD。次点でリンカだね。リンカは最近面白がって態と嘘を吐いているように思うけど」
春さんが苦笑する。確かにリンカ様は適当な嘘を良く吐く。それで誰が傷付くわけでもないので別に誰も困ってないけれど。それよりも、である。
「いつのまにWIZARDとそこまで話をしたんだよ。あんな化物相手に良く話できるな、尊敬するよ。春」
「ダウト、というよりも皮肉だね。ま、別にそこまで話をしているわけではないよ。ただね。そう、あれは……嘘の塊だ」
そう言った春さんの表情は、未だかつて見た事のない表情だった。
虫けらを思い出し、不愉快になって苦虫を噛み潰す、例えばそんな表情だった。
「何から何まで嘘だ。語る言葉、その動き、その仕草、その行動。その全てが嘘だ。僕はね、リンカみたいなのは良いけれど、ああいう嘘吐きは嫌いなんだよ」
春さんらしからぬ感情を吐き捨てた。誰が何をしても良いと言っていた春さんが特別に扱ったのだ。逆に、少し面白いとさえ感じてしまう。
「なんだよ、春。あの異常者が嘘だったら何だって言うんだよ」
「ダウト」
「ちっ……確かに、WIZARDは生粋の殺人鬼ではないと俺は思うけれど、それでも客観的に見ればただの異常者であるのは確かだ。春の目から見るとそうじゃないというのか?」
「魔法使いのおばあさんに出会えなかった灰被り姫とでも言っておこうかな」
「何だよそれ。それじゃ、ただの不幸な物語じゃないか」
「その通りだよ。気の狂った灰被り姫だよ、WIZARDは」
「自分が魔法使いと呼ばれるとは皮肉なもんだ」
「違いないね。……話が逸れたね。さて、ルチレ君。君への回答はそういう事だよ。ギルドの邪魔をする者達を炙りだしたかった、ただそれだけさ」
「……春の事、殺さないでおくよ、俺はね」
「そう。残念だ」
そう言った春さんは元の春さんだった。
そして、それが私の聞いた春さんの最後の言葉だった。




