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俯棺風景  作者: ししゃもふれでりっく
第六話 廃墟の国のアリス
52/116

09

9.






 最初は少しの楽しみと共に彼を探していた。けれど時間が経てば経つほどに怒りが沸いて来た。御蔭で気分は最悪だった。


 ダウトなんて言わせないぐらいに最悪だった。怒りでどうにかなってしまいそうだった。あの糞NPCの御蔭で私の気分は最低で最悪だった。人間以下で他人以下の存在を少しでも信用した私が馬鹿だった。あんなもの最初から殺しておけば良かったのだ。情報が欲しいからなんてそんな理由であいつを殺さなかった過去の自分を殺してしまいたいとそう思ってしまうぐらいに気分は最悪だった。


 そして、


「マスター。もうしわけ」


 言葉終わる前に流星刀を振り下ろしていた。


「邪魔よ」


 どこかの誰かに攻撃されてリーダー格だった男が殺されて逃げてきたなんてそんな言い訳をするこの馬鹿共達の存在が酷く邪魔だった。きゃあきゃあ騒ぐ馬鹿どもの相手がとても億劫だった。だったら殺せば良いという判断の下に1人、また1人と殺して行く。


 怪我をしているものに容赦などするはずもない。私の邪魔を、私と彼が会う事を邪魔する存在など無意味で無価値な存在なのだ。死んだところで誰も困らない。困るわけがない。


 陽は沈み、夜になる。


 人工の灯りが少ないこの世界では本当に真っ暗になってしまう。その前に彼を探したい。彼の顔を見たい。彼が動く姿を見たい。ひと目で良い。本当にひと目で良いのだ。彼が生きている事を知って安心したいのだ。


 だから、それを邪魔する相手に容赦をする必要などまったくない。


「リンカ様っ!お戯れをっ」


「煩い」


 戯れでこんな事をするわけがなかろう。殺したいぐらい愚かな者達だった。いいや、殺した後に思う言葉ではないか。いや、どうでも良い。そんな事本当にどうでも良い。


 逃げようとする者を追ってその背を切り、攻撃をしてきた者には防御すらせず迫り刀で真っ二つに。


 こんな殺し方を彼に知られたら私はどう思われてしまうだろう。汚らわしいと罵られるだろうか。お前なんかいらないと言われるだろうか。あぁ、いやだ。それは嫌だ。彼にそんな風に思われるのはとっても嫌だ。だったら、少しは真面目に殺さないと。真面目に綺麗に殺してしまわないと。


 縦に、横に、一刀の下にギルドメンバーだった者達を肉塊へと変える。あぁ、今のは少し巧くいったかもしれない。いいや、もうちょっとまっすぐに切らないと綺麗な破面ができない。こんな事では駄目だ。こんな事では彼に嫌われてしまう。


 でも。


 でも。


 でも。


 嫌われて彼に殺されるのも……悪くない。


 彼にだったらこの身を捧げられる。彼の望むままに私を捧げられる。死ねと言われれば死ぬし、奴隷になれと言われれば奴隷になる。私をずっと見ていてくれるならそれで構わない。ううん。寧ろこちらからお願いしたい。彼のためなら私はなんだってできるんだから。彼が望むならなんだってやり遂げてみせる。


「差し当たってはアリスちゃん殺しよね」


 あぁでもこんなに服を真っ赤に染めた状態で彼に会うなんて恥ずかしい。アリスちゃんを殺したら、あのコンビニで適当に服を見繕おう。


 メンバーだった者達、メンバーになった者達を片付けて私は駅へと向かう。陽の光はなくなってきたものの、少しは慣れた土地のことだった。要所要所見覚えのある場所を辿りながら駅へと向かっていれば完全に陽は落ち、夜の帳が下りた。


 そして……駅から後500mといったところだろうか。


「あら、はっけ~ん」


 街灯の下、女の子が1人と……テンガロンハットを被ったアリスちゃんがいた。


 その二人は言い争っているようだった。


 逆光になっている所為で良く分からなかったものの、アリスちゃんは戸惑っている様子だった。女の方は激昂しているのか訳の分からない事をほざいていた。何で笑っているのよ、とか何でそんなに幸せそうなのよ、とかなんかそんな良く分からない言葉を発していた。


「まぁ、どうでも良いや」


 どこの誰だか知らないけれど、両方諸共に殺してしまえば良いのだ。


 流星刀を地に這わせ、ずりずりと引き摺りながらその二人へと近づいて行く。


 一向にこちらに気付く様子はなく……女の方が、突然……あれは刀だろうか。仮想ストレージから刀を取り出し、アリスちゃんを襲う。慌ててそれを避けるアリスちゃん。機敏とは言えないし、どちらかといえば鈍い感じだけれどなんとか初撃は避けたようだった。


 それから数度。刀をやたら滅多ら感情のままに何の技巧も技量もなく振り回す女の姿。それを見ながら、ずり、ずり、と流星刀を引き摺ったまま私は近づいて行く。


「ちょっと待ちなさいよ……それは私の獲物よ」


 私の言葉に、はっとしてこちらを向く2人。


「あぁ!?お、お持ちでない御嬢様!た、助けて下さいっ」


 私に気付き、慌てるように私に近寄って来るアリスちゃんと……


「あんた誰よ。邪魔するならあんたも殺しちゃうわっ」


 姦しい。アイドルのように整った顔をした少女だった。どうせ作り物の顔だろう。御蔭で不愉快さが増してしまった。アリスちゃんが終わったら次はこいつだ。


「ごめんねぇ、アリスちゃん。どっちかというとあなたの事、殺しに来たの。あなたが私に嘘を吐くのが悪いのよ?」


 アリスちゃんの足が止まった。


「え、わ、私嘘なんてついて」


「黙れ。彼と一緒に居た所を見た奴がいるのよ。私には知らないって言っていたわよね?」


「あ、あれは違いますっ。違うんです。今日会ったばかりなんです。それに鬼畜様の方から私に」


「黙れ。彼があなたなんかを自分から誘うわけがないでしょう。これ以上ふざけた事を言ったら……いいえ、殺すのは確定だからどうもしないわね。言いたければどんどん言いなさい」


 それぐらいの寛容さは見せてあげても良い。どうせすぐ殺すのだし。


「煩い、煩い、煩い!お前らなんなのよっ!私が、私がこんなに苦しんでいるのにっ」


 髪を掻きむしりながら血走った目をした少女ががなり立てる。大層煩かった。何があったのかは知らないけれど、私の知った事じゃない。


「不幸に酔って当たり散らすなんてほんと無様ね、貴女。とりあえず大人しく黙っていて頂戴。貴女は後廻しよ」


「ふざけんなっ!」


 瞬間、少女が刀を振り回して私に迫ってくる。それを流星刀で弾く。レベル差もあろうが、素人の攻撃なんてそんなものだった。


「弱いわねぇ。もっとちゃんと人殺ししないと駄目よ?」


「私は人殺しなんかじゃないっ!あれはっ!あれはネージュをっ!あぁぁっ!」


 勝手に叫んで、勝手に喚いて、勝手にぎりっと歯を鳴らす。滑稽だった。笑う気にもならないぐらいに滑稽で、それでいて無様だった。視界に入れるのも煩わしいと思い、アリスちゃんに視線を移せば、


「駄目よ、アリスちゃん。逃げようなんて……許さないわよ」


 アリスちゃんがこっそり逃げ出しそうになっていた所に懐からナイフを取り出して投げつける。


「ひぃ!?御嬢様!私なんか殺してもなんの意味もありませんよっ!?」


 がつん、という鈍い音と共にアリスちゃんの足元にナイフが突き刺さり、慌ててアリスちゃんが後退……私の方に近づき、そんな事を喚いた。


「意味ならあるわよ。貴女が彼と一緒にいるだなんて不愉快な情報を聞かなくて済むようになるわ」


「き、鬼畜様の所為なんですねっ!?」


「……彼の所為?何様のつもりかしら?それと、その呼び方……もう一度でも言ってみなさい?」


 自然、笑みが零れる。不愉快過ぎて笑いしか出てこない。アイドル風の少女とは対照的にアリスちゃん相手だと笑いしか出てこない。


「お前らっ!私の事、馬鹿にしやがって!」


「アイドルみたいな顔でいう台詞じゃないわねぇ。もう少しお淑やかな言葉遣いしないと綺麗な顔が勿体ないわよ?」


「っ!」


 迫る彼女の刀を流星刀で適当にあしらう。右から来れば左に流し、左から来れば右に流す。そして返す刀で彼女の腕、足、腹に軽く刀を当てる。大人と子供。あるいは象と蟻だろうか。そんな差があった。遊びにもならない詰まらない作業を延々と繰り返して彼女の希望を失わせていく。


「ま、前座にしては良くやったわよ……ねぇ?アリスちゃん?」


「いらないですっ。こんな物騒な前座も本番もいらないですっ」


「舐めるなっ」


 激昂と共に仮想ストレージからマシンガンを取り出す。が、瞬間それを流星刀の剣先でそれを弾き飛ばす。慌てるように次いで出てきた拳銃も同じく弾き飛ばす。


 そして遠距離武器が無くなれば今度は……槍を取り出した。そんなものがあるなら最初からそれを取り出せば良いものを。


 馬鹿にしたような私の表情に、街灯の下、少女が更に憤怒の表情を浮かべる。槍の突き、ソレを嫌がらせのようにアリスちゃんを背にして避ける。避ける度にアリスちゃんがきゃーきゃー煩いが、その声は愉悦だった。


「ぞくぞくするわよ、アリスちゃん。貴女が彼と一緒にいなければ私達友達になれたかもしれないわね」


「嫌ですよっ!こんな御友達っ」


 私の言葉に、いつものノリで答えた所為だろう。一手遅れて……槍の先が彼女に突き刺さろうとしていた。あーあ、勿体ない。彼女のHPが減ると私の楽しむ時間が減ってしまうじゃないか。


 と、思った。


 思った瞬間。


 轟音が周囲に響いた。


 天を裂くような雷鳴が轟いた。瞬間、天を見上げてしまったのはその所為だろう。だから、見られなかった。


「あら……」


 少女が死ぬ瞬間を。


 天から視線を下ろせばそこに少女はおらず、どさり、という鈍い音と共に彼女が倒れたのが分かった。そして、彼女の顔を見れば……ぽっかりと穴が空いていた。


 そこから噴き出す血は、さながら街灯の下に咲く彼岸花。


「っ!」


 瞬間、感じた殺気に振り返り、流星刀をまっすぐに立てた。がん、という強い衝撃に刀を持つ手が痺れる。今まで体験した攻撃の中で一番強い物だった。続いて一発、二発と私の顔を狙うように弾丸が飛んでくる。いや、きっと飛んできている。闇に隠れて飛んでくる弾丸を判別できるほど私の目は良くない。


「誰よっ!」


 叫ぶ声に応える声はない。当然だろう。当然至極だろう。けれど、ふいに。本当にふいに―――ぱぁあと明るい笑顔を浮かべて今が好機とばかりに逃げて行くアリスちゃんを見て―――理解した。


「あぁ……そうなの?そうなのね?」


 アリスちゃんを止める余裕はない。何度も、何度も飛んでくる弾丸。それを全て切って捨てていれば普通のキャラならいずれ弾丸は尽きるだろう。けれど、何度切り落としても何度私の体を穿っても延々と間断なく飛んでくるこの弾丸は……


「弾丸生成能力……あはっ。うふっ」


 嬉しくなった。


 嬉しくなって刀を地面に落してしまった。


 彼だ。


 彼なのだ。


 今、私を攻撃しているのは見えていない場所にいる彼なのだ。


 彼が私を見ている。


 彼が私を見ていてくれる。


 彼が私を殺そうとしていてくれる。


 昂ぶってくる。


 性的快感に似たものが全身を駆け巡る。


 そして、そんな無防備な私の腹に……彼の弾丸が突き刺さる。


「ぐっぁ……痛いっ。痛いけどでも……でも」


 たまらない。


 私はその瞬間、イったのだろう。彼が作り出す弾丸をその身に受けて、その痛みに絶頂を迎えたのだ。最高だった。最悪で最低な日だったけど、終わりが良ければ全て良いのだ。


 いつも彼を見ていた私を、彼が見てくれている。


 そんな日。


 そんな日が最高でなければ何だと言うのだ。


 続けざまに腹を、腕を、肩を、足を弾丸が貫いて行く。その度に私はイっていた。人工の子宮からしとしとと液が産み出され、私の股を濡らして行く。


「ねぇ、シズ様。もっと……もっと私に痛みを」


 足を撃たれ、倒れてしまった自分を更にさらけ出すように両手を広げ、彼の攻撃を受け入れようとする……でも。


「酷いわ。酷いわ……ねぇ、なんでもっとくれないの?もっとしてほしいのに。もっと貴方に貫いて欲しいのにっ!」


 攻撃が止んだ。


 どうしてなのだろう。


 どうしてそんな酷い事をするのだろう。


 でも、嬉しい。


 私に死んでほしくないって事なのだ。きっとそうなのだ。私を認めてくれたのだ。彼は私を大事にしてくれるのだ。私にもっと素敵な愉悦を与えてくれるために生かしてくれたのだ。


「素敵。最高」


 我が身を抱きながら、痛みを堪能する。


 彼がつけてくれた痛みをすぐに治す気にはなれなかった。回復薬ですぐに治して追う事もできたけれど、駄目だった。それはとっても勿体なかった。傷付けられた体が自然回復していくのすら、残念だと感じていた。


「今すぐ追っていけないのが残念……でも、良いわ。今日はとっても気分が良いから」


 そして私は、少女の死体の隣で暫く寝そべっていた。


「シズ様。また……会いましょう」




 


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