06
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朝露に濡れた清浄な空気を体内に入れながら暫くぶりに帰って来た地元に目を向ける。陽光に輝く朝露は酷く綺麗でまるで宝石のようにさえ思えるほどだった。アジサイの葉の上を流れる露が地面に落ちて行く姿などとても言葉では表せない美を感じさせる。そんな自然を荒らすように自らの足を進める。ざり、とエンジニアブーツが鳴らす音が酷くこの場に適さない事に苛立ちを感じ、仮想ストレージから革靴を取り出して装備する。かつ、かつと先程より小さな音になり、少し苛立ちは収まった。本当は裸足の方が良いのだろうが、小さな棘にでも刺さった日には目も当てられない。中途半端に自然を堪能し、中途半端に現代人であるという曖昧な状況を堪能しながら山間から街中へと。
現実世界では最近できたばかりの環状道路が見事に割れて、工事が難しかったという噂の三口空いたトンネルは見事に潰れている。大学の敷地内で拳銃操作の練習や悪魔を倒していた時に良くこの辺りを通ったので見慣れている場所だった。だが、山間から……此方側から降りて来るのは初めてであり、何だか違う風景を見ているようだった。視点を変えれば変わるものもある。そんな当たり前の事に気付きながら街中へと足を進める。
幸いにして悪魔は襲って来なかった。悪魔もまだ眠っている最中だろう。朝日がもう少し昇れば目を覚ますだろうが、今はまだ少し早いようだった。
ふいに、WIZARDは寝られているのだろうかなどとそんな馬鹿げた思考が沸いて来た。心配しているとでも言うのだろうか。苦笑した。何の意味があるというのだ。馬鹿馬鹿しい。しばらくあの見事なリストカットを見ていないからだろう。そう結論付けた。それにしたって自分の事ながら何とも執着心の強い事だと思い再度、苦笑する。
「NEROのお遣いが終わったら見に行くのも良いな」
静かな世界に作り出した音がそれだった。再三、苦笑する。
「そういえば、SCYTHEはどうしているだろう?」
あの狂った瞳を持った女の子はどうしているのだろう。一つ分かる事といえば生きているなら殺している、という事ぐらいだ。
そちらを探すのも良いな、と思いながらアリスのいるコンビニへと向かう。徒歩で行けば1時間はかかるだろうか。ここまで歩いて来た道程を思えば大した時間ではなく、折角だからと自然の多い川沿いを歩く。
生憎と川はせき止められており、自然を十分には満喫はできなかった。とはいえ無いわけではない。せき止めた岩には苔が生えていた。その岩に隠れるようにビュレットが眠っている。態々起こす気にもなれず、ましてこの静かな世界に音を作り出すのも忍びなく、大人しく川沿いを歩き続ける。
暫く歩けば古めかしい―――とはいえ崩れ落ちた―――建物が見えてきた。茶屋街だった。昔々はきっと遊郭の類だったはずだ。そういう場所も歴史を踏めば文化財になるというのだから不思議なものだ。昔々のそこに勤めていた人は今で言えば相当に若い人だろうに……。
さておき。大して距離もない短い茶屋街を抜ければ再び川沿いに出る。かろうじてかかっている橋を渡って横断する。横断し、さらに進めばビル群が現れる。崩れ落ちたそこには現実ならばそこそこ人がいる所だった。大都市でもなく、大した人数ではないけれど、僕にとっては大人数といえるような数だった。
そんな事を思い返しながら歩いていればふいに妹とこの道を歩いた事を思い出す。
『シズ兄ちゃん。次はあっち!水着が見たいんだよ!ほら、シズ兄ちゃんだって私の水着姿興味あるでしょ!』
『いや、ないけど』
『あぁもう!だから駄目なんだよ、シズ兄ちゃんは!そこは嘘でも興味あるって言わないと!』
『君の兄は妹の水着姿に興味を抱くような変態ではないんだが……』
『うるさーい!とにかく行くの!』
元気な妹だ。
今も元気に剣道三昧だろうか?それともゲームから出られない僕の看病でもしているだろうか。そうだとすると少し申し訳ない気はする。彼女の青春時代を僕の看病なんかで無駄にするのは申し訳ない。気にせず放置してくれていると嬉しいものだが……きっと愛猫のアインと一緒に僕の横に座っていることだろう。残念ながらそれを感じ取れる事はできないが、まぁそういう子だ。優しい子だ。兄が僕みたいな存在だというのが全く持って理解できないぐらいに優しく格好良くそれでいて愛らしい女の子だ。
こんな僕ではあるが、妹の死体を見たいと思ったことはない。産まれた時から生物の死に興味を持っていた僕ではあったけれど、妹が産まれた時は素直に産まれた事に感謝していた。そして今でもそれは変わらない。きっと彼女は家族だからだろう。同じ血を分けた存在だからこそ見たくはないのだと、そう思う。人間が恋し、愛するのが家族じゃないように。
考え事をしていれば時間は早く過ぎる。
結果、もう暫く行けば駅舎のある通りまで、といった所に来ていた。
アリスのコンビニまではもうすぐだった。そして実際、特に何の障害も無くすぐ辿りついた。
朝早くからコンビニの中でうろちょろうろちょろ荷物整理をしている彼女の姿が見えた。仕事熱心だが彼女は一体いつ寝るのだろうか?こちらに居た時にはかなりお世話になっていたが、彼女が店にいなかったためしはない。NPCは寝ないのだろうか?そんな疑問を浮かべながら自動ドアを―――何だかドア周りがえらく綺麗になっていた―――開けて中に入る。
中に入れば相変わらず軽妙なBGMが鳴っていた。そのBGMに合わせてアリスが鼻歌を口ずさんでした。客が来たのに気付かない店員だった。酷い扱いもあったものである。そんな彼女に向けて声を掛ける。
「精が出るな、アリス」
「!?」
僕の声にはっとして振り返り、慌てた所為で地面にお弁当を入れたボックスを落下させた。結果……弁当箱が散乱した。
「あぁぁっ!?」
「……すまん。責任は取る」
「流石、鬼畜様っ!……あ。でも、これもう商品じゃないので……」
「いや、良い。食べられない分はスカベンジャーの餌にでもするさ。最近餌付けに嵌まっているんだよ」
白い山で育てたスカベンジャーは元気にしているだろうか。
「鬼畜様って時々優しいですよね。……そういう事で納得しておきます。……ありがとうございます」
そう言ってアリスはお辞儀した。そして顔をあげ、何だか満面の笑みを浮かべながら僕に近づいて来て、上目遣いで……
「それにしても鬼畜様!遅いです!遅過ぎですよ!こんなに可愛らしい店員が待っているのに来るのが遅すぎます!」
「……待っていたのか?」
「いえ?」
ぷいっと顔を逸らされた。反応に困るが……正直、
「相変わらずの鬱陶しさだな、ある意味、安心したよ」
「う、鬱陶しい!?……あ、でも何だか久しぶりに言われるとちょっと嬉しくなる自分が……怖いっ!変な世界の扉を開けてしまいそうで怖いっ!」
そういう行動が鬱陶しいという事をこのNPCは理解していないらしい。ともあれ、残飯となった弁当『元コンビニ弁当』というアイテムを売って貰い、仮想ストレージへと移動させた後、改めてアリスに声を掛ける。
「さて、アリス。本題だ。君を連れて来て欲しいというプレイヤーがいてね。ついてきてくれないか?」
「鬼畜様ったら!ら、拉致ですか!?監禁ですか!?それとも!?……いや、その。そんな目で見ないで下さいよ」
否定するのも面倒くさく、鬱陶しいな、という程度の認識で見ていたのだが思いの外不評のようだった。少し瞼を閉じ、再び目を開ける。
「しかし、私に用って何なのでしょうか?」
「さぁ?前に言ったNEROというプレイヤーが君を探している。一度この付近に来た時には見つからなかったんだろうな」
NEROがこちらに来た時はターミナル経由のはずだが、駅舎の前にあるコンビニを見つけられないとは大した節穴だった。
「聞いた事のある名前ではありますけれど……」
なめなし君というふざけた名前の方ならまだしも二つ名の方である。アリスが理解しているNEROというのと、彼は一致しないのかもしれないな、と思いつつ更に交渉を続ける。来てくれなかったら来てくれなかったでNEROからのクエスト失敗というだけで別段特に問題があるわけでもない。FN P90が手に入らないのは残念だが……傷一つ付けたら列島がNPCで埋め尽くされる事を思えば無理に連れて行く気も起きない。それで連れて行かずに別の人間に襲われたら本末転倒ではあるのだけれども。
「まぁ、鬼畜様がどうしてもというのならばついていくのも吝かではありませんが……えっと、その。痛くしないで下さいね?」
「…………」
「あ。間違えました。ふつつかものですが、宜しくお願いしますね!でした」
「…………」
「あぁもう。鬼畜様ったら、そんな蟲を見るみたいな目をされて!あぁ、これはとんだ失礼を!間違えてしまいましたっ!鬼畜様の目は有機物じゃありませんもんね!」
何とも意味の分からない論理展開だった。
「死んだ魚の次は無機物か……ランクアップしたのか?」
「どう考えてもダウンだと思いますけれど」
そういえば、WIZARDには散々、死体みたいだとか言われていたが……そこまで酷い目付きをしていただろうか。何度鏡を見ても僕の目に死体のような美しさはなかったが。それを伝えたら呆れられたものだ……。そんな事を思い出していればアリスが目の前でう~んう~んと唸っていた。
「うぅん。でも、鬼畜様についていくとここの店員さんを辞めなければならないわけなんですよね……折角就職できたのに勿体ないのですが……」
顎に手を宛てながら、天井を見つめつつ思いふけっていた。
閑古鳥が鳴いているような店とはいえ、彼女1人で切り盛りしている以上、ここは彼女の城だ。それを捨てるにはそれなりの理由が必要だろう。
「関東に店を出せば良いんじゃないのか?そっちの方が客は多いだろう」
「少ないのが良いんじゃないですか」
「経営が不安だな」
「何をおっしゃる!ここ三日毎日お客様が来ていらっしゃるんですよ!大繁盛です!」
「……へぇ」
奇特なプレイヤーがいたものだ。
「疑ってらっしゃいますね!っと……そういえば、その内のお1人様?違いますね。団体さんでしたし」
「団体……」
「はい。お連れ様がお城とかギルドとか言っていましたし、どこかのギルドさんだと思います」
城所持のギルドで、さらに団体で行動するとなると、SISTERのLASTなんとかかROUNDなんとかだろう。以前はそんな簡単に推察はできなかったが、ランキングやアナウンスの御蔭でそういう推察が出来るようになっていた。どちらにせよ、下らない殺し方をしているならば、ギルドごと潰してやらないとならない。長距離からXM109で射撃でもしていればある程度は素直に殺せる事だろう。その後が大変かもしれないが、下手な人殺しは殺してしまわないと僕が安心できない。
「そのギルドの方がですね、鬼畜様の事を探しておられましたよ。とっても綺麗で、でもお持ちでない御嬢様が特に気にしておられたみたいです。前に来た時に、鬼畜様の事を知っているかもと言っていましたよ。簡単な特徴を言っただけで名前まで当てていましたよ?ほら、えっと。シーズー」
僕はどちらかといえば猫派だ。
さておき。
「誰だ?」
女プレイヤーで僕を知るもの。全く想像が付かない。そもそもアリスがどんな特徴を言ったかは知らないが、それだけで僕だと分かるというのは解せない。例えそれがリアルの知人だったとしても、だ。
「あんな綺麗な人を泣かせたら駄目ですよ鬼畜様。あ、でも鬼畜なんだから良いんですかね?」
「そこは別になんでも良いが……全く心当たりがないな」
「そうですか……えっと、確かリンカさんとか言ったと思うのですけれど」
キャラクター名を言われた所で分かるはずも無かった。僕はその限りではないが、基本的にキャラクター名は現実の名前とは違うものだろう。
リンカ……覚えておくとしよう。
仮に現実の知り合いだとしてもだからどうしたという話だけれども。殺し方が下手くそなら殺すだけだ。
「それで、アリス。どうする?」
「あ。行きますよ。行きます。でも、折角なのでその前に地元デートしましょうよ、鬼畜様」
「僕には折角の理由が全く分からないが……」
「理由はなんでも良いんですよ。久しぶりに会ったので散歩するとかでも良いんです。産まれた土地を離れるんですから、感傷に浸りたいだけです」
NPCがそんな事をのたまった所為で、街中を散歩する事になった。
他のNPCはそんな事はないが、彼女はどうにも自由意思が強いように思う。NEROが拘っているという事を鑑みれば……彼女には何かあるのだろうか。
考えて分かるような事ではない。だが、しばらくアリスと一緒に行動していれば何か浮かんでくる事もあるだろう。
だから、その提案に僕は乗った。
返答すると本当に嬉しそうに笑みを浮かべてアリスが店の奥へと入って行き、紫色のタイトスカート、白い薄手のシャツ、それを覆う様に前の空いたスカートが付いたようなジャケットを。さらに西部劇に出て来そうなキャラクターが履いているヒラヒラした装飾の付いたブーツを履き、加えてテンガロンハットという格好をして戻ってきた。
「西部劇にでも出る気かね」
テンガロンハットを中指で押し上げ、何だか格好をつけていた。普通人差し指だろうそういう時は……。
「第一声がそれとか流石です。可愛いとかそういうのは一言でもありませんかね?」
じと~と僕を見つめるが、特に何も思い浮かばなかった所為でそのままドアへと向かう。そんな僕にぶつくさ言いながらもちょこちょこと付いてくる様がやはりスカベンジャーのようだった。そういう意味では可愛らしいといえた。
「ちなみに前にあった時からちょっと髪を切ってるんですが、分かってました?」
「分からん」
「これだから」
セミロングだったアリスの髪の毛先が少し短くなったらしい。全く分からない。妹にも昔同じ質問をされて同じ様に返したら怒られたのを覚えている。
そんな他愛もない会話をしながら辺りを周る。珍しくも無いだろうにアリスはあちらこちらへと視線を向けては頷いていた。
「御店の外に出るのは久しぶりです」
そう言われて、確かにと納得した。彼女は人間らしい姿をしているが役割を与えられたNPCだ。与えられた場所から離れる事が出来るようには出来ていないだろう……普通ならば。
「普段は店の中に常駐しているのか?」
「そうですねぇ。24時間営業なので。精々出ても店先でスカちゃん達に餌を与えるぐらいですよ」
「業務時間24時間とはこれまたブラックな会社だな」
「お客様が少ないので時々寝ていますよ?」
さぼりを公言するコンビニ店長だった。酷い話もあったものであるが、就業形態がそれなら仕方ない事だろう。NPCに寝る必要があるかは疑問だが。
もはや大して面白くもない廃墟を歩きながら名勝だった公園へと向かう。散歩にはちょうど良いだろう。少し小高い場所にある事もあり、スカベンジャーも大量にいる事だろう。手に入れた残飯を処分するにも丁度良い。
思い立ち、歩く方向を変えればそれに付き従ってアリスが動く。
「そういえばNPCにもレベルはあると思うんだが、アリスはいくつなんだ?」
「乙女の秘密と言いたいところですが、5です。そこらの蟲と同じです。拳銃で撃たれたら一発で死にますので止めて下さいね?」
「NPCの死体に興味はない」
「そこはせめて私の死体には、と言って欲しかったです」
NPCが個を主張するというのもこれまた不思議なものだった。たかだか数ヶ月しか稼働していない人工知能がここまで成長するものなのだろうか。専攻が違うので正直、その辺りは良く分からないが、凄い事なのではないだろうかと思う。人間に似た存在をここまで忠実に再現出来るという事は人間の行動その全てをオートメーション化できるという事だ。発想する事、それだけがコンピュータに勝てる唯一の人間の長所だが、ここまで考えて自由に行動できるならば、コンピュータが人間にとって代わってもおかしくない。そんな世界を少し想像する。昔にあった映画にそんなのがあったように思う。想像し、結果、僕はそんな世界で生きたくはないという結論を導き出した。魂の存在しない器だけがいる世界なんて全く興味が沸かなかった。
それから暫く無言の時間が続いた。
その間にもアリスはきょろきょろとあっちを向いたりこっちを向いたり、興味深そうにこの街を見ていた。
そして公園へとたどり着く。
玉砂利の上に落ち葉が積り、倒れた木々が道を塞いでいる。かつての栄光はもはや地に落ち、奈落までも到達しているようだった。倒れた木を乗り越えて、中に入っても同じ事だった。池の水は全て抜けており、乾いた池に魚の骨が転がっている。残念ではあるが、人類がいずれ到達する時を体験しているかのようで、少しは面白くもあった。
そんな僕とは対照的にアリスは笑みを浮かべながら公園を見ていた。
吹く風に流れる髪。飛んでいきそうなテンガロンハットを手で押さえながら、彼女はこの瞬間を楽しんでいるようだった。そんな彼女の横顔に目を向けていれば、僕の視線に気付いたのか僕を見て彼女が笑った。
そして再び視線を正面へと、空へと、あちらこちらへと。
そうやって大人しくしていれば絵になるな、と失礼な事を思い浮かべつつ更に奥へと向かう。もう少し行った先には高台があったはずだ。そこから市内を見渡せる。そして、そこには現実世界では鳩がたくさんいた。今は代わりにスカベンジャーが大量にいる事だろう。そこで、残飯をばらまくとしよう。
希望というのは大げさで、願いというのもまた大げさで、だから単なる暇つぶしと言っておこう。
そんな単なる暇つぶしが叶う事はなかった。
人の声が聞こえた。
瞬間、腰元からCZ75を取り出し、次いで仮想ストレージに仕舞っていたMP5を取り出す。
「鬼畜様?」
「後ろに」
「……はい」
一転して神妙そうな表情を浮かべてアリスが僕の背に隠れる。
音がしたのはどちらの方向だ。背面側だとしたら目も当てられないが、恐らく前方。それも今から向かおうとしていた場所だ。足音を立てずに更に進めば人の声がしてきた。
『女王様にも困ったもんだよなぁ。待っていろとか、暇すぎる』
『春と2人とか怪しくね?』
『あの2人仲良いもんなぁ。今頃青姦三昧とかじゃね?』
『ちょっと平べったいけど、女王様いいよなぁ』
『だよなぁ。春だけがやれるってのは羨ましいぜ』
『ちょっと貴方達、春様に失礼よ!』
『女王様には失礼じゃないって?』
『そ、そういうわけじゃないわよっ』
『まぁまぁ城に帰ったらいつもみたいに相手してやるから落ちつけよ』
『誰があんたなんかと』
『はいはーい、今の言葉聞いた人ー?』
『聞いた、聞いた』
『じゃ、お前から欲しがったら罰ゲームな?』
『なんでよ!』
『あれ~?自信がないのかなぁ?』
『ふん!そんなの余裕よ』
『じゃ、今から試してみるか?』
木々の陰から覗けば、12人程その場にいた。男が8、女が4。
「あ、昨日のお客様方ですよ!って!?あっ!?ご、ごめんなさいっ」
アリスの口を塞ぐ余裕は全くなかった。あろうことか結構な声量でそんな事を言った。結果、当然の如く、
「誰だ!」
見つかった。
「コンビニ店員と……」
「あ、もしかしてリンカ様が探していたキャラじゃない?ほら、目が死んだ魚みたいよ!」
酷い言われ様だった。ともあれ今更隠れる事は出来そうになかった。CZ75とMP5を腰の後ろに装備し、木々の隙間を抜けて彼らに対面する。
「おう、お前。うちらのギルドマスターが探してんだ。大人しくついてきてくれや」
真っ先に声を掛けてきた男、この男がリーダー格だろうか。装備も随分と良いもののようだった。生憎と拳銃やサブマシンガンなどは持っていなかったが。
その男に釣られるように別の……軽薄そうな男が口を出す。
「何言ってんだよ。半殺しぐらいなら許してくれんだろ?騒がれると面倒だし達磨にしてやろうぜ?」
それに合わせるように頷く男プレイヤー達。彼らにとっては仲間以外の男キャラなど人間ではないと言わんばかりだった。唯一の例外はリーダー格の男。彼らの猟奇趣味に呆れているようだった。だが、反対するわけでもなかった。
「駄目よ、貴方達!春様から厳命されているのよ!五体満足でって。止めなさいよ!」
少しけばい容姿……恐らく化粧状態でキャラを作ったのではないだろうかと思う。そんな女が甲高い声で彼らを窘める。その彼女に便乗して他の女プレイヤー達も彼らを諌めようとしていた。彼女らの中では『春様』とやらは大層人気なのだろう。だが、その甲斐は無く、
「あん?あぁ良い所じゃまされて不機嫌ってか?うるせぇよ。ギルドの方針は知ってんだろ?やりたいようにやる、だぜ?知らなかったなら覚えておけよ。しっかし、探し物も見つかって、加えてその探し物はコンビニのねーちゃんを連れまわしてる、と。丁度良いや。お前ら……やるだろ?」
男が背後を振り返りながら声を掛ければ、後ろにいた者達が厭らしく笑った。リーダー格の男は先程と同じくどこか呆れたように肩を竦めているが、やはり否やはないようだった。
そんな奴らの行動にアリスが背後でびくりと震え、恐怖から逃れるように僕の腕にしがみついてきた。
瞬間、掴んできた腕を振り払う。
『きちくさまぁ!』と小声で言ってくるが、戦うにしても手が空いていない事にはどうしようもない。だから、それを伝えるついでに『下がって、目と耳を塞いでいろ』と声を掛ける。
「君達が何者かは知らないが、彼女に指一本でも触れたら……列島が終わるぞ?」
『きちくさま!』と今度は何だか嬉しそうな声を発した。
「ひゅぅ。格好いぃなぁ兄ちゃん。列島が終わるぞ?きりっ!だってさ。ばっかじゃねぇの」
ケタケタと笑う者達。
「達磨が嫌なら大人しくしてろよ。女共がうるせぇから仕方ねぇんで、お前には手をださねぇよ。だから、大人しくそこのNPCが犯されているのを見ていろよ」
「残念ながら、そんなものに興味はない」
瞬間、仮想ストレージからWIZARDお手製手榴弾を取り出しピンを抜いてそいつらに向かって投げる。
会話の最中に攻撃されるとは思っていなかったのだろう。手榴弾による攻撃は男達、女達にまともに当たった。
「ぐっ……て、てめぇ」
しかし、一番被害が大きかった者でも全身火傷ぐらいのものだった。所詮、初期装備と同じレベルの手榴弾だ。今までまともにこの世界で生きて来たキャラなら耐えられると思ったが予想通りだった。そして、予想通りそうなったという事は次手を考えているということだ。
即座にCZ75とMP5を腰から抜いて引き金を引く。MP5はオートマチックに、CZ75は一発一発引き金を絞る。
パラパラと軽い音が名勝に響く。
「壁、前へ出ろ!」
大きな盾を持った男が前に出て来て弾丸から彼らを防ぐ。が、
「お、おいなんだよこの攻撃力!ありえねぇだろ!?も、もたねぇよ!お、おいお前らさっさと囲んで殺せよ!」
MP5による乱射によって盾が削られて行く。もって十数秒だろう。それだけ持てば十二分だろうとは思うが……こちらの弾はほぼ無限だ。
男の悲鳴に似た声に、盾の陰から出ようとする者に向かってCZ75の弾丸を。一発、二発。それだけでは流石に止まらない。だが、MP5の銃口をそちらに向ければ足止めにはなる。盾、人間、盾、人間と銃口の先を変えながら時間を稼ぐ。
「アリス。今の内に逃げておけ。折角の散歩が台無しだが……致し方ない」
「き、鬼畜様?」
「さっさと行け。正直、邪魔だ。コンビニの奥にでも隠れていろ。後で行く」
「う……ぜ、絶対に帰って来て下さいね!」
「僕の帰る場所はコンビニではないと思うが……まぁ、賜った」
大きく頷き、テンガロンハットを手で押さえながらアリスが走って逃げて行く。レベル5の動きではないな、とどうでも良い事を思いながら、一旦Cz75を腰元へと。空いた手で再び仮想ストレージを開き、手榴弾を取り出し口でピンを抜き、盾の向う側へと投げ込む。
それが破裂するのを確認する前に、僕もその場を離れ、木々の合間を抜けて行く。
走り抜け、振り返って今度はXM109を構え、木々の間から追って来ている彼らに向かって引き金を引く。
轟。
瞬間、木々の隙間からスカベンジャー達が飛んでいき、辺りが騒然となる。その騒然は鳴り止まない。鳴り止ませない。
「推定レベルは20~25ぐらいか……」
集まっている事の愚かさに気付いたようで彼らは各人それぞれに散開し、僕を追う。このまま走っていてもいずれ追い付かれるだろう。
判断は一瞬。
手榴弾を取り出しピンを抜いて投げつける。そんな行為を繰り返しながら走って行く。ちなみにWIZARD本人であればピンを最初から抜いた状態で出現させる事ができるらしい。羨ましい話だ。
走る後ろで轟音と共に公園の木々が倒れて行く。見なくても分かる。そういうつもりで投げたのだから。
「これで最後だ」
手持ち最後の手榴弾を投げつけ、僕は高台の……それよりも10m程高くに設置された小さな社の前に立ち、眼下に彼らを見下ろしながらXM109を構える。
爆風と木々が倒れた事によって出来た土煙の所為で視界を失った彼ら。その彼らが僅かでも僕の視界に入るたびにXM109の弾丸を発射する。
「うがっ」
そんな悲鳴と共に男が倒れた。その倒れた所に向かってさらに1マガジン分お見舞いする。ついで、別の人間を。ついで、ついで、ついで。
追って来たプレイヤー全てを殺せるとは思っていない。
だが少なくとも……
遠目に見える男キャラ。リーダー格とおぼしき彼の姿が見える。距離にして300m程だろうか。部下に指示を出しているのか忙しなく手を動かしていた。僕を追って、しかし見つけられず戻ってきた者達もいた。戻ってきた者に対して罵声を浴びせた後今度は別の方向へと誘う。
「さて、彼が慕われている事を祈るばかりだ」
スコープ越しにその男の頭を狙い、引き金を引く。
引いた瞬間、スコープ内で男の頭が半分欠け、その衝撃で男の体が崩れた。
突然倒れた彼に先程の女が驚きと共に駆け寄って彼の体を揺する。次いで、甲高い悲鳴をあげた。誰か誰かと叫ぶその声に暫くすれば僕を追っていた者達が駆け付け、彼の治療を開始する。見事な連帯感だった。仲良しこよしで良い事だ。
そんな彼らの仲良しごっこを確認してから僕はその場を降る。これ以上この場で僕を追って来る事はないだろう。そう考えてそのまま公園の外へと向かう。
そして地元民ならではの畦道を通り、公園を抜けて先に逃げたアリスを追った。




