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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
62/116

09

9.






 水面を揺らす牙の生えた魚の姿に辟易しながら、その魚に餌を与えているアリスを眺める。与えた餌はそこらで発見したゾンビのような悪魔の死体。それをざしゅざしゅという何とも言えない咀嚼音を放ちながら食べている魚を愛しそうに見つめるアリスの趣味がどうにも分からない。


 ぱちぱちとなる焚火に新しく枯れ枝を投入しながらそんな事を考えていた。


「鬼畜様、鬼畜様。この子、今日の食事にしましょう。さぁ、食べている間に早く捕まえて下さい」


 やはり分からない。


 てとてとと川沿いから焚火の方に近づいてくるアリスを見ながら再度そう思った。


 地元から適当に移動する際に立ち寄ったコンビニで服装を新たにしたアリスは現在、白いカッターシャツに棒ネクタイ、ミニスカートという出で立ちだった。上着だけで言えば寧ろ僕が着たいと思う所である。短い靴下の御蔭で彼女の足は随分と露出が多い。真っ当な青少年であれば彼女の容姿に魅かれる事だろう。月夜に輝く金色の髪も―――今更だが彼女の髪が金色である事に気付いた。全く興味が無かったが故に気にしていなかったと言えばきっと彼女は怒るだろう―――それを助長させる。


「そんなに食べたければアリスが捕まえれば良いだろう」


「何をおっしゃいますやら、鬼畜様。私、あの魚よりレベルが低いですよきっと!だからざしゅってされます。ざっしゅって。私のおもちがざしゅざしゅ喰われてしまいますよっ!?いいんですか!?」


「……それは困るな」


 嘆息する。


 NEROに渡すのは色々確認してからにしようと決めたが、それまでに傷ついて貰っても困る。


 立ち上がり、仮想ストレージからナイフを取り出し、魚に向かって投げる。


 ぽちゃんと水面が動いた。


 モノの見事に外れた。


 それを見たアリスが指を指して僕を笑う。『鬼畜様、へたくそですねぇ!嫌われますよそんなのじゃ』とか言いながら。それを無視しながら川辺に近づき、その魚の凶悪な牙を掴んでその体に9mmパラベラム弾を数発撃ちこんで絶命させる。そのまま片手で引き摺り、陸上へと。


「足が生えているな」


 魚の体にサーベルタイガーのような牙、そしてミニチュアの人間みたいな足。奇怪だった。


「生えていますね……やっぱり止めましょう、鬼畜様」


「……まぁどっちでも良いけれど」


 そもそもNPCに食事という概念はあるのかというのが疑問だった。アリスの事だから彼女だけが『そう』なのかもしれない。そう思った。


 とりあえず魚を解体し、その肉をストレージへと入れる。使い道などNPCへの売り物ぐらいのものだろうけれど。


 そしてそんなクリ―チャーの代わりに夕食はそこらに生えていたキノコとなった。焚火でそれを炙りながら焼けてきた頃合いを見計らってアリスへと渡す。それを小さな口ではふはふと食べる様はやはり愛らしいというべきなのだろう。


「あ。なんか記憶に引っ掛かりました」


 2人旅を開始してから何度目かのアリスのその言葉を僕は記憶する。


 例えば山を抜ける途中に見た川の始まり。苔と植物の葉に覆い隠された岩陰から零れ落ちる滴を見た時。渓流を下りながら見た滝。それ以外にも。幾度となく彼女は同じ言葉を口にした。


 私、これを見た事があります、と。


「本当、君は山で産まれたかのようだな」


「私、都会っ子ですよ!?」


「君が経営していたコンビニがあった場所はどう考えても地方都市の域を出ないが」


 戯言を言い合いながらキノコを口にする。苦いというのが印象だった。柔らかく歯触りは良い。だが、それだけだった。天ぷらにでもすればまた別なのかもしれないが、それは望みすぎというものだろう。


「そういえば鬼畜様って小食なんですか?いつもあまり食べていませんけれど」


「妹にもそう言われた記憶はあるが……これ一つで十分かな」


 ある日、妹に『もっと食べないと太らないよ!』と言われた。なぜそう言われたかと言えば、筋肉量の所為で僕の方が妹よりも体重が低かった所為だった。そんな妹に脂肪ではないのだから別に良いだろうと言ったものの、ハァとため息一つ『女心の分からないシズ兄ちゃん何て今すぐ滅びてしまえっ!』などと悪態を吐かれた。酷い妹もいたものである。


「あぁ、だから細いんですねぇ」


「この世界で太いも細いも無いと思うが……」


 食べなければ餓えは感じるが、食べ過ぎたからといって太るわけでもない。最低限摂取していれば良い話だった。


「乙女の敵ですねぇ」


 生憎とアリスは僕の言い分を聞いていないようだった。


 まるで現実世界を生きる人間のようにアリスはそう言った。そういう事を言われる度に『彼』に記憶を失わされた人間プレイヤーなのではないだろうか?という疑問が沸く。もっともだとするならば、3歳だと自称するわけもない。


「君は一体何者なんだろうな」


「さぁ。私も自分が何者なのか分からなくなって来ました。記憶力だけは確かだと思っていたのですけれど、こうして鬼畜様と一緒に旅をしていてふつふつと変な記憶が浮かんでくる事を思うと……ハァ」


 NPCのため息。


 何とも高度な感情表現だった。


「鬼畜様。試しにNPCらしい説明求めてくれませんか?」


「そういう台詞を吐いているのが既におかしいと思うと良い」


「ですよねぇ……でも、一応、試しに」


 そう言われて真っ先に思い浮かんだのがスキルについてだった。今までは違和感ぐらいだったが、アリスの事を知った結果、一つ確認したい事があったのだ。


技能スキルに関してもう一度聞きたい。君は基本的にプレイヤーの行動によって得られるものだと語ったが、生憎とSPを使う様な攻撃技能スキルはまだ覚えていないんだが。そういう物を使うプレイヤーにも会った事がない。勿論、技能スキルというものが存在する事自体は理解しているがね」


技能スキルは基本的にプレイヤーの行動によって得られるものです。打撃武器を使っている方にはそれ相応の。射撃系武器を使っている方にはそれ相応の。初心者向けの技能に関しましては、専用のNPCにお声をおかけ下さい。基本的に転送ターミナル付近におられます」


 改めて聞けば以前と全く同じ言葉が帰って来た。そして、改めて聞いて違和は確信へと繋がった。予想通りだった。


 僕だって何度かターミナルは利用している。


 だから……


「そんなNPCはいない。アリス。その知識は……いつの物だ」


 そんな者がいない事にはとっくに気付いている。


「……鬼畜様?」


「アリス。改めて聞く。技能スキルとは何だ?」


技能スキルには大きく二種類御座います。パッシブ系技能スキルとアクティブ技能スキルです。前者は一部技能スキルが未実装です。後者はプレイヤー、NPCに関しては現在調整中に付き未実装です。なお、悪魔に関してはその限りでは御座いませんので戦闘には十分ご注意下さい」


「いつだ」


「いつとは?」


「……実装はいつ行われる」


「βテスト時に実装される予定となっております」


 確定だった。


「アリス。もう一つ聞きたい。今は、何を行っている最中だ」


「現在、αテスト中です。テスト時の不具合等に関しては開発者にご連絡下さい」


「…………」


「鬼畜様?どうかなさいました?なめくじが這ったみたいな表情をして」


 一転、いつもの調子で語るアリスを僕は呆と眺める。眺めていれば見られるのが恥ずかしいのか視線を逸らしたり、手の平で顔を隠したり、俯いたり、或いはぷくっと頬を膨らませたりと様々な表情を浮かべる。


 そんな風に人間のように表情を浮かべる少女は---彼女曰く―――三年の月日を経験している。学習をしている。『彼』が作ったAIがどこまで優秀かは知らないが、それでも純粋に尊敬に値するものだ。これでは現実世界に人がいらなくなる。


 苦笑を浮かべれば、その苦笑に首をくてっと曲げるアリス。


 彼女の表情は人間然としているが、しかし、反面、彼女の記憶はとても曖昧だった。彼女らにとって記憶は記録そのものであり、デジタルデータとして保存されているものだ。それを忘れると言う事があるのだろうか。それを曖昧に思い出す事があるのだろうか。いや、現に彼女の記憶は曖昧で、何度も『見た事がある』と言っている。曖昧なのは事実。であれば、なぜ曖昧であるのか。


 考えるまでも無い。


 その原因は『彼』しかないだろう。


 『彼』は人造の世界を作り、人造の人間を作り、本当の意味で神になりたかったのだろうか。そんな詰まらない物に興味を抱く様な人間など碌な人間とはいえない。まぁ、あんなくだらない死体の写真をアップしているのだから、下らない人間なのは確かだが……


「鬼畜様。何か話をして下さい。私、暇です。一人で勝手に納得して一人で考え込むとかこんな美少女を前にして何様でしょうかっ!あぁ鬼畜……様でしたね」


 そうやって『彼』の事を思い浮かべていれば、頬を膨らませながらもせっせと焚火の管理をしているアリスがそう口にする。


「NEROの名を聞いた事があると言っていたが、他にいないのか?そういうキャラは」


「これまた飛びきり詰まらない話題を持ってきましたねっ!」


「すまんね」


「申し訳ないと思うならもう少しそれらしい表情をして下さい……だから、教えません」


「…………」


「教えません」


「……」


「教えませんよ?」


「…」


「わ、悪いのは鬼畜様ですよっ!?」


「いや、教えたくないなら別に良いが……」


「だったらそんなに睨まないでください」


「そういうつもりもないんだが……」


 至って普通にしていたように思う。


 ともあれ、NEROがαプレイヤーだという事はこれで確定したと言って良い。アリスの事を知っている者として扱っているのだから当然、彼には以前の記憶……αテストの記憶があると考えるべきだ。ただ、彼が知っているのはその頃のアリスではないようだが……さて。意地の悪い『神様』がNEROにアリスを探せないように姿形を変えたとかだろうか。あるいは……NEROには見えないようにしたとか……。見えない者を見えるようにできるのならばその逆もまたしかりだろう。


 あの女装男が駅前で爛々と輝いているコンビニを見落とすとも思えない。見えていないと思った方がまだ理解できる。所詮、そんなもの想像でしかないが……あながち間違いではないのではなかろうか。


 どうだろう。


 まぁ、どうでも良い。


 しかし、αテストはどういうものだったのだろうか。


 今回と同じ様にクローズドワールドで殺し合いだろうか。現実のこの国で大量の死人が産まれれば事件として扱われるだろう。まして、専用筐体を用意する必要のあるこのゲームのテストなわけで……とそこまで考えて、そう言えば以前、『彼』がアップした写真がNPCの死体ではないか?と思った事があったことを思い出す。今より人間の少ない世界でNPCが跋扈している世界だったのではないだろうか。そして、それをαテスターであったNEROが殺し尽したとか……だったらあの品の無い死体はNEROのものだろうか。今の彼がNPCを殺すとは思えないが、αテスト時代に何かあったのかもしれない。それにしても刀の使い方を見たわけではないが彼なら綺麗な死体を作り出すと思っていたのに……彼に期待して損をした気分である。NEROも今の内に殺しておこうか……。


「そういえば鬼畜様。あのお肉に興味津々な御嬢様はどうされたんですか?」


 誰の事だと考えて、理解した。SCYTHEのことだ。


「さぁ。生きていれば良いと思うが」


「な、ななな!鬼畜様が生きている人間プレイヤーに興味をっ!?」


 酷く煩かった。


「死んでいたらそれはそれでみて見たいが……どちらかといえばSCYTHE……GOTHICの場合は殺す姿が見たい」


「あぁ、所詮は鬼畜様でしたか」


 吐き捨てるように言うNPCだった。


「じゃあ、あれです。鬼畜様、他に知り合いいないんですか?ぼっちなんですか?」


 可愛い顔をして酷い事をいうNPCだった。


 同時に何も知らない無垢なAIでも3年もするとこうなるのか、と少し感慨深くなった。


「知り合いといえるのはWIZARDぐらいか……?」


「WIZARD?どうせ鬼畜様の知り合いですし女性ですよね。名前からすると魔女っ子さんですか?」


「どちらかといえばシンデレラだな」


 銀髪の碧眼エメラルドグリーンのお姫様。きっと普通の感性の持ち主なら、彼女の事をそう称えるのではないだろうか。もっとも普段の彼女はただの狂人だが。


 考えていれば、何やらアリスが口元を手で押さえて肩を震わせていた。本当に芸が細かいNPCである。


「き、きちくさまのくちからまさかまさかのシンデレラ!」


「君は何か僕に恨みでもあるのか?」


 言い様、食後---といってもキノコ1つだが―――のコーヒーを取るために仮想ストレージからコーヒーカップを二つ取り出し、次いでコーヒーのアイコンをドラッグしてカップにコーヒーを注ぐ。上がる湯気から香しいコーヒーに匂いが沸きたつ。すんすんと鼻を鳴らし、上目遣いで現金なNPCに片方のコーヒーカップを渡し、次いで自分の分を入れ、カップに口をつける。


 その苦味に大して美味くないなと感じながら、空を見上げる。


 相変わらず品の無い星空だった。


「いやー、今夜はとっても月が綺麗ですねぇ、鬼畜様」


 そんな僕に釣られたように夜空を見上げながらアリスがそう言った。


「『彼』がもし神様になりたいなら、もう少しセンスを磨いた方が良い」


 アリスと、そしてここにはいない『彼』に向けてそんな事を口にする。


 月まで届けば良い。月に願いを込めて飛んで行ければ良い。或いは同じ月の下で過ごせる幸せだとか、そんな期待に似た何かを感じさせるこの空が酷く醜いと、そう思った。


「文学を理解しないですねぇ、この鬼畜様は」


「残念ながら、こんな月の下で死んでも良いとは思えんからな」


「分かっていて言いますか……。ほんと、鬼畜様は鬼畜様ですねぇ……ほんと、面白い人間プレイヤーです」


 人間に近づいているアリスの笑みの方が、まだ綺麗だと、そう思えた。






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