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7.
昨日、特別名勝である公園にギルドメンバーを捨て、彼を探しておくようにと言いつけた後、私は大学へと向かおうとした。が、せめて僕だけでもという事でついてきた春を案内する形で大学へと向かった。本当は1人が良かったのだけれど、面倒事になりそうだったので諦めて春だけを連れていった。
大学は以前のまま何も変わらない。彼が傷付けたであろう場所にも変化はなかった。良くわかるねぇと戯言を口にする春を無視しながら半分程周ってその日を終えた。そして次の日、僅かな希望を抱きながらもう半分を周って、それが徒労に終わった事に辟易していた所に公園に捨ててきたメンバー達……の一部が駆けこんできたのだった。
そして、自分の判断が間違いであったと知った。反面、喜びも沸いて来た。が、彼らの話を聞いている内に怒りが勝った。
「どういう事かしら?丁重に迎えなさいと言ったと思うのだけれど?例え攻撃されても甘んじろと言ったと思うのだけれど?例えそんな状況になったとしても言って聞いてくれない人ではないのだけれど?」
数時間前に彼と戦闘になったという。
「そ、それは……」
白いベンチに座り、地べたに這いつくばって土下座している男達の言い訳を聞く。聞けば、軽薄そうな男が誤魔化そうと言葉を詰まらせていた。それがまた私の怒りを助長させる。
「まさか彼を怒らせるような事をしたとは言わないわよね?」
「リンカ様!こいつら……リンカ様や春様の命令を聞かずに男の方は達磨にしてやろうって言っていました」
「てめ!何言ってやがるんだよ!ちゃんとその後やらないって言ったじゃねぇかよ」
同じく土下座していた化粧面の少女が顔をあげ、そう言った。
「……へぇ」
ぎり、と歯が鳴るよりも前に、立ち上がり、流星刀を両手で構えていた。
「マ、マスターっ!お、お許しを」
「命令も理解できない猿に用はないわ」
そして袈裟に振る。
ぷしゃ、と土下座する軽薄そうな男の肩から血が飛び散った。誰が一撃で殺してやるものか。痛みにのたうちまわる男を見下ろしながらそう思う。私と彼が出会うのを邪魔するような奴は苦しんで、苦しんで死ね。
のた打ち回る男に今度は刀の先を刺す。丁度そこに目があった。ぷちゅ、という軽い音と共に目が潰れた。更に絶叫。煩かった。
「リンカ」
「貴方から死にたいならそう言いなさい」
言って、首だけ振り向けば、肩を竦めている春の姿。それにも今は何も感じない。普段であればそんな春の態度に腹を立てていた事だろう。今はそれよりももっと最低な存在がいるのだからそんな瑣末事、気にもならない。
のた打ち回り四肢を投げ出している男の、その足に、その腕に態と力を入れず、刀を下ろす。刃が骨に引っ掛かる感触を受けて停止し、それを受けて私は腕をあげ、再度重力に任せて刀を下ろす。幾度となくそれを繰り返す。
「それで?他にそんな馬鹿な事をしようと思った奴はいるのかしら?」
そんな作業染みた事をしながら、そうやって問いかければ、震えるような声で再び女が口を開いた。
「……男共全員です……リーダーも反対はしていませんでした」
そのリーダーとやらは顔面を半分失ったらしい。手当が間に合ったらしくかろうじて生きてはいるらしい。そのリーダーとやらであるが、レベルは一応二十後半である。そんなキャラを彼は聞く所によると一撃で殺す一歩手前まで追い詰めた。やっぱり彼は凄い。糞女が言っていたように、私と同じレベルでなおかつDEX極振りな彼だからこそできる芸当だった。一瞬恍惚としてしまう。けれど、……でも、それはつまり、こいつらは彼を怒らせたと言う事だ。御蔭で私の怒りが更に増した。
「お前達だって反対してないじゃないかよ!」
「反対したわよっ!あんたらが勝手に先走って達磨にするとか言ったんじゃない!春様の厳命を私が違えると思うの!?」
「ダウトではないね」
春が口を挟む。
「あらそう。だったら男達はとりあえず皆殺しかしら?……逃げられるものなら逃げても良いわよ?」
そう言った所で動けるはずもなく、男達は恐怖に震えていた。その間に1人、1人肩に刀を差し込み、痛みにのた打ち回れば足を切断し、腕を切断する。
「あぁ、後でちゃんとリーダーやっていたあいつも送り届けるから安心なさい」
同じ事を全員分繰り返せば漸く落ち着いてきた。怒りが消える事はない。けれど、それでもこんな醜態を延々と見ていれば少しは冷静になってくるものだ。
御蔭でくすりと笑みが浮かんだ。
「ROUND TABLEは自由なギルドよ?けれど、私に逆らわなければよ?知らなかったかしら?だったら覚えておきなさい。少しの時間だけど」
折角アリスちゃんの店で購入した服を一日で駄目にしてしまった。誰が作ったかは分からないが申し訳ない事をした。こんなに真っ赤に染め上げてしまう事になるなんて私も思ってもみなかったのだから許して欲しい。それにしても、こんな格好では彼には会えない。会いたくない。だとすれば、またアリスちゃんの御店で服を買わないといけないじゃないか。面倒な事この上ない。
こんな男達の処分なんて早く済ませてしまおう。早く済ませてアリスちゃんの店にいって可愛らしい服を買って、そして彼を探そう。こんな役に立たない男達なんか切り捨ててしまって、今度はちゃんと自分で探しに行こう。最初からそうしていれば良かったのだ。誰かに頼るなんて私らしくなかった。彼の事で誰かを頼ろうとしたのが間違いだった。馬鹿だな、私。
流星刀を持ちあげ、止めを刺そうととりあえず軽薄そうな奴の脳天を目がけて流星刀を振り下ろそうとした時だった。
「ところで、君。『男の方は』と言ったけれど、女もいたのかい?」
ふいに産まれた春の言葉に手が止まった。
「何のことよ」
頭と刀の隙間は数cm。それで助かった男は体を芋虫のように身をよじりながら私から離れて行く。四肢の無いその姿はまさしく芋虫で醜悪極まりなかった。けれど、そんな事、今はどうでも良かった。
振り返り、春を睨みつける。
「さっきそこの子が男の方は、と言ったよねって確認だよ」
再び肩を竦め、顎で化粧女を示す。それに誘導されるように前に向けば、化粧女が顔をあげて震えていた。怯えていた。歯の根が合わないのかかちかちと歯を鳴らしていた。鬱陶しい。
「さっさと答えなさい」
「そ……そ、その、その、女の子が一緒にいました。コンビニの店員の……」
尻窄みになる言葉。その言葉の意味する所を理解した瞬間、がきりと歯が鳴り響いた。その音に更にびくりと化粧女が震える。
そして次の瞬間、私は……
「あはっ」
笑っていた。自分でも知らない内に笑っていた。自発的に発生した笑いは延々と続き、次第、次第とその声量は自分でも驚く程に大きくなっていた。芋虫になった男達がその声を聞きたくないと言わんばかりに身悶えし、化粧女は両手で耳を抑え俯き震え続ける。怯えるならば怯えれば良い。怖がるならば怖がれば良い。
私はもはや自分を抑えられないのだから。
「あはははははははっ」
高らかになる私の哄笑が大学中に響き渡る。その音に応えるように周囲を囲む山々からスカベンジャーが逃げるように慌てて飛び立っていった。
けれど、それもまたどうでも良い。
「絶対に―――」
あのNPC。
脳裏に浮かぶあの女の姿。でかい乳房を抱えた馬鹿馬鹿しい程に馬鹿なあのNPC。つい先日コンビニで会ったあの女。あぁ、何て事だろう。なんという事だろう。アレが、あんな姿をして、まさかこの私を騙そうと思っていたなんて。ふざけている。NPC風情が何様のつもりだ。私はまだ見つけられていないのに。あの女。あの女。あの糞女。私の彼と一緒に行動していただって?ふざけた話だ。馬鹿馬鹿しい程にふざけた話だ。怒りで視界が狭まって来る。血の流れまで実装しているかなんてそんな事知るわけも無い。けれど、頭に血が昇るというのはこういう事をいうのだろう。あぁ、頭が痛い。不愉快過ぎて頭がおかしくなりそうだ。ただでさえ、WIZARDとかいう糞女がいるというのに、ソレに加えてNPCまで私から彼を奪おうとするなんて、本当最低な世界だ。
ううん。それよりも彼が可哀そうだ。あんな糞女に騙されるなんて彼はなんて可哀そうで、純真で無垢なんだろう。私が彼を守ってあげないといけないんだ。そうだ。そうだ。私が彼を守らなければ誰が彼を守ってくれるというのだろう。大事な、大事な彼が誰かに傷付けられてしまう。そんなのは許せない。私の彼があんな女に触れられて穢れてしまう。許さない。あの女。私を騙して、彼をも騙すなんて絶対に……
「―――殺してあげるわ」
人間ですらない存在が何の理由で彼に近づくというのだ。不愉快だった。とても不愉快だった。あぁ、もう怒りで我が身を壊してしまいそうだ。自殺禁止ルールを今ほどあり難いと思ったことはなかった。
「リンカ、落ち着いて」
春が私の肩に手を置きそう言った、瞬間、それを撥ね退ける。
「落ち着いているわよ。とっても。最高にクールよ。今の私」
「誰が見てもダウトだよ」
「黙れ。……貴方達、いつまで寝転がっているのよ。邪魔よ。道を譲りなさい。それと、そこの女。さっさと案内なさい」
「え、えっと」
「貴女……死にたいの?」
この女も私の邪魔をするのだろうか。この世界は邪魔者ばっかりだ。彼を探す役に立つかと思えば無能を晒し、私の邪魔をするばかり。使えない。使えない道具なんていらない。
すくい上げるように流星刀を振り抜こうとすれば、その腕を春に止められた。流石AGI特化といったところだけれど……力は無い。そのまま春ごと振り抜こうとして女と私の間に春が体ごと入り込み、私を止める。
「リンカ!少し落ちつくんだ。焦った所で意味はない。ターミナルの方にもギルドメンバーはいるんだ。その彼がこの街から抜けだせるとは思えない」
「……何を言っているのよ、春。抜け出せない所に入って来られるのが彼よ?凄いでしょう彼は」
ターミナルはギルドメンバーで押さえてあるのだ。そこから情報がなかったという事は彼が歩いてこの街へと訪れたという事だ。吃驚する事をしてくれるけれど、彼だったらそれぐらいしてもおかしくないのだ。だって、彼だもの。
「春。後は適当にしておいて。私は1人で行くわ」
こんな事を言う事自体が煩わしい。一秒だって無駄にしたくないのに。あぁ、そんな殊勝な事を考える必要なんてなかった。どうせ春は暫くすれば死ぬんだから、今殺したって変わらないだろう。腕に力を入れて強引に春ごと切り刻んであげようと思った瞬間、春は察したのか手を離し、一歩退いた。
「……はぁ。全く。言い出したら梃子でも動かない。後は任せておいて。好きにするといいさ。ただ、しっかり帰って来る事」
「……当然でしょう?」
ずっと見ているだけでも良かった。
ずっと彼の行動を見ているだけでも私は十分だと思っていた。
けれど、他の女が彼をたぶらかそうというのならば話は別だ。
彼が困らないように。
城に彼の為の部屋を用意しよう。誰も彼に接触しないように、接触できないように外から鍵を掛けられる部屋を用意しよう。そして私だけが彼に会えるようにしよう。
「ふふふ……待っていてね。今、会いに行くわ」
こんな事なら大学になんか来てなければ良かった。
……こいつらが彼と出会った場所。そこに彼は戻って来ていないだろうか?ううん。戻って来てはいないだろう。だってそんな馬鹿な事をするような彼じゃないもの。案内させようと思っていたけれど別にいいや。
彼はどこにいるのだろう?
胸の奥が高鳴って来る。
彼を探す道程。
それはそれで楽しみだった。
あぁ。でも。
先にあの女を始末しようか。
彼を置いて逃げたという話だ。彼から離れるのは良い。けれど、彼を敵の真っ只中において逃げるなんて、なんて酷い女だろう。
逃げた先がどこかなんて分からないけれど、どうせコンビニにいけばいるだろう。馬鹿な女だもの。
急ごう。
急いで殺してもう二度と彼に会わないようにしないと。




