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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第七話 春の終わり
55/116

02

2.






「Ah―――」


 うたが聞こえました。


 それは私の口から自然と流れ出たものでした。謳っているつもりはなかったのですが、いつの間にか私は謳っていたようでした。


 キョウコは私が悲しい時に謳うのだと言いました。


 今、私は悲しいのでしょうか?雪奈が亡くなった事を受けて悲しくなって私は謳ったのでしょうか?いいえ、きっと違います。これは鎮魂の詩ではありません。亡くなった雪奈へ向けたものではないと、自分でもそう思います。きっと私はネージュ君のために謳っていたのだと、そう思います。そんな資格、もう私には無いのですけれど……。


 雪奈を失ったネージュ君にどう声を掛けて良いか分かりませんでした。


 彼に声を掛ける資格もまた私には無いのかもしれません。ですが、それでも声をかけたいと願うその気持ちだけは分かってほしいと、何かに願います。神様でしょうか。悪辣な創造主かみさまがいるこの世界でそんな願いに意味なんてありませんけれど。


 きっとこの詩はそんな何かへの願いが作り出したものなのでしょう。ネージュ君に声を掛けたいと願う私自身の想いが作り出した詩なのでしょう。そう思いました。


 そんな願いを込めた詩を謳い終わった後、私は少しの倦怠感と共にその場に座りました。


「……ネージュ君、大丈夫かな」


 あれからネージュ君は引き籠りました。


 気持ちは分かります。大事な人を亡くしたのですから当たり前です。私に分かるのはそんな一般論でしかありませんけれど……。


 彼自身が実際にどういう風に感じているかなんて私には分かりません。分かるはずもありません。でも、だからこそ心配でした。きっと人間は他人を理解できないからこそ心配したり、愛しくなったりするんじゃないでしょうか。理解したいと願いながら、それが敵わないからこそそれを追い求めているのではないでしょうか。見えない物は綺麗で、手に入らない物は綺麗で、手の届かない果実はとても甘いのだと信じながら。


 もはや夜の帳とは言えない明るい夜を眺めながら、そんな事を考えている私に、もう見えなくなったはずの月が見えました。その月はこちらを向いて少し不満そうな姿を見せていました。まるで暗くないから輝けないとでも言わんばかりでした。


「あら、もう終わり?もうちょっと謳っていたら抱きしめてあげたんだけれど」


 月の正体は当然の如くキョウコでした。


 彼女は喋りながら私の方に近づいて来ました。格好も相まって音を立てずに歩く姿は忍者のようです。それを指摘したらきっと怒るでしょう。だから、言いません。


 私がそんな事を考えているとも知らずに彼女は座る私の横に立ち、


「タチバナから連絡。案の定、北海道から悪魔が上陸したらしいわよ。数百単位の悪魔が上陸しているみたいで苦戦しているって連絡が来たわ。何と言うか、まさに百鬼夜行ね」


 そう言ってから隣に腰を下ろしました。


「連絡ありがとう、キョウコ。……そう、ですか……北海道から」


 座ったキョウコに向かってそう返せば、ハァという大きなため息と共に私をじっと見つめ始めました。じっと見つめられ、視線のやりどころに困っていれば、キョウコは私の頭を手でぽんぽんとしながら、


「イクス。近しい人間が亡くなったからっていい加減割り切りなさい。考えるだけ時間の無駄。今は一分一秒無駄にするのが惜しい時だから尚更ね。あんまり不甲斐ない顔ばっかり見せていたら、一晩中愛でるわよ」


 そう口にしました。言葉尻はきつく、一瞬、叱られているように思いましたけれど、ぽんぽん叩く手の感触や彼女の瞳や声音は酷く優しいものでした。私を心配してくれているのでしょう。最後のフレーズは全く不要ですけれども。


「……キョウコは強いね」


「イクスが一緒にいてくれるからね」


 キョウコは私と違ってとても冷静でした。いつだったか震えていた彼女はもういません。雪奈の死体を片付けると言って1人で雪奈の死体を埋葬した時も、ネージュ君が引き籠った時も、そして今も彼女は冷静でした。


 私はまだ彼女のように全てを割り切れる程大人になれていません。けれど成らなければ嘘です。私が殺してきた人達、それと雪奈の何が違うというのでしょうか。私は雪奈と仲が良かったでしょうか?友人のような会話をしていたでしょうか?それ程仲が良かったとも、会話をしていたとも思えません。私にとって他人よりも少しだけ近い人。それが雪奈です。お悔やみの気持ちはあります。けれど、それ以上でもそれ以下でもありません。だから、彼女の事を考えて消沈するなんて嘘なのです。


 それに私はあの一瞬、確かに喜んでしまったのですから、キョウコのように振舞えないのは嘘でしかありません。偽善でしかありません。いいえ、それよりも酷いです。そもそも私が沈んでいたのは、心配していたのはネージュ君の事だったのですから、雪奈が死んだ事で消沈しているなんて、まるっきり嘘でしかありません。キョウコの指摘はそもそも間違いなのです。


 だから私は沈んではいけないんです。沈んだ姿を見せてはいけないのです。私は知り合いを亡くしてもネージュ君の事を考えているような酷い奴なのですから。私なんかが悲しむふりをしたら死んだ雪奈に悪いです。


 ですから心を入れ替えます。強引に。強制的に。


 一度目を瞑り、頭の中を整理して再び目を開けます。


 城の庭が見えました。枯山水とは言わないらしいこの庭に咲く花。木々。それらは穏やかにそよ風に揺れてさらさらと音を立てていました。庭の池には誰かが捕まえてきた小さな魚が泳いでいます。時折ぱしゃんと跳ねる音がします。狭い世界を優雅に泳いでいます。そして空。魚と同じ様に気持ちよさそうにスカベンジャー達が空を泳いでいます。雲一つない空は吸いこまれてしまいそうなほどに綺麗でした。今が夜だと知らなければ尚更に。


 人が死んでもそれらは変わりません。


 それは現実もこの世界も同じです。私たちの生き死にや私たちの思いや悩みによって世界は変わってくれません。私達は小説の登場人物のような世界を左右するような存在ではありません。


 だから、逆に。


 それらと同じ様に、私も変わらないようにします。世界に波風が立ったとしてもそれを無かった事のようにします。強引に。強制的に。


「もう、大丈夫」


 きっとそれは薄氷一枚ぐらいの強がりで、指先が触れるだけで壊れてしまうかもしれませんが、それでもキョウコは笑みを浮かべてくれました。よくがんばったわね、とそんな感じでしょうか。ご褒美とばかりに私の頭を撫でて来ようとするのをさっと首を動かして避けました。


「……さて、じゃあどうする?ギルドマスター」


 一瞬、不機嫌そうな表情を浮かべながらもキョウコは話を元に戻しました。切り替えの早い人だと思います。


 キョウコが言うどうする?とは、DEMON LORDによって組織された悪魔達の東北侵攻を押さえに出てそのままDEMON LORDを仕留めるか、あるいは当初の予定通り人殺しの集団であるROUND TABLEへ攻勢を掛けるかという話です。面倒な事ですけれど、組織が大きくなると方針転換には理由が必要です。DEMON LORDの攻勢が始まったばかりでは中々理由付けが難しいのです。そういった意味ではROUND TABLEの方には雪奈の弔い合戦という義があります。


 ネージュ君が何とか口にした言葉。ROUND TABLEの面々とやりあったという話を聞いて私達は雪奈がROUND TABLEに殺されたのだと理解しました。それをキョウコや私がギルド運営に利用しないわけがありません。使えるものは全て使います。四の五の言ってはいられません。他人を殺した者よりも身内を殺した者の方が憤りは大きいでしょうから。


 そういえば、雪奈の死体を抱えて戻ってくるのは大変だったそうです。迫りくるスカベンジャーもそうですが、ネージュ君がいた場所から一番近いターミナルはROUND TABLEの面々に押さえられていたというのです。結局、NPCのチェシャ猫さんと一緒に隣町まで移動してからターミナルで戻って来たとのことでした。死体を抱えながらの道程はさぞ辛かった事でしょう。そんな辛さに耐えながら雪奈の死体を運んできたネージュ君はやっぱりとっても優しいと思います。そのまま放置していればスカベンジャーに喰われて彼女の死体はただのデータの藻屑となったでしょう。こちらに持ち帰り、形ばかりの葬儀―――キョウコに埋葬された後でしたが―――を行えた事を思えば、雪奈は報われた方でしょう。野晒しでスカベンジャーに体を突かれて世界から消えた人達よりはよっぽど良かったと思います。


 そういえば、雪奈の事といえば、一つ疑問がありました。雪奈がネージュ君やチェシャ猫さんと離れた結果、死んだ事です。一緒にそれを聞いていたキョウコもまた同じく不思議そうにしていました。


 なぜ彼女は2人から離れたのでしょう?


 それが疑問でした。ネージュ君はその事については教えてくれませんでした。辛そうな表情を浮かべ続ける彼にそれ以上聞く事はできず、私は彼に退室を即し休ませました。そしてそのままネージュ君は出てこなくなったのです。でも、今の彼に行動させるよりは良いです。部屋に引き籠っていてくれた方がよっぽど安全です。


「この上NEROまで動かれると厄介よね……そんな情報もあるみたいだし」


 全然違う事を考えていた御蔭で、キョウコの言葉にはっとしてしまいました。結果、キョウコにじとーっとじと目で睨まれました。


 ごめんなさい。


「DEMON LORDとNERO、加えてROUND TABLE……と。四面楚歌とでもいうのかしらね。三面だけど。いっそどこかと同盟でも組む?」


「同盟を結ぶにしても彼らは殺し過ぎですから……ギルド内に不和しか産み出しません」


 そもそもこの世界での同盟は裏切られる事を前提とした関係です。ですからそういう選択肢は全く無意味です。特に今回の場合、同盟として意味のある相手というのは殺人を是とした集団です。私には態々後ろから刺される趣味はありません。それにあちらにしても態々同盟しておいて後から落ち着いた頃を見計らって根首を掻くぐらいなら、同盟などせずに私達が四面楚歌で弱っている内に潰してしまった方が良いと判断するでしょう。逆の立場なら、私だってそう判断します。


 どちらに向かうか。それは悩ましい問題でした。


「ROUND TABLEは積極的に私達を攻めようとしていないのが救いですね。やはりDEMON LORDの方が先ではないでしょうか?個人相手……悪魔が相手の方が楽だと思います」


「カウントだけを見ればレベルは私達と同じぐらいでしょうね。流石にそれ以上と言う事はないでしょう。四六時中悪魔を殺し続けていれば別かもしれないけれど、そんなの人間のやる事じゃないわ」


 キョウコの言う様に確かに寝る事なく起きている時間をずっと悪魔討伐に使っていればレベルはあがるでしょう。ただ人間プレイヤーと悪魔の経験値の差を思えば本当の意味で殺している時間以外がないぐらいでないとレベルが上がる事はないでしょう。そんな人間プレイヤーがいるわけがありません。


 いるわけがない。そう思った瞬間、ふいにツインタワーで見た男を思い出し、ぶるりと怖気が体を走りました。


「何?」


「いえ、なんでもありません」


 誤魔化すように首を横に振ってから、縁側へと視線を向けました。


 穏やかな庭を見ながら脳裏からその映像を消します。あれならもしかして、そう思いました。けれど、今それを考えていても仕方ありません。あの時以来アレをこの地では見ていません。ですから大丈夫。そう心に言い聞かせます。


「大丈夫よ。私も一緒にいるから」


 いつのまにか私の背に周ったキョウコがそう言って両肩にぽんと手を置きました。


 柔らかい声でした。


「キョウコ?……えっと?」


「あら?今後が心配とかそういう事ではなかったの?」


「心配ではありますけれど」


 だったらやっぱり、とキョウコは私と共に居てくれる事を約束してくれました。もう何度目かは分かりませんが、嬉しい約束です。本当、キョウコは優しい人です。


 そして再びキョウコが私の横に。互いの寂しさを紛らわすように、心配を打ち消すように手を繋ぎながら、私達は暫く庭を眺めていました。


 夜の帳が落ちていても庭園は私に変わらず同じ姿を見せてくれています。どれだけ悩んでいてもどれだけ辛くても闇夜の優しさを感じられません。現実世界に戻るまでずっと。でも、大丈夫です。月のような笑みを浮かべるキョウコがこうして一緒にいてくれて、手を握っていてくれるのですから、明けている夜でも大丈夫です。とっても優しくて綺麗な月が私を見ていてくれるのですから。


「静かね」


「そうですか?」


 月が差し込む庭には蟲の鳴き声、蛙の鳴き声が響いています。


 夏の夜のようでした。


 これで花火と団子でもあればちょっとした月見の夜です。ネージュ君や雪奈もいればもっと楽しめたであろう、そんなちょっと煩い夏の夜のようでした。けれど、キョウコはそう思っていないのでしょうか?


 顔を向ければ変わらずキョウコは三日月のような笑みを浮かべていました。


「静かよ。蟲の声、蛙の鳴き声、魚が跳ねる音、イクスには煩く聞こえる?だったらまだまだね。それらも合わせてのこの風景だもの。煩いなんて思えないわ」


「風流ですね」


 キョウコの言葉の意味が私にはよく分かりませんでした。私にはそういった日本人的な風流を感じられる感性はあまりないのでしょう。だから、とりあえずといった感じでそう言ってみたものの、キョウコは小さく笑みを浮かべるばかりで特に何も言ってはくれませんでした。ただ、握る手の力が少し強くなったように感じました。無粋とでも思われたのでしょうか?


 それから暫くキョウコはぼんやりと空を見上げていました。きっと月を見ているのでしょう。私の代わりに見てくれているのでしょう。


「こんなにも静かで月が綺麗な夜は人が死ぬのよ」


 そんな折、ふいにキョウコが言いました。


 ぎょっとしてキョウコを見ると……いいえ、何も変わっていませんでした。キョウコは変わらず穏やかな表情でぼんやりと空を見上げていました。穏やかな表情でそんな事を言う方が逆に怖いですが。


「どこかの迷信ですか?」


「ただの戯言よ。たくさん人がいれば、月の綺麗な夜に1人ぐらいは死んでいるわよ。それを大げさに言っているだけよ。詐欺師の物言いよ」


「私、キョウコが何を言いたいのかさっぱり分かりません」


「だから戯言だって言っているじゃない。意味なんてないわよ。無言が辛かっただけよ」


 馬鹿な事を言ったわね、とキョウコが苦笑しました。少しばかり恥ずかしそうでした。


「キョウコってそんな性格でした?」


「イクス。そんな事を言う口はこの口かしら?そんな阿呆な事しか言えない口なら引き千切っても問題ないわよね?」


 ほっぺたを引っ張られました。引っ張ってぐりぐりされました。痛いです。冗談なのは分かりますけれど割と本気っぽい目が怖かったです。


 時間にして十秒ぐらいでしょうか。満足したのかキョウコが私の頬から手を離してくれました。離された瞬間、頬を手で摩りながらじとーっとキョウコを見つめます。が、私の視線などどこ吹く風とキョウコは別の話題を振ってきました。


「それで結局どうする?私としてはDEMON LORDを先にやってそのまま北海道制圧に出たい所ね。こうなるなら最初から北海道に行けば良かったと思うわ。ターミナルがあるとはいえ、周囲を囲まれていないというのはメリットよね。感傷に流されるべきではなかったわね」


「自分の産まれた土地や育った土地に逃げたくなるのは分かりますけれど」


「イクスの産まれた場所も、育った場所もここではないわよね?」


「そうですけれど……民主主義国家ですからここは」


「この世界はそうでもないけれどね。まぁ、戯言はもう十分に言ったし、その辺においておきましょう。イクス、どうする?私の『希望』はそっちね」


 変にキボウという言葉を強調した感じにキョウコが言いました。そこにどんな意図があったかは分かりませんが……どことなく皮肉っぽかったです。


「私も同じです。ROUND TABLEは後にしましょう。直接こちらに攻めてきたら対処しないといけませんけれど……その時はNPCさんをたくさん配置して耐えるしかないですね」


「まぁ、それしかないわよね。低レベルのプレイヤーなんて肉壁にもならないんだし、それこそNPCを雇うためのお金稼ぎをさせておくのはありよね」


「肉壁って……」


「殺されたら逆に敵に経験値を与えてしまうのよ?どう取り繕っても肉壁以下よ。ま、肉壁以下でも流石に自分の食い扶持プラスアルファを稼ぐぐらいならできるでしょう。塵も積もればかねになるわよ」


「違います。言葉の問題です。もう少し言い方を考えて下さい」


 キョウコの言わんとする事は分かります。レベルの低い者達を前線に出せば殺されて相手の経験値となって相手の戦力増強に繋がります。現実の戦争とは違います。殺したら殺しただけ強くなるのがこの世界のルールです。ただ、そんな単語をこうやって普通に出しているといつかギルドメンバーの前でボロを出すと思います。だから今の内に言ってあげないと、と思いました。


「あぁ、そういう事。OK。もう言わないから許して」


「はい。許します」


「イクスのそういう優しい所、私好きよ」


「キョウコはまたすぐそういう事を……」


「好きなものは好きなんだから良いじゃない」


 そう言って、月のように綺麗な笑みを浮かべました。笑顔の無駄遣いだと思いました。


「そういえば、私、昔から好きなものって……」


「はい?」


「良くある話よ。両親にねだって買ってもらった人形ドール。買ってもらったその日は嬉しくて、本当に嬉しくてずっと触っていて、その所為で肩の部分が外れてしまったとか、そういう話」


 そう言ってキョウコは肩に手を当て外す仕草をしました。


「私、そういうのもあまり分かりません」


 両親が傭兵だった所為でそういった人形とか可愛らしい物というのは貰った事がありませんし、ねだった記憶もありませんでした。これがCz75よ、チェコが作り出した人類の最高傑作よ、とか言われてモデルガンを貰ったことはありますけれど……。ちなみに私はあの銃があまり好きではありません。


「大事にしようと思って、それで触り過ぎて逆に壊してしまって、その日はずっと泣いたまま。そんな事もあったなぁって……壊れたモノは二度と元に戻らないんだって知って、次の日もっと悲しくなったんだったかな……」


 月を見上げながら、彼女は滔々と喋っていました。私の言葉に応える事なく……。キョウコも喋りたかったのでしょう。そう思いました。私よりもよっぽど雪奈の友人をやっていたのですから彼女の方が思う所はあるでしょう。


「大事なものほど構って壊してしまう。大好きなものほど構って壊してしまう。大事なもの程失ってしまう。大好きなもの程失ってしまう。嫌よね、そういうのって。とっても悲しいよね。……だからさ、イクス」


「はい?」


「イクスは壊れないでよ?」


「お人形さんよりは丈夫に出来ています。それに、私にはキョウコがいるから大丈夫ですよ。私は1人じゃありませんから。だから、大丈夫です」


「そう……」


 呟くように口にして、キョウコは静かに笑いました。今度は無駄遣いじゃないと、そう思いました。


「変な事言っちゃったわね。忘れて頂戴」


「……忘れませんよ」


 友人が心細くなって、ついつい月に向かって語った言葉を忘れるわけがありません。忘れたくありません。今日の日の事を私は死ぬまで覚えていようと思いました。彼女が私に死んでほしくないと願った事を。私が彼女を失いたくないと思った事を。そんな言葉を交わした事を。


 それからまた2人でぼんやり月を眺めながら、DEMON LORDの攻勢を抑えつつ、反撃に転じて北海道を制圧して拠点にしようと結論付けました。キョウコが言う様にターミナルはありますが、背後に敵がいないというのはそれだけでアドヴァンテージです。それをギルドメンバーにどう説明するかを考えていれば、後は私に任せた!とばかりにキョウコがよいしょっと立ち上がって、


「じゃ、裸の付き合いをしてから一緒の布団で寝ましょう」


 そんな事を言いました。


 ……なんだか色々と台無しでした。


「もう少し言い方を考えて下さい」


「それは、やーよ」


 城主権限で作成した檜風呂に入って、そして2人で使っている部屋で寝るというだけなのに、なんでこうも変な言い方をするのでしょう。


 全く。


 でも、そんな風に思っていても、嫌そうな顔を浮かべていても私は楽しさを隠しきれませんでした。ぶつくさ言いながら同じ様に立って、2人で並んで檜風呂へと向かいます。


 2人、お風呂でぼんやり湯船につかって、それで部屋へと移動して寝て、そして次の日の事です。


 朝方、タチバナさんが死んだという連絡が入りました。


 キョウコが戯言のように言った月が綺麗な日には人が死ぬというのは迷信じゃないのかもしれない、そう思いました。


 でも、月が見えなくなった私には……どうすれば良いのでしょうか。キョウコが笑った日には人が死ぬなんて、そんな事思いたくはありませんでした。






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