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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
61/116

08

8.






 鉄が空から落ちて来るような音。


 耳に障る鈍く大きな音が白い大地に響き渡る。


「っぁ……」


 同時に伝わってきた衝撃に右手が痺れを覚え、サイスを落としてしまいそうになる。それを気力でどうにか耐え、そのまま右手の力だけでサイスを振れば、再び幅広の剣がそれを防ぐ。そして再び鳴る金属音。瞬間、背後からふわふわと浮いた肉塊が刀を振り抜き、背を割られた。


「ぁぁっ」


 流れる血の感触が気色悪い。痛みに意識が飛びそうになる。だが、今意識を飛ばしては駄目だ。ぎりっと歯を噛み締めその場に踏ん張る。こんな肉塊に殺されるために私は生きてきたわけじゃない。再三、浮かべた思いを浮かべ、剣と刀から逃れようと左方向へと飛ぼうとして、


「残念、そっちは俺の範囲だ」


 偉そうな口調の肉の持った細身の剣に私の左手へと切り落とされ、腕が宙を舞う。血を撒き散らしながら軽やかに飛んで行く醜い私の腕に自然と視線を吸い寄せられる。けれど、それも一瞬。一瞬遅れてぷしゃっと私の腕から粘性の高い紅色の体液が流れて行き、痛みが身体を駆け巡る。今度こそ耐えられなかった。痛みにその場に崩れ、サイスを手放してしまった。


「どうした、SCYTHE?そんなものなのか?そんなもので俺達をどうにかしようと思ったのか?笑わせるなよ。もっと無様に足掻いてみせろよ」


 蹲る私を見下ろしながらケタケタと笑う口らしき肉塊。緩やかに震えながら開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。黙れ、そんな思いと共にサイスを手放し開いた手で、仮想ストレージからナイフを取り出し、その口に向けて投げつける。咄嗟に、幅広の剣を持った骨がその肉を庇うために動き、その隙に乗じてサイスの柄を掴み骨がいた場所へと移動する。


 だが、


「キリエ。無用だぞ?」


「えぇ、分かっております」


 私の行動は骨にとって予想通りだったのだろう。ぱちん、という骨と骨が重なり合う音が鳴り、同時に私の足元が蒼く染まった。


「っ!」


 冷たい。


 蒼い色をした揺らめきが私を襲う。全身に響く冷たさ。炎とは違う色をしたそれは炎とは呼ばないのだろうか?そんな無駄な事を考えてしまうぐらいに驚いた結果、あっという間に全身が青い炎に包まれる。


 凍って行く。


 ボロボロだった服を炎が伝い、伝った場所から凍って行く。そして、ぱりん、ぱりんと軽い音を立てて服が零れ落ちて行く。切り飛ばされた左腕の切断面がじゅくじゅくと音と立てて凍り、一瞬血が止まる。が、瞬間、同じく軽い音を立てて凍ったそこが割れ、新たな破面を作り上げる。そして再び凍る。そして割れる。その繰り返し。痛みに絶叫をあげたくなる。が、絶叫を作り出す口を炎が覆う。口腔内を駆け巡る冷気に息が止まる。その間にも更に顔に炎が伝い、眼前を青い炎が覆って行く。


 閉じる意味の無い目を閉じ、急いでその炎を消そうと白い大地へと転がるよう倒れ、ぐるりと地面を転がり、その勢いでもって立ち上がる。それで青い炎は消えた。


 瞬間、安堵と共に……全身に痛みが駆け巡る。


「ぁっ……ぐっ」


 炎が消えたとはいえ、炎の通った場所は凍ったままだったが故に。最後の一回。凍ったそれらが割れ、再三の割れる音と共に全身に裂傷が浮かびあがる。


 流れて行く血。


 母の好きだったゴシックロリータという服が私の血に赤く染まって行く。


「あら。やりますね。そんな簡単に消されるとは、思いもしませんでした」


 そんな事、欠片も思ってないであろうその言葉。


 嗤う肉を前に、ハァハァと荒い息が零れる。


「キリエご自慢の氷結地獄。楽しんだか?……おかわりはどうだ?遠慮するなよ、SCYTHE。俺達の間柄じゃないか」


 そんな私を見て更に肉達が嗤った。


 正面に偉そうな肉。右手に骨付き肉、左手に羽付き肉が並びながら、足掻く私を馬鹿にするように笑っていた。


 確かにこいつらと戦う前にも肉を相手にしていたし、疲れはある。元よりもう今日は止めて帰ろうと思った後の事だから精神的にも疲れている。HPも対して残っていない。回復アイテムはまだ残っているけれど長時間戦っていられる程持ってはいない。


 逃げる。


 その思考に引き摺られる。気色悪い肉を前にして逃げる。自ら止めるでもなく、自ら帰るでもなく、ただ逃げる。無様に逃げる。その事に僅か苛立ちを覚えるが、死んでは意味がない。私は狂気に溺れた馬鹿じゃない。どんなに勝ちたくても勝てないなら次の機会を願うのは当然だった。


 だから、と周囲を見渡す。


 こいつらを相手にする前に多少減らした。


 多少減らしたものの……私達から離れた場所を囲む様に、見物するように肉塊が並んでいる。


 肉塊で出来た円陣とりかご


 その内側に私はいる。


 そこから逃げようとすれば、当然円陣の一部を切り裂く必要がある。だが、それ以前にこの3つの肉塊には隙なんて見当たらない。私が背を向ければ再び先程の青い炎が私を包むだろう。青い炎の事を思い出すだけで全身が背を向ける事に拒否反応を示す。もう二度とアレは喰らいたくない。それに、同時に羽付き肉が飛んで襲ってくるかもしれない。あの羽付き肉もかなり強く、それに素早い。空を飛べるというのもまた厄介だった。


 絶体絶命というのはこういう状況を言うのだろうか。


「もう終わりか?呆気ないな……もっと足掻いてみせろよ。無様に逃げようとしてみろよ。あの時の俺みたいになぁ」


 煩い肉の声を無視しながら父の声を思い出す。


 映画が好きだった父が、DVDを見ている時、私に物語の内容を聞かせてくれた。とにかく熱く語ってくれた父の言葉は良く覚えている。ピンチはくぐりぬけてこそだ、と。大して意味は分からなかったし、その過程が分からなければ何の意味も無い。願っただけで解決する事なんてあるわけがない。


 今の私が映画の主人公のように助かるなど、それこそ奇跡か何かなのかもしれない。


 でも。


 諦めたいとは思わなかった。


 諦める気もなかった。


 それに、まだ手はある。


「やっぱり拾っておいて……良かった」


 今まで切って来た肉に感謝する気はない。けれど、少しぐらいは認めても良い。それがなければ私には何も手の打ち様も無かったのだから。肉が人間の振りをしていたからこそ私は今、こうして……ここにいられる。


「肉が―――」


 銃を持つ肉がいる。


 剣を持つ肉がいる。


 槍を持つ肉がいる。


 刀を持つ肉がいる。


 斧を持つ肉がいる。


「―――喋るなっ」


 そして、先日殺した肉達のように爆弾を持つ肉がいる。


 一人に付き2つ。それがこの世界に誕生した者達が必ず持っている手榴弾の数。それをずっと持ち歩いている者。あるいはそれ以上に新たにどこかで手に入れた者。


 それらを拾い集めてきた。


 便利だからと集めてきた。でも、私の戦闘スタイルではあまり使う頻度は多くない。だから大量に余っている。


 数にして百二十余。


 それを今使わずしていつ使うというのか。


 邪魔になったサイスを仮想ストレージに仕舞い込み、それと同時に仮想ストレージ内から爆弾を取り出し、腰の振りと共にそれを周囲にばら撒いていく。


 私の体から産まれるように次々と爆弾が世界に出現し、白い大地を武骨な色で染めて行く。


「キリエっ!ニアっ!」


 咄嗟に盾を持って偉そうな肉が前に出る。


 だが、遅い。だてにAGIを上げているわけではないのだ。力と速度こそ正義といった兄の気持ちも分かるというものだ。視界の中ゆっくりと動く偉そうな肉を横目に、歯で一つの爆弾のピンを抜き、その場に投げ捨てる。


 瞬間、連鎖的に爆発した爆弾によって轟音が生じる。


 自分を傷付けることは不可能。


 故に。


 爆発して散乱する榴弾が体に当たろうとも、響くこの音も私を痛め付ける事はない。そして、舞い上がる白い大地が私の視界を埋め尽す事も---ない。


 結果、目で私を追っている3体の肉が私を見失った。


 その隙をついて攻撃しようなんて思わない。爆風と共に地面から立ち昇った雪に隠れながら私は円陣側へと向かう。


 仮想ストレージから大量の回復薬を取り出しそれを咀嚼する。何を選んだかは確認してなかったが口の中に嫌な苦味が流れ込む。けれど御蔭で目が覚めた。そして、まとめて一気に食べた所為だろう。HPの回復と共に醜い腕が急速に生えて来る。


 走りながら、腕が元に戻ったのを確認して仮想ストレージからサイスを取り出し片手に持ち、そしてもう片方で爆弾を取り出しては撒き散らし、歯でピンを抜いて爆風を作り上げ肉達の視界を埋め尽す。


 轟音と爆風を隠れ蓑にしながら更に走る。


 AGIとSTRに特化したステータスを持つ私の速度。骨付き肉や羽付き肉ならまだしも、偉そうにしている肉には追い付けるわけもない。まして、この場から離れた場所で楽しそうに私の醜態を眺めていた肉達が突然視界に現れた私に対処できるはずもない。


 円陣に爆弾を投げ込んだ後、サイスを天上から地面へと振り下ろし、次いで横に薙ぐ。


 それだけで円陣に穴が開く。


 その間を走って抜けようとして、後方からパァンという小さな雷が落ちたような気がしたと思った瞬間、足に痛みを感じた。


 走っていた時にそんな衝撃を受けた所為で、ずしゃ、という音と共に白い大地へと体が倒れる。だが、それも一瞬。立ち上がり、痛みに耐えながら走り抜ける。


「逃がすかよ、SCYTHE!」


 偉そうな肉が円陣だったものの中心で叫んでいた。


 だが、未だ視界は晴れていない。やたらめったら発砲しているだけだ。たまたま当たっただけだ。


 だから、そのまま駆ける。


 駆けて行く。


 円陣を成していた肉が私を追って来ているのが分かる。


 だが、私を止めるには足りない。


 時折、振り返りサイスを振り抜き、肉を解体する。その肉に向かって空からぶよぶよとした肉が舞い降りて来る。あぁ、こんな時でもあいつらは同じ行動をするのだと思った。けれど、それが今は少しありがたかった。例え一瞬だけとはいえ、彼らが降りて来るのは肉達にとって邪魔だったのだ。邪魔だと肉の腕を振り抜けばぶよぶよとしたそいつらが殺され、それがまた新たにぶよぶよを呼ぶ。


 その繰り返し。


 終わりなき肉の連鎖。


 御蔭で逃げやすくなった。


 振り返り、一瞬立ち止まって円陣があった場所を見る。距離の単位を理解していないのでどれだけ離れたかは分からないが、既に遠目といった所だった。今の私の足の速さがあってこそ。手探りでストレージから再び回復アイテムを取り出し、いやいやながらそれを口にする。打ち抜かれた足から痛みが消え、HPバーが元に戻って行くのが分かった。


 今度ぶよぶよとした奴らにあったら餌をあげるのも悪くない。


 くすり、と笑みが零れる。


 そして振り返り、更に距離を稼ごうと走ろうと思っていた。その時だった。


「あら、お客様?お帰りには……嗤うにはまだ早いのでは?」


 瞬間、聞こえた声に飛び跳ねれば、高速で飛んできた幅広の剣が私のいた場所に突き刺さる。


「……骨付き肉」


「骨付き肉?もしかして私の事でしょうか?不愉快な呼び名をしてくれますね……まぁ、良いでしょう。ここで貴女を殺せば主様も改めて私を認めてくれるでしょう。リディスなんかよりも私を大事にしてくれるでしょう」


「やっぱり同じか……」


 嘆息しながら、駆ける。


 それを追うように骨付き肉が駆けて来る。兄は骨付き肉が好きだと言っていたように思うけれど、こんな気持ち悪い事を言う代物が好きだったのだろうか……兄のことはそれなりに尊敬していたけれど、嫌いになった瞬間だった。


 そんな戯言を浮かべながら骨付き肉の攻撃を避ける。


「お客様は逃げるのが得意なんですね」


 少しでも集団から離れれば私にも勝機はある。レベルの高い肉を複数相手にするのは難しくとも―――自分のレベルすら把握していない私だけれど―――その内の一匹を相手にするだけなら何とかなると思う。


 更に離れ、誰もいない広い広い白い大地に辿りつく。


「ここが貴女の死に場所ということで宜しいのですね」


「骨付き肉が喋るな」


 別バージョン。


 サイスを構えながらそんな無駄口を吐く。


「……そんなぼろぼろの服を着た痴女に四の五の言われたくはありませんね。さっさと脱いでその貧相な体を割らせて欲しいですね」


 鼻を鳴らすような、といえば良いのだろうか。骨付き肉が皮肉気に私を嗤う。


 母が好きだと言っていたゴシックロリータという服。ずっと着ていた所為で確かにぼろぼろだ。つい先程青い炎で凍らされた所為で見るも無残な酷い状態になっている。確かにもう替え時だとは思う。けれど……それをこんな骨付き肉如きに言われたくない。


 鎌を横に。


 剣を手に。


 瞬間、金属同士が触れ合い気色悪い音を響かせた。


「ほんと、そのサイスが何で出来ているのかは気になりますね」


「煩い」


 ぎり、と力を入れ、振り抜こうとするが骨付き肉の力も同等なのだろう。押し返す事もなければ、押し切られる事もなかった。そんな状態に嫌気が差したのはどちらが先だろうか。きっと私だ。


 骨付き肉の顔面が―――肉が近づくだけで鼻が歪むのだから。


 咄嗟に力を抜いて、後方へステップを刻む。


 そして体ごとその場で回転させ、横に刻もうとした。が、その軌道を幅広の剣で防がれた。


「お客様。あまり舐められた事をされると私も怒りが沸きますよ?まぁ、そもそも……主様には手加減無用と言われておりますしね」


 言った直後、骨付き肉の骨部分から青い炎が浮かび上がる。


 一瞬、びくりと体が震えたのは先程の事を覚えていたからだろう。その震えと共にその場から一歩後ずさる。


「逃げてばかりでは……」


「だから、煩いと言った」


 後ずさると同時に逆回転。前方へと躍り出る。


 その炎を纏った骨目がけてサイスを振り抜く。が、左手で逆手に持った剣で受け止められる。……でも、そんな体勢でどこまで耐えられるというのか。


 ぎり、と歯を食いしばり、腕に力を入れる。


「呆れた力ですね……主様とは雲泥です。そこだけは評価しましょう。ですが、そこだけです」


 咄嗟にサイスから手を離し、その場を逃れる。


 直後、青い炎が私のいた場所に。


「っぁ」


 避け切れなかった足が凍っていた。だが、離脱には成功した。それに凍った方がまだ見栄えは良いというものだ。なんて強がりを思った瞬間、凍った部分が弾け飛び、足先がずたずたに引き裂かれた。


「っ……」


「武器を失って、ご自慢の速度も失って、さて、次はどうするんです?」


 くすくすと笑いながら更に青い炎を産み出す。


 次々と飛んでくるそれを避けながら、時折腕に喰らって裂傷を作りながら、何とか仮想ストレージからナイフを取り出して投げつける。かきんという軽い音と共に骨付き肉の肉を守る兜に当たって落ちた。投げるのは得意じゃないからそんなものだ。


 次いで、仮想ストレージから更にナイフを取り出し手に持つ。


 今度は投げず、近寄って刺すために。


 足から伝わる痛みに耐えながら、それでも全速で青い炎で出来た結界染みたそれを避けながら、骨付き肉の懐に近づき、ナイフをその顔の部分に……


「ほんと、速度もまた呆れたものですね……ニアと同等かそれ以上ですか……これもまた主様とは雲泥。ですが、まだまだ」


 骨がナイフを掴んでいた。


 侮っているのだろう。


 この骨付き肉は私を侮っているのだろう。


 私を本当に殺したいのならば、剣で私を切るべきだった。切り捨ててしまうべきだった。或いは自分ごと炎で凍らせるべきだった。自分の力に対する過信。きっとそれだろう。肉如きが不愉快だけれど、今はそれがありがたかった。


「骨付き肉が煩い」


 骨に握られたナイフが小さな青い炎によって凍って行くのと同時に手を離し、剣を手にしていた方の腕---ガントレット―――を両手で掴みくるりとその場で小さく回転して、腰を鎧に当て、その骨付き肉を背負うように投げつける。


 どすん。


 鈍い音が響く。


「っぁ……」


 突然、視界が上下逆転し、背の部分から落ちた所為で骨付き肉が溜まらず息を吐く。その合間に打ち捨てられたサイスを拾い、


「わ、私が人間なんかにっ」


 立ち上がろうとしていた骨付き肉の右手……骨部分に向かって、


「肉が煩いっ!」


 サイスを振り下ろす。


 がきん。


 力が足りない。


 がきん。


 速度が足りない。


 だったら、全力で。


 再三の攻撃にパリンという軽い音と共に、骨付き肉が肉だけになった。


「そ……そんな馬鹿な……」


 手で出来た骨を失った肉が呆然とする。呆然としながらも立ち上がろうとするその肉の足元に向かって再度鎌サイスを振れば、長いスカートみたいになっていた服が切れ、その下に隠されていた骨に当たる。それを強引に力任せに切り落とす。


 ばたり。


 バランスを崩して倒れる肉。


「弱い肉とばっかり遊んでいるからそうなる」


 自然とそんな言葉が私の口から流れ出た。


 なんでそんな事を言ったのかは自分でも分からない。多分、骨付き肉は、顔部分以外は骨に見えている分、他の肉に比べて真っ当に見えたからだと思う。


 ただ、その言葉がいけなかったのだろう。言葉をかけるよりも先に顔を切り飛ばしてしまうべきだった。首を狩り取ろうとした瞬間、ごろりと肉が転がって……ふらふらとしながらも片足で立ち上がってしまった。


「私が。主様の仲魔の中で最高レベルであるこの私が、人間なんかにやられるわけにはいかない。人間なんかに……舐められてたまるかっ。負けるわけにはいかない。じゃないと主様はまたリディスだけにっ!」


 怒り心頭。


 とでも言えば良いのだろうか。


 その怒りを受けながら、私は警戒する。


 先程までは私を侮っていた。けれど、もう侮りはない。本気になったという事だ。遊びなく青い炎で私を凍らせたり、幅広の剣で有無を言わさず切りかかってきたりするだろう。肉の癖に感情豊かで吐き気がする。それで強くなれるなんて不愉快で煩わしい。


 だから、これも馬鹿な事だったのかもしれないけれど、つい言ってしまった。


「じゃあ、あの偉そうな肉は今、そのリディスとかいう肉と一緒にいるの?あれだけ殺す殺すって息巻いていたのに……お前だけに任せて、自分はその肉と一緒にいるの?」


 肉肉とばかり言っている私から真っ当な言葉が紡がれるとも思っていなかったのだろう。


「あ……え……」


 咄嗟に私が何を言っているのか理解できなかったようだった。けれど、それを理解した瞬間、骨付き肉が呆然とした。


「信頼して、私を殺す事を任された?それは良かったね。でもきっと今頃、一緒におままごとでもしているんじゃない?お前がこんな事になっているとは知らずにノンビリ遊んでいるんじゃない?」


 気色悪い想像をしながら口にすれば、骨付き肉は更に呆然とする。心ここに非ずといった所だろうか。とっても強かったのにこういうのは弱いみたいだった。自然、鼻が鳴る。馬鹿馬鹿しい。肉がおままごとに興じるのもそう。心を持っているかのように呆然とするのもそう。


 凄く不愉快だった。


「じゃ、さようなら骨付き肉。次に会ったらちゃんと解体バラしてあげる」


 呆然とする無防備な骨付き肉にサイスを横薙ぎに入れる事なく。


 私はその場から逃げるように駆けた。


 格好悪く逃げ出した。


 運良く腕と足を切れたものの、それ以上は無理だろう。そう思った。侮っているのならばまだしも、青い炎とか力とか速度に加えて、私よりもレベルがかなり高いそれを殺し尽す事なんて出来そうになかった。


 今は諦めるしかない。


 次に会ったら……解体バラそう。


 ありがたい事に肉はその場で呆然としたまま私を追ってくる事はなかった。


 らしくもなく肉に感謝しながら私はそのまま別の都市まで走り抜け、ターミナルを使ってとりあえず適当な場所へと飛んだ。






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