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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第九話 生贄の羊
79/116

03


 βテスト開始当日。


 開始時刻が待ち遠しく、そわそわしながらその時を待ち、開始時刻と同時にログインしようとしてアクセス過多で暫く苛々した後、漸く接続され、キャラ名を設定。『ルチレーティッド・クオーツ』にした。針水晶、ルチルクォーツ、ルチレイティッド・クォーツなどなど所謂鉱物の名前である。その画面をさらっと流し、続いてキャラクリエイト画面。元より予定していた風体のキャラを作成してさらっと時間を掛けずにさらっと終えて、その世界にログインした。


 クリエイト画面は黒かった所為で、眩しさに一瞬目が眩んだ。きっと他の人達もそうだったのだろう。私と同じように手を日差し代わりにしていた。


 私、いいや、私達の出現した場所は少し変わった場所だった。


 そこは荒廃した都市の一角にひっそりとある場所だった。


 周囲には壊れた廃墟が、さながらこの場を守るように円を描いていた。周囲を見渡し、なるほど凄いなと感慨に浸りながらその中心に位置する池、噴水或いは井戸に目を向ける。水が張っていない池を囲むコンクリートはひび割れ、その隙間からは雑然と雑草が生えていた。中には花を咲かせているものもあった。こんな所でもがんばって咲いたその小さな花に表情が緩む。その流れで視線を足元へ向ければ、そこには腐った看板が転がっている。薄汚い字でセイクリッドウェルと書いてあるのが読み取れた。だとすると、これは池とか噴水というより井戸なのだろうか。水が沸いていない以上、どっちでも良かった。


 そんな機能を失った池を囲むように、ちょうど背後の壊れたビルと同じ様に私達は出現した。


 一人、二人、三人……。


 私を含めて7名の人間がその場に次々とログインしてきた。


 ひと目で女と分かるキャラが3名、男キャラが4名だった。その内1名に見覚えがあった。美春さんだった。前のVRMMOと全く同じ男キャラだった。背格好まで同じという念の入れようだった。すぐに分かった。出現ポイントが近かったのは現実での家が近かったからだろうか。いや、流石にそれはきっとたまたまだろう。


 そんな美春さんは、隣に立っていた女キャラを見てびっくりしたような表情を浮かべた。もしかして旦那さんだろうか?夫婦でβテスター当選したよ、という話は聞いている。男という者と美春さんが一緒にいる姿を見なければいけないのは業腹だったけれど、美春さんが愛している人なのだから何とか割り切ろうと思う。まぁ、そもそも、その旦那さんが女キャラなわけだけども。しかし、夫婦で性別を入れ変えてプレイするという何とも倒錯的な事をしているのは何故なんだろう。お互いの感覚を理解できるように、とかだろうか。そんなどうでも良い事を考えながら、美春さんの方へ向かおうと思った私は、しかし、何だか不思議で妙な緊張感の所為で動けなかった。


 それは他の皆も同じで、皆が皆、首や手だけを動かしていた。見つめ合っていたと言っても良いだろう。何とも気恥かしい感じはするけれど、それでも誰も動くことはなかった。


 誰が最初に声を掛けるか。


 本来ならばこんな誰とも知らない相手に対して声を掛ける必要なんて、ない。さっさと自分のやりたいように動いて、やりたいようにやれば良い。でも、なぜだかそうしなければいけないようなそんな雰囲気だった。


 風の音が鳴る。


 風に乗って世界の匂いが漂ってくる。すんすんと鼻を鳴らしたのは私一人だけではなかった。反射的なものだろう。すげぇという男の小さな声が聞こえてきた。一斉にその男の方を私達は見た。それが契機になれば良かった。が、男は6人に一斉に目を向けられて言葉に詰まった。仕方ないと思う。


 そしてしばしの静寂。


 いい加減誰か動けよ、と多分皆が皆思っていた頃だろう。


 その静寂を打ち消したのは新たにログインしてきた者だった。


 池の中心。


 その人はそこに現れた。


 足から徐々に形が形成されていく。じわり、じわりと形成されていくそのキャラを皆が見つめていた。そして出来あがったのが、ほっそりとした体躯の、身長は170を少し超えたぐらいの至って普通の黒い髪の男子だった。どこか少年のような印象を受けるものの、年齢的には恐らく大学生ぐらいだろう。


 その男が、閉じていた目を開き、周囲をぐるりと見渡して、最初から、そうであるかのように、


「やぁ。まったく変な所でポップしたね。噴水の水みたいに儚い存在だとでも言いたいのかな?それはさておき。折角こんな変な場所でポップしたのだ。この縁を大事にしたいね。だから……そう。諸君。一緒に遊ぼう」


 そう言って、にこやかに笑った。


 その言葉に皆一瞬、呆然とした。そして、誰からともなく彼を囲む様に噴水の縁に腰を下ろした。まるでそれが当然と言わんばかりに。そして、全員が---私も含めて―――座った時、ぱん、と拍手かしわで一つ、再び少年が口を開いた。


「こういう事が得意なわけではないが、皆がそれを求めるならそうしよう。僭越ながら、私……いや、僕が司会進行をさせて貰うよ」


 否やはなかった。


 年上もいたし、年下もいただろう。けれど誰ひとり逆らう事がなかった。男という存在を気色悪い生物だと感じている私でも、なぜか素直にその言葉を聞き入れられた。なぜだろう。そう思っていた所で少年と目があった。楽しそうに、眩しそうな者を見るように目を細めていた。


「僕は春という。雪解けの季節、それは冬の終わりで、芽生えの季節。夏の前触れ。それが僕だよ。……おっと柄にもなく格好つけてしまったね。趣味は……そうだね。嘘を見破る事かな?」


 少年……春さんがそう言った。


 気障な物言いにも聞こえたけれど、春さんが言うならそれも当然のように感じた。そんな自分の感覚もまた不思議だった。


「かはっ!変な自己紹介だし、変な趣味だなぁ!でも、面白いな、お前。だったらちょっと試して良いか?」


 そういう笑い方が似合う、いわゆるチャラい感じのイケメン青年がそんな事をいった。容姿はきっと現実の姿そのままだろう。造った感じがしなかった。去年までの私ならばそういう自然で格好良い年上の男性に憧れた事だろう。今は吐き気しかないけれど、幸いにしてこの世界には吐瀉物は実装されていない。


「なんなりと」


 くすり、と春さんが笑う。


「じゃあ、そうだなぁ。俺には兄貴がいるんだが、その兄貴にVRMMOに誘われたんだけど、俺ってゲームは良くわかんねぇのよ。VRMMOとか特にわけわかんねー。んで、これあれだろ?ネカマとかいうのがいるんだろ?気色悪いよなぁ。何が楽しくてそんな事するかわかんねぇんだけど、気付けとけ言われたんだよな。あぁ、もしかしてそいつらって女になりたいってこと?女々しいつーか、もったいないってーか。で、だ。ねんごろになった後に男だったとか最低じゃね?だからさ、ここにいる奴らの性別をあててみせてくれよ」


 最低だった。一瞬でこの男の事が嫌いになった。


 ともあれ、そんな事できるものかと思う。まだ喋った事もないキャラクター同士でそんなものを当てる事ができるはずもない。


 呆れたような表情で皆が、その男と春さんに目を向けていた。そして、春さんが楽しそうに笑みを浮かべた。


「巧いね。慣れているね。でも……ダウトだよ」


「……あん?」


「兄貴がいるという所。ダウトだ」


 一瞬、男が目を見開いた。


「かはっ!すげぇなぁ。適当にそれっぽい鬱陶しい台詞並べておけば騙せると思ったんだけどな。しっかりそっちに気付いたかよ。よろしく、春。俺はグリードだ」


 腹を抱えて笑うグリード。一頻り笑ったあと、皆を出汁に使って悪い悪いと軽く謝っていた。意地は悪そうだが、根っからの悪人でもないみたいだった。


「いやー、姉貴に無理やりやらされた時にはどうなるかと思ったけど、さっそくこんな面白い奴に出くわすとは今後が楽しみでしかたねぇよ。なぁ、春。一緒にめいっぱい遊ぼうぜ。あ、こいつらの性別はあとで教えてくれ、な?」


「こちらこそ、宜しく。グリード。でも、プライバシーの侵害は駄目だよ。例え分かったとしても、ね」


「やっぱ、そっちも分かるって事かよ。どうやりゃ良いんだよ?それぐらい教えてくれても良いよな?」


「見れば分かるよ」


 からからと笑うイケメンと少年。


「凄いね!春ちゃん!よろしく☆私はヴィクトリア=ぷりんだよ!」


 そんな男共二人に声をかけたのは背の低い少女だった。変な名前だった。ヴィクトリアまでは良いが、ぷりんって……。


「よろしく、ヴィクトリア嬢」


「嬢……なんだか素敵で可愛い呼び方だね!これからよろしくね!私もネットゲーム初心者なんだ。だから色々と教えて貰っても良いかな?春ちゃん。春ちゃんなんか詳しそうだし!」


 きゃはきゃはと可愛らしい声で春さんに近づいて、手を握るヴィクトリア。よろしくーよろしくーと言いながらぶんぶん手を振り回す。それが痛かったのか春さんは苦笑気味だった。が、違った。痛かったわけではなかった。


「ダウト。ごめんね。ヴィクトリアと呼ぶ事にするよ」


 瞬間、ヴィクトリアの顔が引き攣った。


「春ちゃんはとっても怖いね……」


 私は寧ろ、ヴィクトリアの方が怖いと思った。この女は笑顔で平気で嘘を付ける人間だと言う事の証明でもあった。


「そこはダウトが良かったね」


「でも、頼もしいと思うのは本当だよ!うん。私もグリードみたいに楽しみになったよ。こんな面白い人がいるんだから、今後がとっても楽しみだよ。皆、宜しくね!ぷりんちゃんだよ!」


 改めて、私達を振り返ってヴィクトリアがそう言った。


「では、次は俺が行くか」


 眼鏡をかけた背の低い幼い印象すら受ける美少年。


「ベルンハルトだ。趣味は金集め。ここに集まった面子でギルドを組むというなら、金の扱いは俺に任せろ。万倍にしてやる」


 以上だ、といってベルンハルトが座った。そういうのが格好良いと感じるぐらいの年齢なのだろうか。ともあれ、お金が好きだと言う事は分かった。そして、先程から続いていたダウトという言葉も聞かれなかった。


「じゃあ、私達かな。たまたま一緒にログインしたから一緒な場所に出たのかな?わかんないけど……私はゆかり。こっちは春秋。リアルでは夫婦やってます。私も多少はVRMMOやっているけれど、春秋の方が良くやっているから何かあったら春秋に聞いて貰っても良いかも?」


 自身なさげに語る美春さんの旦那さん---もといゆかりさん。美春さんは美春さんで何時の間にかゆかりさんの横に立ち、手で口元を押さえて笑いを堪えていた。男キャラのロールが巧い人だと思う。伊達や酔狂で色んなゲームで男キャラを使っていないな、と性も無い感慨を浮かべる。


「春秋だ。趣味はこれが言っていたようにVRMMOだ。嫁ともども、よろしく!」


 美春さん……春秋がそう言った。そう言った瞬間、春さんの口元に苦笑が浮かんだのを私は確かに見た。あぁ、本気でこの人性別まで分るのだ、とその時気付いた。


 同時に怖いとも思った。


 知られているというのは怖い事だ。私が普段は隠そうとしている『本当の私』も知られてしまうと思うと怖い。


 小さく身震いした。


「えっと……わた、わたし……えっと、その……シホっていいます。趣味は……」


 身震いしている間に、私を除いた最後の一人、シホが自己紹介をしていた。


「おいおい、折角可愛い顔してんだからもっと元気に挨拶しろよ。そんなんじゃもったいないぜ?」


 グリードがウィンクしながらそんな事を言った。えらく似合う仕草だった。そんな彼の行動にシホの方が慌てて、佇まいを正し、背筋を伸ばした。


「ご、ごめんなさいっ……えっと、シホっていいます。VRMMOは初めてなんですけど、よろしくお願いいたしますね」


 やればできるじゃん、そんなグリードの視線を受けてシホが頬を染めた。人が恋に落ちる瞬間を見た気がした。ちょろい女である。


 そして最後。


 皆が私に目を向ける。


「俺はルチレーティッド・クオーツ。趣味は、そうだな……」


 立ち上がり、皆の顔をみながら、私の趣味はなんだっけ?と思いつつ、唯一の趣味である例の掲示板巡りが思い浮かんだものの、流石にそれは隠すべき事だし、この場でいうことでもないな、と思い……さて、どうしようと思っていた所で助け舟のつもりだろう。グリードが、


「お、あれだろ。オタク趣味ってやつだろ?姉貴が持っているラノベとかいうのにお前みたいなのがいたぜ?」


 そういった。


「……最初の犠牲は君になってもらおうかな?」


 ナイフを手に取った。


「おいおい、むきになるなよ。つか、そこは牙じゃないのかよ。……かはっ!ま、よろしくな、るちれ……めんどくせぇ。ルチレでいいよな?」


 苦笑を浮かべ、ナイフを腰にアタッチした後、別にそれで良いと私は伝える。掲示板のHNにも『水晶』は使っていたけれど、ルチレーティッドにするのは結構、悩んで決めたのだ。それをいきなり省略されるとは思わなかったけれど……このイケメンには何を言っても無駄なのだろうと私は悟った。


「陰気な奴だなぁ。ま、そういうのが居ても面白いよな。はんっ!」


 再度、苦笑を浮かべる。


 頭が幸せそうな奴だと思った。


 そして再び皆が池の縁に座り、自然と春さんの方を向いた。それを待っていたとでも言わんばかりに春さんが口を開く。


「さて、これで皆の自己紹介が終わったわけだ。グリード、ヴィクトリア、ベルンハルト、ゆかり、春秋、シホ、ルチレーティッド。確かに覚えたよ。存外面白い人達が集まったものだね。偶然にしては良く出来ている。これからが楽しみだね、諸君」


 何が良く出来ているのだろうか。疑問ではあったけれど、それを口に出す勇気は残念ながら私にはなかった。皆もそうだったみたいだ。


「自己紹介も終わった所で街の中心にまで向かえば良いのではないかと思うのだが、諸君の意見はどうだい?」


「私は、春さんにお任せします」


 最初に意見を口にしたのは意外な事にシホだった。グリード辺りが言うかと思っていたけれども。ともあれ、私もそうだが、誰も反対意見はないようで、私達はぞろぞろと動き始めた。


 先頭に春さんとグリード、そしてシホ。


 その後ろに春秋、ゆかり夫妻と私。


 そして最後にベルンハルトとヴィクトリアというミニサイズコンビ。


「紹介してくれた人がVRは大変って言っていた理由がわかりました……」


「会話かな?」


「はい。それです」


 てくてくと歩きながら、先頭でシホが春さんに向かってそんな事を言っているのが聞こえた。元々話好きだったのだろうか。自己紹介をして少しは慣れたのかぼそぼそとだけれどシホが春さんに話しかけていた。春さんは聞き役に徹していた。それが良かったのかシホの口はどんどん滑らかになっていった。


「他のVRMMOとかしらねぇけど、やっぱ、こうやってふつーに話すのが苦手なのは多いのか?」


 そんな二人の会話にグリードが混じる。


「みたいです。私は普段ゲームをやるとしてもVRはやらないので……チャットベースなんですよ」


「まぁ、慣れてねぇ奴にはむずかしーんだろうなぁ。俺からすりゃチャットみたいなやつの方がめんどくさくてやってらんねーけど。音声チャットなんてもってのほかだぜ。こうやって対面に人が見えるからこれは良いけどさ」


「意外ですね。チャットとか得意かと思っていました」


「おいおい。俺がそんなチャラく見えるか?……見えるよなぁ。かはっ!ま、なんてーんだろうな。自分の部屋でさ、あぁいう電話みたいなので○○さんとかキャラ名いってらんねーのよ俺は」


「実家暮らしとかですか?それだと難しいかもしれませんね」


「一人暮らしならまー気にしないかもしれねーけど、それでも笑っちまいそうでな。ほらあいつみたいなのの名前はいってらんねーよ。ぷりんだっけ?」


 言いながらグリードが最後尾を歩くヴィクトリアを指差す。指差された方のヴィクトリアはベルンハルトとの会話に夢中なのかそれに気付いていなかった。並んで歩いているとほんと、小学生が歩いているように見えた。


「指差すのは失礼ですよ。グリードさん」


「おっと、今気付いたよ。言われるのも違和感ありまくりだな。改める改める。いつかぷりんがプディングになったぐらいにでもな」


「もう!まったく、駄目ですよ~」


 やはり話すのが好きな人同士なのだろう。最初の印象とは違ってすでに仲良くなっていた。そんな二人を春さんが楽しそうに見ていた。そしてその視線が私達、そしてその後ろへと向いた。


 なるほど。仲良くなった二人は良いとして、他の人達は大丈夫なのだろうか?なんて気を遣ってくれているみたいだった。


 そんな春さんの視線を受け、大丈夫だと目線で返す。また、苦笑された。春さんにはその姿は良く似合うな、と思った。怖いけれど、それでもそういった周囲の事を気に掛けられる春さんは凄いと思った。


 そんな春さんから視線を逸らし、周囲の廃墟の出来を見ながら無言で歩いていれば、美春さん……春秋が私に声を掛けてきた。


「何か?」


「俺も愛想良い方じゃないけど、ルチレーティッド君の自己紹介?もうちょっと何かなかったの?ほら、前も後ろも楽しそうにしているし、嫁の方は既に知っているからどうでも良いし、こっちも会話しようぜ?」


「どうでも良いってどういう事……」


 ゆかりががくっと肩を落とした。


「はいはい、拗ねない、拗ねない」


 中身が入れ換わっているのが分からないぐらいに夫婦だった。自然と笑みが零れた。


「美春さんの自己紹介もどうかと思いましたけれどね、私」


 小さく。誰にも聞こえないようにそう言った。瞬間、春秋の足が止まり、隊列が少し乱れた。それに気付いたのか春秋が慌てて私の横に。


「ちょ……えっと……もしかして……美玖ちゃん?」


「えぇ。いきなり会えるとは思いませんでしたけど……こっちでも宜しくお願いします」


「……あぁん、もうそういう事は最初に言ってよ」


「気色悪いですよ、その顔、その声でそんな台詞は」


「ぐっ……」


 鳴いた。


「ま、まぁ。ねぇ、ゆかり。こっちあの子。いつも一緒に遊んでいる子だったみたい」


「あぁ、いつも言っていた……そっか。よろしく。美春の旦那です。今はこんな格好だけれど……」


「こんなって何よ。可愛いじゃない」


「……いや、お前もさっきどうでも良いって言ったじゃん……」


「そんなどうでも良い事を根に持つとか……男ってやぁねぇ」


 ぼそぼそと小声でのろける二人。良い夫婦だと思った。とても仲の良い夫婦だと思った。


 女の姿をした男と、男の姿をした女。これなら吐き気はそんなにしないかな、と思う。どちらにせよ、吐くような機能がこの世界には実装されていないので気にする必要も無いかもしれないけれど。


 そんな風にぼそぼそと喋るのに飽きたのか、あるいは単に話のネタだったのだろうか。ゆかりさんが、


「春さん。あの人いいね。一発で気に入った」


 そう言った。


「なら春と話せば良いだろ。俺なんかほっておいて」


 口調を戻してそう言った。


「美……いたい。春秋。この子つれないんだけど……」


 リアルネームを言おうとした瞬間、春秋がゆかりの頭を小突いた。


「そういう子なの。男性恐怖症みたいなものだから許してあげなさい」


「了解了解。ま、あれだよ。春さんはリーダー役に徹しているっぽいから他で仲良くしてくれって感じだし。なかよくしよーよー」


「きもちわるっ」


「おいっ」


 仲が良い事で。


 ともあれ、春さんの事。


 凄い人だとは思うけれど、怖い人でもあると思う。それに、


「良く出会ったばかりの人間をそこまで気に入ったりできるね」


 鼻を鳴らす。そんな私の姿に春秋が苦笑していた。


 男なんて所詮、一皮むけば肉欲に支配される気色悪い物でしかない。春さんだってきっとそう……なのだろうか。そんな印象は一切受けなかったし、春さんがそんな風にするとは思えないけれども……いや、それこそ、なぜだろうか。


「お。乗ってきた乗ってきた。なんつーんかね。醸し出している雰囲気が違うんだよなー。うちの会社のお偉いさんとかもそんな感じなんだけど、ルチレ君にはわかんないだろうし。うーん」


 悩むゆかりさんを余所に私達は歩いて行く。


 街の中心へと。


 そして、中心についた時だった。


 この世界が、まさに『彼』の作ったゲームなのだという事を知った。


 とてもありきたりなデスゲームの開始だった。



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