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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第九話 生贄の羊
77/116

01:プロローグ



「そうだよ、俺が春を殺した」


 ルチレーティッド・クオーツ。


 それが今の私の名前。


 本名、鏡美玖かがみみく。日本全国中に無数にいる昨年度中学を卒業して今年度高校に入学したばかりの女子高生、その内の一人が私だった。


 そんな私が春さん―――心の中ではそう呼んでいる―――を殺した。


 春さんのHPは低い。別にレベルが低いわけではないけれど、AGI特化という極めて特異なステータスの所為で誰でも簡単に殺せてしまう。テレビゲーム黎明期に出ていたゲームの主人公のような、段差があったら死ぬようなそんな弱さだった。あるいは儚さだった。とはいえ、私からすると、それがとても春さんらしいようにも思えた。


 それにしてもどうして私は春さんを殺してしまったのだろう。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 目の前に立ち並ぶ円卓の面々を見ながら、飛んでくる罵声を耳にしながら、ふと、この世界に来る前を思い出した。


 きっかけは前にやっていたネットゲーム。そのゲーム……正確にいえばそこで出会った人間の所為で私はこうなり、春さんは死んだのだ。まるで他人事のように考えてみたものの、別に責任転嫁をする気もなく、春さんが死んだ事を他人の所為にするつもりはない。


 そのゲームは映像がとても綺麗なVRMMORPGだった。この世界ほどではないけれど、現実感を喪失させるには、現実逃避をするためには都合の良いものだった。


 その当時の私は学生……いや、生徒か。中学三年生。大多数の人間が将来を考えて受験勉強という面倒くさい事を強いられる時期。義務ではない以上、嫌なら高校に行く必要もないけれど、今の時代―――というと言い過ぎか―――高校に行くのは当たり前の事である。何のために学ぶかも分からず。ただただ周りに合わせるようにして高校へと行く。それが当たり前で、そうじゃない者達は排除される。だから、それこそ何のためかも分からず、周りに合わせるように私も受験勉強をしていた。こう言っては何だが、別段、私は勉強というものが嫌いなわけでも、苦手なわけでもない。ただ、インターネットを検索すれば出て来る事を延々と覚える事に意味を感じていなかっただけだ。言葉の意味を知らずとも検索するための単語を知っている方がどれだけ良いだろうか。……まぁ、今にして思えば子供だったと思う。今でも子供だけれど。検索して出てきた言葉の意味を本当の意味で使いこなせるようになるためには基礎を理解している必要がある、と学んだのはこの世界に来てからだ。ある日、春さんと話をしていてそんな事に気付いたのだった。


 ともあれ、私は、受験勉強から逃れるようにそのVRMMOに嵌まっていた。


 中学三年生という多感な時期に。そのVRMMOのプレイヤーの中でもかなり年齢の低い方だったと思う。まぁ、一年繰り上がって女子高生になったものの、ROUND TABLEでもきっと私が最年少だろう。最年少、という単語に、ふいに脳裏に浮かんだヴィクトリア=ぷりんの姿に吐き気を催した。吐きたいのに吐けないのは辛いものだ。それを紛らわすようにふんっと鼻を鳴らしてしまった。そんな態度が気に入らなかったのか、眼前に立つグリードが騒いでいる。


 まぁ良い。


 そのVRMMOに参加していた私は、今みたいな吸血鬼然とした恰好ではなく、普通の素朴な感じの格好をしていた。現実の私をベースにして、将来こうありたい或いはそうでありたいと願う姿をしていた。背を高くしたり、髪を伸ばしたり、あるいは少し盛ってみたり。今にして思えばバカだったと思う。


 私は男が嫌いだ。


 見るのも嫌なら話すのも嫌だ。


『俺、このゲームでも上位○○のプレイヤーなんだぜ?』とか『立ち回りってやつを教えてやるよ』とか『この装備凄いだろう?この世界で僕だけが持っているんだよ?』とかそういうのはまだ良い。承認欲求或いはルサンチマンだろうか?現実で叶わない事を電子データ上で叶える事は悪いことではない。その努力をほかに向けたら良いのにと思わなくもないけれど、それでも努力をしたのだからそういう発言は別に良かった。愛想笑いを浮かべて聞き流していれば良いのだから。


 発端となったのは、そのゲーム内で作ったギルドのオフ会だった。


 仲の良いギルドだった。皆が皆オフ会に賛成し、あれよあれよと日程と場所が決定した。最初はどうしようかな?と私は思っていた。幾ら仲が良いとはいえオフラインで会うのはちょっとどうかと思っていた。けれど、住んでいた場所―――東京近郊-――からオフ会の会場が近く、更に尊敬できるギルドマスターに直接打診された結果、私は参加したのだった。


 それが間違いだった。


 間違いだったのだ。今にして思う。いや、ある意味で正解だった。男というものが気持ち悪い生物だという事を理解できたので。


『なーにが一目合った時から好きです、よ。気性悪い。何が今度二人きりでデートしませんか?よ。気持ち悪い。やめてよね、ほんと……なんなの。手のひら返して。あーあ、最低……っ』


 オフ会から帰ってきて最初のログイン、そして数分後にログアウトした後、現実に戻ってつぶやいたのはそんな言葉だった。今思い出しても怖気が走る。


 当時のギルドメンバーは十五人程度。小規模のギルドだった。その内、現在海外在住という女キャラの人を残して日本全国から人が集まったオフ会だった。人数で言えば男性10名女性4名、男女比でいえば5対2。小規模ギルドにしては女性が多かった。私を除いた殆どが三十路を超えたぐらいの主婦だったのを今でも驚きと共に覚えている。家事が終わると暇なのでやっていると口裏を合わせたようにみんな笑って言っていた。ネットワーク上では如何にも男の子然としていた下ネタ大好きなキャラが実は一番美人な人妻さんだという事に世の中わからんものだな、と感慨深く思ったり、気の弱い女の子風だった子が実は良く喋る人だったり、その逆だったり。私はその時間をかなり楽しく過ごした。


 特に美人人妻さんとは、実は近所に住んでいた事を知り、帰りの電車の中で延々と二人で話をしていたらいつのまにか意気投合していた。だから、そのオフ会は私にとって主婦連と会えて、さらに友好を深めることができた素敵な時間だったといえる。参加して良かったと思った。ギルドマスターが参加を渋っていた私に声を掛けてくれて良かったと思った。


 そう。それだけならばよかったのだ。


 それだけであれば私はこんな人間にはなっていなかっただろう。そして、このゲームに参加する事もなかっただろう。


 楽しかったのは、帰りの電車で人妻さんと語り合いながら、同じ駅で降り、じゃあねーと手を振って別れて意気揚々と家に帰るまでだった。


 誰も居ない家にただいまーとらしくもなく明るく声を掛け、部屋に戻ってゲーム内にログインしてみれば、男達から大量のメッセージが届いていた。


 『二人っきりでどこか狩りに行こうぜ』とか『何か欲しい物はない?』とか『受験生だよね、相談に乗るよ』とか、そんな『お誘い』の類のメッセージだった。


 頬が引き攣ったのを覚えている。


 それでも最初は律儀に返信していた。けれど、返信すれば調子に乗ったように次々とメッセージを送って来た。それが後を絶たず、私は男という存在自体に幻滅し始めた。


 自分でいうのもアレだが、私は綺麗でもなければアイドルのような可愛らしさもない。精々、人並みに見られる顔をしている程度だ。自分のことを可愛い!とは億面も無く言えない。言ってはいけないだろう。美人人妻さんに比べれば月とすっぽんである。学校の男子からも特に気にかけられるほどの容姿はもっていない。加えて性格が良い方でもない。知ったかぶりで、調子に乗り易く、格好付けたがりで、根暗で、日がな一日中現実逃避のためにVRMMOをやっているぐらいだ。学友達が将来を考えて休みの日でも勉強しているのに、オフ会などに参加していたぐらいだ。


 けれど、ネットゲームをプレイする男たちにとっては『こんな私が』その対象となったらしい。自分が大人の男達の性欲の対象となることを初めて知った。その事実をエリナのように受け止める事ができれば良かったのかもしれない。ちやほやされて良い気になる事が出来れば良かったのかもしれない。けれど、出来なかった。全くの反対だった。彼らの行為に私は嫌悪感しか抱かなかった。


 決定的だったのはメッセージを返すのも嫌になってきた時だった。その日はメッセ―ジを返す事に忙殺され、ゲーム的な行動は一切できなかった。もう嫌だ、今日はもう止めようと思っていた時だった。ROUND TABLEでいえば加賀みたいな奴が目の前に現れて、告白された。吐瀉行為が実装されていればその場で吐いただろう。


 その男はオフ会では一番きょどって目も合わせなかった人物だった。ふへ、ふへと時折此方を見ては気持ちの悪い笑い方をしているような人物だった。ゲーム内ではあいつがどうこうこいついがどうこう、自分は努力もせずに他者を否定する典型的なルサンチマンだった。


 だからこそ、尚更に気色悪いと思ってしまった。


 あまりの気持ち悪さに返事もせず即座にログアウトし、頭を掻きむしりながら毒を吐いていれば、いつしか胃の中が逆流し、トイレに駆け込んで吐いた。


 それから男というものが苦手になった。男に話しかけられ、男に触れられる。そんな想像にすら吐き気を催すようになった。


 唯一の救いはその美人人妻さんだった。


 名を秋月美春という。


 秋の月に、美しい春という何とも風流で素敵な名前だった。


「美春さんに連絡してもうやめよっと」


 そう決断したのは早かった。トイレで自分が出した吐瀉物の気色悪さと男という性別が脳内で一緒になったからだと思う。部屋に戻り、スマートフォンを手に彼女へとメールして、次いでVRMMOの公式サイトへと繋ぎ、アカウントを削除した。これで終わり。全部終わり。一息をついてベッドで横になっていれば、クラシックの荘厳な音と共に一世代前の旧態然としたスマートフォンにメールが届いた。


 差出人 秋月美春<Spring_has_been_Fallen@~~~.jp>、


 件名『一言先に言えよびびったよ!』


 本文『しっかし、そりゃ仕方ねーなwwwwほんと、童貞きめぇwwww


    私もやめっから今度別の一緒にやろーぜ?』


 文面を読んで苦笑した。


 あの容姿にそぐわない大量に草の生えたメール本文に笑った。笑って、笑ってお腹が痛くなり、涙さえ出てきた。


「ほんと、良い人だなぁ……」


 オフ会で連絡先を交換したのが主婦連だけで良かったと、ほっとしながら私はメールの差出人である秋月美春に感謝する。


「美春さんが男だったら良かったのに」


 思えば下ネタを口にしている時以外は常に相手の事を気遣った行動をしていたように思う。ゲームのプレイスタイルも自分よりも相手を持ち上げる形のものばかり。


 スマートフォンを枕元に置き、ごろんと布団にくるまった。メールから伝わった想いを胸に抱きながら、私は美春さんの事を思い浮かべながら眠りに付いた。


 それから数時間後、美春さんの電話で目が覚めた。


「ほぁい。鏡でふ」


「あれ、寝てた?ごめんね、起しちゃって。大丈夫?返事無くて心配だったから電話してみたんだけれど逆に迷惑かけたね」


 あのメールを送った人とは思えない柔らかく丁寧な言葉遣いだった。


「ごめんなさい……」


「謝らないでよ。取り越し苦労で良かった良かった。いやー、お姉さん心配しちゃったよ」


「おねえさん?」


「お姉さん!」


 それから暫く二人で他愛も無い話をしたのを、今でも覚えている。


 次の日から、私は受験生らしく真面目に勉強しながら、美春さんとメールのやり取りをしたり、一緒にゲームをしたりして日々を過ごした。


 美春さんがVRMMOに嵌まった理由を知ったのは暫く経っての事だった。


「子供の産まれない私達の現実逃避」


 電話越し、あっけらかんと笑って美春さんはそう言った。


 美春さんとその旦那さんの間には子供ができなかったそうだ。不妊治療も色々やってきたみたいだけれどどれも駄目だったという。原因は美春さんの遺伝子の問題だという。それを知った時、美春さんは相当に荒れたらしい。旦那さんにもかなりきつく当たったらしい。自分みたいな欠陥品を養う必要はない!なんて自虐的な事を言いながら何度も何度も離婚しろと旦那さんにも言ったらしい。けれど、旦那さんはそれを良しとはしなかった。『お前がいればそれで良い』なんて言葉を旦那さんに言わせた自分に嫌気が差したとも言っていた。それからも色々あったあらしい。そんなある日、旦那さんが結婚システムがあるVRMMOを見つけたのだとか。結婚システムなんてどこにでもあるものなのだけれど、元々二人ともゲームをした事がなくその時初めて知ったらしい。そして、二人はそれに飛び付いたらしい。VRでも良いから二人の子供が産まれるものがあれば良いね、と。


「まぁ、流石に今のところ自分で子供を産める物はないけれどね」


 苦笑しながら何でもない事ように笑っていた美春さんを覚えている。いつものように、あっけらかんと何でもないような事のように。そして、いつか産まれて来る子供の為に蓄えていたお金が無意味になったので二人分のVR用筐体を買ったとか。凄く悩んだ上での決定なのだと思う。そのお金を使うという事は子を産む事を諦めたに等しいのだから。旦那さんと二人で一生懸命悩んで、悩んで悩み尽して出した結論なのだろう。それだけ悩んで出した二人の結論は、傍からみればVRに懸想するなど馬鹿馬鹿しい結論なのかもしれないけれど、私はとても尊いと思った。そんな尊い関係を築いた美春さんの事を正直、羨ましいと思った。


 ちなみに、例のギルドの海外在住の女キャラというのが美春さんの旦那さんだったそうである。現在単身赴任中、そろそろ帰って来る頃だとか。嬉しそうにのろけていた。


 そんな話をする程、私達は仲が良くなっていた。受験勉強に疲れたりした時にも優しく応援してくれた。そんな他愛のない話の合間に、やっぱり出て来るのが、


「あんな男ばっかりじゃないよー?」


 そんな話題。旦那さんの話をするたびに出て来る話題でもある。けれど、美春さんの言葉だとしてもそれだけは無理だと思った。私にとって男イコール吐瀉物という図式が成り立った時点でどうしようもなかった。同級生の男子、道を歩く男性、父親、その全てが汚物のようにしか見えなくなった。


 多感な思春期にそういった事があった所為で尚更そう思えるのかもしれない。客観的に分析すればそういう事だろう。そんな風に自分を客観的に見ることはできるものの、それでも解決はできなかった。


 結局、当初志望していた共学校をやめて、高校は女子高に行った。親には反対されたものの、その女子高の方が偏差値は高い事を伝えれば簡単に認めてくれた。


 大学に行くならばきっと女子大に行くのだろう。高校入学と同時に私はそう思った。警備の人や事務の人、先生方。その中には男の人もいたけれど、それでも全体総数からすると少ないものである。だからここでも、女子大でもなんとか私はやっていけるだろうと、そう思った。


 そんな折である。


 入学してから暫くして、変な噂が立った。


 私がどうとかいう類のものではない。私は教室の片隅でぼけっとしているだけの風景みたいな人間である。学友達の話題にも昇らない。いや、別に友人がいなかったわけではないのだけれども。


 さておき。


 その噂は、教室というか同年代の高校生に広まっている噂だった。大人達は知らない、子供達だけのネットワークで取り立たされるものだった。


 曰く、ネットどこかに変な掲示板があるという。


 誰が発端だったのかは知らない。誰に聞いてもあの子に聞いた、あの子に聞いたと言われるものだった。辿って行けば一周して来るようなそんな噂。中には別の高校の子に聞いたという子もいた。流石にそれを確認する事はできなかったが、ともあれ、そんな出所不明な噂だった。


 とはいえ、大して特別なものではない。ネットを探ればそれなりに何処にでも出て来るものでしかない。だからこそ、私がその掲示板を見つけてしまったのもただの偶然でしかない。たまたま、誤クリックで変なリンクを踏んでしまっただけだ。


 その日、美春さんと一緒に出来るVRはないかなぁ?とネットを巡ってゲームを探していた。その頃はそれが割と日常だった。以前やっていたVRMMO以降、どこかに定住する事もなく、適当に2人で―――海外から帰って来る時に郵送した結果、旦那さんのVR筐体が故障したらしい。可哀そうである。現在修理中とか―――参加しては適当に遊んで、参加しては適当に遊んでを繰り返していた。だから、別に特別なんかじゃない。


 そんな特別な日じゃない日に私は特別でない物を見つけた。


 開いた画面。


 一瞬、何が映ったか脳が理解できず、私は、視線をディスプレイに合わせてようやく、それが何なのかを理解した。


 そこには人が死んでいる写真が載っていた。


 男が死んでいた。


 気色悪い吐瀉物と変わらない男達が汚物になっていた。


 頬の引き攣った変な笑いが口元に浮ぶ。


 けれど、そんな表情とは裏腹に私の右手は次の写真を求めて動いていた。


 次。


 白い風呂場を染める赤い血。


 次。


 瓦礫の隙間から流れる血。


 次。


 電車の表面を彩る血。


 赤だった。


 赤く、そして黒かった。


 引き攣った笑みを浮かべたまま更に次を求めた。


 いつしか頭の中がそれだけで埋め尽くされた。それの事以外考えられなくなった。脳裏が赤く染まって行く。どろりとした赤い液体が脳の節の一本一本に注がれていく。どろり、どろりと私を染めて行く。気付けば引き攣っていた笑みは消え、薄ら笑いが浮かんでいた。鏡に映った自分が自分ではないようにさえ思えるほどだった。頬に薄紅が差していた。リップを塗ってもいない唇が普段より艶やかに見えた。甘い果実のようだとそう思った。生まれて間もない青い果実のようにも思えた。そんな青い果実を舐め取ろうとちろりと舌が唇の隙間から出て来る。ちろり、ちろりと動くそれは蛇のようだった。禁断の果実を喰らう蛇のようだった。禁忌を犯す甘美さ、罪を犯す事に興奮さえ覚えていたように思う。


 私は罪の味を覚えたのかもしれないとそう思った。


 そんな私を現実に引き戻したのは美春さんからの電話だった。


「み、美春さんっ!?な、なんですか!?」


 悪い事を知られた子供のように---子供だけれど―――素っ頓狂な声をあげた。


「おーおー、えらくテンションたかいねぇ」


「あ……いえ。その」


「あーうん。私も大人の女だからね。察してあげよう。うんうん。そうだね。そうだそうだあんたもそんな年齢なんだもんね。若いなぁ。私が同じ年齢の時なんて、もうあれだよあれ。まったくそんな知識がなかったもんだからさー旦那とは大変だったよ。ほんと。教えてあげたい!」


「いえいえいえいえいえ。美春さん?な、何を勘違いなさっているんですか?な、何にもないんですよ?私、何もしていませんよ?」


 美春さんが何を勘違いかはさっぱり分からなかった……分からなかったが、自分が今していた事は人としておかしい事だという事は分かっていた。だから、ついそんな物言いになった。決して、私があんな写真を見て……。


「まぁ、そんな話をするために電話したわけじゃなくてね。なんかおもしろそーなの見つけたんだけどさー?」


「あ。はい。良い感じのがあったんですか?」


「んーどうだろ。また二、三日やって飽きそうだけど。そろそろちょっと落ち着きたいかなーとも思うんだけれどね」


「ですね」


 そんな特別でない会話をしてその日は電話を切った。


 電話を切った私は、再び特別な世界へと向かった。


 禁忌の世界へと。


 戻る事のできない世界へと。


 さながら異世界に辿りついた人間のように、もう戻れない、そう思いながらも……


 私の右手は、私をその世界の深淵へと誘っていた。



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