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私がそのVRMMOを見つけたのはやはり『そこ』だった。
いつしか私は『そこ』の……掲示板の常連になっていた。美春さんと一緒にゲームをする時以外は殆どそこにいた。いいや、VRでないゲームをしている時は、その最中でもディスプレイの隅にはその掲示板が表示されていた。
その時も私は汚物になった男達を見て悦に入りながら、美春さんと一緒にゲームをしていた。見つけたのは狩りを終え、やっぱりあまり面白くないね、と二人で話をしていた時だった。今時代では珍しい文字チャット。VRになって多少廃れたものの、顔文字は感情を良く表せるという事で用いられていた。良く偽装できるといった方が良いだろうか。にこやかなイメージを与える顔文字を描きつつも私は頬を紅潮させながらゲーム画面と掲示板に視線を行ったり来たりさせていた。
「……『彼』がVRMMO?」
私は『彼』と呼ばれる人物のファンだった。『彼』の中の人が男だとしてもそれでも許せそうなぐらいにファンだった。『彼』のアップロードする画像を毎日のように楽しみにしていた。神経質な性格なのかあるいは時間にきっちりしているといえば良いのだろうか。『彼』は必ず同じ時間にアップロードしていた。連日な事もあれば数日開く事もあったけれど、必ず同じ時間にアップしていた。その日、そろそろその時間に差し掛かり、アップロードされるかされないか?なんてそんな期待とされなかったらという想いを抱えながらその時を楽しみにしていた私の目に入ったのが、『彼』がVRMMOを作成しているという話だった。
その発端となったのはそこの常連の書き込みだった。HNは『人形殺し』という極めて趣味の悪い奴だった。最低で最悪な人間が多いこの掲示板だけれどその中でも群を抜いて異常なのがそいつだった。彼或いは彼女がその掲示板に投げ込む写真はどれも若い、私ぐらいの女の子で、それでいて両腕か両足を失ったものだった。あるいは死蝋になったもの。人類史上最高の傑作はロザリア・ロンバルドなどとほざく生粋の異常者だ。確かにロザリアに対する死体処理技術に関しては凄いものだと素直に思いはするが、だからといって古今東西の美術品よりも尚、という意見を受け入れようもない。
ともあれ、その異常者が『彼』がVRMMOを作成していると書いたのだ。どこからそんな情報を手に入れたのかは分からないけれど、私は、私達は掲示板に張られたリンクを迷わずクリック―――死体画像が出て来るものならどうぞ出て来て欲しい―――した。
クリックした先は典型的なVRMMOの公式サイトといった感じだった。『彼』らしさがどこにも感じられない普通に普通のサイトだった。サイトのホームから世界観、特色などを眺めていれば、『αテストへのご協力ありがとうございました』との言葉と共にβテストの開始とβテスターを募集している旨が記載されていた。期日は……とPCのカレンダーを確認すれば、まだ間に合うようだった。
『---ってVRMMO知ってます?』
『彼』の作ったVRMMOというのは俄かに信じられないけれど、それでも丁度他に何かないかと探していた所だったので私は特に何も考えずに美春さんにそれを教えた。
『なになに。美玖ちゃんからとか珍しいね。面白そうなの?』
『いえ、私もいまさっき知ったんですけれど……その匂いが実装されているとか』
『ほへ?匂いwww匂いってwww』
画面向う側で爆笑している美春さんが浮かぶ。大体の人は『wwww』と書いていても画面の向こうでは素の表情だろうけれど、あの人は机をばしばし叩きながら笑っているに違いなかった。
『そう書いてあるんですよ……アドレスこれです。――――』
信じて下さいよ、とばかりにサイトのアドレスを張れば、画面の中の美春さんの動きが止まった。サイトを見ているのだろう。
その合間に私は掲示板へと目を向ける。
皆が皆、俺も私もとβテスターに応募していた。
美春さんの反応を待たず、私もまたβテスターへの応募を行った。抽選らしいが、まぁものは試しである。そんな軽い気持ちだった。
『彼』がVRMMOを作ったという事の意味を私達は分かっていなかったに違いない。精々、死体がとっても精巧だとかそんなぐらいだと思っていた。あるいは皆、『彼』が作ったなんていう情報は眉唾だと思っていたに違いない。だからこそ皆気軽だった。
気付けば誰かが『彼』が作った事を隠して、とりあえず『匂いってwww』と美春さんのような事を追記して大衆が集う掲示板にアドレスを張ったりしていた。それと同じような感覚で私も美春さんに教えたのだ。多分、この頃には既に私は死体を見慣れ過ぎていて一般的な人の感覚を忘れていたのだろう。……普通の人は精巧な死体に忌避感を抱くという事をまったくさっぱり忘れていた。本当に『彼』が作ったのなら美春さんに教えてはいけなかったのだと後になって思った。
『登録完了!通ったらいいねー』
そんな美春さんのテキストを読んで、その後私達はいつものように面白くも無いゲームを二人でしていた。
それから数週間後。
美春さんの旦那さんのVR筐体が漸く直るのでβ当選したら3人で遊ぼうという話をしていた次の日ぐらいだろうか。
例の掲示板は嫉妬と罵詈雑言に満ちていた。
『彼』には私以外にもファンが多い……と思う。だから、『彼』が関ったとされるVRMMOをプレイしたい掲示板参加者は多数いたことだろう。
でも、結局、掲示板の内で当選したのは4人だけ。
「私を含めて、4名だけ」
HN『タチバナ』、HN『カニ』、HN『人形殺し』、そしてHN『水晶』こと私。
当選の通知が来た時、私は高校の合格通知を受けた時よりも尚嬉しく、笑みを浮かべていた。ベッドの上でごろんごろんと右を向いたり左を向いたりしながら、緩んだ唇を抑えよう抑えようとしながらそれができず、掲示板を眺めて落ち着こうと思うたびに、嫉妬に狂った文言を見てニヤニヤとしてしまう。
私はもしかすると『彼』に選ばれたのだ。
『彼』は私を選んでくれたのだ。
そのことが嬉しくて嬉しくしかたなかった。
『彼』が私をこんな女にしたのだ。
その責任は取って貰わないといけない。
そう思った。
そんな馬鹿げた想いを浮かべながら、『彼』の姿を想像した。
どんな人なのだろうと思った。
今更ながらにどんな人なのだろうかと。
それは恋とかそういうものじゃなくて、信仰のようなものだ。信仰する相手がどんな人なのかと。そんな感じだ。
そもそも私は恋を知らない。
男との恋愛など想像するだけで吐き気がこみ上げて来て、吐き出してしまいそうになる。
それぐらいに私は男というものが嫌いだ。
『彼』は例外。
例外中の例外。
だってほら。美春さんに抱かれる姿を想像する。気持ち悪くない。男に抱かれる想像をする。胃酸が逆流してきた。どこかで見た綺麗なお姉さんに抱かれる姿を想像する。悪くない。どこかで見た美系の男子に抱かれる想像をする。吐き気が酷くなった。『彼』に抱かれる想像をする。私ごときで申し訳ないと思った。
「ばっかみたい」
自分で自分を罵倒してみても、にやけた顔はそのままだった。
『彼』自身がVRMMOに参加していれば良いのに。
そんな事を想いながら、その日、私は熱くなった下腹部を静めるように何度も何度もそこを撫でた。




