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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第八話 愚者の園
73/116

07

7.






 あれから何日が過ぎただろうか。相変わらず数えていないので分からない。ただ、ハタノという存在が当たり前のように感じるぐらいには日数が経ったと思う。


「あの子に名前を付けましょう!」


 その日、小煩いそのハタノの声で目が覚めた。


 大して眠くも無いし、意味も無いが目を擦りながらベッドから出て、彼女の前に立ち、首を左右に捻る。そんな僕の所作に彼女が小さく笑っていた。無意味な事するよね、とでも言いたいのだろう。僕自身、そう思う。ただ、染みついた動作というのは長くこの世界にいても忘れないものなのだ、そんな性も無い言い訳を自分へと言い聞かせながら彼女を見下ろす。


「偉そうねぇ」


「そんなつもりはないけど」


 身長差がある所為で僕は彼女を見下ろし、彼女は僕を見上げるように見ていた。それが不満なのか、彼女は僕にベッドの座るように指示してきた。


「態々座らせるとか何様なの?」


「何様だったら許してくれるの?」


「……ハァ」


 ため息を吐きながらベッドの隅に座る。座れば、彼女もまた僕の隣へと座る。だったら意味がないじゃないか、と不満気に横を見れば、にひひと笑う彼女の少年のような笑み。


 それを見ながら二度目のため息。


 ため息を吐くと幸福が逃げて行くというのならば、今日はもう2回程逃げて行ったわけだが……不幸が2回あるのだろうか。あぁ、ハタノに起こされたのは不幸な事か。そしてこれから話す事がまたぞろ不幸な事なのだろう。窓の外に広がる青く澄み渡った空に目を向けながら、そんな事を思う。


「で、名前って?」


「名前は名前よ。雪女ちゃんの名前よ」


「……それに何の意味が?」


「あるある。あるわよ。可愛い子には名前をあげなさいって聞いた事ない?」


「あるわけがない」


「そうよね。今作ったもの」


 馴れ馴れしい上に面倒くさい女である。


 恰好も相変わらず、酷く女を意識させる格好だった。フラットなスタイルなのは致し方なしとしてもこれ見よがしに太ももを見せつけるようなニーソックスにホットパンツにガーダーベルトである。これだけでもかなりあざといが、髪色に合わせたように黒一色で構成されたフード付きのロングパーカーが尚更あざとさを増していた。加えて―――柔らかい声、幼ささえ感じる愛らしい顔、セミロングの黒い髪、薄紅色の唇、淡く青みがかった瞳。左目の下には泣き黒子。


 これでもかとあざとい女を前面に出している女だった。


 フラットスタイルなのは頂けないが。


「何?胸の価値が女の価値じゃない事を教えてあげようか?」


「不要だよ」


 あっそ、と頬を膨らませるハタノに三度目のため息を吐きそうになり、それを無理やり押さえた。これ以上、不幸にされても困る。


「というわけで。名前候補の登場です」


 ぱちぱちと軽く手を叩く。ぱちぱち、ぱちぱちと部屋の中に音が響く。寂しいものだった。お前もやれ、とばかりに視線でモノ申してくるハタノに今度こそため息が出てしまい、そんな風に手を叩く自分が不幸なのだな、と思った。


「アリスかアイリス」


「IRISのパクリじゃないか……というか寧ろアイリスなんてそのままじゃないか」


「……だよね」


 にひひ、と笑うハタノを睨めば、降参とばかりに肩を竦められた。


「雪女だから和風な名前が良いよね。だから、雪女ゆきめちゃんとか」


「……ふぅん。良いんじゃない?」


「駄目よ。字面が同じだもの」


 そのハタノの発言に、彼女を殺したらイリスが残念がるのを無視してでも今すぐ殺したいと思った。


「眠り姫さんだから……『眠る』『お姫様』と書いてミンキちゃん。あぁ、駄目。モモを思い出すし」


「モモ?」


「なんでもない。で……ネロは何か案がある?」


「そもそも、彼女自体元々名前がある可能性もあるだろ?」


「あぁ、そういう事もあるかぁ。それだと勝手に名前つけて呼んでいたら悪いわね。やるじゃん、ネロ」


 笑いながら、ハタノがぱしぱしと僕の肩を叩く。


 こいつは、僕が何をされても殺さないとでも思っているのだろうか。自分で言うのも何だが、僕は相当に気が短い方だ。


「おっと、今日はイリスちゃんとお出かけなのでした。コンビニ行ってくるけれど何かいる?」


 ぽん、と弾む様にベッドから立ち上がり、ハタノがそう言った。


「特になにも」


「了解!イリスちゃんの笑顔ね。もう少しだと思うのよねぇ」


 ぎこちなかったイリスの表情はいつの間にか……いいや、言葉を濁しても仕方がない。ハタノの御蔭で真っ当なものになってきていた。人間が浮かべる様な表情を……言葉の調子と合った喜怒哀楽を表現できるようになってきていた。


 その事に僕は嫉妬を覚えた。


 彼女がいるとイリスは成長できるのだ。


 イリスは成長してしまうのだ。


 僕の知らぬ間に。


 僕の事など不要だとでもいうかのように。


 ―――そんな相手を守ってやる必要なんてあるのだろうか?


 ―――そんな相手と一緒にいる事に意味はあるのだろうか?


 一瞬、浮かんだ思いを心の奥底へと追いやる。


「……そう。それは良かったね」


「不満そうねぇ。なんなら一緒に行く?」


「いや、良いよ。僕は……レベルあげでもしてくる」


「この場合、部屋に引き籠ってぐだぐだされるより働くことは良い事だと言った方が良いのかな?それとも―――人殺しをそんなオブラートに包まなくても良いよ?とでもいえば良いの?」


「いちいち煩いな、ハタノ」


「残ったテスターがどんな人かは知らないけど……襲われるぐらいなら先にやってもらった方が良いのかもね。わかんないけど」


「人殺しが嫌いそうな割には良く言うよ」


「好きな人間なんていないでしょ。……あぁ、ごめんね。ネロがいたわね、失言だった」


「それ自体が失言だ。僕を怒らせたいのかい?」


「その台詞がもうあれよね……俺は強いんだぞーって自己顕示が見え隠れしていて気持ち悪い。……ほんと、イリスちゃんの前では止めなさいよね、それ」


「煩い」


 言って、顔を逸らす。


「はいはい。すねないすねない。お姉さんが優しくしてあげるから」


 座っている僕の頭を撫でようとする彼女を避け、僕は立ち上がって扉へと向かう。


「じゃあねぇ、お強い城主様~!」


 振り返る事なく、扉を抜けて廊下を歩く。


 廊下を埋め尽していた悪魔達の姿はない。悠然と靴音を鳴らし、窓の外に見える廃墟群を眺めながら先を行く。


 このまま外に出て、悪魔達を相手に憂さを晴らそうか。レべリングをしてくるとは言ったものの正直に言えばハタノから逃れるための言い訳でしかない。最近では今更レベルをあげる必要性があるのか?と思っている。どうあがいてもテスターを殆ど殺した僕がこの世界では一番レベルが高く、戦闘経験もある。加えて城主という特権も手にしている。他のテスター如きに負けるはずがない。そんな事を考えていると悪魔を殺しに行く気もテスターを殺しに行く気も薄れてきた。


 考え直してイリスに会いに行こうか?とは思ったものの、結局彼女はすぐにハタノと一緒に出かけてしまう。


「……っ」


 舌を打つ。


 やはり、憂さ晴らしに悪魔を殺しに行こう。


 憂さを晴らすためにテスターを殺しに行こう。


 折角だから、法令を制定して出現悪魔のレベルをあげるのも良い。折角だからNPCがテスターを襲えるようにするのも良い。


 ハタノが死んでくれれば重畳。


 そうすれば、また、僕が……僕だけがイリスを守る事が出来るのだから。


 そう思った。


 




―――






「キリエ・エレイソン」


 視界に映る悪魔とNPCを殺しながら日がな一日中、廃墟を歩いて、陽が沈んだ頃だった。


 男の声が聞こえた。その声に導かれるようにしてその場へ向かった。


 その場には、悪魔に囲まれ、その中心で頭を垂れ、祈りを捧げる一人の男性がいた。神父の服といえば良いのだろうか。黒を基調とした丈の長い服だった。悪魔に襲われた所為か所々が破れ、血が滲んでいた。


 ぐげ、ぐげと周囲を囲む悪魔達が面白そうにその男を見ていた。彼我の差は歴然であり、その男が助かる見込みはなかった。


 それを眺めている。


 助ける理由はない。


 それに彼は助けられる事を求めていない。神に縋り、諦めたのだ。もっとも、神様かれのいる世界で別の神様に祈りを捧げた所で届くはずもない。デジタルデータに変換された0と1で構成された祈りが神に届くはずもない。サーバーを超えて神の世界に到達するはずがない。


 だから、そんなのはただの自己満足だ。


 それは死に至る道程を祈る事でやわらげ幸せが訪れると願った愚者の祈りだ。


 叶うはずもない。


 流れる血は現実で、身体を駆け巡る痛みは現実で、訪れる死は現実でしかない。それでもなお、男は神に自らを憐れめと何度も何度も繰り返す。


 ぐげ、ぐげと哄笑をあげる悪魔達の作る円環が狭まって行く。


 それを僕は眺めている。


 イリスがいたら助けただろうか?


 助けただろう。


 ハタノがいたら助けただろうか?


 ハタノをその悪魔の真ん中に送り込んだに違いない。


 騒ぎ立てるハタノの姿が容易に思い浮かび、僅かに笑みが零れた。


 瞬間、そんな自分に愕然とした。


 どうやら僕は、ハタノがきゃーきゃーと騒いでいる姿を好意的に捉えていたらしい。僕を否定する事ばかり口にするあの生意気で小煩い女をどうして好意的に僕は捉えているのだ。あんなむかつく奴の事なんて、僕はどうも思っていないはずだ。はずなのだ……けれど、一度考えてしまえば、次々にハタノの姿が脳裏に浮かんだ。


 冷たい夜の川で雪女の服を洗う姿。城に戻ってからの雪女の世話をする姿。それは傍から見れば甲斐甲斐しいとさえ思えるほどだった。おっちょこちょいなイリスの面倒も今は彼女が見ている。さながら、慌てん坊の妹を優しく見つめる姉のように。他にも慣れた感じに両手で拳銃持って、悪魔を殺している姿。殺した後に見せたどこか達成感に満ち溢れた嬉しそうな表情。レベルアップした時に見せる喜びよう。


 イリスと違うころころと変わる表情。


 そんな彼女の姿が次々に思い浮かぶ。


「何を馬鹿な……」


 頭を振り、彼女の姿を脳裏から押しのける。


『また、人を殺しに行くの?』


 代わりに浮かんだのは、そんな言葉。それもやはり彼女に言われた言葉だった。


「……」


 その言葉を否定するためなんかじゃない。


 テスターを自分の手で殺さないのは、決してそんな理由じゃない。


 そんな言い訳を自分に言い聞かせながら……僕は何もせず、決して逃れる事のできない死が彼に訪れた瞬間を目の当たりにした。


 四肢を四匹の犬の様な格好をした人間型の悪魔に齧りつかれ、引っ張られ、そこから血が沸き、男の絶叫が周囲に響く。だが、それも一瞬。彼の声帯は別の悪魔に潰され、周囲には犬達が咀嚼する音だけが響く。


 神の救いはなく、ここには現実だけが存在している。


 あるいは彼は悪魔に祈っているだろうか。我が身を助けぬ神に恨みを抱き、悪魔達よ、我が身を憐れみ給えと。


 僕以外に誰も観客のいない闇夜の舞台。紅色に染まった三日月と檸檬色の星々がスポットライトのように犬と彼を照らしていた。


 とても月が綺麗な夜だと、そう思った。


 イリスにも見せたいと思う程綺麗な夜だった。ハタノには見せたくないと思う程綺麗な夜だった。


 月の綺麗な夜には人が死ぬ。


 『月に魅了され、狂気に囚われた者達は人を殺してしまう。文学的には格好良いかもしれないがね。例えばそんな他愛も無い理由で人は人を殺せる。そんな性も無い生き物が生きている事に何の意味があるのだろう。無意味だと思わないか』いつだったかそんな事を『彼』が口にしていたのを思い出す。


「―――そうかもね」


 いつしか咀嚼音は消え、そんな呟きが闇夜に広がった。




『お知らせするよ。残り3名。もうそろそろゲームは終了かな?残念だよ。1年ぐらいは続くと思っていたのにね。残念極まりない。あぁ、そうそう。残り3名の段階で導入するのもどうかとは思うが、東京以外を実装したよ。是非、堪能してくれたまえ』




―――






「ネロ。謝って。今すぐ私に謝って。ううん。というか謝らなくて良いから助けて。無理。私には倒せないのよ。お願いっ。なんでもするからっ。私まだ死にたくない!」


 城に帰り付いたのは翌朝、太陽が昇り始めた頃だった。城の玄関を抜けた所で、どこか眠そうな顔をして僕を待っていたらしいハタノが僕の姿を認識した瞬間、駆け寄って来てぴーちくぱーちく鳴いた。


 鳥のようだった。


 僕の身体に縋り、服を握りしめ、上目遣いで僕に助けを求めていた。昨日僕が出現する悪魔のレベルをあげた所為だった。


 二人、僕の部屋へ移動しながら話を聞く。聞けばイリスとコンビニに向かう途中に出会った悪魔との戦いに負けそうになり帰って来て、城でイリスと二人で震えていたとのことだった。幸いにして怪我をしたのはハタノだけであり、イリスは無事だという事だった。


 慌てるように、騒ぐように語る彼女の言葉に苦笑を浮かべる。


 それが気にくわなかったのかハタノが足を止めて、僕を睨みつける。全く怖くなかった。彼女の瞳が揺れ動いているのが微かに見てとれたが故に。


「笑いごとじゃないんだけれど。コンビニもいけないとかどこの牢獄なのよ!だから……そのコンビニまで護衛お願い」


「僕に助けを求めるなんて重傷だね」


「重傷より酷いわよ。重体も重体よ。でも……背に腹は代えられないのよ。生きることと死ぬ事が代えられないのと同じで。女子にとってお買いものはなくてはならないものなの」


 悪魔にやられて頭を打ったに違いない。極めて重傷だった。


 とはいえ、


「そこまでお願いされたら無下にする気もないし、構わないよ。一緒に行ってあげる」


「……お願い」


 僕の言い方に舌打ちの一つでもするかと思えば、一旦顔を伏せた後、すぐに顔をあげ、彼女は素直に、本当に素直にそう言った。


 木を隠すのならば森の中、真摯な言葉を隠すのならば多くの言葉の中とでも言わんばかりだった。寧ろ、ハタノがこんなにも素直な言葉を口にしたのは初めてだったかもしれない。


「コンビニだけで良いの?」


「あ……うん。ありがと。近くのコンビニと……他も行きたい所はあるけれど今は良いや」


「まぁ、行きたい所言ってくれれば連れてくよ」


「ありがとう」


 もう一度彼女はそう言って止めていた足を動かし、歩き始めた。先行するハタノを追う様に僕もまた止めていた足を動かす。時折、ハタノが窓から差し込んだ光を眩しそうに手で遮る姿を見ながら、昨日思った事は……勘違いでも何でもなかったのかもしれない、とそう思った。


 ハタノが素直に僕を頼ってくれた姿を見て、僕は確かに嬉しく思っていた。そんなわけがないと、数々の言い訳を脳裏に浮かべても、しかし、それを否定しきる言い訳は思いつかなかった。


 彼女と出会ってから、長くてもひと月ほど。そんな短い時間でそんな風に自分が思える事が信じられなかった。外の世界だとてそんな短い時間でこれ程好意的に感じる相手はいなかった。にも関らずこれである。それもこれもやっぱり、同じ場所に住み、やたらとちょっかいを掛けて来る所為で一緒に過ごした時間が多いからだろうか。


 考えながら歩く僕を、いつのまにかハタノが後ろ向きに歩きながら見上げていた。いつ気付くかとでも思っていたのだろう。なにやら楽しそうだった。そんな彼女に向かって、追い払う様に手を振る。一瞬、不満げな表情を浮かべて前に向き直り、彼女は僕の隣へ並ぶ。次いで、再び僕を見上げた。


「というか、ネロ。あんなに悪魔強くしたらイリスちゃんを外に連れて行くの大変じゃない?あの子のレベルって5よ、5。今の悪魔の強さだったら掠っただけでも大怪我よ」


 真面目な表情だった。


「だったら、城に居てもらえば良いだろ」


「あらぁ?イリスは俺が守る!とか言わないのね。らしくないわね」


「僕は物語の主人公じゃないからね。ハタノを連れてさらにイリスまで怪我をさせないなんて幸運はもってないよ。どっちか一人なら大丈夫だけど」


 僕はそこまで自惚れているわけではない。僕がこの世界で一番レベルの高い存在だとしても、視界はそこまであるわけではない。ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまうという前科を持っているイリスである。気付いたら怪我をしている可能性もある。だから、彼女に傷を付けさせないようにするためには城に居て貰うか、外出するにしても僕と二人で行って貰うしかない。


「あら?あらあら。嬉しい言い方ねぇ。冥利に尽きるとはいわないけれど」


「何が?」


「無意識に私を含んでくれていたみたいだし!」


「……ハァ?……いつ僕がそんな事を言ったんだよ」


「知らぬは本人ばかりね!ま、良いけど。ともあれ、よ。私は私の買い物ができれば良いし、イリスちゃんとお出かけできないのも今は諦めるわっ。…………あ、でも今はよ?今は。……えっと、そのレベル上げにも付き合ってくれるよね?」


 卑怯な見上げ方だった。態とらしくあざとい、けれど、


「……良いけど」


 僕は否定しなかった。


「じゃ、準備してくるから待ってなさい!」


「今からレベル上げ?僕帰って来たばっかりなんだけど」


「違うわよ。お買いものよ、お買いもの!」


「あぁ、そっち」


 レべリングの手伝いを是としたのは気まぐれだ。悪魔を何匹倒した所で、ハタノが僕のレベルまで到達することはない。それこそ年単位でレべリングをしていれば別だけれど。だから、僕は安心して彼女のレべリングを手伝う事ができる。イリスを守れるのは僕だけなのだから、と。この先もそれを出来るのはずっと僕だけなのだと。……それと、イリスのついでだけれど、ハタノを守れるのも僕だけなのだ。


 心の奥底から薄暗い喜びが沸いて来て、それに僕は浸る。浸っていた。そんな僕に、空気を読まないハタノが声を掛けて来る。まだ居たんだ、と本気で思った。


「あぁ。そうそう話は変わるんだけどさ」


 辿りついた僕の部屋。その扉を手に掛けたまま振り返り、ハタノが困ったような表情を浮かべた。


「何?」


「あのね……なんというか、これはネロの所為じゃないのは分かっているんだけれど」


 言葉にし難い。そう言わんばかりの表情を浮かべながら、ハタノは口にした。


「雪女ちゃんのことだけど―――彼女、妊娠している」






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