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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
63/116

10

10.






「リンカ……もうやめようよ」


 関東侵攻。


 ギルドメンバー達は訳も分からずNEROのお膝元でNPC殺しを命令されている。などと他人事のように言ってみたものの、扇動したのは私で、命令したのも私である。


 そんな私の行動に言いたい事があると言われて部屋に迎え入れたのはトネちゃんだった。喪に服しているつもりなのか、黒いマントをつけた黒い魔法使いみたいな恰好をしていた。傍から見ると逆に馬鹿にしているようにも思えるのだけれど……。そんな彼女は入って来て暫く、何度か口を開いては閉じるという仕草を繰り返し、ようやっとそれを口にした。


「止めないわよ」


 関東侵攻に関して言えば、まだ春を殺した犯人を探す傍らであり、直接私達が動いているわけでもなく、先遣隊が向かっている程度でしかない。にも関らず止めろとトネちゃんは言う。酷い話だと思う。


 とはいえ、勿論、私はNEROを殺すまで止まる気はなかった。もし彼がNEROに騙されているなら救ってあげないといけない。純粋で純真な彼を騙す悪い奴は早く始末してしまわないと。それを止めようとする者はギルドメンバーだろうと、円卓の騎士だろうと私の敵だった。


 円卓の騎士は、その全てが今回の私の行動に対して反対か消極的反応だった。全員に共通している意見はせめて春の事が落ち着いてからにしろという事だった。収まらないと考える余裕も無いという意見もあったが。とはいえ、何も私は春を殺した犯人を調査するなと言っているわけではない。特に円卓の騎士には強権を発動したつもりもない。円卓にまですぐに動けとは今回は言っていない。犯人捜査したければすれば良いと全員に伝えている。あくまで捜査に役に立たない雑多なギルドメンバー達にNEROの下へ行けといっているだけだ。今までの私たちの行動と何も変わらない。エリナの時は誰も気にしなかったのに春の時だけこうなのはなんともはや。


 だからこそ、春を毛嫌いしていた者達も同じ意見だったのは意外だった。目の上のたんこぶが無くなって自由に行動するかと思えばそうでもない。まぁ、今自由に動けば疑われるというのもあるのかもしれないが……こんな自由なギルドで不自由を味わっているのは少しばかり可哀そうだと、そう思った。道端で野良犬の死体を見た時と同じぐらいには。


 真っ向から私に反対しているのは親春派のグリードや春秋、ゆかりちゃん、ぷりんちゃん、あとグリード万歳なシホとぷりんちゃん万歳なベルンハルト。そして消極的だったかと思えば、今こうして私の下に訪れたトネちゃん。都合7名。本当に消極的なのは加賀ちゃん、ルチレ君。


 ……冷静に考えると反対派の方が8割ぐらいだった。


 エリナが死んで、春が死んで、私の弟は変わらず表に出て来ていない以上、そもそも円卓の面子が9名なので、7名も反対していれば総意と言っても過言ではないだろう。


 けれど、私は、円卓の上に位置するのだ。


 ギルドにおいて私の命令は絶対である。


 今回の関東侵攻も命令だ。


 だから当然、メンバーはそれに従わねばならない。


 とはいえ、今回に限っては私も妥協案を出している。円卓の騎士は犯人捜査をして良いと言っているのだ。寧ろ、犯人捜査という意味では寧ろ私も我慢して手伝っているのだから関東侵攻に対して四の五の言われる理由も無いと思う。


 犯人捜査といえば、聞いていた通り春の死体は綺麗な死体だった。


 死因は腹部の傷痕。背中まで通った穴。その穴を作り出したのは……これの意見は今のところ分かれている。剣か槍か短刀か。銃の類ではないというのは傷痕から即座に分かった。勿論、そんなことで犯人が絞られる事はない。そんな武器は誰でも持っている。AGI特化である春のことであるから、STRの高さは決め手にならない。


 そして、AGI特化の春が避けられなかったという事は考えられない。故に、先日思った通り、彼は避けなかったのだろう。避ける必要を感じなかったのだろう。喜んで殺されたのだろう。病に倒れるよりは人によって。全く私には分からない感覚だけれど、私は春ではないのでそれも当然だった。まぁ、傍から見れば自殺みたいなものだと思う。


「トネちゃん。春がいなくなったからといって私達はギルドなの。ギルドの活動を止めるわけにはいかない。春が死んでも私達は相変わらず殺したければ殺すし、犯したければ犯す。自由気ままに獣のように生きて行くだけ。それが今回はたまたまNEROを殺すってだけじゃない。今までの活動と何が違うのよ。それに領土が増えて民が増えるのは良い事でしょう?皆喜ぶわよ。あぁいえ、悦ぶかしら?なんならいっそそのまま全国制覇も良いわね」


 当然、穴の空きまくった表向きの理由である。


「……そんな事に何の意味があるっていうの」


 欲に塗れ、死を恐れて肉林を形成し、ぬちょぬちょぐちょぐちょと自由気ままに獣の様に生きてきた者達が今更意味など求めるはずもないのに、この子は一体何を言っているのだろう?


「そのまま自由に生きたいなら生きて行けば良いし、殺し合いたければ殺し合えば良いわ。私はもう……どっちでも良い。いいえ、どちらかといえばここに残りたいわね」


 これは本当。


 彼がいるなら現実に帰る必要も無い。


 彼と一緒に現実に帰られないのならば帰る必要性は全くない。私が、彼が現実へと帰るための邪魔となるなら喜んで殺されよう。そのために邪魔な者達を殺しておくというのは彼も喜ぶだろう。そして私のギルドだけになれば、彼は自然と私に近づいて来てくれるだろう。


 くすくすと笑みが零れる。


 楽しみ。


 とっても楽しみ。


 私が彼を見つけるのが先か、彼が私を見つけるのが先か。


 彼に撃たれた場所を撫でながら、陶然とする。トネちゃんがいなかったらそのままイタシテいたと思うぐらいに昂ぶりを感じる。


「おかしいよ。リンカ……どうしてそんな風になっちゃったの……」


「私は昔から変わってないわよ?見せる機会が無かっただけじゃない?」


「それに……弟君の事、どうするの?」


「どうでも良いわ。欲しければトネちゃんにあげるわよ。襲うのも襲われるのも好きにすれば良いわよ」


「本当に変わったね、リンカ……」


 遠い昔を思い出しているかのようにトネちゃんが天井を見上げた。そんな所に過去の私はいないというのに。


 でも、確かに大学に入って彼と出会ってから変わったかもしれない。恋とはとっても素晴らしい物で、愛とはとても素敵な物だという事を知った。その御蔭で私は変わったのかもしれない。その点でいえば、トネちゃんのいう事も正しいと思う。けれど、それ以降私に変更はない。


 まぁ、何でも良い。変わった変わってないなんてそんな言葉遊びをしている暇があるなら、さっさと犯人を見つけて彼を探しに行きたい。


「用はそれだけ?だったらもう帰って頂戴。私、忙しいから」


 犯人探しもそうだが、ギルドの運営の仕事も私はしっかりしているのだ。春がいなくなった御蔭で手間は増えたけれど、これを行う事で彼に近づけるなら別に何の事もない。ぷりんちゃんにその役目を渡すのも勿体ないと思って自分でやっているぐらいだ。


「リンカは……リンカは春さんを殺した人、誰だと……思う」


「NERO。……とでも言っておけば弔い合戦的な意味では良いけど、冗談よ。……誰かしらね。それが分かっていればもう死体が一つ増えているわよ」


「…………私は、加賀君だと思う」


 彼女の口から流れ出た言葉に意外さを感じた。トネちゃんが人を疑うという事に。


「トネちゃんこそ変わったんじゃない?」


 からかうように言えば、一瞬、羞恥や後悔に苛まれた表情を浮かべて俯いた。


「加賀ちゃんねぇ……まぁ、短気は短気よね」


 私に言われるのは釈然としないとは思うけれど、彼は冷静な人間ではない。彼が春に何かを言われて突発的に事を成した、と言われれば信じる者も何人かはいるかもしれない。けれど、だからこそその案は却下だった。


「加賀ちゃんが殺していたら死体はもっとボロボロだと思うけど」


 衝動的に殺したという意見には同意だが、短気な人間が怒りと共に相手を殺す時に腹に一撃、死体は綺麗なままというのは幾分おかしい。怒りと共に殺すならば、恨みと共に殺すならば春の顔なども傷付けていたに違いない。私ならそうする。いや、私なら細切れに切り刻むか……。


 脳内で彼に近づく糞女共を細切れにして少し悦に入る。


 うん。やっぱり私ならそうする。


 同じ理由でグリードも微妙である。そもそも春と仲が良いというのもあるが、彼も何だかんだと激情家だ。


 先日メンバーを集めた時の態度もそうだが、以前、グリードが誰だったかと『姉弟』というものについて語っていた時に見た姿を思えば彼はかなりの激情家だ。


 最初は私の事を言っているのかと思って少しばかり聞き耳を立てたものの、そういうわけではなく、言うに事欠いて『リンカは立派に姉をやっているよ』とか言っていた。怖気が走ったのは言うまでも無い。怖気を浮かべたまま次の言葉を聞いた時、『それに比べてうちの姉は』そう語るグリードを見た時、彼はそういう人間なのだと知った。僅かに震える声、浮かぶ表情。あれは憎悪だったと思う。あるいは愛憎というべきか。そういうものを抱えている人間プレイヤーなのだ。彼もまた、衝動的に殺す時は綺麗には殺さないに違いない。


 ともあれ、だからこそグリードも私の中では犯人候補ではない。


「トネちゃん。衝動的ではあっても、冷静に人を殺せる人、誰だと思う?」


「冷静に人を殺せる人なんていないよ……」


 笑ってしまった。


「あぁそうそう。そうね。トネちゃんの世界ではいないわよね。ごめん、ごめん」


 そうやって笑えば笑うほど、トネちゃんの表情が沈んで行った。溺れて沈んで、その内帰って来られなくなるんじゃないだろうか。それも仕方ない事だけれど。トネちゃんだってこのギルドのメンバーなのだから。因果応報という奴である。


「じゃあ、トネちゃん。加賀ちゃんとグリードを抜いたら誰が犯人だと思う?」


「……リンカ」


 言った瞬間、更に縮こまるトネちゃんだった。まぁ、一応親友やっていたわけだし、親友を疑う自分は嫌だよね、と憐れみの視線を送る。もっとも贈った相手は俯いているので意味はないのだけれども。


「……私だったら、恨みや辛みで殺すなら微塵切りにするわよ。間違いなく。じゃあ、そうね。私も抜いてみて」


「リンカは、誰だと思うの……?」


 不安そうに顔をあげて、疑問に疑問で返すトネちゃん。ここで意趣返しでもすれば面白いかもしれないけれど、そこまで私も暇じゃない。


「弟かルチレ君。その二人の内どっちかね」


「そんな……どうしてそう思うの……?」


「そんな……って。何よトネちゃん。本気で弟が欲しいの?だったら扉ぶち破って犯してきなさいよ。お姉ちゃんは応援するわよ?……って……あぁ、もしかしてルチレ君の方?」


 微妙に赤らんだ顔を浮かべたトネちゃん。あぁ、まぁ、ああいうオッドアイとか吸血鬼っぽいとか中学2年生的なキャラ好きそうだものなぁこの子、と思うに至る。


 エリナと友人をやっていたこの子もエリナ同様文学少女だった。エリナは恋愛小説を読んでニヤニヤする子だったが、トネちゃんはどちらかといえばライトノベルとかそんな方面が好きだったと記憶している。エリナの方はこの世界で得た物の御蔭である程度コンプレックスを解消したけれど、トネちゃんはそのままである。エリナみたいなのが何人もいてもあれだが、少しは現実の自分と違う自分を作れば良いのにと思ったのももはや懐かしい。せめて私みたいに髪の毛の色を奇抜にするとかぐらいしても良いだろうに。


「ルチレ君は……春さんを殺すなんてしないよ」


「トネちゃんの感想なんてどうでも良いけど」


 嘆息する。


 恋する女はこれだから面倒なのだ。


 論理を無視して感情に走る。


 ダウト。


 やっぱり、その春の台詞が懐かしく感じる。


「トネちゃん。とりあえず分かったから、ぷりんちゃん呼んで来て」


 頬を紅色に染める乙女を前にしていると不愉快になってくる。懸想する相手がすぐそばにいるのが尚更に。


「呼んだらルチレ君の所にでも行って犯されて来なさい。私が許すわ。あと、トネちゃん達みたいなのが何人も来ると面倒だから春の事はしっかり先に済ませるから、そこは安心しておきなさい。NEROの事に関してはそれからもう一度話合うとしましょう。私の決定は絶対に変わらないけれど。ま、先遣隊ぐらいは許してよ」


「そんな事……しないよ……ルチレ君となんて……」


 後半の台詞は聞いてくれていなかったらしい。まぁ良いか、と再度のため息と共に視線を逸らし、手の平をひらひらさせてトネちゃんを追いだす。


 バタンという音と共に閉じた扉を見て更にため息。


「分かっていての態度なのかしらね」


 ルチレ君が犯人とかそういうのはさておいて。


 ルチレ君の事を思い浮かべて頬を染める彼女は、少し前まで春の事を想って悲しんでいたはずなのだ。情を寄せていたはずなのだ。


「変わったのは貴女の方よ、トネちゃん」


 道端で見かけた犬。その犬と少し遊んで、それで犬が別れ際に車に轢かれて死んでしまった。それを悲しんでいたら好きだった人が現れて慰めてくれた。そのことが嬉しかった。そんな感じだ。悲しみはその後に訪れる喜びへのスパイスでしかないのだ。まったくもって偽善的な事だ。まぁ、彼女の様な人達にとっては沸いた感情を抑えるための何かさえあればそれで良いのだろうけれども。好きな人ではなくても、『仲間をしっかりと弔ってあげない不謹慎な親友』であっても別に良いのだ。正負が違うだけでベクトルは同じ。


 きっとトネちゃんは違うベクトルだというだろう。


 でも、私には、同じにしか思えなかった。


 『変わった私』を矛先として、持て余した感情をぶつけたい。


 面倒くさいと、そう思う。


 きっと誰も彼もが嘘吐きなのだ。


 春は大変だっただろう。嘘吐きばっかりの世界で産まれて嘘吐きに殺されたのだから。


 だから、せめて私ぐらいは春のことを嗤ってやろうと思う。残念だったね、馬鹿ばっかの世界で。おめでとう。そんな世界で早死にして。とか。


「嘘だけど」


 どうでも良い。


 春を殺した犯人だって別に私の命令を無視したわけじゃない。


 彼が現実に帰りたいと望むのならば、どうせいずれ私が全員殺してしまうのだから、早かろう遅かろうというだけの話。


 こぞって犯人探しをして正直何をしたいのかが分からない。


 犯人を見つけて殺して溜飲を下げたいだけにしか私には思えなかった。


 だからこそ、面倒くさい。


 身内を殺す輩がギルド内にいるからといってだからどうした。そもそも、そういう世界だろう。兄妹だろうと、姉弟だろうと親子だろうと恋人だろうと赤の他人だろうと、全員殺害対象。そんな世界でギルドの1メンバーが殺された。だから何だと、改めてそう思う。


「トネちゃんに聞いて来たけど……リンカちゃん?何か私に用かな?」


 コンコンという控えめのノックと共にぷりんちゃんが顔を出した。


 相変わらずロリロリとしたアイドル然とした格好の彼女。ふわふわしたドレスとスカート。そのスカートがいつもより少しばかり短い気がする。階段の下から見れば中身がばっちり見えるだろう。


 なんとも恥ずかしい格好だと思う。良くそんな恰好で生活できると思う。


 対して私はと言えば相変わらずドレス姿である。いい加減同じ服ばかり着ているのも飽きたし、春の事が終わったら、服を変えようか?


 オフショルダータイプのトップス、その内側に黒いキャミソール。首元にはトルコ石などを繋げたエスニックなネックレス。デニムのスキニーパンツに運動靴。そんな感じの格好が良い。彼の妹さんが彼と一緒にどこかに出かける時に良く着ていた服装。折角着るならそんなのが良いなと思った。


「ぷりんちゃんは誰が犯人だと思う?」


 そんな事を考えていたとは億尾にも出さずにそう問いかける。


 春を除けば、冷静という意味では彼女が一番冷静だと思っている。ギルドの会議で時折飛びだすぷりんちゃんの言葉に何度場が収まった事だろう。状況を把握し、それに適した言葉を告げる事のできるという意味で彼女は見た目だけの人物ではない。そして、殺すと判断する時、彼女は殺すだろう。ただ、春に対する畏敬染みた念を思えば彼女が犯人という選択肢はない。


「ルチレーテッド=クオーツ。それしかいない」


 普段の媚びたようなアイドル然とした声音ではなく、抑揚のない声でぷりんちゃんがその名を告げた。恐らくそれが彼女の中の人の喋り方なのだろうとそう思った。


「やっぱり、そうよねぇ」


「動機は不明だし、アリバイもなくはないけどねー。でも、私は彼……ううん。彼女が犯人だと思っているよ」


 次いで出た言葉はいつもの可愛らしい、愛らしい口調で、そのギャップに少し笑ってしまった。そんな私を窘めるようにぷりんちゃんがこれ見よがしに腰に手を当ててため息を吐く。勿論、そのため息姿も愛らしいわけで、何とも面白かった。


「リンカちゃん。もっと真面目に」


「私の辞書にはないのよ、真面目っていう言葉」


「自分から振ってきてそういう態度は良くないよ?」


 全くもってその通りで、反論の余地もない。


「ま、ルチレ君が犯人というのは私も同意見よ。犯人の始末が終わらないとNEROの所に行けないし、さっさとルチレ君を処刑しましょうか」


 ぷりんちゃんがルチレ君を祭り上げれば話はとっても早い。彼女に良い所を見せようとしている輩は多いのだ。例えルチレ君が犯人じゃないとしてもそれで収まってしまうだろう。などとぷりんちゃんに対して失礼な事……嘘だけれど……を考えていれば、ぷりんちゃんがどこか不愉快そうな表情で私を睨んでいた。


「私は、今の段階で無理にNEROの所に行く必要を感じていないんだよね」


「私にはあるのよ。四の五の言わず従いなさい」


「……暴君は打倒されるのが常だよ、リンカちゃん。春ちゃんがいなくなった以上、貴女を止められる人はもういないけど……それも今だけだよ?」


「へぇ。ヴィクトリアぷりん王朝でも作る気かしらね?」


「今のところはないけれど、リンカちゃんがあまりにも酷いようならそれもありかな……春ちゃんもいなくなったし、私達は貴女に付き従う理由もない」


「私達……ねぇ」


 ぷりんちゃん、ベルンハルト、シホ、グリード、ルチレ、ゆかり、春秋の7名の事を言っているのだろう。最初、春の下に集ったメンバー。


「ただ、春ちゃんが貴女の行く末を気にしていたから、それだけは見届けさせてもらうよ。だから……嫌だけれど、関東には行くよ。命令通りにね……その後は知らないけれど」


「構わないわよ。逆らえば殺すだけ。今までと何も変わらない」


「……貴女の方がNEROの称号に相応しいね、女王様。けれど、そんなに巧く行くと思っているの?」


「全員殺せばそれで終わる話でしょ」


 簡単な話だ。逆らうならギルドメンバー全員殺すだけだ。早いか遅いか。ただそれだけの差だもの。でも、彼が見つかったならば、彼が私たちの下に来てくれるなら私は彼を王として退いても構わない。あるいは彼と二人でここを抜け出して行っても良いと思う。


 だから、後の事なんてどうとでもなると思っている。


「それにしても春の事、どこまで信頼しているのかしらね貴女は……いいえ、貴方達はと言った方が良いのかしらね」


「私が傅くのは春ちゃんだけ。それで理解できないなら死んだ方がましかもね」


 ご大層な物言いだった。


 あんな人間のどこに魅力を感じるのだろう。全く持って良く分からないけれど、信仰は自由だ。


「じゃあ、話を戻しましょう。ルチレ君を連れて来て。その場で殺すわ。それでNEROの小間使いだったという話にでもして理由をつけましょう」


「もう遅いかもね」


「……グリード?」


「だよ。ほんと猪突だけど……あの子らしいよね。ルチレちゃん、死んでなきゃ良いけど」


 ぷりんちゃんがくすっと笑った。


「殺したら命令違反よ」


 手間が省けて良いけれど。


「だから、貴女に付き従う理由なんてもうないのよ。私達。いいえ、元々貴女に付き従う人間なんて、誰もいない。春ちゃんがいなければ貴女なんてそこらのアバズレと変わらない。ううん。そこらのアバズレの方が馬鹿な分救いがあるよね。変に頭が良くて春ちゃんに認められていたくせに、男に懸想してギルドを潰そうなんて……そんな馬鹿より」


 がきりと歯が鳴った。


 鳴った次の瞬間、右手に流星刀を持ってそのままぷりんちゃんへと振り下ろしていた。


「っ」


 瞬間、耳障りな金属音が部屋中に響き渡る。


 刀を止めたのは彼女の体躯程ある戦斧の柄。それが私の刀を止めた。咄嗟に仮想ストレージから取り出したのだろう。彼女の姿にはとても似つかわしくないものだが、彼女はそれが好きらしい。


「殺人犯は衝動的に2人目の殺人を犯したとかでどう?」


「だからあなたの事嫌いなのよっ。このストーカーっ」


 怒りに歪んだ醜悪な表情を浮かべ、ぷりんちゃんが猛る。その言葉に瞬間、


『お前のやっている事はただのストーカー行為だ。すぐに止めるんだ』


 いつだか聞いた幽霊の……死んだ幼馴染の言葉がフラッシュバックする。


 不愉快だった。


 私はこんなにも彼を愛しているのになぜストーカー呼ばわりされなければならない。それに彼は何度も私に弾丸あいをくれたのに、それでもそんな犯罪者ストーカー呼ばわりするなんて不愉快極まりなかった。


 だから、そう。


「……ぷりんちゃん、いい加減、その下手な芝居止めにしない?貴方の中の人は中年のおっさんでしょう?見ていて吐き気を催す程気持ち悪いわよ」


 苛立ちと共にそう口にした。


「な……」


「なんで知っているかって。それはもう……貴方の大事な大事な春ちゃんに教えてもらったからに決まっているじゃない」


 それは春が死ぬ前日に語った四方山話の中の一つである。他にも色々な事を聞いた。そんな事まで春に伝えるぐらい、春を敬っているぷりんちゃんが滑稽だった。


 そんな滑稽な彼女の戦斧、その柄ごと切り捨ててしまうべく刀へと力を入れる。じり、じりと彼女の腕が折れ曲がって行く。


 このまま力を入れ続ければ押し切れるだろう。


 けれど、酷い。


 これは酷い。


 こんなに手古摺っている姿なんて、絶対に彼には見せられない。それ程無様な刀筋。……嫌われるかも、そんな自分の想像に羞恥に似た苛立ちを覚えて刀を一旦引いて、両手で柄を握り、今度はぷりんちゃんの頭を狙って振り下ろす。


「春ちゃんが……なん」


 再び、金属音が響き渡る。またしても防がれた。そして再びの拮抗。


 それにしてもSTR特化というわけでもなかったと思うが、意外と力が強いなこのネカマ。


「貴方達より私の方が信用に値すると判断したんじゃないの?知らないけど。貴方と違って私はあんなのに興味を持たれても嬉しくないけれど。なんで私に貴方の正体なかのひとの事を教えたのかを知りたかったら、さっさと死ね。死んで春に直接聞いてらっしゃい」


「そういうことじゃ……」


 歯を食いしばった所為で続きが出て来なかったらしい。大して聞きたいわけではないけれども。


「じゃ、彼岸で春に会ったら、宜しく伝えておいて。ぷりんちゃん。いいえ。××株式会社企画部の次長さん」


「だ……だか……なぜそれ……」


 それがぷりんちゃんの最後の言葉だった。


 信じられない物を見たような表情を浮かべて、絶望的な表情を浮かべて彼女の頭が割れた。割れた彼女の頭から飛び散る血液がドレスに掛る。どろりとした彼女の血がドレスを伝って行く。


「まぁ、丁度良い機会よねぇ」


 春の事が終わったら新しい服にしようと思ったけれど、丁度良い機会だし服は早めに用意しよう。ルチレ君の事はさっさと終わらせて製造スキルを持っているメンバーに声を掛けにいくとしよう。


 汚れたドレスを脱ぎ棄て、ぷりんちゃんの上に掛ける。


 瞬間、なぜだか違和感を覚えた。


 奇妙な感じだった。しばらく顎に手を当てて何だろう?と考えていれば、ぷりんちゃんの死体が、春殺しの犯人の殺し方とは全然違う事に気付いた。多分、浮かんだ違和感の正体はそれなのだろう。


 とはいえ、死体を偽装する気も起きず、暫く下着姿で考えた後、まぁでも……どうでも良いかと思う。


「彼と私の邪魔をする奴は皆敵だものね」


 ぷりんちゃんの血で染まったレッドカーペットの上。彼を招く前に綺麗にしておかないと。掃除は面倒だしこれも誰かに任せようか。


 脱いだドレスの代わりにとりあえずの服装を適当に見繕って部屋を後にする。


 とりあえず今は、ギルドマスターとしてグリードを止めに行かないといけない。既に遅いかもしれないけれど。全く、ぷりんちゃんの所為で余計な時間を使ってしまった。


 さっさと全部ルチレ君の所為にして、ルチレ君が実は皆に出会う前からNEROとつるんでいたNEROの忠実な部下だったことにして、さっさと円卓の騎士達を関東に派遣しよう。そして私もまたそこに向かおう。


 うん。


 あぁ。


 早く会いたい。


 早く会って、今度も一杯銃弾で私を撃ち抜いて(あいして)欲しい……。


「シズ様。待ち遠しいです」






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