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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第九話 生贄の羊
80/116

04


 血に染まった薄汚い灰色の女。後にWIZARDと呼ばれる女が開始早々大量殺人を犯した後、私達は街を逃げるように離れていった。皆が皆、恐々としている中で私は、あのWIZARDと呼ばれる女性が行った行為に打ち震えていた。多くの男達が死んだ。汚らわしい気色悪い男達が死んでいった。それを成した女に私は憧れを抱いた。周りにいる者達はなんだあれはなんだあれはと現実から逃避しようとしている間、私は俯きながらもそんな仄暗い想いに抱かれていた。


 体中が火照ってくる。頭が呆とし始める。けれど、不愉快ではない。どちらかといえば心地よい火照りだった。


「ルチレ君、で良いかい?」


「あ……あぁ。構わない。……なんだ?春」


「メンタルケアでもないけれどね、皆に声を掛けているというわけさ。でも、どうやら君は大丈夫そうだ」


 少し小声で春さんがそういった。私の中に潜む何かを見られたようなそんな錯覚を感じた。その事に、やっぱりこの人は怖いと思った。


「ふん。俺がそんな事でどうにかなるわけないだろ?」


「それは重畳。安心したよ」


「春の方こそ、あまりにも普通にすぎる。というか、アレがいう通りだったら俺達は敵同士だろ……良く普通でいられるな。他の奴らがおかしくなっているのは周囲全員が敵かもしれないとかいう疑心暗鬼だろ?」


「そっくりそのままその言葉を返したいね。ともあれ、だよ。少なくとも僕は皆の敵には成りえない」


 くすり、と春さんが笑った。


「一人一人説明するのも億劫だね。諸君」


 建物の影に座り込み、うな垂れる皆。つい先程まで呑気に皆で会話をしていたのが嘘だったかのように皆、頭を垂れていた。そんな皆に春さんが声を掛けた。


「諸君。あの女がやったことはそれだけで僕達にこの世界が現実であると知らしめた。君達それぞれに想いはあるだろう。疑心に囚われる事もあろう。けれど安心したまえ。少なくとも僕は君達の敵には成りえない」


 舌打ちと共に何言ってんだよ、そんな声が聞こえた。ベルンハルトだった。


「ベルンハルト君。安心したまえ。殺されなくても僕は数ヵ月後には死ぬ。一ヶ月かもしれないし、半年かもしれない。あるいは十カ月かもしれない。少なくとも一年ではない。僕は死ぬよ。安心したまえ。僕がどれだけがんばろうと意味はない。外の世界へ帰ったとしても死ぬだけだ。この世界が僕にとっての棺であり、墓場だ。そしてだからこそ……君達にとって敵とは成りえない」


「どこにそんな証拠があるってんだよ」


 再びベルンハルトが口を開く。そう。春さんの言う事は確かにそうであれば信じるに値するかもしれない事だ。けれど、その前提が嘘だったら意味はない。裏切られるだけだ。信じるだけ無駄だ。


「まぁ、そうだね。その通りだ。だったら、裏切られたと思った瞬間に僕を殺せば良い。どうせ死ぬ運命だ。早いか遅いかの違いしかないよ。だから、そうステータス。そうだね。レベルがあがって、ステータスをあげるときに僕はVIT、STR、DEX、この三つをあげない事を誓うよ。そうすれば誰でも簡単に僕を殺す事ができるだろう?少しでも長く君達といるために、戦闘の邪魔にならないようにAGIぐらいはあげさせて欲しいけれどね。ま、殺したいというならば避けないから安心したまえ」


 その言葉に少しの違和感を覚えたのは何故だっただろうか。分からない。分かったのは春さんが、ただでさえ怖いこの人が更に怖い人間だったという事だけ。


 この人は死に近過ぎる。生きる事と死ぬ事が等価値であるとでも言わんばかりに死に対する恐怖を持っていない。命を掛けてまで誓うから信じられるなんてそんなの欺瞞でしかないけれど、この人は命を簡単に天秤に捧げられるのだ。そう感じた。何度も何度も人が死んだ姿を見た私だからこそ冷静に春さんの言葉を聞けたのだと思う。そうでもなければ、他の皆のように飲みこまれる。誰も彼もが春さんの言葉に飲みこまれている。この人は命を掛けて信じろと言っている。だから大丈夫なのだ。命を掛けてまで誓っているんだそんな人が裏切るはずがない。それにもしこの人が裏切ったとしても殺しても良いのだから、だから信じても良い。そんな風に心が犯されていく。


 そんなのは絶対的に間違いだ。


 それは決して信頼などではない。普通の状態ならば、普通の人間ならばそんな言葉に騙されることはない。まして、例え数ヵ月後に人が死ぬと分かっていても、それでもその人を殺さないのが人間だろう。けれど、皆の姿を見れば、そうなんだ、と当たり前の事のように、春さんを信じ始めていた。


「僕を殺すのは君達の中の誰かかな?それとも……病魔が僕を先に連れて行くのかな?どちらかといえば殺された方がまだ人生に意味があって良いかもね」


 流されるままに。


 恐れるままに。


 春さんに従って私達は更に街の外へと、別の都市に向かって歩いていった。WIZARDから逃げるように、恐ろしい人間達から逃げるように。


 そして、彼女に出会った。


 彼女は僕達と同じ様に何人かの人間を連れていた。ジャンヌダルクのように皆の先頭に立ち、華奢な感じの男の子を引っ張るように支えながら歩いていた。


 綺麗な人だった。


 緑色をした奇抜な髪だったけれど、胸元辺りが女性らしくない感じだったけれど、とても綺麗な人だった。とても格好良い人だった。


 私は、その人に―――Reincarnationと自らを名付けたその人に見惚れた。


 私達と同じ初期装備にも関らずどこか綺麗で、愛らしい。少し澄ました感じではあったけれどそれもまた彼女の格好良さを助長していた。


 出会った瞬間、戦闘になるかも?なんて思った所で誰もそんなに積極的に人殺しをしたいわけではなく、私達はReincarnation率いる……彼女自身を合わせて6人と合流した。


「キャラ名はReincarnationだけど、リンカで良いわ。長いしね。この子達とかのリーダーやらされている感じ。宜しく」


「良い名前だね。リンカ、リンカね。覚えたよ。僕は春。リーダーというわけでもないけれど、一応代表かな?」


「ふぅん。幸せそうな名前ね」


 WIZARDによる殺戮から未だに冷静になれていない者達。私達の側もそうであれば、彼女側もそうだった。そこそこ大丈夫そうだ、といえる人といえば意外にもヴィクトリアぐらいのものだった。あれだけはしゃいでいたグリードも言葉少なだった。春秋、みはるさん夫婦はもっての他。互いの手を繋ぎながら安心を得ようとしていた。他人に構っている余裕など全くなさそうだった。


 だから、そう。


 本当の意味で冷静な人間は春さん、リンカ様―――後に私は彼女の事を心の中でそう呼ぶようになった―――と私だけだった。


「貴方の方が良いと思うけど。私、こう見えても適当よ?」


 リンカ様達と私達が一緒に行動する事が決まった後、誰がリーダーになるか?という話の中でリンカ様はそう言った。明らかに嘘だと思った。春さんじゃなくても分かる。連れていた皆への気配りとか今も他の皆を自分の背に隠しているとか中々出来ない事を平然とやってのけている辺り、面倒見の良い人だと思う。


「ダウト。……まぁ、あれだよ。僕は病魔に侵されているからね。いつ死んでもおかしくはない。そんな人間がリーダーになるのはちょっとね」


 ほらやっぱり、と思いながら二人の会話を聞く。


「なるほどね。でも、私、好き勝手しちゃうわよ?きっと」


「ダウト……というには微妙な所だね。ま、別にそこは良いよ。僕も出来る限り君に協力するからさ。ま……初対面でこんな話をするのもなんだけれど」


「ほんとよ。まぁ、リーダーどうこうは別にして暫くは一緒にいきましょう。互いに思う所があればその時別れれば良いだけ。その時に殺し合いにならなければ良いけれど」


「ダウト」


「……ダウトダウト、煩いわね」


「趣味が嘘を見破る事だからね、こればかりは止められないさ」


「悪趣味が過ぎるわ」


「違いない」


 笑い合う二人。


 傍から見れば奇妙な二人だっただろう。けれど、馬が合ったとでも言えば良いのだろうか。二人の話を聞いていた私からすれば二人は何年来の友人のようにも見えた。


 それから私達の集団はリンカ様を含めて14名となった。増えたのは加賀とかいうグリードのコンパチキャラ。造った感じのある男だった。気色悪い。あとはリンカ様の弟と言われる非常に華奢な意志の薄そうな……事実、既に現実逃避しているのか呆として目線がおかしな方向を向いていた。それからエリナとかいう挙動が少し怪しい女とトネリ子とかいう暗そうな奴。ちらちらと私の方を見ているのが不愉快だった。それとリンカ様の幼馴染という男の子。


 そんな14名で私達は東京から遠く離れた九州へ向かう事になった。


 


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