05
5.
北海道からの悪魔達の侵攻を押さえるためにタチバナさんと一緒に東北地方沿岸へと向かっていた者達は帰って来ませんでした。
夜から明け方に掛けての事だったと言います。遠目からそれを見ていた情報伝達役の者は悪魔を見たと言っていました。悪魔などそこら中にいるはずです。ですから、そういう意味ではないのでしょう。恐怖の象徴としての非現実的な、本当に意味での『悪魔』を意味しているのでしょう。怯えるその人をなだめながら、詳しく話を聞きました。
曰く、死神。
最初はこちらの武器の性能もあって悪魔達に拮抗していたようですが、その死神が現れた瞬間、状況は変わったそうです。青い炎を纏った幅広の剣を手にタチバナさん達を蹂躙していったとのことでした。一瞬たりとも止められる者はいなかったと言います。その情報を伝えてきた者も、遠巻きに見ていたとはいえ、かろうじて逃げ帰れたという感じだったみたいでした。
時間にして5分。
タチバナさん達の部隊……15名いた同胞と10名のNPCが命を失いました。タチバナさんが、彼が言う様に人殺しをしてレベルをあげていられれば話は別だったのかもしれません。そんな仮定の話に意味はありませんでしたが、それでも考えてしまいました。
正直、悪魔達を侮っていたのかもしれません。DEMON LORDという名を運営から与えられていたとしても精々、普段見掛けるような悪魔を連れているぐらいだと、そう思っていました。ですが、現実はそうではありませんでした。高レベルNPCをそんな短時間で殺し尽すと言う事は相当に強力な悪魔です。城主レベルの悪魔を何体も連れていると考えるべきです。他にも見たことの無い悪魔達が何体もいたとも聞いています。
幸先が不安でした。
「不幸中の幸いね」
話を聞き終わり、情報を持ちかえって来た彼には労いの言葉を伝え退室を即しました。そして扉が閉まった後、キョウコが呟くようにそう口にしました。
「どこがですか……」
「死んだのがタチバナだという事よ。あいつの存在は厄介だったからね。ギルドを運営していく上では邪魔な存在だったわけだし……それに、方針転換の言い訳も与えてくれた。最後に良い仕事をしてくれたわね、タチバナ。良い屑は死んだ屑だけよね、本当」
審判の代行権。1人の例外を認めてしまえば私も私もと言ってくる人が出て来るのは当然です。ですから例外を認めたくなかったのは事実です。ギルド運営というただ一点だけでいえば、確かにキョウコが言うように良かったとも言えます。言えますが……彼と最後に話をした時、彼には娘さんがいるという話をしていました。
タチバナさんの性質はどうあれ、その娘さんにとっては1人きりの父親です。もう二度と会わせる事が出来なくなったという事実が……重いです。勿論、タチバナさん以外もそうです。現実世界に残してきた者達がいる人ばかりです。それはネージュ君だって雪奈だって、キョウコだって私だってそうです。
誰もが現実に置いてきたモノがあるのです。それを取りに戻りたいと願うのは絶対におかしな事ではありません。DEMON LORDだってきっと帰りたいからこそ悪魔を集めたのでしょう。ROUND TABLEやNEROだって……あるいはWIZARDやあの男みたいな存在だとしても……。
「例えばよ、イクス」
反応できず、黙っていた私の肩に手を置きながらキョウコが口を開きました。
「箱庭に存在するものは箱庭の外を感知する事はできないのよ。だから、この世界にいる者達には死んだプレイヤーが現実世界で死んでいる事を証明はできない。それが出来るのは神様だけよ」
「……?」
「例えばこの世界で死んだとして、現実世界で本当にその人が死んでいるかどうかなんてイクスに証明できる?」
「…………できません」
「それを希望とは言わないわ。私自身信じていない。けれど、どうしようもないなら、そんな藁に縋るのも悪くない」
「慰めてくれているのは分かりますが……」
「まぁ、そうよね。イクスはそういう曖昧な希望には縋らないわよね」
この世界で死んでも生きている可能性は0ではありません。宇宙が誕生した時の確率よりも、無限小よりも更に小さい可能性かもしれないけれど、確かに誰もそれを確認してはいないのだから可能性は0じゃありません。シュレディンガーの猫が箱を開けるまでは生と死が交わった曖昧な存在であるように。誰かが表に出るまでは分かりません。……それに縋るのは確かに救いかもしれません。
けれど、私には信じられません。
今更でした。
硝煙と血の匂いがこびり付いたこの身体がその可能性を否定しています。処刑した者達の怨嗟と悲鳴と怯えが綯い交ぜになった表情を覚えています。全員の顔を私は覚えています。そんな私が、決して浮く事のない藁に縋るわけにはいきません。
昨日と同じ様に目を閉じ、強引に強制的に割り切って、目を開けます。
「昨日から余計な事を言ってばかりね。忘れて頂戴」
「だから、忘れませんよ。でも……そうやって気遣ってくれる人がいるという事は嬉しい事ですから……その、ありがとうございます」
「……いらないわよ。勝手に構っているだけだし」
苦笑を浮かべてキョウコが先に行きます。こういう時のキョウコは照れているのだと勝手に思っています。だから……今は彼女の顔を見ないようにしてあげます。
部屋を出て日本家屋を歩きます。
きし、きしと鳴る板の上を2人縦に並んで歩きます。そして、私達2人で使っている部屋に入り、2人で床に腰を下ろします。畳の匂いに少し落ち着きを取り戻しました。
足を伸ばし、2人して息を吐きます。
特に示し合わせたわけでもなく全く同じ行動をとってしまった自分達がおかしくて、自然と笑みが零れました。
「キョウコ。2人で行きましょう」
「えぇ、行きましょう。イクスと一緒なら例え地獄だってついて行ってあげるわよ」
「死んでいるじゃないですかそれ」
「死が二人を分けようとも、私は一緒にいるわよ」
「来世まで付いてくる気ですか?」
「貴方いつから仏教徒になったのよ」
戯言を言い合い、笑いあいます。死地に赴くとしても私達は笑い合っていられます。
私達2人なら負けません。
それは自分たちへの過信であり、慢心かもしれません。ですが、私達2人が負けるようならそもそもこのギルドで生き残れる者はいません。数が減ってじり貧になってから2人で出るぐらいなら今の内に出る事を選択します。
武器も回復剤もお金もたくさんある今の内に。
城を落とした時のように大量のNPCを連れて行きましょう。あの頃よりレベルはあがっているし、お金もたくさんあります。城周囲の警戒を他のメンバーに任せて私達2人とNPCで全部やっつけましょう。私達が戦っている間にも資金繰りをして貰って無尽蔵のNPCと私達2人で死神をあの世へ追い返しましょう。
「問題は後を誰に任せるかです」
「何よ、本当に死ぬ気なの?止めてよね」
「違います。ギルドマスターとサブマスターが同時に前線へ出るんです。ギルドの連絡とかそこらへんをどうするかです」
「あぁ。そうねぇ……タチバナがいればタチバナでも良かったんだけれど……もういないしね」
どうしようか?なんて事を話していた時でした。
コンコン、と私達の部屋の扉を叩く音がしました。
「誰でしょう?」
「さぁ、碌な奴じゃないのは確かね。こんな時間に私達の愛の巣に訪れるのだから」
「そろそろ本気で部屋を分けた方が良いのでしょうか……」
「良いわよ?でも、結局イクスの部屋が私たちの愛の巣になるだけよ?」
全く。すぐにそういう事を言うのですから……と脳裏でキョウコに悪態をつきながら扉を開けば、
「イクスさん……」
顔面蒼白なネージュ君がいました。
もっとも顔面は蒼白でしたけれど、愛用のパーカーに身を包み今すぐにでも戦場に駆けて行きそうなそんな雰囲気も醸し出していました。危なっかしさを感じてしまいました。
「ネージュ君?もう大丈夫なの?まだ顔色悪いよ?寝ていた方が良いんじゃない?」
部屋の中へ案内しようとすれば、ここで良いとネージュ君が扉の前に留まりました。そして言葉を紡ぎました。
「大丈夫だとは言わないけれど……いつまでも引き籠っているわけにはいかないから……もう動けるよって伝えにきたんだ。……でも、うん。少し聞こえたけど……それ、僕がやるよ。後の事は任せて2人とも安心して行って来て」
それは本当に前を向いて言っている言葉だったのでしょうか?なぜだか私には前向きな言葉には思えませんでした。前を向いてはいるけれど、視線を逸らしているかのように感じました。
「ネージュ君?」
「今の僕じゃついていっても2人の邪魔になる。けれど、ギルドの事だけなら僕だってがんばれるからさ」
今の私達にとって確かにそれはありがたい事ではありますけれど、こんな状態のネージュ君に任せるのはどうかと思いました。
「ネージュ。遊びじゃないのよ?」
だからでしょう。キョウコがネージュ君に暗に止めろと伝えました。
「分かっているよ、キョウコさん。僕がミスすれば人が死ぬと言う事を言いたいんでしょ?もうミスはしない。雪奈は僕の所為で死んだ。彼女の為にも皆で生き延びるために……僕はもう間違えない」
それが責任の取り方だ、とネージュ君は言いました。
雪奈がどうして彼らと離れて1人で死んでいたのかは分かりませんけれど、彼の今の行動が本当に彼女の弔いになるのでしょうか?私には分かりません。きっとネージュ君自身にも分からないのではないかと思います。何かをやっていないと後悔に苛まれてどうしようもなくなるからとりあえず動こうとしているようにしか私には思えませんでした。だから、その態度こそが間違っていると、そう伝えようとしましたが、その直前、
「だったら好きにすれば良いわ。今のネージュなら他の皆もついて来てくれるでしょ。皆、好きだものね?悲劇のヒーロー」
揶揄するようなキョウコの言葉に慌てて振り返りました。言葉遣いについては先日言ったばかりなのに。ネージュ君に言おうとしていた言葉をとりあえず胸の奥にしまってキョウコの事を怒ろうとしました。しましたけれど、それも言えませんでした。
どこか皮肉気に口角をあげてはいましたが、キョウコはいつになく真剣な表情を浮かべていました。そしてその表情が作り出した鋭い視線は、まるで私に口を出すな、邪魔するなと言っているようで……だから、私は何も言えませんでした。
「例えそれが自分の所為で雪奈を殺してしまった事を悔いて行う自慰であってもね。それに縋りたいというなら縋れば良いわ。最初の頃ならまだしも今の貴方なら皆ついてくるでしょう。精々私たちの役に立って頂戴。任せるわよ、ギルド運営……ただ、勝手に処刑したり、勝手にROUND TABLEに攻撃を仕掛けるなんて事したらただじゃおかないわよ」
キョウコがどういった意図でそう言ったのかは分かりません。
「大丈夫。そんな事……しないよ。皆が生きてこの世界を終えるために動くんだからそんな事……しないよ。……ありがとう、キョウコさん。任せてくれて」
「礼はいらないわ。結果があればそれで良い」
言って、キョウコがネージュ君に去る様にと手をふりふりしていました。それを受けてネージュ君がもう一度『ありがとう』と言って扉を閉めて去って行きました。
そして、また私達2人だけになりました。
「キョウコ。もう少し言い方に」
「イクス。ごめんね。あれでも抑えたつもりだったのよ」
ハァと珍しくため息を吐いてキョウコが素直に謝罪してきました。逆に私がびっくりしてしまいました。
「何よその顔。失礼ね。……まぁ、あれよ。興味を失った相手だとはいえ、流石にあれは許せなかったのよ。不愉快極まりなかったのよ」
「興味……」
「今となってはくだらない興味よ。現実世界での彼はヒーローみたいに輝いていたのにね。この世界に来てからずっと陰っている。後悔に苛まれてばかり。それは興味も失うというものよ」
キョウコの言いたい事が分かりませんでした。
気落ちしているのは確かだし、後悔しているのも確かだと思う。前を向いているつもりで目を逸らしているようにも思う。けれど、それでもネージュ君は希望を失ってはいないと思う。例え今の行動は前向きじゃなくてもいつかしっかりと前を向いて希望を謳いながらそれに向かってくれると思う。
というか、キョウコもそんな風に思っているなら、なおさらギルドの運営を任せられないと判断するべきなんじゃないのかな?そんな疑問が沸きました。
「何を考えているのか何となくわかるけれど、そういう事じゃないわよ。運営に関して任せて良いと思ったのは確かだし……しいていうならあいつの事はイクスが悪いのよ」
「私が?」
「私、そんなに優しくないから言わないわよ?自分で考えなさい。きっと馬鹿な貴女には理解できないと思うけれどね」
「キョウコ、酷いです……」
「そうよ。そういう酷い奴なのよ私」
そう言って、くすくすと口に手を当てて笑いました。本当、酷い人です。自分が馬鹿なのは十分に理解していますけれど、だからといって考えても分からないなんて酷い話です。でも、自分でも確かに理解できそうにないというのは分かりました。だから……恥ずかしい話ですけれど、
「ヒントは……ヒントぐらいはくれたって良いと思いますよ?」
「中々図太くなって来たじゃない。いいわよ。大ヒントあげるわよ」
そう言ってキョウコは佇まいを直してから、ヒントをくれました。
「皆で一緒。そんな事言っていても彼はきっと……1人だけを残す事を考えているのよ。意識的な事じゃないかもしれないけれどね。前の彼ならそんな事はなかったのだけれど、残念ね。クラスの皆は、なんだかんだいって彼の事を頼りにしていた。どんな相手でも分け隔てなく仲良くできる彼を。雪奈もそんな彼を見て惚れたんでしょうね。まるでちやほやされる物語の主人公よね。その頃の彼なら私も興味はあったのだけれど……今はさっぱりよ。残念至極よ」
残念ながら意味不明なヒントでした。
「ネージュ君が人気者だったのは同意ですけれど、キョウコはえっと……その?ネージュ君が自分1人だけ生き残ろうと考えています?そんな事ないと思いますけれど」
「大ヒントだったのだけれど、やっぱり馬鹿よね。ノーコメントとしておくわ」
「……雪奈を残そうとしていたとか?」
「イクス。貴女、可愛いわね」
「なんですかいきなり」
「そろそろ2割になりそうだわ。そういう貴女だからこそ、私は興味を持ったのよ。貴女は私と違って裏表がない。とっても素直。それって素敵な事よ……だからこそ……いえ、なんでもないわ」
3割が2割に低下した瞬間でした。なぜでしょうか……。
「私、そんなに素直じゃありませんけれど」
「まぁ、一面ではね。それにしたって私には明け透けて見えているのよ。例えば……まぁ、割り切れって言った私の台詞じゃないけれど……本当はとっても悲しいのに自分を誤魔化して、雪奈の事で自分なんかが悲しんじゃ駄目だとか阿呆な事考えているとか。あとは……ネージュの事とか。ネージュの事とかネージュの事とか」
「そんな事ないですよ……というか、ネージュ君の事ばかりじゃないですか」
「あんな甲斐性なしのどこが良いのかしらねぇ……それに、こんな世界で一夫一婦制とか気取っても仕方ないでしょうに」
「キョウコ……私の事は良いですけれど、ネージュ君の事は」
「はいはい、ごめんなさい。ごめんなさい。そうよね。イクスはネージュの事大好きだものね。そんな風に言われたら嫌よね。ごめんなさいね、素直じゃないイクスちゃん」
売り言葉に買い言葉というわけではなかったのですが、皮肉っぽく言うキョウコに、ついつい本音を零してしまいました。
「私は彼が幸せならそれで良いんです……」
ぽつりと呟いた言葉に、キョウコがびくりと悶えるように体を震わせました。
「それよ。それ。それを向ける先が私だけなら言う事なしなんだけれど、そこは我慢するわ。誰かの為に自らを捨てる事が出来る。自己を犠牲にして誰かのために行動できる。それってとっても凄い事よ」
「ネージュ君だって誰かのためにがんばっているじゃないですか……」
「あいつのそれは自分の後悔を消したいだけ。ただの自慰行為よ。それに比べてイクスは自らも傷つきながら、それでも誰かのために戦おうとする。貴女は他人のために自らを殺す事が出来る。そんな貴女が私、大好きよ」
気付けばキョウコの頬が紅色に染まっていました。
「また、そんな風に……」
「1割ね。0割までもうちょっとよ。がんばってねイクス」
「嫌ですよ。ここらで一気に8割ぐらいに戻って下さい」
それこそネージュ君から興味を失った時みたいに。私みたいな馬鹿にキョウコは何を期待しているのでしょう?
「イクスが今からネージュの部屋に全裸で向かってベッドの中でぬちょぐちょになって怠惰な生活を送り続ける事を是とするなら、10割冗談にしても良いわよ……でも、貴女にそんなことはできないわよね?」
「できませんね……」
「なら、諦めなさい。……ま、そんな戯言を言っている暇はないわね。準備して、宣言して、早々に出ましょう。これは聖戦よ。大事なギルドの仲間を殺した悪魔を殺すための聖戦。皆好きよね、そういうの」
「だから、キョウコ……そういう言い方……あ」
タチバナさんの事が何度も話題に出ていたからでしょう。ふいに思い出しました。
「そういえば私、キョウコに聞きたい事があったんでした」
「唐突に何よ?何でも言ってみなさい。今ならなんだって答えてあげるわ。なに?私の好きな人でも聞きたい?」
「掲示板って何ですか?」
そう。タチバナさんが言っていたフォーラムを掲示板と称したのは何故なのか、気になっていたのを思い出しました。
「……掲示板?それこそ何の事よ」
「タチバナさんがフォーラムと言った時に、キョウコはそれを掲示板って言っていましたけど、覚えています?」
「……そんな事言ったかしら?」
キョウコの頭の中に大量の疑問符が浮かんでいるようでした。首を傾げ、髪を掻きながら掲示板、掲示板と呟きながら必死に思い出してくれようとしていました。
「覚えてないわね……それが何かあった?」
「いいえ。単に気になっただけです」
「変な事気にするわね、イクスは」
きっと私も特に意識して言ったわけじゃなくて、咄嗟に出ただけの言葉なのでしょう。
「馬鹿ですから。……では、キョウコ、行きましょうか」
「えぇ。行きましょう」
だから、私はそれ以上、聞きませんでした。聞いても意味がないと思いました。
けれど……ほんの少しだけ、なんだか誤魔化されたような気分になりました。なぜでしょうか?フォーラムっていえば掲示板じゃないの?とか軽く言ってくれそうだったからでしょうか。事実そう言われれば気にしなかったと思います。
そんな事を考えながら、立ち上がって、扉を開けようとしているキョウコの後ろ姿を見ていたら、自分の間違いに気付きました。
そうです。
そうでした。
キョウコは単に掲示板と言ったのではありませんでした。
『あの』掲示板と言ったのでした。なんだか良く分からないものじゃなくて、特定の何かを指すように。そう言ったのでした。
「ごめん、キョウコ。やっぱりあと一つ。……もしかして、キョウコはタチバナさんが言っていた殺人フォーラムのことを知っているの?」
「はぁ?イクス。私を何だと思っているのよ。私が知るわけないじゃない。……知らないわよ、あんな所。何?もしかして私がタチバナと同じ様な人間だとか言いたいの?流石に失礼よ?」
「あ……えっと、その……ごめんなさい」
「うん。素直なイクスは可愛い。許す。その代わり、今日は一緒のベッドで寝る事」
そう言って、くすりと笑みを浮かべました。
「う……それは」
「私を疑った罰よ。精々ベッドで私に可愛がられなさい」
「全力で拒否したいです」
「大丈夫、大丈夫。精々抱き枕にするぐらいよ」
「……それならまぁ」
友人を疑った罰にしては軽いものだと思う。それに『今日』と言う事は今から北海道へ移動して死神を倒して2人で生きて一緒に帰ってこようという意味でもあるから……。うん。やっぱりキョウコは優しい。普通自分を殺人鬼だと疑われたら怒るだけじゃ済まないと思う。それでキョウコが許してくれるなら……それぐらいは良いかなと思った。私が悪いんだし。だから……うん。布団の中でキョウコに抱き枕にされながら、ずっとお話をしよう。他愛も無い話をしよう。それはきっと安らぎを与えてくれるから。私は1人じゃないって思えるから。
「多分」
「多分!?」
くすくすと笑みを浮かべるキョウコと2人で私は……私達はギルドメンバーに宣言を行った後、すぐにNPC達を連れて白い大地へと向かいました。
疑ったという罪の意識。
辿りついた白い大地に降り注ぐ雪に友人を疑った罪の意識は隠れてしまったのかもしれません。だから、降り注ぐ雪の中、はらはらと降り注ぐ雪を払い除けるキョウコの姿を見ていたら彼女がさっき言った言葉を思い返してしまいました。
―――知らないわよ、『あんな所』―――
確かにキョウコはそう言いました。またしてもその場所を知っているかの様に。
けれどそんな疑いもまた、白い雪に覆い隠されて私の中から消えて行きました。
友人を疑い続けるなんて私にはできません。それに、だって、キョウコがいなくなったら私は……1人になってしまいますから。
それが嫌だったのでしょう。
きっと、そうなのでしょう。
「さ、噂の死神様を見つけてバラしましょう。白い大地を赤く染めてあげましょう。さっさと殺して、イクスといちゃいちゃ夜更かししましょう」
三日月のように綺麗な笑みを浮かべながらキョウコは私に向かって手を伸ばします。
「いちゃいちゃは嫌ですが……夜更かしは了解です」
その手を取って頷きます。温かいキョウコの手の平。それをぎゅっと握りしめて、私とキョウコは手を繋いだまま白い大地を駆けて行きました。




