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4.
勧誘は難航していた。
そもそも人を探すのが大変で、滅多に見掛けない。特に低レベルプレイヤーを捜索する事は難しい。彼らは怯え隠れているのだから。そう言った人達を探しだす事の出来るタチバナさんは本当に凄い。とはいえ、彼らとて食糧は補給しなければならないので悪魔を倒して解体してアイテムを手に入れてそれを売りに行く必要がある。隠れ家を見つける事の出来ない僕達はその合間を狙って行動をしているのだけれど、成果は芳しくない。
今の所、2人。
廃ビルの中に震えながら隠れていたのは幼馴染だという青年2人だった。怯え、既に気力だけで生きているような感じだった。そんな人に話が通じるものかと思ったけれど、そこは雪奈が活躍してくれた。こんな世界だけれど可愛い女の子に頼まれれば男だったら聞き入れたくもなるのだろう。御蔭で2人は勧誘できた。その人達には先に東北へと向かってもらった。
そして、当然、中には僕達の言葉を信じてくれない人もいる。そういう人達とは戦闘になる事もある。
今がまさにそうだった。
つい先程、こそこそと移動する4人組の男女に声を掛けた結果が、
「うるせぇよ。おままごとがやりたいなら死んでからやれ」
これだった。
金髪の不良少年のような男が突然、そう言って襲って来た。初期装備のナイフを手に僕に向かってくる。小柄な僕が一番与しやすいと考えたのだろう。けれど、チェシャに比べれば低いけれど僕もレベル20には到達している。初期装備による攻撃なんて当たった所で大したダメージにはならない。まして、城主権限で作成した防具―――相変わらずパーカーだけれど---を装備しているから尚更だ。
とはいえ、無駄にダメージを溜める気もなく、当たらないようにその男の攻撃を避ける。イクスさんが作ってくれた防具をこんな形で損なうのは嫌だった。
直線的な彼の攻撃を横に避け、僕の横を通過するその男の背中を手で押さえれば男がたたらを踏んでそのまま地に伏した。
「僕達は争いたいわけじゃないんだ。話を聞いて欲しい!」
「よくも!」
この世界の対人戦闘は基本的に人殺しだ。仲間が簡単にあしらわれたという事に、自分の命の危険があると考えるのは容易い事だった。結果、ニヤニヤして僕達を見ていた彼らが全員、ざわつきと共に怒りの表情を見せ始めた。特に男達は尚更。気付けばその人達は今さっき転んだ男と同じ様にナイフを構えて僕に迫る。
「人を殺す事を良しとしない、そんな世界を作りたいんだ。君達も怯えながら過ごすのはもう疲れただろう?」
「うるせぇよ、餓鬼!上から目線でごちゃごちゃと。お前何様だよ」
そう言ったのは動いていなかった残り2人---共に女の子―――の内の1人。2人とも、勝気な感じの女の子だった。化粧っ気の強い顔をした子達。現実でこの2人を見たら僕はついつい目を逸らしてしまうだろう。けれど、この世界は現実であっても現実ではない。レベルやステータスといった絶対的な指標に支配されており、誰もがレベルをあげれば強くなれる世界。努力をすれば必ず強くなれるという意味ではある意味平等な世界でもある。だから、彼らのように初期装備で延々と努力もせずただただ生き延びてきただけの相手に僕が負けるはずもない。そういう意味では上から目線と言われても仕方ないのかもしれない。
強くなければ何も言えない。皆が皆強くなければならないわけじゃない。僕みたいに希望を謳うならば、強くなければならない。イクスさんやキョウコさん以上に強くならなければ僕に希望を謳う資格なんて、ない。
希望はあるのだ。
所詮、この世界はゲームだ。ゲームサーバが止まればそれで終わり。それを自分達で行えないのは事実だけれど……待っていればいつか外の世界の誰かが助けてくれると思う。あるいは皆が皆人を殺さなくなれば、人殺しを望んだ製作者が、ゲームの停滞を感じていつか反応を示すだろう。その時に製作者に言ってやるのだ。希望は消えない、お前の思い通りにはならない、と。
だから、ここで負けるわけにもいかないし、もっとレベルをあげる必要がある。人を殺さず、誰も傷付けず、悪魔だけを倒しながら。そのためにも人を集めて皆でレベルあげをするのだ。そんな誓いを胸に改めてこの人達を仲間に取り入れようと言葉を紡ごうとした時だった。
「黙って聞いてれば随分よね。折角こっちが温情を与えてやろうと思っているのに、あんた達こそ何様よ」
雪奈が仮想ストレージから警棒を取りだし、右手に装備して駆ける。駆けて、女の子達の腹をそれで撃ち抜いた。ぼき、という鈍い音と、かはっという肺から空気の抜ける音が響き女の子達が呆気なくその場に倒れ伏せた。
「良かったわね、ゲーム内で。子宮が壊れても治るわよ」
ふん、と履き捨てるようにそう言って雪奈が女の子を足蹴にする。
「雪奈!」
「ネージュ、こいつらは駄目よ。チェシャ、さっさとそこの男達を掴まえなさい」
了解という渋い声と共に重装備のチェシャが見た目から到底想像が付かないぐらいに機敏に動き、あっという間に彼らを捕え、太い紐で縛った。
「雪奈、チェシャも!何しているんだよ」
「猿に人の言葉が分かるわけないじゃない?」
「なんて事言うんだよ。説得できなかったら倒しちゃうなんてそんなの駄目だよ」
「あはっ!うんうん。ネージュはそうじゃなきゃね!」
一転してにこりと笑みを浮かべて僕の手を取る。瞬間、その手を払いのけたくなった。
それに気付いたのか雪奈が不満げな表情を浮かべて手を離し、チェシャによって捕えられた男達の眼前に立つ。
「ねぇ、ネージュ。仲間にならないならどうせいつか敵になるんでしょう?こいつら殺しちゃおうよ。大丈夫、ばれないって」
そう言葉にした瞬間の彼らの表情は見るに堪えないものだった。恐怖に怯えていた。自分達の殺傷与奪の権利は雪奈にあると、そう思ったのだろう。雪奈の表情に何を見たのか、とてもとても恐ろしいものを見たような表情をして、縛られたままの恰好で後ずさろうとしたが、後ろにいたチェシャによって止められた。
「雪奈!何を考えているんだよ。駄目だよ!僕達は絶対に人を殺さないんだよ。人を殺して掴む幸せに意味なんてない。彼らも真摯に伝えれば分かってくれるはずだよ」
「無理よ。ネージュ。それに人殺しはイクスとキョウコがやっているじゃない」
「雪奈!」
「はいはい。都合が悪くなると大きな声をあげるなんてネージュも変わったよねぇ。前はそんな事絶対になかったのに。あーあ。やっぱりこの世界が悪いんだよね」
「僕は変わってなんかいないよ」
「そうね。イクスなんかが好きなのは相変わらずよね」
「ちゃかさないで!雪奈。この人達を解放して」
「嫌よ……」
囚われた男女達の前でそんな事を2人で言い合っている時だった。
ふいに近くの建物の陰からがさりと瓦礫が落ちた音が響く。その音にはっとして振り向く。
「おいおい、遅いと思ったら何絡まれているわけ?命令もこなせないんじゃ、奴隷扱いされても仕方ねぇよな?」
建物の陰からわらわらと武装した男達が姿を現した。その手に持つのは程度の悪い拳銃、サブマシンガン、剣などなど色々だった。そいつらの姿を確認し、自然とチェシャが僕達の前に出る。
けれど、チェシャの事など気にも止めていないとばかりに男達はケラケラと笑っていた。それ程自信があるというのだろうか。いいや、あるわけがない。
「リーダー、すこぶるつきの良い女がいるじゃん?そこは褒めてやっても良いんじゃね?」
「あぁ、そうだな。そろそろ飽きてきたし新しい女も良いよな。おい、お前ら。傷付けても良いからさっさと捕えろよ」
「了解。一番槍は俺が」
そう言って、あろうことか自分の股間に手を当てた男に、リーダーと呼ばれる男が肘打ちする。
「馬鹿野郎。そっちは俺に決まってる」
「リーダーずりぃよなぁ。俺らいっつもリーダーの精液塗れだっての」
「今度てめー1人で捕えてきたら一番槍、許してやるよ」
「お、さすがリーダー。話が分かる。ぜってーだぜ?その時になってやっぱとかなしだぜ?」
「見て来たように言うんじゃねぇよ」
「ほらやっぱり!」
笑い合う男達。
「ネージュ。こんなのでも話合いになると思う?私、無理だと思うわ……チェシャ。ネージュが煩いから殺さない程度に痛めつけてから縛り上げて頂戴」
了解。
再び渋い声がチェシャから響く。
そして、滑るように男達の下へとチェシャが動く。
チェシャに向かって男達が拳銃を構え、サブマシンガンを構えて発砲する。瞬間、辺りに弾丸の射出音が響く。ぱらぱらと飛びだした弾丸はチェシャの鎧にぶつかり、しかし、鎧を傷付ける事もなく弾かれ、弾丸はあらぬ方向に飛んで行く。
「あん?」
リーダー格の男が訝しげに首を傾げた瞬間、チェシャが男に到達した。そして手に持っていた巨大な槍を振り、その男を横殴りに殴り倒す。VIT>STRとはいえレベル30のNPCの攻撃だ。それが精々15~20程度のレベルの男に耐えられるはずもなく、そのまま彼は宙を飛んだ。
リーダーのその姿に一瞬呆然とした男達に向かって再びチェシャが攻撃を加える。
先程同様、一方的だった。
「ネージュ、止めないでよね?止めたら、私襲われてしまうわよ?そしたら全部ネージュの所為にするからね。あ、でも。それで責任とってもらうのも良いかも?」
「っ……」
力が無ければ何も成せない。
希望に縋るだけでは何も成せない。攻撃の手を緩めれば即座にその隙をついて攻撃をしかけてくるだろう。そんな事、言われなくても分かる。分かってしまったからこそ……自分に不甲斐なさを覚える。
「僕は……」
「ネージュは希望を謳っていれば良いよ。誰に響くか分からないけれど、いつまでも謳っていれば良いよ……でもそれはきっと私には届かない」
それから暫くしてチェシャの猛攻は終わりを見せる。雪奈の命令通り殺す事なく、痛めつけるだけで終えて、それぞれを紐で縛りつけた。紐で縛られた男達が恨みがましい表情で僕達を見ていた。
「やっぱり殺した方が良いんじゃない?誰も困らないでしょう?寧ろ助かる人の方が多いでしょ?女の子達も囚われているみたいだし?」
「それでも駄目だよ。殺しちゃ。……そんな事より急いでその子達を救いに行こう」
「臭い物には蓋をするんじゃなくて、臭い物はドブに捨てた方が良いと思うけれどね……ねぇ、貴方達、人殺しはしている?」
その言葉に全員慌てるように首を横に振る。実際にどうなのかは分からないけれど、彼らのレベルからすれば真実殺していないと思う。
「残念……免罪符がなくなったわ」
「雪奈、どうしてそんなに殺したがるんだよ……現実だって犯罪者には更生の機会を与えるんだよ?」
「現実なら、ね。ここは現実じゃない。殺さなきゃ私たちが殺されるのよ?何を遠慮しているのよ。そんな世界なのよ?そんな世界で……そうでも思ってないと生きていけないのよ」
最後の一言は、とても小さく、弱々しい物だった。
「いつこいつらが私達を殺そうとするかなんて分からない。私達だけじゃない。私達の仲間がこいつらに殺されるかもしれない。もしかするとネージュが殺されるかもしれない。そう考えると……」
人殺しが蔓延る世界でそれでもなお人を殺さずに生きていこうと願った僕達は、仲間に成らなかった人達をどうしていくのだろうか。
考えさせられた。
その結論が出るまできっと雪奈の精神状態は元には戻らないのだろう。
この世界で無理のある希望を謳う僕について来てくれているのが一番の……問題なんじゃないだろうか。僕もイクスさんやキョウコさんのような行動をしていれば雪奈が人殺しを望む様な事もなくなっていたのだろうか。君の代わりに僕が殺すなんて、そんな事を雪奈に伝えていれば雪奈は正常でいられたのだろうか……
「あぁ……もしかして」
ふいに、本当にふいに気付いた。
彼女達は僕達に人殺しをさせないようにあの立場に身を置いたのではないか?
強くなければ意見を通す事もできないこの世界で、僕達は人殺しをしないというルール破りを行っている。当然弱い。弱い集団だ。それが今なお集団として生きていられるのはあの2人が『罪のある者』としたプレイヤーを殺しているからに他ならない。レベルが高いだけではない。2人で城を落とし、城主となり、僕達が他の者達に襲われないようにその悪名を高めていっているからだ。それは分かっている。そういう理由は分かっている。それをなぜ彼らがしなければならなかったのか。それを理解できなかったのは馬鹿として言いようがない。
我ながら、こんな簡単な事に気付かなかったのは最悪だと思った。
あの時、裁きを行える立場にあったのはギルドを発足した最初の4人だけだった。彼女達2人とそして……僕達2人だ。彼女達が殺さなければ、僕達が殺さなければ組織としてはやっていけなかっただろう。僕達は既にゲームオーバーになっていたに違いない。だから……優しい彼女達はそれを選んだのだ。僕達が殺さなくて良くなるように。僕達の心を守るように。自分達がおかしくなったのだと、そう言って僕達から離れ、その実、僕達を守ってくれていたのだ。僕が希望を謳っていられるように。雪奈が人殺しの咎を背負って壊れてしまわないように。
……守られてばかりだった。
だったら、1人ぐらい僕の手で守ろう。
「大丈夫、―――さんは僕が守るよ」
「---君?」
かつての名前。
現実の時の名前で雪奈を呼び、彼女達がしている事と同じ事を彼女の為にしようと誓う。殺す事なく、彼女を守ろう。
そう誓った。




