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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
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『じゃあ、一緒にゲームをしようか』


 窓の外、仲魔達の悔しそうな咆哮を耳にしていれば、ふいにそんな言葉が思い浮かぶ。


 思い出せば芋づる式に、その言葉を俺に向かって告げた懐かしい友人の事を思い出す。


 小学校の半ばに転校していった彼は今も元気にしているだろうか。年齢不相応に頭の良い奴だった。授業では先生に毎回のように当てられ、当たり前のように毎回答えていた。テスト---小学校の試験なんて大したものではないが―――も毎回満点を取っていた。そんな彼と俺がどうやって仲良くなったのかというのはあまり覚えていない。子供らしく適当に話している間に仲良くなったのだろう。そんな彼と俺の唯一共通の趣味はゲームだった。だからか、彼と一緒に公園でゲームをやった記憶もあった。鉄棒もなければ滑り台もない。ジャングルジムなんてもってのほか。勝手な意見で更地然とした公園にぽつんと置いてあったベンチ。そこに座って陽が暮れるまでゲームをした覚えがある。アウトドア派の引き籠りという奴である。


 一緒にやったゲームは何だっただろうか。


 2人で協力してやるようなゲームではなかったと思う。『一緒にゲームをしようか』と言いながらもお互い別々のゲームを別々に行っていたように思う。ただ一緒にいてゲームをしているだけ。傍からすれば何とも馬鹿な事をやっているように思えるだろうけれど、俺達はそれぞれに楽しんでいたように思う。


 そのゲームは……小学校の頃だとすると、もしかするとRPGの類だったかもしれない。あの頃はそういうゲームを良くやっていた。あやふやな記憶を探っていればいつしか、そのゲームの事を思い出した。


 コマンド選択式の古臭い形式のRPG。VR系のゲームが流行っている昨今、RPGといえばアクションRPGを意味する。だから、古臭い。親の世代がやっていたようなゲームだった。


 悪魔がいた。天使がいた。あるいは神様がいた。そんなゲームだった。敵を倒したり仲魔にしたり。それで話を進めて行く。あの頃はストーリーなんて興味も無くてただただ主人公やPTを強くする事だけを目的にゲームをしていた。あと数日で世界が壊れるのだ、というストーリーなんて気にせず何日も宿屋で寝泊まりした。所詮、クリアするために用意されているゲームだ。何日寝ようと世界は壊れない。ラスボスは世界を壊さず、負けるために主人公たちの登場を延々と待ってくれている。そんな優しい世界だ。善も悪も傍観者達ゲーマーにとっては何の意味もなさない。システムに支配された彼らの善、彼らの悪には意味なんてない。


 ゲームというのはそういうものだ。


 作り上げられたものだ。


 ゲーマーにとってはゲームのシステムなんて真実、遊ぶためのものでしかない。


 けれど、今、俺は……そうではなかったらと願っている。


 箱庭染みたこの世界の中で、本物と呼べる何かがあれば良いとそう思っている。


 あるいはそんな思いは昔からあったのかもしれない。


『ここがゲームの世界だったら良いのに』


 確かそんな事を彼に言ったのを覚えている。そんな僕に年齢不相応なほどシニカルに彼は笑っていた。それはきっと楽しそうだと。そんな彼の態度が気に入らなくて俺は馬鹿にしてるな!と少し怒った。怒る俺に彼はごめんごめんと謝ってまた笑った。それが、面白くもないのに何だか無性におかしくて俺は笑った。2人で暫く笑っていた。一頻り笑った後、彼は改めて『楽しそうだね』そう言った。その言葉に俺は『だろ?』そう言ってまた2人で笑った。


 そんな懐かしい友人の事を思い出したのはきっと虚構の世界で本物と呼べるものを改めて望んだからだろうか?あるいは今回の事で消沈していたからだろうか。自分でも分からなかった。


 惨敗。


 呆気なく逃げられて、挙句、仲魔達を何体か失った。あれだけ格好付けて息巻いていたくせにこの体たらく。だからだろう。憤りもあるが、それ以上に俺は消沈していた。


 城へと戻り、後片付けをした後、自然と足はリディスのいる部屋に向いていた。


「リディス……すまん、逃がした」


 部屋から出てきたリディスに開口一番そう告げる。


「いえ……私の方こそお役に立てず……私が仕留めていれば。アキラ様の責任ではありません」


 申し訳なさそうに顔を伏せるリディス。


 一瞬、互いの間に気まずさが流れた。


 けれど、そんな空気であっても、正直なところを言えば今の俺にとっては心地よかった。彼女にとってはAIシステムによって決定付けられた行動なのだろうけれど、そうじゃないようにも思えるから。彼女自身の言葉で俺を労ってくれている様に思えるから。


 きっと小説やゲームや映画……物語の中でゲームの中に入った傍観者プレイヤーはいつかそれを現実と認めはじめるのだ。何日後に世界がほろぶと言われればそれを信じるのだ。今まで傍観して好き勝手やって来た癖に、それと認識すればそう思ってしまうのが人間プレイヤーなのだ。


 俺も同じだ。


 仲魔達の存在を真実だと、現実だとそう思っている。そう思いたい。この会話がシステムによって作られた心の無い会話ではないと思いたい。


 AIに魂が宿るかなんて分からない。


 けれど、宿ったって良いんじゃないか?


 そう思いたい。


 そうでないなら、


「キリエ……様は大丈夫なのでしょうか?」


 嫌われている相手の心配なんてしないだろう?悲しげにキリエに『様』をつけて呼ぶなんて事しないだろう?自分自身の弱さに幻滅して、会わす顔もないと俺の前でバイザーを外さなくなったりなんてしないだろう?


「荒れてはいるけどな……」


 そして、キリエもまた同じ。


 ニアに連れられて戻って来たキリエは、城の前で帰りを待っていた俺に、僅か驚きを見せた後、状況を伝え、最後に俺に会わす顔がないと言った。


 骨で出来た彼女の腕、彼女の足、それをSCYTHEに切り落とされた事に憤り、次は絶対に殺すと息巻く彼女。レベルが足りない、戦闘経験が足りないと自分を叱責しながら怒りに自らを傷つけようとする程に。ほの暗い想いを抱き、青い炎をその瞳に浮かべる彼女。そして、見捨てないでと子犬の様に声を震わせる彼女。


 そんな風に生きている彼女たちに、魂がないと俺には思えない。


「アキラ様……キリエ様の傍においで下さい。私は大丈夫ですから……どうか」


 考え込む俺に、俯き加減に背の翼を震わせながらリディスがそう言う。


「いや、今はお前と一緒に居たい」


 そして、沈む俺の心を浮かせて欲しい。


「アキラ様っ……どうか、どうか……キリエ様の下へ」


 嫌々と首を振る彼女が愛おしかった。


 そんな彼女の震えを取り除きたい。そう願う。


 震える彼女を抱きしめようとする。けれど、俺が近づけば近づくほどに彼女は後ずさる。


「……リディス」


 なぜ?


 なぜ彼女は俺から逃れようとするのだろう。それもまた彼女の心が産み出した結果なのかもしれない。けれど、離れて欲しくはなかった。逃げて欲しくはなかった。傍に居て欲しかった。


「アキラ様……貴方の願いは元の世界へと帰る事。その願いを叶えるために、どうか……自分を見失わないでください。私がその邪魔となるのでしたら……私はこの身を、この命を絶ちます」


 我が身の震えを自らの腕で抱きとめながら、そう言った。


 バイザーの所為でそれを口にした彼女の表情は分からない。ただ、その声音は毅然としていた。言いたくない、けれど言わねばならないと、そう心に誓ったかのように。


「自殺は……禁止だろ」


 突然の彼女の発言に頭が真っ白になり、何とか口にできた言葉はそんなものだった。他に思い浮かぶ言葉なんていくらでもあったはずなのに。


「私は人間プレイヤーではありません」


 貴方とは違うのだと彼女は言う。


 私は『神』に作られた存在であると。傍観者プレイヤーなんかじゃないと。


 システムに縛られた存在とルールに縛られた傍観者。その差が俺達の間に立った超える事の出来ぬ垣根だという。


 その垣根を超えたいと願う。超えられない境界線を越えたいと願う。悪夢だろうと何だろうと。


 ……俺がいずれこの世界を去るという事を、それを望まないのならば、彼女と俺は同じでいられるだろうか?この世界を現実だと認めて、この世界に骨を埋める事を是とするならば彼女と同じになれるだろうか。悪魔達の王国なんて大きな事を望まず、山奥に引き籠ってそこで延々と生き続ける事を願えば彼女と同じになれるだろうか。


 消沈する心がそんな悪魔染みた誘惑を脳裏に産み出す。


 駄目だ。


 それだけは駄目だ。


 彼女リディスはそんな俺を望まないのだから。


「アキラ様。私を大事にして頂けるのは嬉しいです。我が身を呪いながら、それでも俺の下にいろとそう言って頂いたのも覚えています。だから、私は、我が身の弱さを呪い、それでも尚、貴方に付き従います。けれど……それでアキラ様が目的を見失うのであれば……」


 その言葉の先を言わせなかった。


「俺は目的を見失ってなんかいない。お前は傍にいてくれればそれでいいんだよ。だから、その片っ苦しい喋り方、そろそろ止めろ。それとだ、リディス。天使が自殺して良いのか?駄目だ。神が許しても俺が許さない」


 捲くし立てるように色んな事を口にする。


 自分でもどうしようもないぐらいに馬鹿馬鹿しい言葉だった。


 けれど、そんな言葉を紡いだ俺に、リディスはどうしようもない弟を見守るような優しげな笑みを見せた。久しぶりに見るリディスの笑みは何物にも代えがたいぐらいに綺麗で、俺の心を熱くしてくれた。そして、


「幾ら天使でも、悪魔には違いありませんが……痛い所を突きますね、この童貞王」


 そう言った。


 きっと無理をしているのだろう。今の自分がそんな事をいうのはおこがましいとでも思っているのだろう。けれど、彼女は俺を気遣ってそう言ってくれた。


「あぁ、痛い所をついてやったよ。自殺なんか許すわけないだろ」


 だから、俺は笑った。彼女の気遣いが心底嬉しいと、そう彼女に伝えるためにも。


「まったく、私が下手に出ていれば随分と偉そうになりましたね」


 そんな俺に苦笑気味にリディスが笑う。


「下手になんか出るからだよ。2人の時だけで良い。前のようにしてくれよ。無理を言っているのかも知れんが……お前がお前でいられなくなる方が俺にとっては苦痛だし、俺は目的を見失う」


「ほんと、随分と酷な事を言いますよね。我が主様は……こんな所、キリエに見られたら私殺されますよ、ほんとに」


「その時は俺が守るさ」


「そうならないように動いて下さいと言っているんですよ。アキラ様の頭はスポンジか何かですか?」


「言外に阿呆と言ったな、おい」


「阿呆でしょう?馬鹿でしょう?役に立たない女だと分かっていて、水に沈む藁だと分かっていて、自ら掴んでいるんですから」


「先に拾ったのはお前だけどな」


「犬ですか」


「忠犬だろう?」


「噛み癖のある犬にしか思えませんが……ハァ」


 これ見よがしにため息を吐き、リディスがバイザーを外す。彼女の瞳を久しぶりに見た気がする。射竦めるようなその瞳は相変わらず綺麗だと思う。


「どこまで馬鹿なんですか、アキラ様は……本当、あなたは私がいないと駄目ですね」


「あぁ。そうだ。お前がいないと俺は駄目だ。だから、傍にいろ」


「言われなくとも傍にいます。ですが、あまり馬鹿な事ばかりしていると私、死にますからね。しっかり守って下さい」


「あぁ勿論だ。……ここで離れて行くと言わない辺り、優しいよな」


「言えませんよ……言いませんよ」


 傍に居たいですから、そう言って離れていたリディスが俺に近づいてくる。それを抱きしめよう、受け止めようとした時だった。


 コンコンと弱々しく扉をノックする音がした。そんな事をするのはキリエかニアだけだ。そしてこの部屋に態々来るとすれば……


「キリエか」


「はい。主様。こちらにおられるとお聞きしましたので。少し、宜しいでしょうか?」


 扉越しにくぐもった声がする。


「……構わない」


 手の動きで、リディスにバイザーをつけさせた後、そう答える。


 ぎぃと扉が軋む様な音と共にキリエが現れた。兜を取り、鎧を外し、最初に出会った時の様な白い羽織に身を包んでいた。そして……


「キリエ……どうしたんだ、その髪」


「けじめというのもおこがましいですが……」


 長く伸びていた彼女の紫色の髪が、後ろ首の辺りまでになっていた。


「似合っているぞ」


 ケジメに対して言う事ではないが、自然とそう口にしていた。


「ふふ……ありがとうございます」


 苦笑気味にキリエが笑い、そして次の瞬間、真剣な表情を俺に向けた。


「主様。命を果たせなかった私が主様に願う事、どうかお許しください」


「……なんだ?」


「一都市で構いません。出現する悪魔のレベルを限界まで引き上げて下さい」


「レベルリングか。レベルあげなら、それこそ東北に行った方が良いと思うが」


「レベルもそうですが……先の敗戦で理解しました。私自身の戦闘経験の少なさを。レベルだけで超える事の出来る相手もいると判断しましたが故に」


「あの狂人がおかしいんだと思うけどな」


 大量の爆弾を抱えていたのは別に問題ではない。自殺禁止ルールに縛られる俺達にとっては1対多では有効な手立てだろう。癪ではあるが、俺も爆弾を大量に集めておくのも良いと思った。


 問題は攻撃の鋭さだ。ウンディーネ達が切り刻まれた時もそうだが、キリエの腕、足の切断面の綺麗さといえば良いのだろうか。精緻な機械で切ったかのようにさえ見えた。STR=AGI二極と思われるステータスだけが理由とは思えない。恐らく、攻撃系のパッシブスキル―――例えばダメージ増加―――を持っているだろう。そうでもなければ、ステータスだけでレベル40超えのキリエをどうこうできるはずもない。けれど……攻撃の鋭さだけに関していえば、それも理由の一旦でしかないと俺は思う。あれはレベルやスキルとは別の天性の物だ。普通の人間が刃物を使って何かを切ってもあれほど精緻な面にはなりえない。例えこの世界がゲームだとしてもそんな事できるはずもない。


 そんな才能をあんな狂人に与えた神が憎たらしい。


 SCYTHEの事を侮っていたつもりはないが、想像以上だったのは確かだった。憎しみの感情に引き摺られて俺は判断を誤ったのだ。キリエと同じく俺も増長していたのだろう。


 だからこそ、二度とそんな間違いは犯さないと誓う。


「一週間。時間を下さい」


 いくらSCYTHEが強かろうとレベルが倍程違えばどうだろう?絶対に勝つ事は不可能だ。傷一つ受ける事なくキリエは勝利する。それがレベル製VRMMOの世界。キリエはきっと自分の限界まで挑戦する気だろう。そんな表情をしていた。


「構わない。前線の指揮はニアに任せる」


「はい……本当に、申し訳ございません」


「いや、俺の見通しが甘かっただけだ。感情に流され過ぎた。反省しているよ。だからあまり気にするな。俺の責任だ。それに今回の事でお前が更に強くなれるなら、戦力増強にもなるだろ」


「勿論です……ニア以上のレベルで悪魔を支配できる悪魔がいるかもしれませんし、そちらの面でも期待願います」


 あまりに唐突にそんな物騒な事を語るキリエに、ぞくり、と背筋に寒気が走った。


 御蔭で言葉を発する事ができなかった。その言葉の意味する所は、彼女の中ではニアはもはや使えないと判断している、という事だ。確かに彼女はSCYTHEとの戦闘で後手に回った。SCYTHEの移動速度に追い付く事ができず、キリエが打倒された後に漸く追い付いて怪我をして倒れていたキリエを回収してきたぐらいだ。だからといって、ニアが弱いわけではない。3人で囲んでいる時には随分SCYTHEを痛め付けていたのだから……。


「キリエ様、それは流石にティターニア様に失礼では……」


 口にできなかった俺の代わりにリディスがそう言った。


 が、


「主様。では、お願いいたしますね。それでは私は失礼いたします。主様も早くお戻りになられた方がよろしいかと思いますよ」


 リディスの言葉に応える事なく、いいや、俺の隣には誰もいないかのようにリディスに視線を向ける事なく、さながら『空き部屋で何していらっしゃるんですか?』とでもいわんばかりの表情を俺に向け、一礼した後、キリエは部屋を出て行った。


「あそこまで綺麗さっぱり無視されると流石に堪えますね」


 キリエのあの態度もまたレベル製VRMMOであるからこそ。


 リディスを意識的に無視するキリエの姿、そしてそれを受けて悲しそうに口にするリディス。この世界がレベル製VRMMOでなければ、違ったのかもしれない。ルールにしか縛られない俺達よりも、彼女達の方が神の作ったシステムに縛られた存在なのだと改めて思った。魂を持った彼女達にとって、その残酷なシステムはどう感じるのだろうか。


 俺には……分からなかった。


 きっとリディスが遣える神様なら分かるんだろうか?


「……さて、アキラ様。据え膳を食べますか?それとも、戻ります?」


「食べない……だが、もうしばらくここにいる」


「優柔不断ですね……でも、嫌いじゃありません」


 扉を見つめる俺を後ろから優しくリディスが抱きしめてくれた。


「守って……下さい」


「あぁ、必ず守るよ。だから、ずっと傍にいてくれ」


 それは予感だったのだろうか……。


 神ではない俺にはやっぱり分からなかった。






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