表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
59/116

06

6.






 いつの頃だったかな。


 家のリビングでお母さんと一緒にソファに座ってテレビから流れる声を聞いている時、テレビから凶悪な殺人が起こったという内容の報道が聞こえてきた。コメンテーターや偉い大学の先生達、元警察の人とかがその殺人事件について意見していた。私には今一何を言っているのかは分からなかったけれど、それを聞いてお母さんは言っていた。


 いつでもお天道さまは見ている、と。悪い事をするとお天道さまが罰を与えると。こんな悪い事をする人には必ず罰が当たる、と。


 でも、残念ながらその犯人が捕まったという話は聞かなかった。お母さんは、きっとどこかで寂しく死んでいるに違いないなんてポジティブな事を言っていた。


 お母さんのいうお天道さまは神様というのと同じ意味で、きっと神様はいつでも見ているなんて事を言いたかったのだと思う。悪人はいずれ神様から罰を与えられる、とそう言いたかったのだろう。何も見えない私には神様なんて見えないけれど、その時は少し怖かったように思う。別に何か悪い事をしたわけではない。多分、丁度その時期、目が見えない事に不満を抱いた事とか、そんな自分を産んだ両親に少しばかり恨みを持ったからだと思う。そんな自分を見られているのなら罰が当たるかもしれないと思ったのだと思う。


 その日、久しぶりにお母さんと同じベッドで寝た。優しかった。それでもう恨みなんて消えてそんな事、今の今まで忘れていた。


 そのお母さんが今の私を見たらどういうだろう?


 目が見えるようになって良かったね、だろうか?


 そんなボロボロのお洋服着ちゃって。貴女は可愛いんだからお洋服はちゃんと着ないと駄目よ、だろうか?


 ううん。


 そんなわけがない。


 きっと、こういうだろう。


 貴女なんて産まなきゃよかった、と。


 迫る肉の塊を避け様にサイスの刃を通し、肉を避けて背後に周り、くるりとその場で回転する。ずさ、という音と共に肉塊が白い大地を染めた。


 肉を殺す事に思う事はない。けれど、切って捨てる度にお母さんの言葉が甦って来る。『お天道さまは見ている』と。


「っ……あの時でも敵いそうになかった私にどれほど時間を稼げるかは分かりませんが……アキラ様のレギオンを無為に失うわけには参りません」


 宙を浮く羽の生えた肉が人間の振りをして声を出し、光を反射するぐらいに綺麗な剣を携えて飛んでくる。


 だが、遅い。


 視界の中、緩慢に迫って来るそれを、周囲を囲む肉を解体するついでに避ける。


「っ!」


 次の瞬間、一瞬前まで私のいた場所をその剣が通り過ぎる。


 当たれば痛いだろう。けれど当たらなければ何の意味も無い。その剣に向けてサイスの先端を当てるように振り抜けば、咄嗟に剣を手放した肉が飛びあがるように天へと昇る。


 そしてどすん、という鈍い音と共に剣が白い大地に埋まった。


 その空飛ぶ肉はちょっと強い肉のようだった。


 頭……みたいな所に変な機械を付けているし、鎧もつけているからきっと他の全身肉の奴らよりは強いんだろう。ネットワークゲームでは装備が凄い奴はほど強いんだと兄が言っていた。


「囲んで殺しなさいっ!」


 叫ぶように発する声が不愉快だった。見目に似合わない甲高い声が酷く耳に残る。不愉快だった。


 その声に一瞬、周りにいる肉達が不愉快そうに天を見上げる。どうやら不愉快だったのは私だけではなかったようだった。そして勿論、そんな隙を私が見逃すわけもない。


 上空を見上げる肉の首らしき部分にサイスを通し、それを切り落とす。ぽろっとそれが宙を舞い、ぷしゃっと血が周囲に飛び散った。それをまともに受けて、目が一瞬赤く染まった。それを好機とみたのだろう。『今よ!』という肉の甲高い声と共に他の肉が私に飛びかかって来るのが『見えた』。


「肉が調子に乗るな」


 目元を拭う事なく、その場で身体ごとサイスをぐるりと一周させ、肉を切り、そのままの勢いで肉がいない前方へと駆け抜ける。


「そんな……」


 天上から慌てるような声。


 眼帯を巻いてさえ視界がある今の私が血で目を覆われた所で見えないはずもない。そもそも見えなくても別に問題はないのだ。そうやって十数年の月日を生きてきたのだから。視界があろうとなかろうと何かの気配を感じる事なんてお手のものだった。


「皆、私の命令を聞く事は不愉快でしょけれど、今は堪えて下さい。アキラ様の城にこんな奴を……アキラ様の怨敵を入れるわけにはいけませんっ。どうかっ」


 城。


 そう言われ、ふいに視線をその『城』とやらに向ける。


 瞬間、天上にいる肉の命令に従い2匹の肉が襲って来たが、それの体を縦に割るようにサイスを振る。一瞬、がきり、と骨に引っ掛かったのだろう。サイスから停滞を感じたが、力を入れて強引に振り下ろした。どさり、という音と共に肉が半分に割れ、その中から太い骨が出てきた。なるほど、これなら抵抗はあるだろう。


 でも、興味ない。


 下ろしたサイスを振り上げるようにもう一匹の肉を下から上に切り裂く。舞い散った血飛沫が降り続く雪を染め、その雪が私へと降り注ぐ。


 汚い。


 そう思う。けれど、それすらも時間と共に消えて行く。世界は白に埋め尽くされて行く。だからまぁ、今は我慢しよう。


 そんな思いと共に再び視線を城に向ける。


 城と呼ばれるのは大きな建物だった。他の場所でみた凄く高い建物に比べれば背は低いがその分横に広かった。


 その中にも大量の肉がいるのだろうか。


 想像した瞬間、辟易した。いい加減、面倒になってきた。殺しても殺しても次が沸いて出て来る。目の前にいるだけでも後何匹の肉がいることだろう。


 うごうごとしている肉を数えるのは得意じゃない。飛んでいる奴のように特徴があれば良いけれど、精々大小や立っているか四つん這いかの差しかない奴らの数を数えるのは得意じゃない。


 そも数えれば数える程不愉快になるのだ。数える気も起こらない。


 とはいえ、いくら不愉快とは言ってもこれだけの量を一日で全部を殺すのは流石に無理だと思う。城の中にももっといる事を思えば、一体全体私は何日かかけてこれを殺せば良いだろう。ただでさえこの街には肉が多いのに……。


 とりあえず、強引に隙を作ってそこを抜けて行こうと思い、周囲を……肉達を見渡した時だった。


 がしゃ、がしゃ、と音を立てて何かが現れた。


 勇壮といえば良いのだろうか。


 さながら王様に付き従う者達の如く、というのだろうか。


 豪奢な鎧を身に纏った肉を先頭に数多の肉が現れた。ぞろぞろ、ぞろぞろと視界を埋めてしまいそうな程の肉だった。きっと焼肉好きの両親や兄なら食べ放題だと喜ぶだろうけれど、私はもうお腹いっぱいだ。


「よう、SCYTHE。久しぶりだな。お迎えが遅くなってすまんね。しかし、お前、来たばかりでお帰りが早いんじゃないか?遠慮せずにもっと長居しろよ。歓迎するぜ?永眠するまでいてくれて構わない」


 硬そうな鎧を身に纏った肉塊が偉そうな格好―――所詮肉塊なので正直偉そうなのかどうかもわからないけれど―――で私に声を掛ける。


「アキラ様っ!どうしてここに」


「リディス。無事でよかった……後は俺達に任せてお前は下がっていろ。ウンディーネ達の仇は俺がとる」


「……っ……はい」


 先頭に立つ肉に言われて空を飛ぶ肉が城の方へと飛んで行く。その姿を追う様に先頭に立つ肉がそれを眺めていた。


 いらっとした。


 肉のおままごと程不愉快な物はない。


 反吐が出そうになる。残念ながら出る事はないのだけれど、酷い吐き気がして頭がくらくらする。


 サイスを横に構え、その偉そうな奴の正面に立つ。


 そんな私を見て、肉が震えていた。笑ったとでもいうのだろうか。そして、傍らにいた肉もまた、同じ様に笑うように震えていた。私を馬鹿にするように。お前に私達が負けるわけがないという不遜な感じさえしてきた。大変、不愉快だった。


「肉が調子に乗るな」


 ぎり、と歯が鳴った。


 それを受けて傍らの肉達が更に笑った。


 羽が生えた宙に浮く肉の塊とこれもまた豪華な鎧を身に纏い、巨大な剣を手にした肉……いや……?


 奇妙な存在だった。


 今までに見た事のない存在だった。


 剣を持たない方の手らしきものが、大地と同じ色をしていた。一見して硬そうな棒のようなものだった。幾つかの棒が交差し、組み合わさった不思議な形だった。


 いいや、私はそれを見た事があった。サイスで何度も切ったし砕いたりもした。つい先程も見たも見ている。けれど、


「骨?」


 骨は肉の中に埋まったもの。


 肉の中にあって切る時に邪魔になるもの。


 それがそいつの場合、鎧から飛び出していた。骨の生えた鎧といった感じで不思議な生き物だった。あとは兜の隙間から僅かに見える顔部分が肉じゃなければ……良かったのだけれど、流石にそんな事はなかった。嘆息する。シズ以外にまともに見える人間がいたのかと期待してしまった。


「その様子だと俺が誰か全く覚えてないみたいだな。はっ!だろうな。お前にとって俺の事なんざ、どうでも良い存在だろうよ。適当に殺そうとした相手なんか覚えているわけねぇよな」


「主様、これが?このちっこい少女が主様の?」


「あぁ。そいつが俺の最初の仲間達を殺した重罪人だよ。絶対に許せない相手だ。手加減は不要だ。殺し尽せ」


 何の事か分からなかったけれど、どうでも良い。結局、肉が人間の振りして喋っているだけだ。どうでも良い。どうでも良いが、その偉そうな肉の命令に従い、他の肉達が一斉に私に向かってくる。


 自然と怖気が走る。自然と吐き気がする。


 右から、左から、前から、後ろから。


 肉。


 肉。


 肉。


 肉。


 肉の鳥籠。


 あぁ、気持ち悪い。気持ち悪い。こんなものを見ていたら正気が保てるわけもない。正気を保ちたいとも思わない。こんな気持ち悪い物が存在する事自体が不愉快でどうしようもなく不愉快で苛立たしくて気持ち悪くてどうにもならない。殺してしまわないといけない。今すぐに殺し尽してしまわないといけない。白い大地を埋め尽す気持ち悪い集団を全部、全部、全部切り裂いてしまわないといけない。


「っ!この狂人。こんな状況で何を嗤ってやがるっ」


「煩い。肉が人間の振りをして喋るな。囀るな」


 あぁ、お母さん。


 ごめんなさい。


 私は悪い子です。


 悪い子なのです。


 例えお天道さまが見ていても私は肉を殺します。殺してしまいます。殺して解体ばらして大地に並べます。きっといつかお天道さまに罰を与えられる事でしょう。


 ごめんなさい、お母さん。お父さん、兄さん。


 産んでくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。私の事を大事にしてくれてありがとう。


 でも、こんな私でごめんなさい。


 私なんかが産まれてきてごめんなさい。


 こんな―――


「ごめんなさい」


 ―――人殺しになってしまって。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ