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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第九話 生贄の羊
82/116

06


 リンカ様は恋する乙女だったらしい。


 そんな話を春さんに聞いた。お相手の詳細までは春さんも知らないという事らしいが、リンカ様が懸想する相手が、この世界にいるらしい、という事だった。聞いた瞬間、お相手の男をくびり殺したいと思ったけれど、それではリンカ様の意に反すると思い考えを改めた。改めて私はリンカ様のために動くとしよう、と。リンカ様がその人と会えるようにしよう、と。


 そして、それがまたWIZARDが探している人間と同じ人間だという。


 WIZARD。


 この世界で一番人を殺した人。数人殺せば殺人鬼で万単位を殺せば英雄なんてそんな皮肉もあるが、さておいて。


 私はWIZARDに憧れを抱いてはいるものの、彼女は生粋の殺人鬼ではないと思っている。リンカ様が連れ帰って来たWIZARD、その姿を一目見ようとした者は数多くいたが誰もが皆、恐れ慄き二度目を見ようとはしなかった。必然、彼女への対応はリンカ様と春さんになった。私は、といえば、三度ぐらいは見ている。その結果分かった事といえば、彼女は寝ない、彼女は生粋の殺人鬼ではない。その二点ぐらいのものだ。


 一度、夜中に出て行くWIZARDの後を追った事がある。一晩中悪魔を殺し続けていた。夜明けの海岸線が真っ赤に染まっていた。一度たりとも休むことなく彼女は悪魔を殺し続けていた。普通の人間のやれる事ではないな、とは思った。だが、同時に心底、殺すのがつまらなそうだったのが分かった。自室に沸いた蟲を殺すように煩わしそうにしていたのが印象的だった。陽が完全に昇った後ギルドの下へ行き、軽くリンカ様や春さんと話をした後、再び悪魔を殺しに行く。傍から見れば殺しが好きなように思えるだろうけれど、私にはそうは思えなかった。例の掲示板にいた奴らや私の様な人間とは違うと、そう思った。WIZARDが南部の方に行くと聞いた時、確認しておきたいと思って再び彼女の後を追った。以前、リンカ様と共に行った場所だった。大量に蟲のような悪魔が沸く地域だ。WIZARDはそれらを殲滅した。森、山、川、建物、何もかもを爆発させ更地とした。蟲が嫌いなのだな、と思った。そしてやはり、殺しが好きと言うわけではないと確信した。私とは違う。私の様に人間の死体を見て悦に入るような人間ではない。


 WIZARDは癇癪を起している子供或いは強迫観念に苛まれている人間なのではないか?という思いが強く心に残った。ともあれ、そんな破壊行為の間中も寝ないというのは流石に人としてどうなのかと思ったが……あるいは、そう。あるいは、彼女は寝るという行為ができないのだろうか。時折眠そうな表情をして瞼を閉じる事もあったけれど即座に目を開いて殲滅を繰り返していたのを何度か見てそう思った。


 食事も大して取らないし、性欲などもってのほか、それに加えて睡眠欲求までない。全く人間らしくないな、と思った。三大欲求、その全てを持たない人間は人間と分類するべきか否か、そんな哲学的な事を馬鹿馬鹿しくも考えてしまったのを覚えている。まぁ、つまり、私にとってWIZARDという人物は、尊敬には値するものの、皆が言う様な怖い大量殺人鬼ではなく、酷く人間らしくない変な人間という感じだった。


 閑話休題。


 その変な人間であるところのWIZARDに対して、春さんから、リンカ様の想い人がWIZARDの探している人物と同じである事を言うなと言われた。勿論私に対してだけではなく、円卓達にも周知したようだった。


 そんな事を言う必要はないと聞いた時に思った。


 WIZARDの事はさておき、そういう視点を元にリンカ様を見れば、リンカ様は恋する乙女だった。


 私達の知らない一面を見せるリンカ様。それを憎らしく思う人もいた。けれど、そんな風に言う人達には春さんが直接懇々と説明して納得させていた。納得出来る事かどうかはまた別だけれど、少なくとも私は、これまでギルドの為にがんばってきてくれた人の恋ぐらい叶えてあげたいと思った。


 だから表向きは『なんでリンカの恋路を応援しなけりゃいけないんだ』とか反抗的だったけれど、私はその彼を探す事に協力していた。春さんの指導の下、あっちへいったりこっちへいったりしていた。


 リンカ様のその彼への想いはストーカーのそれとしか思えないのだけれど、そんな風に一途に相手を想えるのは凄いと思った。素敵だと思った。相手に会った時に恥ずかしい格好をしていたくないと髪の位置を調整するリンカ様は大層可愛らしかった。


 リンカ様のお相手が『男』というのは業腹だけれど、その彼の事を想い、ぽけ~っとした表情を浮かべるリンカ様も見ていて可愛らしいので私は良いと思った。本人ばれていないつもりかもしれないけれど、私にはばればれだった。


 そんな彼女の事を好意的に見ている者達は円卓の中にも意外と多い。グリードとシホ、春秋、ゆかりの4名。逆に不愉快そうにしていたのはベルンハルトとヴィクトリア。ヴィクトリアはどちらかといえば春さんがそれに巻き込まれる事に憤慨していただけだと思うけれど。というか、最近思ったのだけれど、ヴィクトリアの中の人は男だと思う。さておき。リンカ様の友人や弟君の知人である加賀やトネリ子、そして弟君もどちらかといえば不愉快そうにしていたかな。春さんは当然、中庸である。


 そういえば、そのリンカ様の弟君の事だが……少し話をした事がある。


 たまたま食事担当になった日の事である。そうでもなければ男なんかと話すのは嫌だったが……ともあれ、少し話をした。


 扉越しではあったけれど、私に向かってリンカ様に対して不満を告げてきた。


「姉貴がこんなゲームに誘わなければ……」


 とか。誰か同意してくれる人を求めていたのだろう。とりあえず無視してその場を去った後、リンカ様に遠まわしに聞いてみた所、別にリンカ様が弟君を誘ったわけではない事が分かった。ただの八つ当たりだった。特に近親であるからこそ、その想いが向かったのだろう。今の内に殺しておいた方が後々の事を考えると良いんじゃないだろうか?リンカ様の想い人がこの世界にいると分かってから、リンカ様は弟君には見向きもしていないし、死んでも気にしないんじゃないかな?と思う。どうせ男だし、死んだところで誰も困らないだろう。


 ともあれ、私は、私らしくなく、忙しなく動いていた。傍から見れば吸血鬼コスをした痛い厨二病が格好つけて、地方に行って戦闘ばっかりやっているとか思われていたかもしれない。事実、グリードには何かそんな事を言われた。


 あっちへ行ったりこっちへ行ったり。春さんから人相---というか目が腐っているとか死んだ魚みたいだとかいうのは人相というのだろうか?―――を聞いていたのであっちへいったりこっちへいったり、クエストをこなしながら探し回っていた。


 結局、私がその彼に会う事はなかった。


 暫くして、再びリンカ様は北陸へと向かった。やっぱり春さんも一緒に行くということでヴィクトリアは怒っていた。表向きは愛想良くしていたけれど、少なくとも円卓の面々はヴィクトリアが不機嫌そうだという事を理解していた。だからだろう。ヴィクトリアのご機嫌とりのためにベルンハルトがパーティでもしようと言い出したのは。


「金なら俺が用意するからさ」


 そんな風に格好良いのか格好悪いのか分からない台詞を吐いていた。グリードやそれに付き従ったシホ辺りが囃したてた結果、リンカ様と春さんを除いた全員が参加した。立食パーティだった。


 いつも会議をしている場所。机をどかして、それっぽいテーブルを置いた。その場には私達円卓のメンバーに加えて参加希望のあったROUND TABLEのメンバー、それと給仕用NPCが何体か。人数にして20~30ぐらいだろうか。参加メンバーを遠目に私は隅っこで壁を背にぼんやりとしていた。


「あ……あの。ルチレさん」


「なんか用?」


 時折ワイングラスを傾けながら呆としていれば、私にトネリ子が声を掛けてきた。黒いマントを羽織った魔法使いのような格好をした少女……まぁ、リンカ様の同級生という話だから私よりもいくつか年齢が上だが。年甲斐もなくそんな恰好をしているその女が私は苦手だった。


 とはいえ、目の前に来て声を掛けられて無視するのも後が面倒くさい。だから返答してみたものの、トネリ子は何度か俯いたり、顔をあげたりを繰り返しながら何もいわなかった。


「だから、何だよ。用がないなら声を掛けるな」


 苛々としてついそんな風に言ってしまった。


「えっと、その……食べないんですか?」


「食べているよ」


 言外に私に構うなと伝えれば、さらに俯き、何度か伺うように私の方を見る。鬱陶しいと思った。


「何か用?用があるんならさっさとしてくれないかな?」


「ご、ごめんなさい。……その、えっと……ルチレさん、その……レベルあげ手伝ってくれませんか……?」


「人殺しが嫌いなくせに何言ってんだよ」


「いえ、その……悪魔の方」


 悪魔なら殺しても良いというのが彼女の価値観らしい。面白い価値観だった。ついつい鼻で笑ってしまう。所詮デジタルなデータだから命ではないので殺して良いというのが彼女の言い分。あんなにも醜悪で、あんなにも臭くて、あんなにも血を撒き散らし、集団で徒党を組む事もあるあれをトネリ子は生物ではないと定義している。


 呆れたものだと私は思う。


 人間を写した写真デジタルデータがあるとする。そこに映っているのは本当に人間なのだろうか?もしかすると精巧な人形かもしれない。しかし、人であろうと人形であろうと色合いが同じであればデータ上、バイナリの一つ一つまで一致する。さて。問題である。これは人間を写したものか?あるいは人形を写したものか?あるいはただのデータか?さて、どれだろう?


 私は、どれも等価値だと思う。


 そして、今の私達は何だ?唯のデジタルデータだ。


 見目の問題だけで人間かどうかなど分かるはずもない。自分の姿をいじっているプレイヤーもたくさんいるのだから尚更だ。例えば、動物みたいな顔にしていればそれは人ではないのか?いいや、人だ。でも、それをそうだと認識させるのは何だ?


 そうと認識するか否かだけだ。


 そんな程度でしかない。


 認識の問題だ。


 たとえ、悪魔の中の人がいたとしてもこの女は人ではないと殺せるのだ。人の形をしたNPCは殺せないのだろうか?悪魔の形をした人間がいて、人の形をしたNPCがいて。争っていた。どちらを救うのか?私はどっちも殺すだろう。けれど、この女はNPCを助けるのだ。


 嫌いだ。


 そんな人間、嫌いだった。


 そして、だからこそ……トネリ子は私という見目に惹かれたのだ。彼女が好ましいと感じる見目だからこそ。けれど、こんな容姿なんて所詮、ただのデータだ。私を形作る一部ではあっても、私ではない。私が悪魔の姿をしていれば、きっとトネリ子は何のためらいものなく殺すだろう。


 嫌いだ。


「まさか毎日手伝えとかじゃないよな?」


「ち、ちがうの!明日。その、明日だけで……良いから……お願い」


 この世界に涙を流す機能があれば、流していたのだろうか。


 それぐらい顔をくしゃくしゃにしてこの女は私にそう言った。年下で同性である私に。


 あぁ。


 もしかして。


 春さん以外気付いていないのだろうか。


 私の中身が女であり、且つ……中性的……見る人によっては男性的に見える顔にはなっているが、この身体も女だということを。


 私が男の体を使うわけがないだろうに。単に私はこういう顔立ちや背格好が好きだっただけだ。


 俯いたままの彼女を見ながらそんな事を考えていれば、


「おね……がいします」


 縋るように。


「……ハァ。明日だけだぞ」


 どちらが面倒か。選択の結果がそれだった。


 私の言葉に一転、小躍りするようにトネリ子は喜び、一礼して慌てて私の下から去って扉を開けて外へと。恐らく部屋まで戻ったのだろう。一応、まだパーティの最中だと言うのに……。


 あぁ、もう、私も帰ろうか。


 そう思って、くいっとワイングラスを傾ける。これの中身は葡萄ジュースの類。ブドウっぽい何かの味が喉を通過していくのが分かる。そんな所まで表現可能なこの世界。


 例えばこの世界で記憶を失ったのならば……或いはこの世界で仮に子供が産まれるとするならば、その人にとってはそれが真実の世界になるんじゃないだろうか。そんな馬鹿げた事を思った。


 けれど、涙一つ流せない世界なんて、こんなにも優しい世界なんて現実じゃない。


 まぁ、とはいえ、その割に男達の死体に打ち震えんばかりの感情が浮かんでいる辺り、私はこれを現実だと認識しているのだろう。写真に映った偽りの人形を人間だと思っているのだろう。ま、悪魔達、NPC達も生命だと感じているのだから、それも当然か。


 まぁ、そんな言葉遊びなんてどうでも良いか。


「ふぅ……」


 ため息一つ。


 そろそろ部屋へ戻ろうとして周囲を見渡せば、変わらず皆楽しそうにしていた。食事を堪能しながら、酒をあおりながら。中には空気を読まずいつもと同じ様に酒で昂ぶった性欲を解消しようとする輩もいた。誰も止めないのか、と更にため息一つ吐いていれば、グリードがそいつらを蹴倒していた。やりたきゃ部屋帰れ、と。そういえば、グリードは見た目によらずそういった催しに参加していない。何度も誘われてはいるのだろうけれど、彼が肉林となっている姿を見た事はなかった。私の知る限りでは加賀とベルンハルトと故人であるエリナが参加していた。言ってしまえばその3人だけでそれ以外の円卓の面子は参加していない。春秋、ゆかりは夫婦。シホはグリードにご執心、さっきまでいたトネリ子は顔を真っ赤にして手で隠しながら指の隙間から覗くタイプ。ヴィクトリアもそういうのには興味がないらしい。春さんは当然不参加、リンカ様も同様。加賀とベルンハルトはさておいて、そういう意味では上層部と呼ばれる者達は理性的……といえば良いのだろうか。あくまで表面上だけだが。そんな感じだった。


「そんなに見せびらかしたかったら外でやってろ。きたねぇもん見せてんなよ」


 グリードがそんな事を言っているのが聞こえた。それに同調するようにシホが『そうよ!そうよ!』と声をあげていた。女性らしい甲高い声が不愉快だが、私も同意だった。


 それにしてもやはり、グリードがそれに参加しないのは何とも不思議だった。Greed、貪欲とか欲張りとかそんな意味合いの単語だ。それをキャラ名にしているのに不思議だった。


 まぁ、男の事なんかどうでも良いのだけれど。


 そういえば、最近は男に対して吐き気を催す事も少なくなった。流石に交わっている姿を見ると吐き気を催すけれど、吐けるものがないからだろうか?あるいはそう思ったら殺せば良いと思っているからだろうか?別段、勝手気ままに殺しているわけではないけれど、殺せるという事が精神を安定させたのかもしれないな、と自己分析。


 だったらやっぱり。


 私はこの世界から現実に帰る必要性を感じない。


 そもそも『彼』が私達を逃すとは思えない。


 最後の一人になった所できっとその最後の一人も殺されるだけだろう。『彼』のファンである所の私はそう思う。


「よー、ルチレ。似合わないもん飲んでんなぁ」


「煩いよ。別に何を飲んでいても良いだろう」


 苦虫をかみつぶした表情を浮かべながらグリードが私の所へと訪れた。


「いきなり剣呑だな、おい。ま、ちょっと疲れたんでここで休ませてくれや。お前の所なら誰もよってこねぇだろうし」


「…………」


 返す言葉がないとはこのことか、と内心思った。確かに私の周りには誰も寄ってこない。普段からそうだ。私のように攻撃的な台詞ばかり口にしていればそんなものだろう。嫌われて当然だ。そして、それで良いとも思っている。


「……折角だからなんか喋ってくれよ」


「無茶な振りをするな」


 ぎろり、と睨めば肩を竦められた。そういう仕草が客観的に見て似合うのがこの男の不愉快な所である。


「お姫様、大丈夫かねぇ」


 ふぅと一息、グリードが話の種を撒いて来た。


「リンカがそうそう死ぬわけないだろ。むしろ、春が問題だろ」


「ま、そうなんだが……見ていて危なかっしいつーか……なんつーか、うちの姉貴みたいな感じでなぁ……」


「あぁ、そういえばグリードには姉がいたんだったな」


 言い様、最初に皆が出会った時を想い浮かべる。そういえば、そんな事を言っていた。


「おうよ。面倒くさい姉貴だけどな。それこそリンカみたいな奴さ」


「……」


「うちの姉貴と同じなら……このギルドも危ないな、と思うわけよ。恋するのは結構、そのお相手を探すのも結構だが……だが、行きすぎると間違いなく破滅する」


「だったら今の内に抜ければ良い。やりたい事をやりたいようにやるのがこのギルドだろ。リンカの方針が嫌なら抜ければ良い」


「いや、別にギルドが嫌いなわけじゃねぇよ。リンカの事も嫌いじゃねぇし。ただ、リンカにもう少し抑えたらもっと良くできねぇかなぁと」


「無理だろうね」


 苦笑された。彼自身そう思ったのだろう。


「だからこうやって皆に声を掛けているって話さ。流石に円卓全員で言えばいくらリンカだって聞いてくれるだろ」


「それでも……無理だろうね」


 リンカ様が他人の言葉で動くわけがない。真面目な人だし、面倒見の良い人だし、お願いすればそれを聞き入れてくれる事も多々ある。けれど、彼女がそうと決めたものに関しては譲るわけがない。まして、元の世界に戻らなければ逢う事のできなかった愛しい人がこの世界にいるというのならば是が非でも逢いたいだろう。逢って愛を囁きたいだろう。その事に対して他人がどうこういった所で止まるわけもない。


「ますます、うちの姉そっくりだぜ……ハァ」


「リンカは君の姉ではないよ」


「内面の問題だっての。分かっていて言っているだろ、ルチレ。……俺も違って欲しいさ。嫉妬で実の弟を包丁で刺そうとする姉とはな」


 まぁ、リンカ様なら刺そうとする、ではなく有無を言わせずぶった切るだろうけれど。ともあれ、


「……グリードが女を抱かない理由が分かった気がするよ」


 この男、女というものに幻滅しているのだろう。私が男に幻滅しているように。


 そう思ってグリードの方を向けば、また苦虫をかみつぶすような表情を浮かべていた。酒に酔って言ってしまったとでも言わんばかりだった。


「男同士の秘密な?」


 言ってウィンク一つ。相変わらず似合っているのが不愉快だった。


「まぁ良いけど。……とりあえず、リンカをどうにかしようっていうのは止めておいた方が良いよ」


「何にもなけりゃ大人しくしているさ。さっきも言ったけど、俺も別にリンカの事が嫌いってわけじゃないからな。……以前の、と言わせてもらうが」


「ちなみに、教えてくれたのはやっぱり春だよな?」


「あぁ。雑談程度に軽くな」


 周知したと言っていたのでグリードも知っていて当然なのだが……私にも教えてくれたリンカ様の想い人の話。話を聞いて最初に思ったのはリンカ様がどうこうではなく……何故、春さんはそんな事を口にしたのか、という事だ。グリードとの最初の会話の時にプライバシーがどうこう言っていた人がどうして?と。


 そうと知らなければリンカの行動はただ単に領地拡充のための視察という話でしかなかったはずだ。あるいはWIZARDとの契約のために致し方なく、で済んだはずだ。グリードがこうやって私にこんな話をする事もなかっただろう。


「…………何を考えて」


「ん?」


「いや、なんでもない。ほら、さっさとあっちに帰れよ。さっきからシホがこっちをちらちら面倒くさいんだよ」


「こうして男同士、友誼を深めているってのによ。邪魔するのは不躾じゃねぇか?」


「いいからさっさと行け」


「もう少し優しくしてくれても良くねぇ?……わかった。わかったよ。じゃあな……あぁ、そうそう。明日、トネリ子の奴から同じ様な話を聞くかも知れんが俺相手みたいな対応するなよ?あの子の場合、きっと泣くぞ?」


「泣けるものなら泣いてみろ」


「……違いねぇ」


 苦笑を浮かべながらグリードが去って行った。


 それを見送る事なく、私は部屋を出て自室へと戻った。


 適当に服を脱ぎ、ベッドに横になって……春さんの事を考えた。


「…………普通に考えたら、あんな理由でギルドを好き勝手使っているって話をされたら荒れる要因になるよね。私もリンカ様じゃなければ……怒っていたと思うし……」


 深く、深く。何度も何度も考えていればいつしか眠っていた。



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